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珊瑚
   ぶらぶらと漁村を歩く体躯のいい男に、女たちは好感の目を、男たちは尊敬の視線を向ける。それらを当たり前と思っているのか、気付いていないのか、気にしている様子もなく散歩をしている男――――長曾我部元親は、時折かかる声に笑顔で応えながら村内を行く。
「元親様ァ」
「おうっ」
 きゃあっと女たちが喚声を上げるのを、元気があっていいと思う彼の笑顔は子どものような色彩を持ち、相手に対する壁など持ち合わせていないと語る。鬼と呼ばれ恐れられる元親ではあるが、武器を持たずに陸を歩くと好漢という言葉がしっくりとくる。何よりも子分たちの事を重んじる姿に、皆親しみを込めてこう呼んだ。
「アニキ」
「おう、どうしたィ」
 元親よりも年上であろう男が、小走りに寄ってくるのを立ち止まって見つめる。真っすぐに元親を見上げた男は、顔中を笑みの形にして言った。
「アニキ、もてますねぇ」
「世界で一番、海の似合う男だからよ」
 当然だろ、と言う元親の言葉に、男は男女の機敏に疎い子どもっぽさを感じながら言う。
「うちの娘が甘いものこしらえたんで、良かったらアニキもどうっスか」
「お、じゃあ戴くとするか」
 元親の返答は男にとっては想定済みで、家では既に彼を迎える用意は整っている。特に何の予定もない時は、子分の誘いは断らない。それもまた、彼が皆から親しまれ慕われる要素の一つだった。案内する男の後ろについて歩く元親を、娘が身綺麗にして待っている。それに気付いてくれればいいと望みながら、今まで一度も彼が若い娘たちの仄かな想いに気付いたためしがないことを、男は知っていた。

 ウチのアニキは戦や喧嘩にゃめっぽう強いが、女に関しちゃからっきし。
 それが、元親の子分たちが全員一致で持っている認識だった。弱いのではない。鈍いのだ。
 そこがいい、と言いながら娘たちはやきもきし、そんな娘を持つ男たちは娘と元親、双方を案じた。
 年齢的には女が居てもおかしくはないはずなのに、元親には恋の「こ」の字も見当たらない。前にふらりとやってきた前田慶次ほどではなくとも、多少はそういうものがあれば、と思う者たちの心配をよそに、当人は全く気付かない。今回もやはり予想通りの状態で、娘の視線に込められたものなど一切気付く様子もなく遇しを受けた元親は、ご機嫌な笑顔を浮かべて男の家を後にした。
――――アニキは、ちょっと疎すぎやしねぇか
――――それを言うなら、前に来た独眼竜だって似たようなモンだろう
――――どっちにしたって、俺ァ娘が不憫でなぁ
 そんな事を言われているなど露知らず、今日も元親は女たちの視線の意味に気付かない。
 そんな元親に、体当たりをしてくる者があった。
「うぉっと」
 受け止めたのは、水干姿の年の頃は12か3あたりの子どもだった。しっかりと元親にしがみつく子どもに首をかしげながら、軽く頭に手を置いてあやすように撫でる。
「おう、どうしたぃ」
「無礼者っ」
 自分からしがみついてきたというのに、子どもは元親の手を振り払い唇を尖らせる。
「威勢がいいなぁ」
 気分を害するどころか、むしろ上機嫌といった様子で豪快に笑いながらグシャグシャと子どもの頭を撫でる。子どもは無言で元親の手を振り払うと、値踏みするように彼を眺めた。
「何をなさっておいでですかァ」
 ふらつきながら、初老の男が走ってくる。身なりからして、子どもの付き添いらしい。
「おぉい、ジィさん大丈夫か」
 ぜはぁぜはぁと目の前で立ち止まり荒い呼吸をする男に声をかけるが、すぐに返事ができないらしく、手を上げて仕草で心配ないと示してくる。
「だらしないぞ、じぃ」
 腰に手を当て言う子どもを咎めるように軽く小突いて、元親がひょいと初老の男を抱え上げた。
「なんか、俺に用事なんだろ。立ち話もなんだ、ついてこい」
「ど、どこに連れて行く」
「ジィさんに水の一杯でも飲ましてやらねぇとよ」
 振り向かずに言う元親に、子どもが小走りについてくる。それに気付いて、元親は歩幅を狭めた。
「はぁああぁああ」
 元親に抱えられた初老の男が情けない声を上げる。
「嘆かわしや」
「どうかしたか、ジィさん」
「嘆かわしいのは、こっちだ。全くついて来れないとは、情けない。しかも、おとなしく海賊なんかに抱えられておるとは」
 子どもの言葉に、初老の男は手足を振る。元親が、それに応えるように彼を下ろした。
「某、肉体労働には向いておりませぬゆえ」
 悪怯れることなく言う男に、子どもは盛大なため息をつく。なるほど確かに男は細く、重さも子どもほどしか感じなかったと思いながら、元親は二人を見る。
「どうした。頼実に水を与えるのだろう。何をぼんやり立ち止まっている」
 さっさと案内しろと言う子どもの姿に、元親はある男に似ているな、とボンヤリ思い出していた。

