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のぶえ   ドゴォオン!
 轟く爆音で、元就は目を覚ました。ゆっくりと夜着から体を起こし、窓を見る。しらしらと明けはじめた日輪の光が、柔らかく室内に注ぎ込んでいる。
 ガガァッ、メキメキ――――。
 ふう、と息を吐く元就の下に、さわがしい足音が響いてきた。
「もっ、もも、元就様ァ――――ぐべっ」
「毛利ィ! のぶえが、のぶえが居なくなっちまった!」
 捨て駒の叫びは途中で潰れ、耳慣れた大きな声がそれにかぶさる。ちらりと見ると、部下をふんずけている元親が、必死の形相で元就を見ていた。
「――――騒々しい」
 呟く元就に、元親が駆け寄る。
「そんな呑気な事を言ってねぇで、のぶえを探すのを手伝ってくれよ!」
「何故――――我が貴様の手伝いなぞをしなければらぬのだ」
 ふいと顔を背けて起き上がり窓を開けた元就の目に、破壊された庭が映った。
「長曾我部――――貴様、我が安眠を妨げたばかりか、庭まで破壊するとは―――――――」
「普通に来るつもりだったんだけどよ、こいつらが入れてくんなかったんだから、仕方ねぇだろ」
 元親が足元に転がっていた者を持ち上げて見せる。ぷらん、とぶら下がる部下の姿を一瞥してから、ふんと鼻を鳴らし、呆れたように言った。
「貴様は馬鹿か――――どこに、敵対をしている相手を招き入れる者が居る」
「話を聞くくれぇは、するだろう」
「それ相応の態度で来たならば、な」
 バチリ、と二人の間に火花が散った。
「いや、まぁいい――――そんなことより、毛利、のぶえ探しを手伝ってくれ」
「――――女に逃げられでもしたのか。貴様のような粗野な者に愛想をつかしたのだろう。痴話喧嘩の後始末くらい、己で片を着けるが良い」
「痴話喧嘩ァ? そんなもんの後始末は、ありゃあテメェでやるよ。それに、のぶえは女じゃねぇし、メスでもねぇ」
 怪訝そうに、元就が眉をしかめる。
「俺の肩に居ただろう? 鳥だよ、鳥」
 元就の額に、くっきりと皺が刻まれた。
「鳥――――だと?」
「そう。アンタ、何度も見てるだろう?」
「貴様――――――――たかが鳥一羽の為に、我の安眠を妨げたと言うのか」
「たかが、じゃねぇよ! アイツは、のぶえは大事な仲間なんでぇ」
 すいっと元就の手が上がり、元親の顔に全ての爪の先が向く。
「その、大切な仲間とやらを管理出来ぬ貴様が悪い。さっさと修繕費を置いて立ち去るがいい」
 ぺしっと元就の手を叩き、不機嫌に元親が言う。
「確かに、アイツがいなくなっちまったのは俺の責任かもしれねぇ――――だがな、毛利。そういう言い方は、無ぇんじゃねぇか」
 元就の目が、いつの間にか集まり元親の背後から様子を見つめているもの達に移る。心配そうな面々を全て見つめてから、言った。
「何をしている。早く各々の持ち場に戻らぬか」
「し、しかし、元就様――――」
「――――長曾我部を別室に案内し、我の朝餉もそこに用意をするように」
「毛利――――」
「勘違いをするな。貴様に居座られては迷惑だと判断したからよ。――――何をしている。さっさと連れて行かぬか」
 うれしそうな元親に、忌々しそうに言って背を向ける。
「そんじゃま、アンタ、悪ぃが案内してもらえるか。毛利も、さっさと着替えて早く来いよ」
 さわさわと衣擦れの音も整然と去るもの達に、元就の足音が続く。それらの音が消え去ってから、元就は薄い青と朱に染まった空に目を細めてから窓を閉めた。

 着替えを終えた元親が元親の居る部屋へ向かう途中、楽しげな笑い声を耳にした。わずかに首をかしげながら進むと、その声が次第に近くなり元親の声が交じっているのがわかる。部屋の前にたどり着き、襖を開けると元親の周りに幾人かがはべりコロコロと笑っていた。
