一人、前田慶次は散り行く桜の下で酒を呑んでいた。常に共にいる小猿、夢吉の姿も無く、慶次は舞う桜に目を細め、ほろほろと唇をしめらせる。「今年も、見事だよなぁ」 慶次の前には酒を満たした古びた茶碗が置いてある。けれどそれを手にする人物は、どこにも見当たらない。「なあ、秀吉」 慶次はその茶碗で酒を呑んでいた友の名を呟いた。ひらりと舞う花弁が、茶碗の酒に色を添える。自らを覇王と名乗り、軍事力を持って国を治めようとした友は討たれ、今は絆を掲げる男が日ノ本を治めている。「また、バカやれる時代になったよ。秀吉」 大きな戦は終わったが、くすぶり程度の小競り合いや、戦で疲弊した村や町、そこに住まう人の苦労はまだまだ続く。けれど大切な誰かを無慈悲に踏みにじられるようなことは、もう無いだろう。大切なものを守るために、大切な人を失わなければならない時代は、終わったのだ。「あの頃と、まったく同じってわけにはいかないけどさ。それでも」 それでも、と慶次はその先を音にせず、酒と共に呑み下した。 秀吉は、もうどこにもいない。いくら探しても、いくら叫んでも、秀吉の姿を見る事は出来ない。 唇を噛みしめ、慶次は秀吉と共に毎年のように見上げていた桜に、目を細めた。人が踏み込みづらい山の中腹にあるからか、桜はみっしりと深く太く根を張り巡らせ、見た事もないほどの大木となり、たわわに花弁を開いている。 誰も知らない、慶次と秀吉しか知らない穴場中の穴場。こっそりと酒を持ち出し、二人で花見に興じていたあのころは、共に酒を呑めなくなる日が来るなど、夢にも思わなかった。「見事だな」 ふいに声がして、慶次は身をこわばらせた。その声が、ほんの一瞬、秀吉のもののように思えた。高く結い上げた豊かな髪が踊るほど首をめぐらせ周囲を見回し、ゆったりと木陰から現れた男の姿に驚愕し、見開いた目をすぐ剣呑に細める。「松永、久秀」 うめくように名を呼んだ慶次など知らぬ風で、久秀は宮中をゆるゆると進むように、桜に目を向け歩み寄る。「これほどの桜があるとは、知らなかったよ」 全身に警戒をみなぎらせ、慶次は久秀を注視した。悠々とした足取りで桜の真下に立った久秀は、幹に手のひらを添えて見上げた。「実に、見事なものだ。人に土を踏み固められることない、この場所だからこその宝、というところだろうな」 優雅な仕草で久秀が慶次に向いた。妙な威圧感、あるいは得体の知れぬ貫禄といったものが、久秀の全身からにじみ出ている。慶次はごくりと喉を鳴らした。 秀吉と別つ要因となった男、松永久秀。ほんのちょっと、イタズラをしかける。そんな軽い気持ちだった。自分と秀吉の身体能力をすれば、大人など軽くあしらえるという自身があった。事実、今まではそうだった。慶次は得意になっていた。大人たちが、どこかで許す気持ちを持っていたからこそ、慶次も秀吉もイタズラをイタズラで終わらせる事が出来ていたなどと、気付きもしなかった。この、松永久秀に完膚なきまでに叩きのめされ、命を奪われそうになるまでは。 久秀は慶次を見つめ、呑む相手のいない茶碗酒を見て、傍に寄り、座った。花弁のたゆたう酒を眺め、おもむろに手を伸ばす。「それに触るな!」 慶次が鋭く叫び、久秀は敵意をむき出しにしている彼を見た。「……かつての少年が、立派になったものだ」「それに、触るな」 懐かしげにつぶやいた久秀に、慶次が唸る。ふむ、と久秀は茶碗酒と慶次を見比べる。「これは、覇王となった青年との思い出の酒、というところか。いやはや、過去の美しい友情を噛みしめている所を、邪魔してしまったとは。無粋な事をしたと、謝罪すべき所、か」「ふざけるな!」「ふざけているつもりは、無いのだがね。卿の思い出の邪魔をしたことは、謝ろう。