天下人となった徳川家康と、同盟を組み刃を振るった伊達政宗が、傍に誰も置かずに酒を組み交わしていた。塩を舐めながらの杯の合間の言葉は少なく、ただ二人は何かを確かめるように、緩めた頬に酒を含んでいた。 そこに、どっかどっかと荒々しい足音が近付いてくる。ふ、と政宗が目を上げて、家康がそれを受け止めた。家康が口を開き何かを言う前に、襖が荒々しく開かれる。「なんでぇなんでぇ。シケた酒になってんじゃねぇか」 豪快な声を張り上げて、ずかずかと入ってきたのは長曾我部元親であった。対立する軍であったはずの彼が、こうして無防備にも彼らの前に姿を現せられるのは、政宗とも家康とも、なみなみならぬ親交があり、周囲がそれを深く胸の奥から承知をしているからであった。「開けたら閉めろ、元親」 くい、とあごで襖を指した政宗に、おっとと気付いて元親が襖をピタリと閉める。「妙なウワサが流れちゃ、困るからな」 彼らの周囲が、敗戦の将である元親と彼らの親交を知っていたとしても、口さがない連中が妙な事を言い出すかもわからない。それを用心しての、人払いをすませての酒宴だった。「わかってるよ。俺の立場も、重々承知しているつもりだ」 からかうように、疑わしげな目を政宗が向けてくるのを、元親がケラリと笑って受け流し、家康の前に土産を出した。「干しておいた魚を、もって来た。あぶったほうが旨ぇんだが、このままかじっても味が染み出て最高の肴だぜ」「ああ、ありがとう元親」 素直に受け取った家康が、一切れつまんで噛み千切った。「うん、旨いな」 心の底からの賛辞に、元親が子どものように嬉しげな顔になる。この三人の中で、一番体躯が大きく筋骨逞しい元親だが、屈託なく笑えば幼子のような爛漫さが表れる。彼のその笑みを、政宗も家康も好んでいた。「そうだろう、そうだろう。ほら、オマエも食ってみろよ」「Ah、Thank You」 摘んだ政宗もかじり、旨いなと言う代わりに頷いた。「しかし。人目を偲んでとはいえ、こうして三人で酒を飲めるとは、思わなかったぜ」 三人はそれぞれ、別々に親交は有ったが、共にこうして酒を酌むのは初めてであった。「どうせなら、前田とか真田とかよぉ。三成あたりも呼んで、こう、ぱあっと出来りゃあいいのにな」「ああ。そういう世になることを願い、尽力しよう」 さわやかに誠実な声を出した家康の、若々しく理想に輝かせた顔に、ずいと元親が顔を寄せた。「家康。そういう堅苦しい態度は、今はいらねぇだろ? それとも、政宗の前じゃあ、いっつもそんなふうなのか?」 身は家康に寄せたまま、首を巡らせ元親が政宗を見る。「家康は、だいたいいつもそんな感じだぜ? 俺の前じゃな」 含みを持たせた政宗の口の端が、わずかに持ち上がっている。二人は目配せをし、悪童の笑みを浮かべて家康を見た。「えっ、な、なんだ? 二人とも、どうしたんだ」 気配を察した家康が、頬を引きつらせながら笑んだ。「俺の前では、家康はもっと砕けて騒いだりしていたもんなんだぜ」「ほう? 面白そうな話だな。聞かせてくれ。二人の昔語りをな」 政宗が腰を浮かせ、家康の横に移動する。二人に囲まれる形となった家康は、笑みを引きつらせてたじろいだ。「昔語りじゃなく、くつろいで酔う家康の姿を、今、見ればいいじゃねぇか。――なあ、家康。共に戦った政宗の前でも、かしこまった酒しか呑まねぇってのは、ちょっと寂しいじゃねぇか。俺と呑み明かしたときみてぇに、砕けた酒を楽しもうぜ」 がっしりと逞しい元親の腕が、家康の若くはじけるような筋肉を纏う肩に回された。「品行方正を絵に書いたような家康が、どんなふうに砕けた酒を楽しむのか、見せてもらいてぇモンだな。それとも、俺にはまだ、心を開いていねぇから見せられない、とでも言うのか? 絆を掲げているアンタが」 政宗の余分な物が削ぎ落された、しなやかで力強い腕が、元親とは反対側から家康の肩に回る。「なあ、家康」 種類は違うが、それなりの格好をして町を歩けば、通りすがる女が十中八九は振り向くであろう二人の美丈夫に囲まれて、家康は笑みを引きつらせながらも、遠まわしに天下人としての重圧を和ませてくれようとしている彼らの心遣いを、嬉しく思った。 立場を置いて酒を交わす彼らは、年頃の青年のように身近な話から下世話な話までを繰り出し、大いに呑んで笑いあった。止める者の無い酒宴は、家康の用意した酒、政宗の用意した酒、元親の用意した酒の合計が多すぎるのではと、始めのころには「呑みつくせない」と予想していたものを、気がつけばほとんどを呑みつくすほどに、酒を過ごしていた。