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深読みの誤算

 長曾我部元親自慢の海上要塞・富嶽に迫るものがあった。雲の先から現れたそれを、目をこらして確認した物見役の男が、海の男にふさわしい、太ましい腕を振り回す。それに応えるように、飛来したものは下降し、富嶽の甲板に近付いた。
 それは、おそろしく大きな鎧武者だった。長曾我部軍の機巧にも劣らぬ体躯をした武者は、背より噴出する熱波で空を飛んでいる。その背に立っていた青年が、身軽に飛び降り物見役の男に笑みを浮かべた。
「久しいな!」
 海の男に負けず劣らず、たくましい四肢をした青年の笑みは、幼子のような無邪気さを漂わせている。その頬や瞳の輝きの中に少年の名残が見て取れる彼は、長曾我部親衛隊の者らにとっても親しみを向ける知己であった。
「家康さん!」
 徳川家康。それが彼の名であった。
「突然すまない。元親が久しぶりに帰ってきたと聞いたんでな。会いに来たんだ」
 わずかにはにかむ家康は、今は天下人という立場におさまっているが、少年だったころより元親と夢を語り合う同士のような、兄弟のような存在であった。家康が絆の力を掲げて日ノ本の統一を成し遂げたとき、元親は海外を目指して出航した。日ノ本に残っていれば、自分は形の上だけであろうとも、家康の配下、という立場になる。それでは家康の気のおけぬ相手が皆無となり、彼の弱音や立場を忘れた振る舞いをする場が無くなってしまう。それを見越して、元親は家康の知己であり袂を別った男、石田三成と大谷形部吉継と共に外海に出た。と、家康は受け止めていた。
 元親は、そのようなことを言うような男ではないが、長曾我部親衛隊の者らの言動の端々から、家康はそういう理由も元親の海外進出の中に含まれていると、察していた。
「土産も、用意をしてきたんだ」
 家康を背に乗せてきた、彼の腹心・本多忠勝が甲板に土産を下ろし、そのまま飛び去る。自分が残っていれば、家康が心底から気をゆるめて元親と語らうことは出来ないだろうとの配慮からだった。
「ああ、家康さん。兄貴も家康さんに会いたがっていたんス」
「そうか」
 ぱ、と家康の頬に嬉しげな血が通う。それに、長曾我部親衛隊の男は気まずそうに目を逸らした。
「ただ、その、今はちょっと」
 ん? と家康が目を丸くし、首を傾げた。
「その、毛利が兄貴の部屋に」
 語尾を濁す男に、ああと家康が納得の顔になる。
「毛利殿もいらしているのか。ワシと同様、元親の不在を寂しく思われていたのだろう。色々とあったわだかまりが、泰平となり親しみに変わったのだろうか」
 ひとりごちる家康を見ながら、甲板にいた男たちは顔を見合わせた。面には、どうしたものかという困惑が浮かんでいる。それに内心、首を傾げながらも家康は、長く争っていた相手と親しくしている、ということに毛利元就が気まずく思うのではないかと、彼らが心配しているのだろうと予想した。
「教えてくれて、感謝する。ワシは、元親の部屋へ行ってみるよ。邪魔そうなら、早々に退散するとしよう」
 そう言って、さっさと歩き出してしまった。
 止める言葉を思いつけず、甲板の男たちは頬をひきつらせつつも、なるようにしかならないと気持ちを切り替え、持ち場に戻った。

