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西海の兄筋魚

 毛利元就は、端麗な眉をひそめた。
 目の前にあるものは、自分の予想をはるかに超えるものであった。それをどう認識し、受け止めていいのかがわからない。
 一方、元就の前にいる者は、親しげな笑みを浮かべて気楽な様子をしている。元就は、心を鎮めるために人払いをした。
 元就がいるのは日輪と名づけられた、巨大な要塞のような船に作られた、大きな生簀の前であった。
 巨大な船を動かすには、それだけの人数が必要となる。それら全ての人間の食料を船に積むとなれば、相当な量が必要となる。船は海に浮かぶ。海には豊富な食料が泳いでいる。ならばそれを捕らえ、生簀に入れておけば良いという案が出て、設えられたものだった。
 今朝、食料となる魚を捕らえるため、船につけてある地引網を引き上げたところ、人魚がかかったとの報告があった。ばかばかしいと思いつつ、元就は時間の空きを見つけて足を運んだ。人魚の肉は不老不死を与えるという。そんなものが本当に存在をするのであれば、見てやってもいいという気持ちからだった。
 そして元就は、生簀の中でくつろいでいる男を見た。透けるように白い肌。白銀の髪。人魚はとても美しいと伝説にある通り、生簀の中にいる男の鼻梁は整っていた。だが、想像とはまるで違う。人魚とは、なよやかな容姿をしているものとばかり思っていたが、目の前にいるのは隆々とした筋骨たくましい男だった。
「何、ぼうっと見てんだよ」
 生簀の男が声をかけてくる。
「驚きすぎて、声も出せねぇのか?」
 にやりとされて、元就は不快になった。彼にバカにされるいわれは無い。
「貴様か。網にかかった間の抜けた珍獣というのは」
「珍獣たぁ、ご挨拶だなぁ」
 元親の冷ややかな声を面白がるように、男は口の端を持ち上げた。皮肉な笑みであるはずのそれが、妙な人懐こさをかもしている。左目をおおう紫の眼帯が、妙な色香を添えていた。
「アンタが、この船の主か」
 大きな魚の尾が、水際を打った。
「それは、貴様の尾か」
「おうよ。立派なモンだろう?」
 盛り上がった胸筋を誇示するように、男が胸をそらした。水が鎖骨のくぼみから、胸筋の谷を滑って落ちる。元就は目をこらした。水中にある男の下半身は、たしかに魚のようになっている。
「そのように見せかけているだけでは無いのか」
「あ? 疑うのかよ。もっと、こっち来てよく見てみろって」
 ほらほらと誘うように、男が尾を振った。
「そうして、我を引きずり込み、溺死させようという魂胆か」
「ンな事ぁ、しねぇよ。ばかでっけぇ船が俺の縄張りに現れたから、どんな奴が乗ってんのか、気になってよぉ。そんで、わざと網に入ってみたってぇワケだ」
 カラカラと、何が面白いのか男が笑う。
「けど、こぉんな細っこい女みてぇな別嬪さんが、船の主だとは思わなかったぜ」
 元就の顔に亀裂のような不快が走った。
「おっと。気にしてたか? 悪かったな」
 困ったような顔で、それでも口辺の笑みは消さずに謝罪する男をにらみつけ、元就は背を向けた。
「あっ、おいおい。なんだよ。もう行っちまうのか」
「人魚の肉は永久の命を授けると聞く。貴様を活け造りにするよう、命じておこう」
「は? ちょ、待て待て待て待て! この西海の鬼、アニキンギョの俺を食おうってのか?」
「アニキンギョ?」
 足を止めた元就が、いぶかしそうに振り向いた。
「おうよ。この西海を支配している鬼、アニキンギョたぁ、俺の事よ」
「くだらぬ」
 フンと元就は鼻を鳴らした。
「金魚は海にはおらぬ」
「金魚じゃねぇよ。俺を兄貴分と慕って、海の奴らが呼んでる、あだ名みてぇなモンだ。兄貴ってのと、この俺のたくましい筋骨と、しなやかな魚の尾を称えて、兄筋魚ってな!」
 元就が、遠慮の無い侮蔑を満面に浮かべた。
「海の生き物と言うのは、ずいぶんとつまらぬ名づけをするものなのだな。我が頭脳に、そのようなくだらぬ思考が挟まれてはかなわぬ。食すのは止めだ。早々に貴様を棄却するよう命じておこう」
 すたすたと元就が去ろうとするのを、兄筋魚の声が追いかけた。