「ふ、ぅ」 酒気帯びの熱っぽい息を吐いた家康が、ごろりと床に転がり目を閉じる。「お、おいおい。なんだよ家康。寝ちまったのか」 元親が家康に伸ばしかけた手を、政宗が掴んだ。「寝かせておいてやれよ。色々と、気苦労があって眠れねぇ時も、あるみたいだからな」 鋭い目じりに柔和な光を湛えた政宗に、そうかと元親が腕の力を緩める。その腕を、政宗は自分の唇に運んだ。「こういう、くつろいだ酒は久しぶりだ」 言いながら、元親の指を唇でなでる。「アンタは、どうなんだ」 指に唇を押し当てたまま、政宗が持ち上げた瞳が纏う艶麗さに、ごくりと元親の喉が鳴った。「いや、まあ、俺も久しぶりだな。こういう酒は」 目を逸らした元親に目を細め、政宗は唇を手首に移動させた。「っ、ま、政宗」 慌てたように、元親が声を震わせる。「何だよ」「な、何を考えてんだ?」「アンタこそ。何を考えてる」 じり、じりりと政宗が元親の傍による。元親は尻を滑らせ政宗と同じ速度で下がっていくが、背が壁に止められてしまった。政宗は動きを止めず、元親に迫り、彼の足の間に身を入れて膝立ちとなり、元親の頬を包んで見下ろした。「Your drunk figure is sexy」「は?」 うっとりと妖艶な響きを持って降りかかる息の、言葉の意味はさっぱりわからない。けれど政宗の意図は察せられて、元親はうろたえた。「ちょ、ちょっと待て政宗。何を考えてやがんだ」「そんだけうろたえてるってことは、わかってんだろう?」「いや、ちょっ、待っ」 言いかけた元親が、政宗に口を吸われて言葉を切った。ちゅく、ちゅ、と甘やかすような唇に、ほうっと胸がとろける。久しぶりのその感触に、酒で認識力の鈍った意識が従い掛けて「っ! やっぱ止めろ。家康が起きたら、どうすんだ」 ささやき声で抗議した。「どうもこうも。そういう間柄って教えてやりゃあいいじゃねぇか」 政宗の右目が、いたずらっぽい笑みに光っている。酒酔いの戯れではなく、本気らしいと悟った元親が逃れようと腕を上げる前に、政宗は元親の袴の隙間から腕を指しこみ、魔羅を掴んだ。「っう」 容赦の無い力で握りしめられ、元親の体が強張る。「ま、さむね」「どんだけ、アンタの肌を求めていたか、わかるか? 元親」 耳朶に、政宗のなまめかしい声が注がれる。切なく甘いその声音に、元親の腰が疼いた。「なぁ」 耳に注がれた息に、元親の脳が痺れた。「アンタは、俺が恋しく無かったのかよ」「うっ、そ、それは」 政宗よりも隆々とした体躯の元親が、乙女のように目じりを朱に染めはじらう。それに、政宗の下肢が疼いた。「今すぐ、めちゃくちゃに突っ込んで掻き回してぇ」 ぞろりと耳に舌が這った。ぶるると胴震いした元親が、政宗の肩を掴む。「待てよ」「待てねぇ」 政宗の指が、下帯の隙間から入りこんで元親の茂みをまさぐった。「っふ、せめて、違う部屋で」「アンタが声を抑えてりゃ、いいだろう」「でもよぉ」「あんだけ呑んだんだ。しばらくは起きないだろうぜ」 政宗が元親の耳裏に口付ける。なぁ元親と熱っぽくささやかれ、元親の胸が疼いた。「っ、ゆ、ゆっくり、優しくするんなら」 白い肌を朱に染めて、拗ねたように呟いた元親を褒めるように、元親の紫の眼帯に政宗が唇を寄せる。「Ok――ゆっくり、丹念に優しく愛してやるよ」「んっ、そういう意味じゃねぇって、ぁ」 下帯の横から元親の陰茎を取り出した政宗が、クビレに指を絡め、親指で柔らかな先端をくすぐる。もどかしい刺激にふとももをわななかせた元親が、膝を立てて政宗の体を挟んだ。「他の誰かに、ここを弄らせたりしたのか?」「んっ、してねぇ」「really?」 疑問の響きに、元親が頷く。「ひさしぶりに、しゃぶってやろうか」 びくん、と元親が政宗を見た。その目が、淫猥な戸惑いに濡れている。「好きだろう? しゃぶられながら、ケツいじられんの」「っ、馬鹿野郎」 満面を真っ赤にした元親は、否定はせずに目を逸らした。クックと喉を鳴らした政宗が、元親の唇に唇を押し付ける。「しゃぶるのも、好きだよな。口ン中、気持ちがいいんだろ」 政宗の舌が、おとないを告げるように元親の唇をくすぐる。政宗の淫靡な気色に包まれた元親は、おそるおそる唇を開いた。それに満足そうに唇を歪めた政宗が、彼の口腔に舌を忍ばせる。「んっ、んっ、ふ、んっ、ん」 それ自体が意思のある生き物のように、政宗の舌は元親の舌に絡んで遊びだす。