だが、この桜は卿のかね? そうでないのならば、私が愛でても問題は無いと思うが」 あくまでも冷静に、居丈高になるでもなく、卑屈になるでもなく言う松永の言葉に、慶次は返すべき言動を浮かべる事が出来なかった。たしかに、この桜は誰のものでもない。慶次が久秀を咎める権利は無い。 久秀は慶次を観察した後、秀吉のものであった茶碗を手にして、浮いている花弁ごと酒を飲み干した。声も出せぬ慶次の目の前で、久秀は空になった茶碗を撫で、唇を舐める。「悪くない、な」「っ!」 湧きあがった情動のままに、慶次は久秀の胸倉を掴んだ。歯が鳴るほどに食いしばり、睨みつけてくる慶次を、久秀は何の感慨も浮かべずに見上げた。「ここで、私を殺すかね。それもいいだろう。卿は、自らのしでかした失態で、友の行く末を変えたというのに、私のせいであると思いたいようだからな」 からかうでもなく、あざけるでもなく、久秀は言う。「俺がアンタを殺そうとしたら、あの忍が現れて先に俺の首を落とすんじゃないのかい?」「それは、風魔のことかね。……風魔は、もう私の所にはいない」「え」「いつまでも隠居をしない、かつての栄光に縋る年寄りの傍に居たいそうだ。いやはや、まさかアレが平和というものに浸れるとは、思っても見なかった」 久秀の目が、慶次を突きぬけ遠いどこかを見つめる。「戦乱の世で、私が手に入れたものは、名物と言われる無機物だけだったな」「松永、アンタ……ひとりぼっちなのか」 慶次の怒気がゆるみ、久秀は口の端を持ち上げた。「ひとりぼっち、か。そんなふうに思った事は無いが。なるほど、世間から見れば、私はそうなるのだろう。茶飲み友だちであった者も死に、手塩にかけて育てたはずの者も、私の手から巣立ってしまった。――卿にとっては、良い状況だと思うがね」「なんで」「友との友情を断ち切った仇とでも言うべき相手を、思い出の桜の下で簡単に殺す事が出来る。復讐を企てるものなど、いやしない。もっとも、彼らは私が殺されたと言って復讐をするなど、思いつきもしないだろうが」 久秀の口調はあくまでも穏やかで、悲観をしているわけでも自暴自棄になっているわけでもないことが知れた。自然に、冷静に、この状況を把握している。まるで他人事のように。別世界の出来事のように。 もしかして、と慶次は思う。久秀は、死にたがっているのではないだろうか。 そんはなずはと打ち消す端から、その思いが蘇る。久秀自身、気付いていないのではないか。平穏な世についていけず、魂は戦乱の世に繋ぎとめられたまま、所在無くたゆたっているのではないか。「さあ、どうした? 私が憎くはないのかね」「ああ、憎いね」 慶次は片方の口の端を持ち上げた。自分の声が震えているのは、迷っているからだ。久秀もまた、ある意味では時代の犠牲者とも言えるのではないかと感じてしまった。自分が孤独である事に気付けぬまま、生きてきてしまったのではないか。戦乱の世ならば、気付く必要も無かったかもしれない。だが、平穏な日々がくれば――。 孤独に気づけない彼は、死ぬ事すら選べない。それは、どれほどの空虚を抱えて生きることになるのだろう。「アンタは――」 それは、絶望よりもなお広い、無という名の有であり、静穏という名の無限の無ではないのか。 ぞくり、と慶次の骨髄が得体の知れない恐怖のような安寧に震えた。 勉強をしろと、無理やりに読ませられた書物にあった言葉を思い出す。完全なる魂の消滅。輪廻の渦に抱かれ、何ものをも感じることなく、考えることなく、有るのか無いのかすらもわからず、無限に広がる空間に溶け――。 気が付けば、慶次は久秀の唇に自分の唇を押し付けていた。久秀の目が、わずかに驚きに開いている。それに勇気を得て、慶次は腹を決めた。