「つれねぇじゃねぇか。この海の主が挨拶に来たってぇのに、茶の一つも出さねぇのかよ」
「魚類ごときに茶など不要。欲しいのならば、そこから出てきて我が部屋へ来てみるが良い」
「アンタの部屋へ?」
「自らの力で、我の元へ来られるというのであれば、の話だが」
 凪海の表面のような元就の声に、兄筋魚がニンマリとした。
「そんなら、たっぷりと酒を用意しておいてくれよ。今夜、必ず行くからよぉ」
 生簀部屋を出る前に、元就はこれ以上無いほど冷ややかな目を向け、薄い唇を笑みの形に歪めた。
「貴様の戯言に、付き合ってやろう」
 生簀部屋を出た元就は、夕餉の後に酒と杯を部屋へ運ぶよう、命じた。

 元就の居室となっている船室に、月光がゆらゆらとただよっていた。人の気配は周辺にない。元就が人払いを命じてあった。
 さて、と元就は目の前の徳利と杯を見る。あの男は来るだろうか。
 太い腕で体を支えながら、這って来る事は出来そうだと、元就は思う。だが、あの男の笑みは、それよりも簡単に、この部屋へ行きつく方法があると示していた。
 得体の知れぬものを待つ元就は、彼の来訪を楽しみにしている自分に気付いた。本能的な部分が、彼の訪れを待ち望んでいる。けれど理の強い元就は、それを知的好奇心からなるものだと位置づけた。
 この海を支配しているというのなら、利用価値がある。何よりも、あのような者は珍しい。あの肉体であるなら、それなりに使い所があるだろう。
 そう思いながら元就が月明りを浴びていると、足音が聞こえた。忍ぶ様子も無く、堂々と響く足音は迷うそぶりも見せずに近付いてくる。やがて足音は部屋の前で止まり、扉が開いた。
「約束どおり、来たぜ。毛利」
 白い肢体を月光に青白く浮かび上がらせている男は、間違いなく生簀にいた者だった。
「ちゃんと酒を用意してくれてんじゃねぇか」
 うれしそうに、男は部屋に入って胡坐をかいた。元就は彼の下肢に目を向ける。一糸纏わぬ彼の腰から下は、ウロコの一枚も無い。完全な人間の足だった。
「へへっ」
 元就の視線を受けて、男は自慢げな声を出す。
「驚いたかよ。渇けば、人の足と同じになれんだよ」
 にわかには信じられず、元就は手を伸ばした。みっしりと硬い太ももが、指に触れる。
「ちゃんと、足だろ?」
「ずいぶんと、都合の良い体よ」
「毛利も、俺みてぇになりたいか」
 元就の眉間にしわが寄った。
「貴様。何故、我の名を知っている」
「何故も何も、どうやって行けばいいのか、わかんなかったからよぉ。道を聞いたら、毛利様とか元就様とかアイツらが言っていたからな。毛利元就ってんだろ? アンタ」
 男が歯を見せて笑う。元就をすっぽりと覆い尽くせるほどの偉丈夫であるのに、その笑みは童子のようであった。
「そうか。では、貴様の名を教えよ」
「へ? 俺は西海の鬼、兄筋魚って――」
「それは、あだ名と申しておったな」
「別に、その呼び名でかまわねぇだろ」
 男の頬が引きつる。元就は身を乗り出し、男の太ももに乗せている手を滑らせた。なめらかな肌に目を細める。
「貴様の名を、聞かせよ」
「ああ、いや……それは…………あ、ほら。酒! 酒を呑みながら、のんびりと過ごして、そっから――」
「我は、今、教えろと命じている」
「そんな急がなくったって、いいだろう」
「教える気が無いのであれば、聞きだすまでよ」
「うえっ? あ……っ、ちょ、毛利」
 元就の手が男の下生えを探った。やわらかな陰茎を掴み、指の腹でくすぐる。
「妖の類は、名を取られると従わねばならぬそうだな」
「いや、それは……」
 男の目が泳ぐ。
「ぞんぶんに可愛がり、聞き出してやろう」
「ちょ、アンタ……っ」
 元就が強く陰茎を握れば、男は息を詰めた。
「簡単に急所を掴ませた貴様の負けよ」
「キレイな顔して、エグイな……毛利」
 元就は表情を変えずに、手の中の男をもてあそんだ。抵抗の兆しがあれば、クビレを締め付け、蜜口を爪で抉る。歯を食いしばって堪える男の肌が、薄桃に染まった。上気した彼の肌に、元就の欲が疼いた。
「は、ぁ……なぁ、も、やめねぇか。こんな、面白くねぇだろ」
「貴様が名を明かせば、それで終わる」
「んぁっ」