 室内に、押し殺したうめきが流れる。明り取りのハメ殺しの窓から差し込む陽光で、室内は存外に明るい。その光に、二つの白い肌が泡のように浮かび上がっていた。
 一つは、華奢と言えなくも無い、引きしまった体躯の小柄な。
 一つは、隆々としたたくましい筋骨の大柄な。
 その二つが肌を薄く汗の膜に包みつつ、絡み合っていた。
「ぁ、は、もぉり、んっ」
 大柄なほう。長曾我部元親が、長い睫を震わせてあえぐ。左目を覆う眼帯は取り外され、洞となった目と傷跡が白い肌に目立っていた。白銀の髪に白い肌。海の底に眠る貝に育まれた宝玉のように、つやめき光る元親の腕におさまる毛利元就は、形の良い顎に褐色の髪を沿わせ、薄く開いた元親の唇を眺めていた。
「もぉりぃ」
 元親の腕が元就を促し、唇を求める。それに応えながら、元就は元親の陰茎に細く長い指を絡ませ、彼の野欲を責めていた。
「ずいぶんとこらえ性の無い体よな。長曾我部よ」
「んぁ、は、そんっ、焦らされたら、ぁ」
 元親の足の間に座った元就は、もうずいぶんと長く、彼の牡を指でもてあそんでいる。元親の白い肌は朱を浮かべ、先走りに濡れた下生えは、てらてらと光っていた。
「我を思い出させておるだけよ」
「んぅうっ」
 むっちりと盛り上がった元親の胸筋の先に震える尖りに、元就の舌が伸びる。捉えられ、吸われ、元親は背を仰け反らせた。
「は、ぁ」
 胸乳の刺激が下肢に走り、下肢の刺激は全身に広がる。足の指を握りしめ、元就の好きに堪える元親の太ももはわななき、元就を逃すまいと、彼の腰を掴んでいた。
「さすがは鬼、というところか。欲に従順な反応を示す」
「ぁは、もぉり、ぁ、もぉ、イキてぇ」
 元親の願いを鼻先で吹き飛ばし、元就は爪で彼の蜜口を掻いた。
「はひっ」
 びくん、と元親が飛び上がる。そこに、部屋の外から声がした。
「元親。毛利殿。邪魔をしても良いだろうか」
 元親が淫蕩に濁していた目を正気に戻し、元就がそれを忌々しそうに睨んだ。
「い、家康」
「すまない、元親。元親が戻ったと聞いて、会いに来たんだ。邪魔なようなら、また出なおそう」
「かまわぬ。入るがよい」
 元就の返答に、元親は目を零さんばかりに驚いた。元就は普段の冷たい顔のままで、平然としている。
「ちょ、毛利。何考えて――」
「では、失礼する」
 元親が制する間もなく、家康は戸を開け絶句した。裸身の二人が身を寄せ合っている。停止してしまった思考を再開させた家康が、あわてて目を逸らした。
「す、すまない。その、まさか二人の仲がそこまでとは思わず、無粋なことをした」
「早く部屋に入って、戸を閉めよ。徳川」
「うぇっ、ちょ、毛利」
「かまわぬ。入らぬか」
 眉を下げ、助けを求めるように家康が元親を見た。元親も、同じように情けない、気まずそうな顔をしている。元就だけが平然と、背筋を伸ばしていた。
「毛利殿。某、その、やはり邪魔なようだと思う」
「我が入れと言うておる。さっさと入って戸を閉めよ」
「元親、その、ワシは……」
 どうしていいのかわからない家康と、頑として彼をいれようとする元就に、元親は盛大な溜息をついて腰の辺りを手近な布で隠し、頷いた。奇妙な顔をしつつ、家康が入り戸を閉める。
「天下人ともあろう者が、この男が戻ってきたと聞いて飛んできたか」
 冷笑を浮かべる元就に、家康はぎこちなくも微笑んだ。
「ああ。友の久しぶりの帰郷だからな。つい、忠勝に頼んで来てしまった」
 すうっと元就の目が薄氷のように細められる。