 元親の住まいに案内すると、子どもはキョロキョロとあたりを見回し「もっと殺伐としているかと思ったが、悪くない」などと言い自分の家であるかのように振る舞う。二人に茶を出した女に、茶請けを要求する様を元親は不思議そうに眺めた。
「で、なんか俺に用事があったから、抱きついてきたんだろ?」
 茶をすすり、茶請けの菓子をつまむ子どもに言うと、頼実と呼ばれた男が腰を浮かせる。
「な、なななんと! そのようにはしたない事をなされたのかっ」
「鬼と呼ばれる男が、どのようなものかと思っただけだ。口先だけの者が居るからな」
 意味ありげに頼実に視線を向けると、とぼけた顔をする。そのやりとりに、気心の知れた間柄なのだろうと推測し、元親が問いを重ねる。
「身なりからして、そんなジィさん一人だけを連れて歩くような身分じゃねぇんだろ」
「簡素にしてきたつもりだが」
「あんたらの簡素と、俺たちの簡素は海と山くれぇの違いがあるからな。俺に会いに来る途中、気付かなかったか」
 真っすぐに瞳を見据えて柔らかな声音で問う元親から、子どもは視線を外した。
「確かに、違っていたが手元にある簡素なものが、これしかなかった」
 その答えに笑みを浮かべ、手を伸ばして子どもの頭をグシャグシャと撫でる。
「なっ、なっ、何を」
 あわてる頼実を無視し、顔を覗き目を合わせて元親が言う。
「それを、ちゃあんと知ってりゃあ、上等だ」
 ふわりと頬に朱を差して、子どもが頭にある手を振り払い、唇を尖らせて顔を背ける。
「で、要件てな何だ」
「本当に、お頼みなさいますのか」
 心配そうな頼実が、子どもに膝を向けて固い声で言う。
「鬼と呼ばれる俺に、なぁんの武芸も出来なさそうな奴だけを伴って会いに来たんだ。そんだけ覚悟がいる頼みなんだろ。聞いてやっから、言ってみな」
 柔らかい声に、子どもが顔を上げた。
「人を攫って欲しい!」
 唐突な言葉に元親が目を丸くする。それに気付き、子どもは さる家の長女が数日後に輿入れをするが、その相手は父親よりも老いている上に好色で、見目の良いものを集めるのが趣味のような男なので、幸せになれるはずかない結婚だから阻止をするために攫って欲しい。鬼と呼ばれる海賊に攫われたのならば、相手もあきらめるだろうと言う。
「鬼と呼ばれる男が出れば、誰かの頼みでとも思わないだろう」
 そう括った子どもの眼差しに、関心する。
「確かに、俺とその家とは縁もゆかりもありゃしねぇ。しかし、なんでまたそんな事を――――」
「恩義がある、とだけ。それ以上は言えぬ」
 強い瞳に、それ以上の事は探らず別のことを問う。
「しかし、突然俺が襲ったら姫さんは驚いちまうんじゃねぇか? 事前に伝えてあんのかよ」
「――――それは」
「無用な怪我人を出すのもなんだし、近しい奴には言っておいたほうがいいんじゃねぇか」
 その言葉に、子どもが鋭く元親を見る。奥に揺らめく憤りに、元親は目を細めた。
「誰も信用など、出来ぬ。家の為、家の為ばかりで心など無いように扱うだけで聞く耳など――――」
 首をふり、奥歯を噛み締める子どもをしばらく見つめてから、勢いよく膝を叩いて元親が言った。
「よし、わかった」
「やってくれるか」
 花が咲いたように顔を上げる子どもに頷き、ただしと目の前に指を立てて見せる。
