奥州の領主・伊達政宗が、甲斐の領主・武田信玄より預かった少年、真田弁丸に与えた部屋をひょいと覗くと、なにやら真剣に眺めていたらしい彼は、あたふたと見ていたものを背後に隠し、とりつくろった笑みを浮かべた。 それで隠しおおせたと思っているのかと、政宗は呆れつつも気づかぬふりで部屋に入る。「どうだ。ここでの生活は、慣れたか」「みな、よくしてくださいまする。弁の行く先々、だれもが快く受け入れ、色々と教えてくださりますゆえ」 政宗の笑みにつられたように、弁丸が自然な笑みを浮かべた。そりゃそうだろうと、政宗は胸中でつぶやく。 くるくると感情のままに変化する、愛嬌のある大きな瞳。ふわふわとやわらかな鳶色の髪は、ひと房だけ長い部分が、彼が走り回る背後で獣の尾のように揺れる。人懐こく物怖じしない上に、見目もよいこの少年を、邪険にするほうが難しい。「俺のガキのころとは、大違いだな」「えっ?」 小さく漏れた政宗のつぶやきに、弁丸がきょとんとする。本当に、自分とは大違いだなと、政宗は口の端を片方だけ持ち上げた。「Sha,'s nothing――なんでもねぇ」 日本語で言いなおし、政宗は自分の幼少期を思い出す。見目は言うにおよばず、性格も弁丸とは間逆だった。棘のある殻を纏い、常に周囲を威嚇していた頃。その原因となった見えぬ右目を被う眼帯に、我知らず指を伸ばした政宗は、弁丸の足元から覗く紙に目を止めた。 そういえば、コイツは何を隠したんだ――?「いたみまするのか? 片倉殿を、お呼び参ってござりましょうか」 弁丸が眉根を寄せる。いいやと小さくかぶりを振って、政宗は穏やかに目を細めた。「俺のガキの頃を、思い出していただけだ」「政宗殿がお子の頃」 じっと弁丸が政宗を見つめる。無垢な瞳は、魂の奥底まで見通してしまいそうだ。政宗は身の裡にある、獣や澱を暴かれそうな心地に呼気を漏らした。それに呼応するかのように、弁丸がほうっと溜息をつく。「政宗殿が小さき頃は、女子のように美しゅうあられましたでしょうなぁ」 夢心地に、ふくよかな頬を持ち上げる弁丸に、政宗の腰が疼いた。どういうわけか、弁丸は妙な色香を発するときがある。少年特有の屈託の無い健康的な空気の中に、艶冶な気配を醸し出す。その倒錯的なさまに、支配欲をかきたてられた。「どうして、そう思う」 裡で唸る野性の獣をなだめつつ、政宗は軽い調子で問うた。すると弁丸は、憧憬に目を細めたまま、うっとりと答える。「政宗殿は、雪のように肌が白うて、涼しげでござる。髪も弁のようにふわふわではなく、まっすぐな漆黒で、美しゅうござるゆえ」 ふうん、と政宗は弁丸の言葉を吟味するように鼻を鳴らし、彼の髪に手を伸ばした。「アンタの髪の手触りは、気持ちが良くていいと思うがな」 ふわん、と弁丸の頬に朱が上った。「なっ、そ、そのような……」 うつむき、膝の上でモジモジと指をからめる弁丸に目を細め、政宗は彼の背後に隠されていたものに手を伸ばした。「あっ」 それに弁丸が気づくより先に、政宗は彼が見ていたものに整った眉をしかめる。「なんで、アンタがこんなモンを持ってんだ」 それは、男女の交合を描いた絵だった。「そ、それは、その」 政宗は少し首をかたむけ、首筋まで赤くして目を泳がせる弁丸を見おろす。「まあ、興味があってもおかしくはねぇ……か」 ほらと奪ったものを返しつつ、政宗は不快が胸にわだかまるのを感じる。弁丸は受け取ろうとせず、上目遣いに政宗を見た。「なんだ。いらねぇのか」 政宗がヒラヒラと絵を揺らせば、弁丸は意を決したように眉をキリリとそびやかせ、顔を上げた。「まっ、政宗殿は、その、そのようになさる方が、おられまするか」「Ah?」 質問の意図がわからず眉根を寄せると、弁丸はビクリと身を小さくした。「あ、その……それは、その、深く意を通じ合うた者同士が、何もかもを相手に委ね、相手を求める行為だと伺うたのでござる」 叱られると思っているのか、背を丸めて膝の上で拳を握った弁丸は、それでも政宗から目をそらさない。彼の瞳の強さに、政宗の性獣が唸りを大きくする。「それで?」「そ、それで……その、政宗殿にも、そのような相手がおられるのかと……たとえば、片倉殿とか」 とぎれとぎれに、けれどしっかりと言葉を紡ぐ弁丸に、政宗は「HA!」と息を放った。