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我、長曾我部の鳥を欲せんとす。

 我、長曾我部の鳥を欲せんとす。
 その為の策を弄じようと思案する所存に御座候。
 しかしながら、我のように崇高なる頭脳を、鳥ほどに落とし理解をしようとするは至難の業。
 故に、貴様の稚拙な頭脳を以って、鳥の思考や好みを解明せしめられ候。
 この文が届いてより三日の後に考え付き、返書を送られたく候。

 そのような文を出して三日の後、早馬で金吾より届けられたのは、麻袋に包まれた粟や稗、木の実を砕いたものを混ぜ合わせたものであった。
「なんぞ、これは」
 眉間にしわを寄せた我、毛利元就の前に、恭しく金吾からの文が差し出される。受け取り広げれば、金吾の性格を現すかのごとき、のっぺりとして丸く、常々正月であるかのような気楽な文字が、ふわりと漂う昆布だしの香りと共に、我が眼前に映った。
「鳥まっしぐら、だと」
 さっと目を通せば、戦国美食会の会員である自分は、常に美食を探求しているという事。食欲こそ、人としての本能的かつ生きるために不可欠な欲求であるということ。そしてそれは、いかなる生物においても変わりなきことだと、記されている。
 あの金吾が、このような持論を呈することのできようはずもない。おそらく、あの天海なる妖しげな僧侶の入れ知恵であろう。まあ、そのようなことなど、どうでも良いわ。
 そして続きに、美食会の会員として、人のみではなく鳥類の美食をも探究せしめんとし、その結果に配合されたるものを、ご希望の品として献上いたしまする、と書かれていた。
 金吾の低俗なる思考は、鳥類の好みも解するか。なるほど。新たな使い道を知ることが出来た。
 我は再び、粟や稗、木の実などを混ぜ合わされたものに目を向けた。
【鳥まっしぐら】
 麻袋には、黒々とした墨で自信たっぷりに、そう書かれている。長曾我部の鳥は、南蛮渡来の鳥。我が庭に現れる鳥とは似ても似つかぬが、試しに庭に少しだけ撒いてみるとしよう。
 驚いた。
 鳥まっしぐら、の名は誇大なものではなかった。試しに一掴み、庭に撒いてみれば、ほどなくしてさまざまな鳥が集まり、庭先をついばみ始めたではないか。これは、いずれ何かに使えるかもしれぬ。矢に鳥まっしぐら袋を入れ、敵陣へ射かけ、鳥の大群に襲わせておる間に攻めるという手も、仕えるかもしれぬ。
 いや、今はそのように別の事に思考をめぐらせず、当初の目的に戻るとしよう。我ほど聡明で思考の歯車が早く回ると、ついさまざまの事に思いを巡らせてしまう。
「長曾我部に使いを出せ。我が訪ね行く故、迎え入れる準備を整えておけとな」
 すぐに、伝令が馬で走り出て行った。ゆったりと準備をし、出立をすれば昼ごろには長曾我部の低俗で野蛮な砦へ到着をするだろう。昼時に手ぶらで行くのは少々作法に欠ける故、何か手土産でも用意をしておくか。あのような者であっても、一応は四国を治めておるのだからな。ついでに、奴の技巧工場も見ておくとしよう。あれの技巧は、なかなかに面白きものゆえ、な。