「条件がある」
「条件?」
「姫さんに逢わせてくれ」
 子どもと頼実が目を丸くし、次いで首を振った。
「ならん」
「なりませぬっ」
 異口同音の答えに、今度は元親が目を丸くした。
「海賊相手の頼みごと、報酬として絹や金は用意している。それでいいだろう」
「どうせ襲ったら顔を合わせんだから、かまわねぇだろうよ」
「先に逢わせて、怯えてしまったらどうする」
「逢うくれぇで怯えちまうなら、襲われたら怯えすぎて死んじまうんじゃねぇか」
「――――っ、な、ならんものは、ならんっ」
 子どもの慌てように、何事かを考えながら二人の姿を眺め、頼実に言う。
「ジィさん、報酬に用意してる絹と金ってなぁ、どんくらいだ」
「籠三つほど」
 頷きながら顎を撫で、元親が立ち上がる。
「よし、わかった。詳しい日取りと計画は、また知らせにこい。今日の所は帰れ。家のやつらにバレちゃあ、まずいんだろう」
「――――本当に、やってくれるか」
 問いに、元親は肯定とも否定ともつかない笑みを浮かべ、二人を帰した。
 その夜、元親はそっと夜陰に紛れてある屋敷へ忍び込んだ。二人を帰した時に後をつけ、場所を覚えて夜になるのを待っていた。大柄な体躯に似合わぬ身軽さで塀に飛び乗り、屋敷を眺めて目的のものがありそうな場所に見当をつける。月明かりだけを便りに進むと、愛らしい花が咲いている庭に出た。渡殿に人影が見える。目を凝らすと、長い髪の女であった。深い紅色の着物を着て、月を眺めている。身なりからして、目的の人物であるらしい。そっと近寄り、声を上げられないよう口を押さえて抱き抱えた。
「驚かせて、すまねぇ」
 耳元で囁くと、驚きすぎたらしい女は体を硬直させ声すら出せないように見え、元親は彼女を放し目の前に立った。
「――――っ」
 月明かりに正面から見た女の顔を、元親は息を飲んで見惚れる。驚きに見開かれた瞳は黒々と艶めき濡れたようで、それを際立たせる肌の白さは砂浜を思わせた。紅をつけていないであろう唇は薄桃色で、触れたい衝動に駆られる。
――――こいつァ……
 上玉だ、と思った。儚く散る事が当然であるかのような存在が居るとすれば、まさしく彼女の事だろうと感じる。月光よりも儚い存在。そしてそれを今自分が一時でも腕に納めた事を思い出し、元親の心音が早鐘のように鳴りはじめた。
「――――何方でしょう」
 鈴の音のような声にハッとして、深く息を吐き出すと笑みを浮かべて答えた。
「今度、あんたが嫁入りする時に、ちょっくら人さらいをさせてもらうモンだ」
 その言葉に、女はふわりと笑みを浮かべて首をかしげる。さらりと髪が肩からこぼれた。
「今――――ではなく、ですか」
「今、してほしいのかい」
 女は微笑んだままで、何も言わない。
「――――嫁ぐ先は、ヤな相手じゃ無ぇのかよ」
 困ったような笑みに変わり、女は僅かに顔を伏せる。じっと答えを待つ元親に、彼女は顔を伏せたまま首を振った。
「お家のためになることに、なにを厭う事がありましょう」
 顔を上げ、まっすぐに元親を見る瞳は強く、揺らがない。迷いも憂いも何もかもが去った――――それらを打ち殺した光に、元親は笑みを深くした。
「――――あんたの覚悟、理解したぜ」
 じゃあなと言う元親に、彼女は静かに微笑んだ。