「俺と小十郎が? Nonsense」 弁丸が唇を尖らせて鼻の頭にシワを寄せる。「ああ。バカバカしいって言ったんだ」 弁丸がほっと顔の緊張をゆるめた。 コイツは自分がどんなに俺をあおっているのか、わかっているのか? 政宗は少々の期待をこめつつ、からかってみることにした。「弁丸」 うっすらと艶めいた笑みを唇に刷いて、弁丸の顎に指をかける。「なんなら、アンタが俺のHoneyになってみるか」「はに?」 こてん、と弁丸が首をかしげる。「俺と、こういうことをしてみるか、と聞いたんだ」 顎に手を当てたまま、もう片手で彼の頬に絵を押し当てると、弁丸の満面が火を吹いた。「なっ、あ、あ、ああああうっ」 真っ赤になって目を回す弁丸に、クックと喉を鳴らしつつ、政宗は息がかかるほど顔を寄せる。「まあ、アンタにゃ、まだ早いだろうけどな」 薄い冷笑を声に込めれば、弁丸はとたんにキッと目を据えた。「弁は立派な侍となるべく、お館様にこちらへ送り出された者。政宗殿がご教授くださるのであれば、すぐに覚えてごらんにいれまする」「ほう?」 完全に売り言葉に買い言葉。意味もきちんとわかっておらぬまま、弁丸は政宗のからかいに反応したのだろう。 だが――。 先ほどの、真っ赤になって政宗の腹心、片倉小十郎とは睦んでいたのかと問うた、彼の様子がひっかかる。「なら、俺がいまから施すことを受け止められるか?」 腕の中におさまるほどに小さな武将見習いが、自分になみなみならぬ好意を寄せているらしい気配は感じていた。それはもしや、自分の腹の奥にある獣と同種のものではないかという予感を、政宗は持った。「むろん。受け止めてみせまする」 きっぱりと言い切った弁丸に、政宗は意地悪く目を光らせた。「上等」 ささやきを弁丸の唇に当てる。小さな唇をやわらかく押しつぶせば、弁丸は身を硬くした。「力を抜け」 吐息まじりに命ずれば、弁丸は困惑したように瞳を揺らした。「なら、口を開きな」 おずおずと弁丸が口を開く。政宗は「閉じるなよ」と言いながら舌を伸ばし、弁丸の口腔を探った。「う、うう〜」 固まっている弁丸の手を掴み、自分の肩をつかむように促す。弁丸が政宗の肩を掴むと、政宗は彼の腰に腕を回して、弁丸の瞳の惑いを見ながら慎重に舌を動かした。小さな歯が舌に当たる。ふくよかな頬裏と上あごを探り、舌先をからかうように撫でる。弁丸の瞳に嫌悪や怯えが浮かばないよう、注意をしながら政宗は口腔をねぶった。「ふっ、う、うぅ」 弁丸は必死に、口を閉じぬようにしながら、政宗の目を見返している。ふっと目じりをゆるめた政宗に、弁丸も緊張を解いた。なるほど彼のこわばりは、こちらの気持ちを反映してのことだったかと、気配を読むのにするどい彼に感心をする。政宗は弁丸の腰を引き寄せ膝に乗せると、口淫の動きを変えた。「ぅ、ぅふっ、ふ、うう」 弁丸の反応が、さきほどよりも柔和になる。口内で動く政宗の舌に、弁丸の舌がおそるおそる触れた。政宗がほめるような目をすれば、弁丸は勇気を得たようで、しっかりと政宗に応えようとしだした。政宗はそれを楽しみながら、弁丸の口を吸う。「ふっ、んぅ、ふ、ふぅっ、う」 政宗が舌をひっこめれば、弁丸の舌がそれを追った。伸びた弁丸の舌を吸う。「んふぅうっ」 びくん、と弁丸の背が反った。こぼれんばかりに目を開く彼の反応に、政宗の野欲の獣が咆哮を上げる。「んっ、んふぅうっ、はっ、ぁ、んぅうっ」 政宗は身の裡の獣が促すままに、弁丸の口腔を乱した。性急な接吻に弁丸が目を白黒させているのも、おかまいなしに貪る。「はふぅ、うっ、ぅふっ」 乱されながらも、弁丸は政宗の目から瞳をそらさない。大きな瞳に恍惚とした淫靡を見た政宗は、腰を疼かせさらに舌で弁丸を責めた。「はふっ、は、ふぅうっ、ふ、ぅう、う」 弁丸の目が潤む。息苦しいのだろうと思いつつ、政宗は行為を止めなかった。「んふっ、ふ、はっ、はふ」 肩をつかむ弁丸の力が強くなる。ふとももをすり寄せているのが、膝の上に乗せているのでよくわかる。快楽にわなないているのだ。それを知った政宗は、ますます荒々しくも力強く、弁丸の口内を乱した。「んふっ、ふ、ぅう、うっ、ぅふんぅううっ」 ビクンと弁丸の体が跳ね、小刻みに痙攣し、やがて弛緩した。達したのかと、政宗は口を離した。