「貴様も鬼の淫蕩に付き合う気でおったのか」
「え?」
「ばっ、毛利。おま、何言ってんだよ!」
 家康がきょとんとし、元親が慌てた。
「家康、家康と、うるさく名を呟いておったではないか。会えたのだから、もっと喜べばよい」
 能面のように表情の無い元就の、それでも瞳に滲む感情に気付き、元親は胸を甘く絞られた。
「毛利。もしかして、家康に嫉妬してんのか?」
「くだらぬ」
「元親、その、ワシはやはり邪魔なようだから、二人が語り終えるまで待つとしよう」
「その必要は無い」
「しかし、毛利殿。某はやはり、邪魔になると思うのだが」
 元就が元親の首に腕を回し、引き寄せながら家康に顔を向けた。
「そこで終わるまで、見ておればよい」
「は?」
「へ?」
 とんきょうな声を出した二人を一瞥し、元就はうっすらと口の端に笑みを浮かべた。
「この鬼の飼い主が誰かを、教えておかねばならぬ。徳川よ。絆を掲げるのならば、我らがそのような絆を繋いだということを、目の当たりにしておくがよい」
 家康が目をぱちくりさせて元親を見、元親はやれやれと疲れた顔で微笑んだ。それを受けて、家康は腹を決めた。
「では、そうさせてもらおう」
 どっかと腰を下ろした家康に、不快そうに眉根を寄せた元就は、ふんと鼻を鳴らして元親の陰茎を握った。
「っ、……」
 とっさに声を抑えた元親の耳に、元就が唇を寄せる。
「先ほどまでのように、素直に声を出せばよい。徳川に見られてもよいと、判断したのだろう」
「んぁ」
 耳朶を唇で甘く刺激され、胸乳の尖りを摘まれて、元親が小さく啼いた。え、と家康が驚きを示し、元就がそれを横目で見ながら、元親の首に唇を滑らせ、彼の牡をしごきつつ胸を吸った。
「は、ぁ、んんっ、く、ぅん」
 元親の鼻から甘い音がこぼれる。ぽかんと口を開けて眺める家康に見せつけるように、元就は元親の野欲の熱を蘇らせた。
「ぁ、は、んんぅっ」
「先ほどのように、飼い主の名を呼んで強請らぬか」
「ぁ、飼い主って、ぁはぅう」
 元就の意図を察し、かまわないと判じた元親だが、羞恥をぬぐいさることが出来ずに身を硬くする。元親の羞艶さに、家康は自分の腰が疼くのを感じた。
「んっ、ぁ、は、も、ぉりっ」
 弟のようにも親しく思っていた知己の前で、乱されている。了承したとはいえ、その感覚が元親の肌に知らぬ快楽を芽生えさせた。小さく震える元親の肌に歯を立てて、元就は彼が腰にまとわりつかせた布を退け、猛り濡れ光る元親の陰茎を家康に見せた。
「見よ、徳川。飼い主に可愛がられ、あさましい鬼が喜んでおる姿を」
「ひっ、ぁ、ばかっ、ぁ、毛利」
 ごくりと家康の喉が鳴る。怒張した元親の牡は家康の視線に刺激され、小さく蜜を吹き上げた。
「足を広げよ、長曾我部。足りぬであろう」
「うっ、うう。性格悪ぃ」
 腕で顔を隠し文句を言いつつ、元親は膝を立てて足を広げる。みっしりとした元親の胸筋を手のひらで押し、彼を横たえた元就は、濡れた指で元親の尻を探った。
「ひっ、ぃ、ぁう」
 はきとは見えないが、その声と陰茎の震えで、家康は元就の指が元親に沈んだ事を知った。
「んはっ、は、はぁ、あぁう」
 元就の指が元親の内壁を撫で、快楽点を刺激する。
「ひっ、ぃいっ、ぁ、もぉり、そこっ、ぁ」
「存分に、啼いてみせよ」
「ぁ、ふ、くぅうっ、そんっ、ぁ、待てっ、待っ、ぁ、家康がっ、ぁ、見て、ぁ」
