くつろいだ雰囲気の、気の置けない内々の酒宴。 そんな趣向であるにもかかわらず、他人にはわからぬほどのよそよそしさを、長曾我部元親は感じていた。酒は申し分なく、料理も満足のいく物が並んでいる。日ノ本の外へとこぎ出した元親が、土産として持って帰った洋酒を、対峙している知己の青年は笑顔で味わい、めずらしかな外国の保存食を、おっかなびっくり食しては笑った。 久しぶりの、二人だけの、誰にも気がねをすることのない時間。それなのに、薄い膜のようなものが自分と目の前の彼、天下人となった徳川家康の間にある。 傍目にはわからぬほどの、月光の薄さのようにさりげないそれに、元親が気付かぬはずはない。家康は何を思って、さりげない隔たりをかもしているのだろう。それともこれは、自分のいない間に彼が身につけてしまった妙なクセなのかと、元親は杯をあおりながら家康を見た。「ふう。外国の酒というものは、妙な感じだな」「気に入ったか?」「嫌いじゃないが、ワシには合わないような気がする」 開け放たれた障子の先に、薄明かりに照らされた庭が見える。「少し、冷えてきたな」 家康が立ち上がり、おぼつかない足取りで障子を閉めた。洋酒は、家康の足に響いたらしい。ふらふらと戻る家康の腕を、元親はつかみ引き寄せた。「うわっ」 たくましく盛り上がった元親の胸に、精悍な青年となった家康が落ちる。「元親?」 腕の中で見上げてくる顔は、初めて会った頃の、夢と気負いを小さな体いっぱいに満たしていた、少年の頃のままに見えるのは自分だけだろう。元親は丸く開かれた瞳に微笑み、顔を寄せた。「元親」 吐息のように、家康が呼ぶ。瞳の奥に揺れるものを見つけ、元親は再び唇を重ねた。「久しぶりだ」 滲む声音に、家康がはにかむ。そういう仕草は生娘のようで、元親は幾度開いても初心なままの彼を、手折る罪悪と嗜虐とに肌を膨らませた。「本当に、久しぶりだな。元親」 再会の折の挨拶とは違う、どこか艶めいた気配が漂う家康の声を、元親は口内に受け入れ呑み下した。元親の肌身に、家康の想いが沁みる。 声にならない声が、元親の耳に届いた。「俺も、会いたかった」 返事をすれば、家康は目元をゆるめ、ほんとうにうれしそうに、照れくさそうに肩をすくめた。 みっしりとした二人の胸筋が寄り添い、戦乱の世を戦い抜いた、家康のたくましい腕が元親の首にかかる。「元親」 おそるおそるの声音に甘えを感じ、元親は丸太のような腕で家康の腰を抱き、唇を貪った。「んふっ、ふっ、んっ、ん」 ぎこちなく舌を伸ばして、家康が元親に応える。緊張の硬さを持った舌を引き出し吸えば、家康の腰が跳ねた。「んふっ、ふ、ぁ」 会わなかった期間を埋めるように、元親は執拗に家康の舌を吸い、口腔を犯し尽くした。呼気すらも奪うほどの激しい口付けに、家康の目じりに涙が滲む。口の端から飲みきれなかった唾液がこぼれ、元親はそれを舐め取りながら、腰を抱きよせ頭を押さえ、家康を舌で犯した。「んぅうっ、んふぅうっ、うううっ」 元親の首に絡んだ家康の腕に力がこもる。褐色の家康の肌に赤味が差し、海の男とは思えぬほどに白い元親の肌も色づく頃になってやっと、元親は家康に呼吸を許した。「はぁっ、は、はぁ、あ、は、はぁ」「ちったぁ、つまんねぇ意地を脱ぐ気になったか?」 元親が悪戯っぽく歯を見せて、家康は笑みながら眉を下げた。「かなわないな。元親には」「俺を前にして、気負うんじゃねぇよ」 ちゅっと軽く、家康の額に元親の唇が触れる。「天下人としての気負いを、脱がせてくれ。元親」 嫣然と熱っぽくささやいた家康に、元親が獰猛な笑みをひらめかせた。「言うようになったじゃねぇか」「あはは」 腰を抱いたまま、元親は家康にかぶさった。耳に、首に吸い付きながら着物を脱がす。「ぁ、元親」「脱がせろよ、家康」 ほんのりと目じりを染めて、家康がうなずく。元親は家康の首にたわむれ、胸乳に手を差し入れながら余計なものを剥ぎ取り、家康もまた元親の肌身を月光にさらした。「また、デカくなったんじゃねぇか」 ニヤニヤと元親が家康の胸筋を揉む。ほどよい弾力のあるそれは、元親の指を適度に押し返した。「元親ほどじゃないさ」 家康も手を伸ばし、みっしりとした元親の胸筋をつかんだ。「当然だ」 互いの盛り上がった胸筋をまさぐり、額を寄せて楽しげに喉を鳴らす。自分の胸筋を揉ませたまま、元親は手のひらを滑らせ家康の腹筋を探り、下帯の中に指を入れた。「っあ」「準備万端だな」 若い性はすっかり起き上がっていた。