「アンタを、簡単には殺さない」「ほう? では、どうするのかね」「屈辱にまみれさせて、後悔をさせてやる」「かつて、私が卿らにしたように、かね」 久秀はまっすぐに慶次を見た。面白そうな光りを宿す久秀の目を、慶次は睨みつける。「ああ、そうだ。殺されたほうがマシだったと思うような、屈辱を味わわせてやる」「卿に、それが出来るとは思わないが」「これでも、遊び人の傾奇者でちょっとは知られているんでね。アンタのような男が、男に組み敷かれて犯されるってぇのは、どんな気持ちになるのか、わかるつもりだよ」「ほう。面白い。やってみたまえ。この私に、卿のイチモツが反応をするというのならば、な」「男は、どんな相手でもヤろうと思えばヤれるもんさ」「なるほど」 久秀に抵抗の意思は無いらしい。慶次は久秀の腰をまたぎ、乱暴に彼の胸を開いた。無駄を削ぎ落とし、その上に合理的に鍛え抜かれた、成熟した胸筋が現れる。自分の弾力あるみっしりと若い肌とは違うそれに、慶次は手を伸ばした。 やわらかく沈む慶次の指を、久秀は興味深げに眺める。他人事のような目を実感のそれに変えてやると、慶次は久秀の唇に唇を重ねた。久秀は四肢を投げ出し、薄く唇を開いて慶次を受け止める。人のぬくもりのある人形を相手にしているような、手ごたえの無さに戸惑いながら、慶次は久秀の舌をくすぐり誘い、吸い上げながら胸筋を揉み乳頭をつまんだ。「ふ、っ」 わずかに久秀の眉がひそめられる。口腔を丹念に舐れば、どんなに頑なな蕾でも野欲の花が開く事を慶次は知っている。体と魂が乖離しているような久秀の意識を、しっかりと触れている肌の中に封じ込めてやろうと、慶次は久秀の口腔に執着した。「んっ、ふ、はぁ」 久秀の舌が浮く。それを掬うように慶次は舌を絡めた。指につまむ乳頭が硬く震えるのがわかる。「ふは、は、ぁ、卿は、ぁ、なるほど、慣れているようだな」「うるさいよ。黙って、俺に犯されてな」「ふ。ありきたりな台詞だな」 久秀の瞳が、うっすらと濡れている。下ごしらえは十分だと、慶次は唇を久秀の首に移動させ、噛みついた。「うっ」 強く吸い、跡をつけながら降りていく。尖り震える胸の蕾を舌で撫で、口に含んだ。「っ、――ぁ」 喉の奥で引っ掛けたような音を、久秀が漏らす。コリコリと歯で擦り、尖りに血の気を通わせる。久秀の肌が汗ばみ、しっとりと若い娘の肌のように、慶次の手に吸い付いた。少し乱暴に胸筋を揉みしだき、慶次は久秀の野欲の蕾を丁寧にほぐす。無抵抗の久秀は、まだどこか意識と肉体が乖離しているような顔をしていた。「ずいぶんと余裕な顔をしているのは、もう枯れちゃってるから。なんてことは、ないみたいだな」 慶次の手のひらが久秀の下肢を包んだ。「卿は、それほど私を年寄りだと思っていたのかね。そんな年寄り相手に、卿のモノは役に立つのかどうか、見物だな」「見物? 何を言ってんだよ。感じるんだ。アンタの、ココでね」 布越しに、慶次が久秀の尻をつつく。ふ、と久秀が鼻で笑った。「そうか。それは、楽しみだ」 久秀の真意がどこにあるのかはわからないが、抵抗する気は無いままのようだと、慶次は久秀の下肢を光にさらした。十分ではないが、久秀の陰茎は反応を示している。それを握り、慶次は再び久秀の口を吸った。「んっ、ふ――卿は、口吸いが好きなのか。私に、舌を噛みきられでもしたら、どうするつもりかね」「どうもこうも。急所を握っているのは、コッチも同じだよ」「うっ」 牡の先端を握りこみ、手のひらで捏ねれば久秀が息を呑んだ。久秀の瞳が湿り気を帯びて揺れ、呼気が浅く荒くなる。慶次の手の中の陰茎は十分な硬さと熱を有し、淫蕩の印を滲ませた。腕を投げ出したままの久秀の指が草を掴み、震える。