 根元を扱かれ、先端を指の腹でこねられて、男は顎をそらし声を放った。とろとろと快楽の蜜が流れ落ち、男の下生えを濡らして月光に煌かせる。
「はっ、ん……毛利、ぁ、もうやめ」
「貴様も、いい加減に屈すればいい」
 仰け反った男の胸筋が、元就の眼前に迫る。ぽっちりと浮いている胸の実に誘われ、元就は舌を伸ばした。
「ふぁ、あ」
「ほう。貴様、ここでも快楽を得られるのか」
「んっ、ぁ、やめ」
「ならば、名を明かすが良い」
 唇に手の甲を当てて、男が首を振った。元就は舌をそよがせ、淡い刺激を胸乳に与えつつ、泉のように蜜を湧かせる陰茎に指を絡めた。
「ふっ、ふぅ……は、はんぅ」
「床に落ちて溜まるほど濡れるとは。貴様、ずいぶんと淫蕩な性質(たち)のようだな」
「ふはっ、ぁ、違……」
「何が違う。我が舌に転がされるのを喜び、胸乳を震わせておるくせに」
「ふ、ぁあ……毛利ぃ」
 切なげに呼ぶ男のまつげが濡れている。元就の胸が震えた。
「名を、我に呼ばせよ」
 こぼれた元就の声は、熱っぽく掠れていた。自分の声音に驚きながら、元就は男の目に唇を寄せる。
「貴様ばかりが我を呼ぶなど、許せぬ」
 濡れた瞳が元就を見つめた。生まれてから今までの、元就の全てを見つめるような澄んだ目に、元就は唇を寄せる。心臓が切なく痛み、淡い熱を発している。今まで感じた事の無い心地に戸惑いつつ、元就は湧き上がった得体の知れぬ想いのままに口を開いた。
「我にも、貴様の名を紡がせるがよい」
 男の手が元就のほほを包む。顔が重なり、舌が絡んだ。男から求めてきた口吸いに、元就は彼の陰茎を擦る手を止めずに応じた。喉に絡む淫靡な彼の息が、元就に沁みる。
「……か」
 男が呟いた。
「何だ」
「だから、俺の名。長曾我部元親」
 目じりに朱を注して、男が告げた。
「呼べよ。――俺も、呼ばれてぇ」
 元就は口内で名前を幾度か転がしてから、音にした。
「長曾我部」
 花がほころぶように、元親が笑う。
「毛利」
 元親が、唇で元就にじゃれた。
「名を聞いたからには、止めねばならぬな」
「えっ」
 身を引こうとした元就は、強くたくましい腕に包み止められた。
「何だ」
「いや、その。何だ、じゃねぇだろ」
 元親が唇を尖らせる。
「貴様の名を知るために、我は貴様の急所を攻めた。屈したからには、これ以上をする必要はあるまい」
「ううっ」
 元親が呻く。元就は目を泳がせる彼が、自分を求める事を望み、待った。元親の全てを自分のものとしたいという欲が、ふつふつと元就の内側で煮えている。彼に求められたいと、願いのような望みを抱えていた。
「毛利よぉ」
 叱られた子どものように、元親が元就の顔をうかがった。
「何だ」
 元就は平静を装った。元親は唇を揉むように動かし迷って、元就をにらむ。
「くそっ!」
 悪態を着いた元親に押し倒され、元就は目を丸くした。
「何を……っ!」
 元親が乱暴に元就の下肢を剥き出した。そこが熱く凝っている姿を見て、元親が安堵の息を漏らす。
「なんだよ。毛利もデッカくしてんじゃねぇか」
「貴様、何をするつもりだ」
「仕返しに決まってんだろ」
 にやりとした元親が、元就の陰茎にかぶりついた。
「うっ」
 ぬめる元親の口内で、元就の欲が温められる。恍惚とした顔でしゃぶりつく元親の姿に、元就の腰が疼いた。
「はふっ、んっ、ふ」
 元親の腰が揺らめいている。しゃぶりながら自身を扱く彼の姿に、元就の理性が切れた。
「離せ、長曾我部」
 容赦の無い平手が元親を襲った。
「ぐっ、ぅう」
 衝撃で口を離した元親から逃れた元就は、彼の背後に回った。
「あっ、何……毛利」
「我を欲しているのなら、与えてやろう」
 元親の背後に回った元就は、彼の尻を割った。元親の蜜でたっぷりと指を濡らし、秘孔に押し込む。
「は、ぁあっ」
「大柄な身には不釣合いの、小花よ」
「ふ、ぁあ」
 細い元就の指が、繊細な動きで元親の内側を探る。良い箇所を指が滑れば、元親の四肢に力がこもり、尻にエクボが浮かんだ。
「はふ、ぁ、もぉりぃ」
「だらしのない声を出すでない。……こちらも、もう少し堪えよ」
 元就の手が元親の陰茎をなでた。
「はふぅうん」