 翌日から、毎日元親のもとへ文がくるようになった。使者は必ず頼実で、彼はどうにも元親を気に入ったらしく、無駄話を十分にしてから去っていく。返書は何かあって人に見つかっては困るからと、全て口頭での返事となった。といっても、元親から何か言うようなことはなく、頼実との他愛ない会話にする返事のほうが、ずっと多い。時折、あの子どもが来たがると漏らす頼実に、なんとも言えない笑みを向け貝殻を持たせて帰した。
 夜は、毎日のように元親は女のもとへ通っていた。別段何か用事があったわけではない。ただ、会いに行っていた。行くと必ず女は庭を眺めており、元親の姿を見止めると笑みを浮かべて迎え入れた。二人の距離は最初の夜、言葉を交わした位置より近くなることはなく、ほんの数刻静かに会話をするだけで彼女を攫うことなど微塵も話題にならない。話かけるのはほとんどが元親からで、海の話や子分たちの事を少女のような瞳で女は聞いた。
 そんな日が、途切れなく続いた。

 我知らずため息をつく元親のもとに、子分が頼実と子どもをつれて来た。
「いよいよ、明日だな」
 興奮ぎみの子どもが拳を握りしめて言うのに、返事を返す元親の声にはおざなりな雰囲気がある。それに不満な顔をして、子どもが元親へ身を進めた。
「上の空のようだが、気になることでもあるのか」
 子どもを見、頼実を見て元親は立ち上がった。
「何処へ行く」
「ちょっと、頼実に話があんだ。待ってろよ」
「ここで、出来ぬ話か」
 答えずに頼実を顎で誘うと、無言で頷き部屋を出る。子どもがおとなしく部屋に留まっているのを確認してから、元親は口を開いた。
「あんたは、賛成してんのか」
 唐突な物言いでも、頼実にはわかったらしい。苦い顔で首を振り、部屋へ目を向ける。
「お家のため――――それが世のことわりだと、わかってはいらっしゃるのでしょうが…………」
 細く息を吐いて、元親に笑いかける。
「何分、お若いゆえに――――」
 笑みに痛みを見て、元親は腕を組み部屋へ目を向ける。頼実も、目を向けた。
「頼実さんよォ」
 しばらくしてから、元親が部屋を見たままで言う。
「明日はちょいと、好きにさせちゃぁくれねぇか」
 頼実は元親の横顔をしばらく眺め、何かを見つけたらしい顔で頷いた。
「万事、お任せ致す」
 固い口調でつぶやいて、深々と頭を下げた頼実は、子どもを連れて去った。それを見送り、元親はまっすぐに宝物庫へ足を向けた。

 夜。
 しんしんと月の光が降り注ぐ庭に、元親は現れた。彼の姿を見て取り、女は寂しげにほほえむ。儚気な佇まいに、元親は唇を引き結んで何かを堪えるように目蓋を下ろし、ゆっくりと開いて笑みを浮かべた。
「明日だな」
「明日です」
 瞳を重ね、無言に見つめあう二人の間には、風も吹かない。
「――――楽しゅう、ございました」
 ため息のようにこぼれた声に伸ばしそうになった腕を、拳を握り押さえる。
「毎夜、楽しみでなりませんでした」
 うわごとのように、女は呟く。
「初めてお姿を現されました時は、仁王様がいらっしゃったのかと思いました」
 夢を見ているような顔で微笑む女に、元親も笑みを返す。
「ほんとうに、良い夢をいただきました」
 深く頭を下げる女が顔を上げるまで、元親はただ見つめる。さらさらとこぼれた髪が、また彼女の肩に乗るのを眺めてから、右手をのばし、ニヤリと笑う。
「もらったっつうんなら、礼の一つでもするもんだ」
 しばらく元親の手を見つめ、伸ばしかけた手を座している板に爪を立てて止めた女は、優美に立ち上がり彼に背を向けた。ゆっくりと立ち去りながら、表着を自分の抜け殻のように落とす。女の姿が消えて、月明かりが着物を浮かび上がらせているのを、元親は静かに見つめていた。

