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早春賦  砂粒のように細やかな雨にけぶる城下町を、毛利元就は黙して眺めていた。
 人々の姿が少ないのは、雨で出るのを渋っているからか。それでも傘が通りを行き交う姿には寂れた気配などみじんもない。むしろ、富んでいると言っても構わないのではないかとさえ、思う。思うが
 ――足りぬ。
 満足など、しては居なかった。
 晴れた日より人通りが減るのは常。なれど、その減った人がどの層であるのか、ということが問題であった。
 世の中には、様々な職業がある。なるほど雨ならば商いを休んだほうが良いと思える者たちもいる。休まざるを得ない者たちもいる。それでも、なんとか食い扶持を繋げるだけの……それだけの何かがあれば良いのだが、そうはいかない。
 雨が長引けば、それだけ滞る経済がある。
 その逆もまた、然り。
 人々がこぞって住むことを切望するような国を、毛利は眼下に広げるつもりでいる。
 希望ではない。
 できぬはずはないと、確信している。
 そのためには、邪魔なものは全て消し去らなければならない。理をもってして、利を取らねばならない。
 ――さて、どうするか。
 緻密な情報収集が居る。うわべだけでは何も理解できない。
 ――報告を上げよと言うたは……。
 灰色の雲に覆われ、見えぬ日輪に目を移して刻限を思い出す。
 ――それまで、どう過ごすか。
 すぐに報告に目を通し、耳を傾け、案を練るために脳の働きを万全に整えておかなければならない。
 歌でも詠むかと、気を抜くために息を吐いた目に、小さな影が映った。
 眉間にしわを寄せ、目を凝らす。ぐんぐんと大きくなっていく影は豆粒ほどになり、小指ほどになり、人の姿を成していること――それが誰か判別できるほどになると、叫び声も耳に届いた。
「毛利ぃいいいいいい」
 喜色満面で名を呼ばわる男は、碇槍に足を乗せ、それにつないだ鎖で体を支えている。
「――――」
 わずかに迷惑そうな顔をして障子をあけ放ち、少し下がると鎖を引き、空気抵抗をつけて速度を殺し降り立った男――長曾我部元親が親しげに片手をあげる。
「久しぶりだなぁ、毛利よぉ」
「一雨ごとに春が来ると言うが、頭の中が春めいた男が来ようとは、夢にもおもわなんだ」
「はは。そうだろうそうだろう。俺も、ここまで飛距離があるとは、予想以上だったぜ」
 からからと笑う男に侮蔑の目を向け、顔をそむけて文机に向かう。
「なんだ、毛利。政務の途中だったか」
「貴様のように、暇では無いわ」
「ちったぁ休憩したらどうだ。茶でも飲みながら話そうぜ」
「茶を飲ませろ、とは図々しい。品位のかけらも感じられぬ」
「かまわねぇだろ。久しぶりに会ったんだからよ」
「我は、会いたいなどと望んでおらぬ」
「相変わらず、愛想がねぇなぁ」
 気分を害する様子もなく、勝手に円座に尻を落ち着ける元親に息を吐き、仕方がないと
「誰かある」
 控えている者を呼んだ。
 目を丸くしつつも茶の用意をするために下がった侍従に、悪いなと笑いかける元親。それを目の端に収めたまま、毛利は傍にあった書を手にした。
 ――まったく。邪魔な者よ。
 けれど、と思う。彼が単身ここまで飛んでこれた理由を知れば、何かの役に立つやもしれぬ。
「長曾我部」
「うん?」
「先ほど、貴様は予想以上と言ったな。どういうことか、説明せよ」
「あぁ、そうそう。ほら、ザビーも本多も、噴射で移動をしたりするじゃねぇか。それでよ、そういうモンを開発すりゃあ、物品を運ぶ労力とかを削減できるんじゃねぇかと思ってな」
「――ほう」
 それは、先ほど城下を眺めながら思ったことに使えそうに感じた。
「して、どのようなものを作った」
「ん。まぁ、簡単にいやあ火薬の爆発力を使ったってぇだけだけどよ。実用にはまだまだ改良が必要だな。受け取る側の処置も必要になるし、火薬を使うんだ。万が一があっちゃあ、ならねぇ」
 静かに、首を縦に動かす。この城にまで飛べる威力があるのならば、火薬の量を間違え、暴発をすれば甚大な被害になるだろう。
「重さや大きさに対する飛距離と火薬の計算も、必要になるしな」
 そこで、茶が運ばれてきた。茶うけに大福が用意されている。
「お、気が利くじゃねえか。ありがてぇ」
 にこりと礼を言われ、言われなれていない年若い侍従はわずかな狼狽を見せながら辞する。それを笑みを持って見送り、さっそく大福をほおばった。
「ん、うめぇ」
「――――」
 心中で嘆息し、茶に手を伸ばす。ほろりとした甘さがのどを伝った。
「で、何故ここを目指した」
「んっ」
 二つ目の大福に手を伸ばしながら、元親が顔を上げる。
「ちょっくら、街並みでも拝ませてもらおうかと思ってよ。海越えができりゃあいいと思ったんだが、まさか城にまで届くなんざぁ思わなかったぜ。しかも、ちょうど毛利が居るじゃねぇか。こりゃあ茶でもしてこいってぇ事かと思ったぜ」
「何かの導き、とでも言いたいのか。――下らぬ」
「アンタだって、そういうモンの信心を持ってんだろ。サンデー毛利さんよぉ」
 苛立たしげな気配が、元就の眉に漂う。それがさも可笑しいと言わんばかりに破顔し、二口で大福を食べ終えた元親が立ち上がった。
「さて、馳走になったことだし、アンタが元気な姿を拝むこともできたし、帰るとするか」
「貴様、本当の目的は、何だ」
「あ?」
「目的は何だと、聞いている」
 手首に鎖を巻きつけ、槍の具合を確かめながら曇天を払うような顔を、元就に向けた。
「最近、雨続きだからよ。じめっとしてんじゃねぇかと、気になってな」
 またな、と言い捨てて柔らかく冷たい雨の中に飛び出す。
「帰る時くらい、正規の道を通らぬか」
 ぽつりと漏らした唇は、桃花のように綻んで――――

2012/02/14


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