 心地よさげに元親が啼く。渇いた秘孔を濡らすのに、元就は彼の蜜を用いた。切れ間無く流れるそれを指に絡め、秘孔へ塗りこめる量よりも、溢れる蜜の方が多く、床に丸く溜まっていく。
「妖の精は留まる事を知らぬのか」
「はひっ、ぁ、あ……毛利ぃ」
 懇願するように、元親が首を巡らせ元就を呼んだ。元就の欲も、これ以上は無いほどに屹立している。熱く滾る胸を押さえ、欲している気配を出さぬまま、元就は元親の尻に熱をあてがった。
「ぁ、は、毛利、ぁ、早く」
 欲しいと元親が強請る。
「我がものと成るか。長曾我部よ」
「んぁあ……なるっ、からぁ……毛利、早く、毛利ぃ」
 元就が深く沈む。
「はんっ、は、はぁあああ」
 十分にほぐされた元親の媚肉は、元就を歓迎した。狭く熱い元親に包まれ、元就は眉根を寄せる。身をくねらせて欲しがる元親に翻弄されぬよう、元就は乱暴に突き上げ、掻き乱した。
「はんっ、は、はぁあっ、もぉりっ、ぁ、は、ぁああ」
「くっ、長曾我部……っ」
 競うように互いを高め、はじめの極まりを迎える。うっすらと汗ばんだ広い背中に、元就は唇を押し当てた。
「は、ぁ……毛利よぉ」
 元親の指が、汗でしっとりとした元就の髪に絡んだ。
「今度は、前から繋がろうぜ」
 強請られるままに、元就は元親から抜けた。元親が両腕両足を広げて、仰向けになる。
「ほら、毛利」
 吸い寄せられるように、元就は彼にかぶさった。
「は、ん……っ、ぁ」
 うれしそうに熱を飲み込む元親に、元就の胸が詰まった。味わった事の無い感情に、元就は困惑する。
「へへっ」
 幸福そうにゆるんだ元親の唇に、元就が顔を寄せた。元親の腕が元就をくるむ。
「俺の名を呼びてぇんだろ? 遠慮なく呼べよ、毛利」
「長曾我部」
「もっと、もっとだ。毛利が呼べば、俺ぁ必ず、応えるからよ」
 だからもう、さみしくねぇぞと耳にささやかれ、元就は弾かれたように元親を穿った。
「んはっ、は、ぁあ、はげしっ、ぁ、毛利ぃ」
 全てを見透かされた気がして、それを振りほどきたくて、元就はがむしゃらに元親を追い詰めた。
「毛利っ、ぁ、もぉりぃい」
 声を限りに、元親が呼び続ける。それを砕くように、元就は文字通り精根尽きるまで、腰を打ちつけ続けた。
 最後の精を放ち終え、元就は倒れこんだ。広くあたたかな元親の胸が、それを受け止める。指一本動かす事すら億劫なほどに、元就は全てを元親にぶつけていた。目を閉じた元就の髪に、元親の指が触れる。なでられる心地よさに身を任せている元就を、眠っていると判断したのだろうか。元親が動き、元就から離れた。瞼を上げるのも辛く、元就は耳を済ませて遠ざかる足音を追う。起こさぬように配慮をしているのだろう。そっと離れた足音の先で、窓の開く音がした。
 行くのか、と元就は胸中で問う。
 我を残し、行くのか――と。
 どれほどの間があったろう。
 元就の耳は、何かが水に落ちる音を拾った。
 それを最後に、元就の意識は深い漆黒の安寧へと落ち込んだ。

 日輪と名づけられた、巨大な要塞のような船には、船員たちの食事となる魚を入れておくための、大きな生簀があった。
 元就はその前にたたずみ、見慣れた魚が泳ぐ姿を眺めている。
「目新しいものは、何も無いな」
 つぶやいた元就の横で、ぴしりと背を伸ばした男が答えた。
「珍しかなものが捕らえられたときは、ご報告いたします」
 元就は、うるさそうに男を見た。察した男が頭を下げて去る。
 一人になった元就は、生簀の魚に語りかけた。
「貴様ら……西海を統べているという、白銀の髪をした男を、知っているか」
 答えるものは、どこにもいない。
「我に名を告げ、どこに消えた」
 長曾我部よ、とつぶやいた元就の耳に、さみしくねぇぞとささやいた元親の声が響く。
「さみしいなぞと――くだらぬ」
 鼻息で軽くあしらった元就は、生簀を覗いた。
「我のものに成ると申したではないか。――貴様、どこにいる」
 ぽつりとこぼれた音が、海水に沈んで溶ける。
 水面は静かに、元就の姿を映していた。
2014/12/09



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