 元就が不快そうにあざ笑った。
「徳川も、貴様の痴態に反応をしておるわ。案ずる事はない」
「ひっ、そんっ、ぁ、はぁああううっ」
「イキたいと願っておった望みを、叶えてやる」
「んぁっ、そ、ぁ、こんなっ、こんっ、ぁ、ああぁあああっ」
 弱い所を攻め立てられ、元親は腰を突き上げ牡を震わせ、留められていた蜜を吹き上げた。びくんびくんと痙攣する元親の肢体に、家康の下肢が滾る。それに気付いた元就が、弛緩した元親におおいかぶさった。
「貴様の放つ魔羅を見た徳川が、欲を張りつめさせておる」
「んっ、そんな、ぁ、は」
 あえぐ元親の目じりに浮かぶ涙を、元就の唇がぬぐった。
「徳川よ。この猥らな鬼に劣情をのぼせた証を、見せてやるがよい」
「毛利殿、それは」
「早くせよ」
 言いさした家康を、元就が促す。渋々と腰のものを落とした家康の、猛々しく若い牡が零れ落ち、その逞しさに元親がツバを飲み込んだ。元就が忌々しそうに元親を見下ろす。
「徳川の魔羅も、咥えたことがあるのか」
「は? ちょっと待て。毛利、なんでそんな発想になるんだよ」
「貴様のあさましい体ならば、それも頷けよう」
「いやいやいや。ちょっと待て。毛利、なんか勘違いしてねぇか? 俺と家や……っはうぅ」
 元親の言葉を、秘孔を掻き回して遮った元就は体躯の良い若々しく輝く家康の肌を睨み、さわやかに刈り込まれた黒髪を眺め、幼さの残る精悍な顔つきを見つめた。
「この鬼を欲するか。徳川よ」
「それは、毛利殿のように、元親の身を乱し繋がりたいという意味で、だろうか」
「もしそうならば、諦めよ。この鬼は、我のものぞ」
「いやいや、毛利。家康と俺は、そんなんじゃねぇから。乗った俺も、俺だけどよぉ。家康も、なんか巻き込んじまって悪かったな。もう、付き合わなくてもかまわねぇから」
「貴様は黙っておれ」
「ひんっ」
 内壁を抉られ、元親が高く細い声を上げた。
「その、元親がそちら側だということに、まずは驚いているんだが。……そうだな。欲しくないと言えば、嘘になるな」
「へ? 家康、おま、何言っ……はうっ」
「白々しい狸よ。そのように欲を滾らせておいて、いらぬとも言えるというのか」
「毛利殿は、元親を手放す気は無いのだろう」
「この鬼は、我の所有。天下を取ったとて、貴様の欲する鬼は、我が手の内よ。それを知らしめてやろうとしているまで」
 くすくすと家康が元親の顔を覗いた。
「ずいぶんと、惚れられているな。元親」
 それに、元親が困ったような得意そうな顔をした。
「ひねくれてるもんで、大変だけどよぉ」
「何をこそこそと話しておる」
「なんでもない」
「なんでもねぇよ」
 同時に発した二人の声の重なりに、元就は腹の底に不快を溜めた。こうなればとことん、元就の気の済むようにしようと、元親と家康が視線で言いあう。
「それより、毛利。さんざん焦らされて、疼いて仕方ねぇんだ。俺がアンタのモンだって、家康に見せつけんだろ? なら、早くくれよ」
 元親の大きな手のひらが、元就の細い顎に触れる。ふんと鼻を鳴らした元就が、元親の足を叩いた。
「鬼には、畜生のような姿が似合いぞ」
「ああ、はいはい」
 わかったわかったと、元親がうつぶせになり元就に向けて尻を上げる。くしくもそれは、顔を家康の陰茎に向けることになり、元親は目の前の家康の陰茎に、いたずらっぽく目を光らせた。
「そんなになってりゃ、痛いだろう?」