「はぁ、は、は……ぁ」 焦点の合わぬうるんだ瞳で、弁丸が政宗を見る。政宗は弁丸を横たえ、手早く帯を解いて彼の肌をむき出しにした。「あっ」 弁丸が政宗の行為を止める前に、政宗は彼の足を開いて濡れた下肢を見下ろす。「まっ、政宗殿、これは……その」 真っ赤になってうろたえる弁丸に、政宗は極上の笑みを向ける。「何も、恥ずかしがることじゃねぇ。俺を感じてイッちまったんだろう」「イッちま?」「こっから、子種を漏らしたんだろうってことだ」 政宗がむきだしの弁丸を握れば、彼は「ひゃっ」と高い声をあげた。「気持ちがよけりゃあ、出る。何も、恥ずかしがることじゃない」 政宗の言葉に、弁丸はおずおずと伺うように口を開いた。「政宗殿も、子種を漏らされたのか」「俺か? 俺は、まだだな」 下帯の中で、政宗の竜は猛々しくなってはいたが、精はこぼれていなかった。「政宗殿は、弁とでは心地よくなられませぬのか」 弁丸が口をへの字にする。政宗は苦笑して着物を脱ぎ、そそり立つ陰茎を彼に見せた。ごくり、と弁丸が喉を鳴らす。「もうちょっと刺激があれば、出ただろうがな」 興奮したのは弁丸だけではないと、示しただけのつもりだった。けれど彼は、そうは取らなかった。起き上がった弁丸が、政宗の牡を両手で握る。「っ、おい」「あと少し、刺激があれば政宗殿も、イッちまわれるのでござろう」「まあ、そうだが」「なれば、今度は弁がいたしまする」 やめておけ、という声は喉にひっかかって出なかった。政宗は無言で、弁丸を見下ろす。弁丸はそれを了承と捉え、両手で政宗の牡を扱いた。「これで、ようござるか」 不安そうな弁丸に、政宗は頷く。小さな手に握られた政宗の陰茎は、ビクビクと脈打ち悦びを示している。弁丸は真剣な顔で政宗の陰茎を擦った。先走りが滲み、あふれる。弁丸はそれに舌を伸ばした。「っ!」 驚く政宗をよそに、弁丸は亀頭に吸いつく。赤子が乳を吸うように政宗の精を吸いながら、手を動かす弁丸の姿に、政宗は淫猥なめまいを覚えた。 Great Lord of mercy――! 驚愕をする政宗をよそに、弁丸は目の前の行為に必死になっていた。政宗はふわふわと動く弁丸の髪に指をからめる。それをほめられたと思ったのか、弁丸はますます励み、政宗は弾けた。「くっ」「わっ」 飛び出た子種に、弁丸がおどろく。思わず離れた彼の顔に、子種が降り注いだ。 なんて光景だ。 政宗は体中を熱くした。弁丸は顔に飛び散った子種を、どうすればよいかわからず、困惑顔で政宗を見上げる。しゃがんだ政宗は脱ぎ捨てた着物の中から懐紙を取り出し、彼の顔をぬぐってやった。「政宗殿も、心地ようござったか」「ああ」 ぱあ、と花がほころぶように、弁丸が笑みを広げる。政宗は軽く弁丸の額に口づけ、彼の下帯を手に取った。「Ah――これは、新しいものに変えたほうがいいな」「も、申し訳ござらぬ」 しゅんと恐縮する弁丸の髪を、乱暴に撫でる。「俺のせいでもある。気にするな」 弁丸がほっとしたように微笑み、政宗は胸を疼かせた。「あの、政宗殿」「なんだ」「その、絵では、その、身を重ねてござるが、それは……その」 もじもじと体をゆすりながらの言葉に、政宗は太く重い息をこぼした。弁丸がぎゅっと唇を結ぶ。「それは、そうだなぁ」 正直なところ、そうしたい。けれどあどけなく、行為の意味をまだわかりきっていない彼に、それをするのは気が引ける。 政宗がチラリと弁丸の様子を見れば、彼は気真面目な顔で政宗の答えを待っていた。中途半端な誤魔化しでは、納得をしそうにない。「アンタが、俺と張り合えるぐらいの武将になったら、しようじゃねぇか」「政宗殿と、張り合える?」「そうだ。この俺と互角にやりあえる男になるまで、おあずけだ」 わかるな、と目顔で示せば、少し考える間を開けてから、弁丸はしっかりとうなずいた。「わかりもうした。弁は、政宗殿と対等に渡り合えるほどの武将となるべく、はげみまする」「OK 楽しみにしてるぜ、未来のRival」「らい?」 はは、と軽い声を立てて笑いつつ、政宗はグシャグシャと弁丸の髪をかき混ぜるように撫でた。 コイツはきっと、そうなるだろう。その時が楽しみだ。 心中でほくそ笑む政宗に、日ノ本一の兵と呼ばれるようになる少年は、ニッコリと覚悟を秘めた笑みを浮かべた。2015/08/07