「よぉ。毛利ぃ。突然、どうしたんだよ。一人で飯を食うのが、寂しくなっちまったのか? アンタ、友達いなさそうだもんなぁ」
 阿呆のように満面に笑みを浮かべて、まるで旧知の仲であるかのように親しげに、足りぬ脳みその軽さゆえ、無駄に背が伸びた男、長曾我部元親が我を出迎える。
「貴様の基準で、我を計るな」
「はっはっはぁ。ま、どうでもいいさ。おっ? 土産たぁ、アンタも気が利く所、あるんじゃねぇか。ありがたく頂戴するぜ。ま、立ち話もなんだし。入れよ」
 立ち話も何も、貴様がべらべらと無駄口を叩く故、立ち話になってしまったのであろうが。などと、口には出さずに機嫌の良い、とは言っても、こやつが機嫌の悪くしている所は、あまり見たことが無いが。まったく、金吾同様、目出度い男よ。とにかく、機嫌の良い長曾我部の後に着いて案内をされた部屋には、大皿に盛られた魚介類の数々が、ずらりと並べられていた。
「アンタの好みはわかんねぇけどよ。新鮮な魚介類なら、お気に召すんじゃねぇかと思ってな」
 ほらほら座れと言われるままに、座す。我が連れて来た駒どもにも、酒肴の用意が出来ていると言って、長曾我部の部下どもが彼らを別部屋へ案内した。部屋には、我と長曾我部のみとなる。
「アンタのことだ。人目があると、その能面みてぇなツラをくずさねぇだろう。気安く、旨い飯を食おうじゃねぇか」
 冷めないうちに、と魚介の味噌汁を勧められる。長曾我部が口を付け、旨いと唸ったのを見てから、我も箸をつけた。――なるほど、美味だと褒めてやろう。
「遠慮せずに、どんどん食えよ」
 楽しげに、長曾我部があれやこれやと我の皿に取り分けはじめる。
「食したいものがあれば、自分で箸を伸ばす。貴様に選ばれる筋合いはない」
「なんでぇ。つれねぇな」
「貴様は、貴様の食事のことのみを世話しておればよい」
「へいへいっと」
「ところで、長曾我部よ」
「あん?」
 刺身を口に入れようとした長曾我部に、大きく口を開けたまま返事をされる。眉を顰めれば、照れ笑いを向けられた。図体のでかく、阿呆のように筋肉に覆われ鬼と仇名されて喜ぶ輩が、そのような顔をしても可愛げなぞかけらも無い。恥ずかしいと思うならば、はじめからせねばよいと思うのだが、阿呆はそれに気づけぬから、阿呆なのだろう。
「鳥は、どうした」
「ああ、ピーちゃんか? 今頃、羽を伸ばしてつくろってんじゃねぇのか。今日は、いい天気だからな」
 羽を天日干しにし、手入れをしているということか。身ぎれいにしておこうと意識しているとは、鳥でありながら、なかなかに出来たものよ。いや、あの鳥は他の鳥では成し得ぬ、人語を発することが可能なのだ。それぐらいのことは、して当たり前なのかもしれぬ。
「そうか」
「なんでぇ。ピーちゃんに用事か? そういやアンタ、ピーちゃんが喋ることに、えらく感心してやがったなぁ」
「喋る鳥なぞ、珍しいからな」
「ま、そうだな」
 言いながら立ち上がった長曾我部が、深く息を吸い込み口に手を当てる。反射的に我が耳をふさいだ瞬間
「おぉ〜い! ピーちゃあぁああんっ」
 びりびりと大気が震えるほどの大声で、長曾我部が取りを呼んだ。
 しばらくして羽音が聞こえ、どこからともなく鳥が現れ、長曾我部の伸ばした腕に止まった。
 自分の名を理解し、呼ばれて参るなど鷹よりも利口なのではないか。
「毛利が、ピーちゃんに会いたかったんだってよ」
 ほら、と長曾我部が取りを乗せた腕を、我の前に突き出す。鳥はせわしなく小首を傾げながら、我を見つめた。無垢そうな瞳に、智慧の影が見える。
「兄貴、来客中の所、すんません。ちょっと」
 ひょこりと、どう見ても海賊としか思われない男が顔を出し、申し訳なさそうに頭を掻いて長曾我部を呼ぶ。
「おう、どうした佐平治」
 長曾我部は、駒の名を全て覚えているらしい。記憶力と、技巧の図面を引く才だけは、褒めてやらんことも無い。
「ええ、ちょっと」
 ひきつる佐平治とやらの顔に、何かを察したらしい。申し訳なさそうに目を向けてくる長曾我部に、早く行けと顎で示した。
「すまねぇな。すぐに、戻るからよ」
 長曾我部が、鳥を我の肩に乗せて去って行った。頬に、鳥の柔らかな羽が触れる。思わぬ好奇に、やはり日輪の加護ぞ我にあり、とほくそ笑んだ。
 しかし、この鳥は並の鳥では無い。人語を口にできる鳥だ。我が城の庭先に来るような鳥を捕らえるようには、いくまい。
「長曾我部の鳥よ、ピーちゃん、と言ったな」