ようやく意識が体に収まったようだと、慶次は久秀の右膝を肩に乗せ、足を開かせた。「アンタを恨んでいる相手に、急所を掴まれているってぇのは、どんな気分だい?」「殺そうという意思が見受けられないのでね。なんとも言えんな」「そうかい」「っあ」 久秀の陰茎を口に含みしゃぶりながら、彼の蜜嚢を揉む慶次は、久秀の顔を見た。唇を震わせ、熱にうわずり頬をひきつらせる姿に、慶次の腰に熱が集まる。愛おしさとも違う。支配欲とも違う。何かわからぬ熱いものが、慶次の胸に広がった。「ふ、んっ、ぁ、は、は、く、ぅ」 肩に乗せている久秀の太ももに力がこもり、肉筋が浮かび上がる。腹の筋肉も溝を深め、二の腕もこわばり、久秀が快楽に堪えていることを示していた。「こんな青二才に、いいようにされて感じている気分はどうだい? 松永さん」「は、生意気な口を利く男だな、卿は……っあ」「もっと、素直に声をあげてもいいよ」「そうさせられない自分の未熟を、恥じたらどうかね」「ああ、そうかい。そんなら、遠慮なくさせてもらうよ」「っは、ぁふぅうっ」 犬歯の尖りを鈴口に立て、陰茎を甘く噛む。クビレと鈴口を噛まれた久秀の腰がわななき、陰茎が脈打った。それが暴れ出す前に口内に引きいれて、慶次は吸い上げながら舌で転がし上あごで擦る。蜜嚢を揉みながら空いている手を伸ばし、乳頭をつまんで遊べば、久秀の目じりから生理的な涙が溢れた。「ふは、ぁ、はっ、ぁはっ、はぁううっ」 土を抉るほど草を握り、四肢をこわばらせる松永の意識は、完全に肉体と同化している。それを確信し、慶次はそのまま彼を絶頂へと追いやった。「っ、――〜〜〜〜!」 声無き叫びを上げ、久秀が慶次の口内で果てる。筒奥のものまで吸い上げた慶次は、久秀の尻を広げて菊の座へ唇を押し当て、含んだ彼の欲蜜を注いだ。「っう、は、なるほど。潤滑油がわりかね。はぁ、あ、しかし、屈辱を与えたいのならば、ぁ、そのような気遣いは、無用だと思えるのだがな」「コッチが気持ちよくなりたいだけだよ。濡らしておかなきゃ、楽しめないだろう」「なるほど……ぁ」 久秀の腰を押し上げ、慶次は彼の顔を見ながら菊の座に舌を押し込み、唾液も交えて奥を濡らす。放った久秀の陰茎が揺れて、慶次の視界の邪魔をした。「また、硬くなってきているみたいだね」 舌から指に変え、秘孔をさぐりつつ慶次が笑う。あざけりに失敗したような、悪童止まりの表情に、久秀は苦笑した。「は、卿の復讐は、実に子どもじみているな」「それを甘んじて受けているってのは、大人の余裕ってやつかい?」 慶次は軽口を叩きつつ、久秀は繋がりを求めているのではないかと感じていた。そしてそれを自分でも気付けぬまま、慶次に好きにさせているのではないか。憶測でしかない。けれど確信に近い直感で、慶次はそう判じていた。あるいは久秀は慶次の思いも及ばぬようなことを、考えているのかもしれないが。「んっ、ぅ、はっ、ぁ、はぁ、あ」 慶次の指が久秀を開く。揺れていた久秀の陰茎が硬さを取り戻し、しなった。「枯れるどころか、溜まっていたみたいだね。もう、こんなになってる」 秘孔を探りながら、慶次が久秀の牡にかぶりつく。唸った久秀が、ニヤリと口の端を持ち上げた。「卿は、よほど私を年より扱いしたいらしいな」「そっちが俺を子どもだと思っているから、よけいにそう感じるんじゃないの? 昔、こっぴどく世の中の厳しさを教えた相手に、こんなふうにされちまうってのは、どんな気分だい」 久秀は右手を持ち上げ、慶次の頬に触れた。「そんな相手を抱こうとする気持ちは、どのようなものかね」 頬に添えられた久秀の手に、慶次は手を重ねて微笑んだ。「さあね」 久秀の手のひらに唇を寄せた慶次は、祈るような心地がした自分に首を傾げた。「さ。