「いよーう、毛利。遅かったな。ずいぶんと着替えに時間がかかっちまってるじゃねぇか。せっかくの飯が、冷めちまうぜぇ」
 元親の前には膳があり、よそおわれるのを待っている椀が乗っている。その向かいに、元就の膳があった。
「――――何を、している」
 わずかに苛立ちを含んだ声音に、楽しそうな元親の声が返事をする。
「何って、アンタが来るのを待っていたんだろうがよ。こうして俺にも朝飯を用意してくれるなんざぁ、気が利くじゃねぇか! ほら、早く座れよ毛利」
 元就の目が刃のように細められ、元親の周りにいたもの達がそそくさと場を辞していく。それを見送ってから、元就は座した。
「我は貴様に食事を振る舞えと言った覚えは、無いのだがな」
「まぁ、いいじゃねぇか。つうかよ、アンタいつも一人で食ってんのか」
「それが、どうした」
 元親が心底不憫そうな顔をする。
「何だ」
「一人で食ったって、つまんねぇだろう? 味気ねぇっつうか、なんつうかよ」
「別に、そのようには感じぬ」
 盛大にため息をついてみせ、元親は首を振った。
「そいつぁ、いけねぇぜ毛利よぅ。せっかくの飯は楽しく食うほうがいいだろう」
「我は、さわがしいものは好まぬ」
「そうやって澄ましてやがるから、孤立すんだろうが」
 心底侮蔑した顔で、元就が鼻を鳴らした。
「貴様のような、野蛮な海賊風情と一緒にするでない」
「んな事言ってよォ、本当はさみしいんだろう」
「何を根拠に――――」
 にやにやと元親が言うのに、侮蔑の色を濃くして元就が目を伏せた。
「なんだかんだ言って、アンタぁ俺を追い出さねぇじゃねぇか」
「それは、貴様に暴れられて無駄な損害をださぬように――――」
「わあってる、わあってる。そうだよな、わあってる。ったく、本当、素直じゃねぇなぁ」
 右手を突き出し手のひらを向けて深く頷く元親に、額に苛立ちを浮かべた元就が口を開きかける。
「お待たせ致しました」
 そこに、静かに響く声が入り元就の言葉を止め、良い香りを連れてきた。
「毒味、すみましてございます」
 さわさわさわと数人が部屋へ入り、空の椀に汁と飯を盛り、運ばれた菜を膳へ置く。
「お、朝から豪勢っつうか上品っつうか、旨そうだな」
 にっこりと運んできたもの達に顔を向ける元親に、侍女らが吊られたように笑み返してから慌てて表情を引き締める様子を指して、咎めるような諭すような顔を元就に向けた。
「ほら、アンタがいつもそうやってツンツン澄ましてやがるから、他の奴らが遠慮しちまうんだろう。馬鹿みてぇにヘラヘラしろとは言わねぇが、ちったあ笑ってみちゃあどうだ。なぁ」
 同意を求められた侍女たちは、なんとも返事のしようがなく、そそくさと二人を残して皆が去る。その背中にため息をついて、箸を取った元親がうれしそうに言った。
「よし、いただきます」
 言って汁椀を手にし、元就が無言のまま箸をつけるのに顔をしかめた。
「――――毛利よぅ」
「何だ」
「いただきますも、言わねぇのかよ」
「必要無い」
「そいつぁいけねぇな。そりゃ、一人でこんなだだっ広い場所で食ってたんじゃあ、そうなっちまうのも仕方ねぇのかもしれねぇが、アンタの大好きな日輪とかによ、感謝の言葉みてぇに言うとか、そういう――――」
「我に指図するでない」
 元親の言葉をさえぎり、黙々と食べはじめる元就に深くため息をついて首を振る彼が再び口を開く前に、元就は話題を変えた。
「で、なんと言ったか――――貴様の鳥が居なくなった、という事柄で来たのでは無かったのか」
 途端、元親の顔が歪む。
「そうなんだよ、毛利。のぶえの姿が見えねぇんで、探すのを手伝っちゃくれねぇか」
 バンッと箸を置いて租借しかけの口を開き言う彼に、不快を顕にして元就が応える。
「口に物があるままに喋るでないわ」