 間近に有りすぎて、しかと顔が見えにくい。長曾我部のように左腕を伸ばせば、鳥は跳ねながら肩から腕へと移動した。腕に乗った鳥を、顔の高さに合わせて目を見る。鳥も、じっとこちらに目を向けた。
「我が元へ、こぬか? 長曾我部の所よりも、遇してやろう」
 鳥が首をかしげる。
「長く仕えた相手への義理や情があるのやもしれぬが、そのようなものを切り捨ててでも、わが身をよく理解し遇するものの所へ身を寄せるほうが、良いことだとは思わぬか。鳥よ。我は、貴様の能力をかっているのだ。まあ、口で言うてもわかるまい。どのように遇するかを、見せねばな」
 しきりに首をかしげる鳥に、我は金吾が調合した【鳥まっしぐら】を懐から取り出し、袋の口を開けた。鳥が、興味深そうに目を向ける。我は少しつまみ、鳥の眼前へそれを向けた。
「ピーちゃんの為に、我が用意した極上の食事ぞ」
 しばらく首をせわしなく動かしていた鳥が、つんと指先をつつき、餌をついばんだ。
「旨いか」
 鳥が、強請るように餌の無くなった我の指をつつく。なんともくすぐったい。
「しばし、待て」
 我は鳥をおろし、手の平に餌を乗せた。すれば鳥が、夢中になって我が手のひらをついばむ。その面映ゆくもくすぐったい感覚は、今まで感じたことの無い温もりのような、なにやら柔らかなものを我が胸に与えた。羽毛で、心臓を撫でられているような、とでも言おうか。このような心地を我に与えることが出来るとは、やはりこの鳥は、ただの鳥では無い。
「旨いか。我が元にこれば、毎日でも食せるようになるぞ。どうだ、このまま我に飼われてみぬか。長曾我部の所におるよりも、ずっと良いとは思わぬか。その鳥らしからぬ智慧を、我がために使ってみぬか。我であれば、愚鈍な長曾我部よりもずっと、そなたの能力を引き出し――」
「よう。悪かったな、毛利。一人にしちまって」
 へらへらと、締まりのない顔をして長曾我部が戻ってくる。まだ、鳥に我は説明を終えておらぬと言うのに。だが、鳥は餌に夢中のようだ。これならば、我が元に来るやもしれぬ。所詮は鳥ということか。
「おっ。ピーちゃん。毛利に、何もらってんだ?」
 ずかずかと大股で近づいてきた長曾我部が、間近にしゃがみこんで我の手元と鳥を覗き込む。顔を上げた鳥が、嬉しげにひと声鳴いて羽ばたき、長曾我部の肩に乗った。
「おっ。機嫌がいいなぁ、ピーちゃん」
 長曾我部に首のあたりを撫でられて、鳥は心地よさそうに目を細めた。やはり、長曾我部に世話になった恩からは、離れられぬということか。長曾我部の配下となった者は、その恩顧に報いようと、いかな好条件を示されようとなびかぬと聞くが、鳥さえもそうだと言うのか。
「なんでぇ、こりゃあ。鳥まっしぐら?」
 餌袋をつまみ、そこに書かれている文字を呼んだ長曾我部が、親しみを前面に押し出した笑みを我に向けた。
「なんでぇ、毛利ぃ。アンタも鳥類を可愛いと思う心根があったんだな。そっかそっか。よかったなぁ、ピーちゃん。美味しいモンを、もらえてよぉ」
 ここで、陥落しようとしていたなどと教える必要も無い。
「我とて、和歌などをたしなむ心を持っておる。鳥類を愛でても、おかしくはあるまい」
「いやぁ、ま、そうだけどよ。何も、俺がいなくなってから、ピーちゃんにあげなくてもいいだろうが。照れくさかったのか?」
 ニヤニヤと気持ちの悪い長曾我部の顔から目を逸らし、我はもてなしの食膳へ箸を伸ばした。
 ちらりと横目で取りを見れば、長曾我部の頬に頭を寄せて、何やら心地よさげにしている。
 此度の策は、失敗か。
 致し方あるまい。今回は、長曾我部の技巧工場を見るにとどめて、鳥は諦め戻るとしよう。しかし、鳥に餌をやった後から、いつも以上に長曾我部が馴れ馴れしい。実に不快だ。
 帰りに、金吾の所へでも立ち寄り、あれで憂さを晴らしてから城に戻るとしようか。多少なりと、あれも愚図ながら役には立つ。何事も、使いようということよ。
「じゃあな、毛利。ピーちゃんに土産、ありがとよ」
 いずれその鳥も、我がものとなり、そのような間の抜けた名ではなく、知性の片りんをのぞかせる様な名で呼ばれるようになるなどと、この図体ばかりが無駄に成長した男は、夢にも思うまい。そうなった折の、こやつの顔を見るのが、少々ではあるが、楽しみだ。

2013/06/14

こちらのサイトのブログにUPされていた「鳥まっしぐら」イラストから、この話が生まれました!
ネタ使用ご許可、いただいております。   イラストサイト 
2013/06/14



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