仕上げといこうか」 久秀から指を抜き、慶次は猛る牡を彼の秘孔に押し当てた。「なるほど。卿の言っていたことは、本当のようだな。男は、どんな相手とでも出来る、か。ふむ。だからこそ、色々と面倒なことになる、ということか」「分析してないで、今から自分が犯されるってことを認識しなよ」「私の意識が他に向く余裕を作った自分を、恥じたほうがいい」「あ、そう。なら、こっからはもう、そんな余裕は持たせてあげないよ、と」「ぃぐっ、ぁ、お、ぅうっ」 みし、と久秀の秘孔が軋み、慶次の牡が押し込まれる。入り口の狭さに比べ、濡らされ広げられた肉筒は、するすると若い熱を歓迎した。「は、ぁ。なかなか、熱くて良い具合だね。松永さん」「んぁっ、は、ああ、卿は、十分に、ぁ、私に欲を向けているようだ」「まだまだ。こっからだよ」「ひぐっ、ぃ、ぁは、あ、ああ」 久秀の太ももを押し広げ、慶次が腰を打ちつける。苦しげに眉根を寄せて悶える久秀の陰茎は、萎えることなく揺れている。「どうだい、はぁ、心地は」「んぁっ、は、余裕だな、ぁ」「気持ちよすぎて、クセになっちゃったりして」「ぁ、それは、どちらのこと、ぁ、かねっ、は、ぁう、く」 慶次の肌に汗が滲む。喘ぎ開いた久秀の唇から舌が覗き、それを味わいたくて、慶次は体を折った。「んふっ、ふはっ、ぁ、は」 久秀の唇が甘く感じるのは気のせいだ。慶次は脳髄が痺れるような感覚を振り払おうと、激しく久秀を突き上げた。「ひっ、は、はぁあっ、ぁ、くぅあ、ぉお」 求めるように久秀の媚肉がしまり、慶次を高みへ連れて行く。久秀の熱が慶次に伝わり、体中を満たして行く。渦巻く熱が慶次の生命と絡まり、久秀へと流れていく。 この感覚は何だろう。 慶次は夢中で熱を追い求めた。久秀が身をくねらせてそれを受け止める。「は、はぁあっ、ぁ、く、は、はぁあ」 熱で濁る久秀の瞳から、澄んだものが流れ落ちる。松永久秀という名の生き物が、たしかにここに存在している。 ああ、これはきっと最高の復讐だ。 慶次は直感した。浮遊する彼を平穏な世に留める事こそ、至上の屈辱を彼に与えるだろう。孤独である事にすら気づけぬほどの人間が、平穏を実感する事でどれほどの苦痛を味わうか。平穏を求める自分が、戦乱を実感するたびに心に受けた傷。それと同じものを、これからこの男は感じることになるのだ。「っ、はは」 慶次の奥から笑いが込み上げて来る。「あはははは」 哄笑しながら、慶次は久秀を蹂躙した。「ふはっ、ぁ、ああっ、は、はぁあ」 久秀の髪がほどけて乱れる。荒く上下する久秀の胸筋を乱暴に掴み、慶次は思うさま腰を打ちつけた。汗ばむ二人の肌に、舞い散る桜が色を添える。「はっ、はは、ははははは」 慶次が笑う。「ぁはっ、は、はぁあう、ぃあ、あぁ」 久秀が啼く。 慶次の熱がはじけて久秀の内部を満たし、肉体と魂の融合を果たした久秀の解放が、慶次の腹を濡らした。「は、はぁ、あ、は、はぁ、あ」 小刻みに震えて空気を貪る久秀の口を、慶次の唇が覆う。「ぁ、は……楽しかった、かね」 絶え絶えな問いに、慶次は微笑みで答えた。「こんなもんじゃ、すまさないよ。もっと、何度も、屈辱を味わわせてやるから」 久秀の乱れた髪を指で梳き、額に唇を寄せる。若く弾ける肌に覆われた、逞しく広い慶次の胸に抱きしめられ、生命力溢れる香りを嗅がされて、久秀は目を閉じる。「なるほど。地獄よりも酷い思いを、させられそうだ」 その呟きに腕を解き、慶次は泣きだしそうな顔で、不敵に笑った。「死んでも後悔するくらい、酷い目にあえばいい」「覚悟をしておこう」 吸い寄せられるように唇が重なる。 春は、始まりの季節。 今までの何かに別れを告げて、新しい時を刻むための歯車が嵌めこまれた。2014/04/28