 翌日は、これ以上ないというほどの晴天で、女を乗せた輿はしずしずと夫となる者の屋敷へ向けて進んでいる。それを見たもの達は深く頭を下げ、女達は憧憬の眼差しを注いだ。
 天候も日取りも申し分なく、穏やかに祝言は進むだろうと頼実以外の者は皆思っていた。
「何をソワソワとしておられるのか」
 落ち着きなく、あちらこちらに目を向けている頼実に他の者が声をかける。
「いや、なんともこういうものは、尻がむず痒う御座る」
「頼実殿は、姫の幼き頃より読み書きなどを教授なされておった故、我が娘のような心持ちではござらぬか」
「ううむ、まことに――――」
「大殿も、心安くはござらぬであろう――――なにせ、ご自分よりも年嵩の相手に嫁がせるのだからな」
 そんな会話をしていると、ふいに前方が騒がしくなった。
「鬼がでたァ!」
 そんな声が聞こえ、しばらくして頼実の目に赤い表着を頭に被った体躯のいい男が見えた。表着で顔を隠してはいるが、元親に間違いは無いと確信し、彼は祈るように目を閉じた。
 昨夜、女の置いていった着物を被り、元親は単身行列の中に突っ込んでいく。祝いのために、刀の鯉口は仰々しく紐で縛り飾り立てられている。それを抜こうと相手がもたついている間に、次々と拳で地に沈め元親は女の輿に寄った。
「姫を守れぇええ」
 そんな声を背後に受けながら、元親は輿の戸をあけ嫁入り姿の女を見た。
「――――っ!」
「迎えに来たぜ?」
 こぼれるほどに目を見開く女に、ニヤリと笑むが手を差し伸べない。女も手を伸ばすことはせず、ただ唇に笑みを乗せた。
「――――本当に、良い夢ですね」
 彼女の呟きに、元親は笑みを深くし、そっと珊瑚の細工を渡すと飛ぶようにその場を離れる。後を追う間もなく、彼の姿が消え去るのを眺めた花嫁行列は、あれだけの騒ぎなのに誰一人として命を失っていないことを知り、嵐のように現れた男を天狗と称して語り草とした。

 彼女が嫁入りをしてから数日後、頼実と子どもが元親を訪ねて来た。一人静かに表着を相手に酒を飲んでいる彼に、子どもが大股で歩み寄り平手を振るう。軽く避けられるはずのものを受け入れ、彼は目を伏せた。
「なぜ、攫えたのにしなかった」
 答えず、元親は酒を口にする。
「なぜ、その着物を持っている」
 視界にある子どもの拳は震え、強く握りすぎて白い。
「答えろっ!」
 ゆっくりと、まっすぐに目を見つめ、元親は子どもの頭に手を伸ばした。
「触るなっ」
 それを振り払い、走り去る子どもの首に紐を通した貝殻が見え、元親は目を丸くする。いつか、戯れに頼実に渡したそれが、なぜ首に下がっているのか――――
「まだ、姫君は恋物語に美しいものだけを欲しがる年頃ゆえ」
 優雅に手をつき頭を下げ、頼実は膝を進めて元親に寄った。
「酒の相手を、させていただいても宜しいか」
「――――追わなくて、いいのかい」
「こちらにいらっしゃる方々は、ご気性は荒いようですが、郷里にいるような心地で接されますので」
「――――最高の連中だろう」
「これ以上無いと思うほどに」
 元親が杯を渡し、頼実が受け取る。注いだ酒を飲み干して、彼は遠くに目を向けた。
「よい、祝言でございました」
 杯を返し、頼実が元親に酒を注ぐ。それを一気に流し込み、呟いた。
「――――苦ぇな」
 薄く唇に笑みを乗せる元親に、頼実も笑む。
「――――――――然り」
 二人の男は、静かに酒を酌み交わしながら、胸中にあるものを噛み締め合った。


2009/10/09



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