躊躇していた元親の舌も、やがて政宗の動きに合わせて踊り始めた。「んっ、ふ、んぅ、う」 舌を吸われた元親が腰を浮かせ、それに目を留めた政宗が、すばやく彼の腰帯を解き、袴を外した。下帯の横から出された陰茎が、天を向いて硬くなっている。「ずいぶんと、ゴキゲンじゃねぇか」 軽く口笛を拭いた政宗を、元親がにらみ付けた。「静かにしろよ」「なら、アンタの口で塞いでくれ」 再び、深く濃厚な口付けが始まる。鼻にかかった元親の甘い声と、濡れた唇の絡む音が、部屋に静かにこだまする。横になって目を閉じたはいいが、最初から眠ってなどいなかった家康は、だらだらと心中で冷や汗をかいていた。 今更、目を覚ますことなど出来はしない。けれどこのままでは、自分が眠っていると思って、二人は睦事を始めてしまう。いや、もう始まっているのか。どうしよう、どうすればいい。「あっ」 高く鋭い声が家康の耳に聞こえ、薄目を開けた家康は息を呑んだ。元親の盛り上がった胸乳に、政宗が吸いついている。胸の色づきを舌でころがされて、元親が肌を小さく震わせあえいでいた。 ごくりと家康の喉が鳴り、下肢がたぎった。あの、色っぽい話など無縁そうな元親が。人よりも抜きん出たたくましさを誇る元親が。「はっ、んっ、んぅ」 政宗に胸乳を吸われて、薄くあえいでいる。 元親の美しさを、家康も知っていた。無防備に眠っているときに、まじまじと彼を見た事がある。長い睫。白く滑らかな肌。整った顔立ち。鬼と称されるにふさわしい体躯でありながら、どこか清らかな乙女を思わせる気配を持つ元親。征服欲を湧き立たせ、従わせたいという望みを元親にかける者が現れても、おかしくはないと思った事があった。(まさか、この二人が) 家康は、信じられぬ思いで二人の情交を薄目を開けて眺めた。目を外そうにも、縫いとめられたように視線が動かない。 家康に見られているとも気付かず、元親は疼く胸乳を政宗にあやされ、浅く甘い呼吸に胸を上下させていた。「っ、は、ぁんぅ」 声を抑えねばと思いつつ、喉を突き上げる淡い音が鼻から抜けてしまうことは、どうしようもない。ゆっくり優しく、という言葉どおりに、政宗はじれったいほどの緩慢さで、元親の胸にたわむれている。本当はもっと強くと願っているのだが、そうされた時に自制が聞かなくなっては困る。ただでさえ、久しぶりである上に酒が入って野欲に素直に従いかけているのだ。政宗の繊細な指に、舌にさいなまれれば、どのような嬌態を現してしまうかわからない。眠る家康が目を覚まし、そんな自分を見たら、なんと思うだろう。(兄貴分として、家康は俺を慕ってくれてんだ。まさか俺が、男に抱かれてヨガッてるなんざ、夢にも思わねぇだろう) そんな姿を見せれば、幻滅されるのではないか。そう思って、元親は体の芯の疼きを堪え、政宗の緩慢な愛撫を受け止めつつ、彼を留める事が出来ぬまま流されている自分に呆れた。「んぁ、は」 かり、と胸乳の尖りに歯を立てた政宗は、元親がくすぶる野欲をもてあましていることも、家康が薄目を開けて眺めていることも気付いていた。気付きながら、この状況に腹の下を熱くたぎらせていた。気付かれていないと思っている二人と、気付いている自分。さて、この二人をどうしてくれようか。 何も、意地の悪い思いだけで、政宗はそうしているわけではなかった。家康と元親の間に、何の屈託もわだかまりも無くなったわけではないと、感づいている。腹を割って話し、うちとけあったはずが、二人は何処か相手に遠慮をしている部分がある。それならば、腹を割るよりも効果的で、何もかもをさらけ出しぶちまけられる行為をすればいいと、政宗は思いついたのだ。 幸い、家康は元親を憎からず思っているらしい。こういう方面でも、だ。元親は単純に家康を可愛い弟分としか思っていないようだが。(家康が成長したのは、見てくれだけじゃ無いようだぜ? 元親) 色めいた方面でも、相応の成長をしたらしい。本人が気付いているのかいないのかはわからないが、家康の元親を見るときの目じりに、時折艶めいたものが垣間見える事を、政宗は見抜いていた。 三人で気の置けぬ酒宴を、と提案をしたのは政宗だ。本当の狙いは、三人で何もかもをさらけ出し、肌身を重ねて打ち合わせること。(どうやら、うまくいきそうだ) あとは、元親の意識をぞんぶんにとろかせて、家康をさりげなく情交に誘いこむだけ。その手腕に、政宗は自身があった。元親の肌は、全て知りつくしている。 続き→2013/11/15