ひきずりだし、大きな手のひらで包んで擦る。「はっ、ぁ、元親」 身を捩る家康が、強く元親の胸筋を握った。白い肌が赤くなる。「まぁ、俺も人のことは言えねぇがな」 凄みのある笑みを浮かべ、元親は自分の陰茎を取り出し、家康のそれと共に握った。「っ!」「な?」 家康は唇を噛んで目をそらし、恥ずかしそうに首を縦に振る。家康の陰茎と重ねた元親の牡は、痺れるほどの熱を有していた。「っ、は、元親」 互いの牡を同時に擦る元親に応えるように、家康が腰を揺らす。「家康」「ぅんっ、んっ」 唇を重ね、元親は家康の嬌声を自分の喉に納めた。「んふっ、んっ、んんっ、んっ、んはっ、ぁあ」 ぶるっと震え、家康が欲を放つ。それにあわせて元親も噴き上げ、家康の腹の肉筋に、二人の子種が溜まった。「はぁ、は……元親」「あーあ。手形がついちまったじゃねぇか」 身を起こした元親の胸筋には、くっきりと家康の手形が残っていた。「すっ、すまない」「握りしめちまうぐれぇ、気持ちよかったってことだろ」「ぐっ」 言葉を詰まらせた家康の唇を、ケラケラと声を立てながら吸う。「ま、こんぐれぇは許してやるか。俺ァ、もっとすげぇことをしでかすからな」 意味深に目を細めた元親が、ごそごそと瑠璃色の小瓶を取り出した。きょとんとする家康の目の前で、自慢げに揺らしてみせる。「香油ってやつだ。向こうでは、色んな使い方をするらしいぜ。もちろん、こういう使い方も含めてな」「うわっ」 香油の瓶につられて上体を起こしていた家康が、足を持ち上げられて転がる。「久しぶりだからな。まずは、後ろからにしておくか」 あけすけな元親に、家康の満面が真っ赤に染まった。「もっ、元親……っ」「なんでぇ。やめるなんざ言うなよ」「ああいや、そうじゃない……そうじゃないんだが」「なんでぇ」「ううっ」 床に額をつけ腕で顔を隠した家康に、天下人としてあらねばという気負いは見えない。安堵の息を気付かれないよう漏らした元親は、家康の尻を割り、貴重な香油を惜しげもなく垂らした。「んっ、んんっ」「いい匂いすんだろ?」「うう〜」「そんな余裕、無ぇか」「ひっ、ぁ、元親っ、ぁ、ああ」 粗野な振る舞いとは裏腹に、元親の指は繊細に家康の秘孔を探る。たっぷりの香油に助けられ、指はすんなりと肉壁に包まれ蠢いた。熱いここに自分を埋める心地を思い出し、元親が喉を鳴らす。「んっ、ふ、ふくぅうっ、う」 四肢に力をこめて、家康が快楽に耐える。揺れそうになる腰を留めて震える姿に、元親の野欲は募った。「家康」 呼気が荒い。久しぶりの行為に、十分な準備をしてからと思うのだが、これ以上は元親の理性が保ちそうになかった。「大丈夫だ」 肩越しに振り向き、涙に潤んだ熱っぽい瞳で元親を見る家康の声が、快楽に掠れている。頷いた元親は家康の腰を掴み、ゆっくりと熱を彼に沈めた。「がっ、ぁ、ぅうっ、う」 苦しげに家康が呻く。元親は腰に当てていた手を伸ばして、家康の陰茎をつかんだ。そこは硬さを保ったまま、床に先走りを垂らしている。「はっ、ぁ、元親、ぁ」 喉を詰めながら喘ぐ家康を少しでも楽にさせようと、元親は慎重に腰を進めながら、彼の陰茎を扱いた。「んっ、ふ、元親、ぁ、いい、から……元親の、好きに」 秘孔を進む元親の熱と質量に、どれほど彼が張りつめ、気遣ってくれているのかを知り、家康は上体を捩って元親に腕を伸ばした。快楽にしゃくりあげながら笑む家康の指に唇を寄せ、それを返事とした元親は一気に腰を進めた。「ぁぐっ、はっ、ぁ、ああっ」 背を反らし、家康が息の塊を吐き出す。細かに震える彼を引き起こし膝に乗せ、しっかりと抱き締める。「は、ぁ、も、とちか、ぁ」「ったく。俺に気を使うんじゃねぇよ」 クスリと家康が鼻を鳴らし、背中で元親に甘える。「人のことを言えないだろう?」 とろける家康の目元に、元親の唇が落ちた。そのまま肩に唇を寄せて鼻を鳴らす元親の髪に、家康の指が絡む。「久々の、家康の匂いだ」「なんだ、それは」「ちっとも変わんねぇ、家康の匂いだ」 ぴたりと家康が動きを止めた。「天下人だなんだっつっても、家康は家康だ。本質は変わらねぇ」「――元親」 元親の腕に力が篭る。家康は元親の髪に頬を擦り寄せ、唇の動きだけで想いを伝えた。気配に気付いた元親が顔を上げ、二人はしっとりと瞳を重ねて絡み合う。 月光のようなよそよそしさの薄絹は取り払われ、むき出しの魂を昇華し果てた二人は、童子のように無垢な笑みを浮かべて眠った。2014/09/29