「え? 元親……わわっ」
 ぱくり、と元親が家康の牡を咥えた。
「っ!」
 元就が衝撃に目を見開き、硬直する。それを気配で感じながら、元親はニヤリとした。
「毛利がさっさとくれねぇから、目の前のに喰らいついちまったじゃねぇか。俺は、淫乱な鬼なんだろ? その飼い主が、きっちりと制御しねぇと、こういうことになっちまうぜ。はむっ、んじゅっ、は、すげ、家康の、でけぇ」
「躾が足らぬようだな」
「足りねぇのは、鬼の餌だぜ。毛利」
 忌々しそうに元就が元親の尻を掴んで、家康を睨んだ。
「この鬼が我の所有であると、思い知らせてくれるわ」
 その挑戦的な目を、家康はさわやかに受けた。
「どちらが、鬼を満足させるに足るかどうか、ということなんじゃないのか。毛利殿」
「よう言うわ」
 吐き捨てた元就が、元親の秘孔に牡を埋めた。
「ひぎっ、ぁ、は、はぁあ、あ」
 元親が背をそらせ、埋まる熱に身を震わせる。口から逃れた家康の陰茎が、元親の頬を叩いた。
「は、ぁあ、もぉりぃ、ぁ」
「どうした。あさましく欲し、悦んでみせよ」
 元就が腰を動かす。それに合わせて元親が身をくねらせつつ、目の前の牡に手を伸ばした。
「はっ、はぁ、あっ、んじゅっ、はんぅう」
「はぁ、元親」
 しゃぶられる心地よさに吐息を漏らし、家康が元親の髪を撫でる。
「貴様は、我のものぞ。不要なものを、欲するでないわ」
 元就の腰の動きが早くなり、元親の媚肉を縦横無尽に掻き乱した。
「んはっ、はぁあ、もぉりっ、ぁ、はぁああ」
「元親。毛利殿に突かれる心地は、どうなんだ」
「んぁあっ、奥っ、ぁ、熱ぃの、は、もぉり、ふと、ぃああ」
 音に出せばより快楽が増し、元親は強請るように腰を振った。
「は、徳川よ。貴様の奪う隙など、欠片も無いわ」
 元親の言葉に、元就が得意げに言い放つ。
「元親。俺の魔羅よりも、毛利殿の方が立派ということか?」
「んふっ、ぁ、はぁあ、もぉりの、ぁ、すご、は、いっぱぁ、とける、ぅうっ」
 家康の牡にしゃぶりつくのを忘れ乱れる元親に、元就は勝ち誇った顔で家康を見た。家康はそれを強い瞳で見つめ返す。
「まだ、わからないさ」
 元親の鼻先で手淫をする家康を睨みつけ、元就は元親を自らの熱で乱した。
「これほどに鬼を乱せるは、我のみよ」
「ワシの熱も、味わって見てくれ、元親。毛利殿より、満足させられると思う」
「貴様ごときに、この鬼は扱えぬわ」
「やってみなければ、わからないだろう?」
「ひんっ、ひはっ、ぁ、もぉりっ、ぁ、もぉ、熱いのっ、ぁ、奥にっ、ぁ、早くっ、ぁ、あぁあ」
「ああ、こんなに欲しがって。ワシなら、望むままに与えるのになぁ、元親」
「餌をすぐに与えるは、甘い証拠よ」
「ひぁううっ、もぉりっ、もぉりぃい」
「こんなに涙を流して、かわいそうに」
「気安く、我のものに触れるでないわ」
「もぉ、ぁ、ああぁあああああっ」
 元就の熱が元親の野欲を抉り、体をしならせ元親が果てる。その奥に元就は熱を注ぎ、家康は彼の顔に欲蜜を噴きかけた。
 くたりと弛緩した元親から自身を抜き去り、元就が家康を冷ややかな目に映し、微笑する。
「この鬼が誰の所有か、しかと理解したであろうな」
 それに、家康が不敵に、爽快な笑みを返した。
「まだ、元親は某の味を知らない。味わってみて、かわるかもしれないとは思わないか」
 元就の目に険が走った。