 顔をしかめられ、元親は口を忙しなく動かし口内のものを飲み下す。汁を飲んでから、話しだした。
「朝起きたら居なくてよ、どっか散歩にでも行ったんじゃねぇかと思ったんだが、アイツぁ夜目が利かねぇ。起きた時は真っ暗い時間だ。灯りをつけてねぇわけじゃねぇから、行ったとしても遠くはねぇだろうとあちこち探してみたんだがなぁ」
 そこで言葉を切り、飯を食う。元就は黙々と食事を進めている。無言の食事が、元親の言葉が区切りをつけていて続きがないことを示す。
「それで」
「うん?」
「何故、我の所に来た」
 そうそうと言いながら、口のなかを空にしてから喋りだす。
「全員で探しても見当たらなくってよ、そうこうしてたら日が昇りはじめちまった。もしかしたら、明るくなっちまったんで外に出たんじゃねぇかと思ってよ」
「四国にいなくば、こちらに渡ったのかもしれぬと、そういう事か」
 一足早く食事を終えた元就が控えているものに手を上げ、茶を用意させる。元親は慌てて掻き込み、茶が出る前に食事を終わらせた。
「――――鳥が見つかれば、庭の修繕などは、きちんとするのであろうな」
「そりゃあもちろん、壊しちまったもんは、こっちも不本意だったからな。きっちり、直させてもらうぜ」
 茶を受け取り、考えながら口にする。コトリと湯飲みを置いて、本当に渋々といった様子で元就は言った。
「ならば、手伝ってやろう」
「本当か! 恩に着るぜ!」
 ぱあっとうれしそうな顔をして立ち上がり、窓に近寄りそれを開ける。澄んだ青に薄い雲のかかる空を見つめ、元親が叫んだ。
「のぶえーっ、待ってろよー。すぐに見つけてやっからなぁ!」
「止めろ。騒々し……い?」
 窓に目を向けた元就が、外に黄色い点を見つけて目を凝らす。
「あれ――――」
 元親も見つめるそれは、どんどん近づいてきて部屋に飛び込んできた。
「おわっ!」
「っ!」
 矢のように現れたそれは、ぐるりと大きく旋回し、飛び回りながら叫ぶ。
「モトチカッモトチカッ、オタカラッ」
「のぶえぇっ!」
 両手を広げて鳥に体を向けた元親に、鳥は近づき延ばされた腕に止まる。
「何処行ってたんでぇ、心配しただろうが」
 指の背で撫でられ、気持ちよさそうにする鳥と元親を呆れた顔で見て、元親が呟く。
「下らぬ」
「わりぃな、毛利。きっちり、修繕はさせてもらうからよ」
「当然だ」
 バササッと鳥が羽ばたき元就の傍に寄る。くるくると周囲を旋回するのに、何気なく手を伸ばすと腕に停まった。
「モーリ、モーリ」
 首を忙しなく動かし、右に左に動きながら言う鳥に微かに驚きを浮かべながら、空いている手の指を近付けると、毛繕いをするように嘴を寄せてきた。
「お、のぶえはアンタが気に入ってるみてぇだな」
「――――我は、別に気に入られずとも構わぬ」
 そう言いながら、元就の頬に笑みが浮かんでいるのを見て取り、元親は窓に肘を置いて背を預け、柔らかく目を細めた。
「そういう顔を、他の奴にもしてやりゃあいいのによォ」
「何か、言ったか」
「別に。すぐにでも、修繕に取り掛かるっつったんだよ」
「当然だ」
 冷たく言い放つ元就の目は、柔らかく鳥を見つめる。鳥は彼の腕を移動し肩に納まった。
「長曾我部に愛想を尽かせたのならば、こちらに居るが良い」
「おいおい」
 苦笑を浮かべる元親と、薄くほほえむ元就の姿を、控えるもの達は柔らかい心持ちで見つめる。
 その後、時折鳥が現れ元就の傍に来るのを楽しみに、鳥と元就が共にある刻を見過ごさぬよう城内のものが気にしていたとかいないとか――――――――。


鳥の「のぶえ」=主題歌を歌う西川●教にまつわるローカルネタ
2010/01/12


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