「だが、まあ。今日の所は退散しよう。今はまだ、毛利殿の、ということにしておくさ」
 そっと元親の髪を撫でた家康が立ち去るのを、忌々しそうに元就が見送った。
「ん、もぉり」
 気だるそうに元親が呼び、元就は苛立ちをそのまま乗せた手で、乱暴に元親の顔にあった家康の欲液を拭った。その手付きと表情に、元親はとろけそうな笑みを浮かべ、口付けをねだった。

 ふぁ、と喉の奥まで見えそうなあくびをしつつ、腕を伸ばした元親が、甲板で海を眺めている家康に気付いた。
「家康」
 声をかければ、陽光のような笑みを浮かべて、家康が振り返る。
「ああ。おはよう、元親」
「おう。なんか、妙なモンを見せちまって、すまなかったな」
 歩み寄りながら、照れくさそうに髪を掻く元親に、家康は肩をすくめた。
「ワシも、まさか元親と毛利殿が、そういう仲とは知らずに無粋をして、すまなかった」
 しかし、と家康が少し人の悪い顔になる。
「驚いた」
「ああ、そりゃあ、まあ、そうだろうな。まさか俺が突っ込まれるほうだとは、思わねぇだろう」
「そうじゃない。その、いや、まぁ、それも驚いたんだが。それよりももっと驚いたのは、毛利殿だ」
「ああ」
 頷いた元親が鼻の下を伸ばした。
「あんなに嫉妬するたぁ、思わなかったぜ」
「途中から、ワシに嫉妬を煽る片棒を担がせたろう」
 片目をすがめた家康に、ニヤリと元親が歯を見せる。
「毛利は変に頭が良すぎるせいか、勘繰りすぎちまうんだよな。そんで、自分がワケのわかんねぇことをしちまってるって、きっと気付いていなかったんだろうなぁ」
 ふふふと家康が、のろける元親の胸を拳で軽く突いた。
「それほどに惚れられていると、自慢をされたというわけか」
「俺が仕掛けたわけじゃねぇぜ。久しぶりに毛利と会って、家康の名を出したは出したけどよ。まさか、あんなに嫉妬するとは」
「毛利殿が勘違いをするほど、元親はワシを大切に思ってくれているということか」
 視線を絡ませ、家康と元親が拳を軽く打ち合わせる。
「何を、こそこそとしておる」
 そこに、鋭い声が割って入った。
「おう、毛利ぃ」
「ああ、毛利殿」
 眉間に深いしわを刻み、元就が元親と家康の間に、さりげなく身を滑らせた。
「久方ぶりに顔を見たのならば、もう用は済んだであろう。さっさと帰るが良い」
「帰ろうにも、まだ忠勝が迎えに来てくれないんだ。それに、毛利殿こそ十分に元親と語り合っただろう? 某はまだ、元親とさまざまな話をしていないんだ」
 ちり、と元就の気配が鋭くなる。それに頬の筋肉をゆるませて、元親が元就を背後から抱きしめた。
「朝っぱらから、言い争うんじゃねぇよ。腹が減ってるから、苛立つんじゃねぇか? 飯、食おうぜ」
 ふんと鼻を鳴らした元就が、元親の腕から逃れて船室へ歩き出す。その姿を見送った家康がぽつりと。
「意外だな」
「あんま、いじめてくれんなよ?」
「ワシが嫉妬をしても、いいぐらいだ」
「さっさと来ぬか」
「はいはい」
 苛立ちを隠そうともしない元就に、嬉しげに返事をした元親が小走りになる。二人の背を眺め、家康は眩しそうに目を細めた。
「本当に、悋気を起こしてしまいそうだ」
 呟きを海風に流した家康が、二人の後をゆっくりとした足取りで追った。
2014/05/08



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