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君が見えなくて

 徳川家康は、月明りに浮かぶ男の肌が、うっすらと赤味を帯びているのを確認した。
「元親」
 そう言って彼が勧めるのは、ほんのりと甘い花の香のする蜜酒。外ツ国の珍しい酒が手に入ったと、家康は海の向こうに浮かぶ国々に憧れを抱いている男、長曾我部元親を呼んだのだった。
「おう」
 元親はうれしそうに、大陸からやってきた白い器を家康に差し出す。そこに家康が酒を注げば、月明りが杯に浮かんだ。
 海の男とは思えぬほど白い肌と、繊細な顔立ちの元親を、月光が冴え冴えと浮かび上がらせている。闇夜に凛と浮かぶその姿を、家康は眩しく見つめた。昼日中の太陽の欠片を集めて輝いているような彼の唇に、杯が触れる。液体が彼の喉を通り、体内へ。それを、家康は羨望にも似た気持ちで見つめていた。
 彼の腹程度の身長だった家康は、今や立派な青年となっている。みっしりとした体躯に、健康的な力強い肌。意思の強そうな、きりりとした眉に、精悍な顔立ち。どこからどう見ても、自信に溢れているように思えるのだが、成長したと感じてもなお、内外ともに大きな元親に想いを向けていた。
「はぁ、旨ぇな」
 歯を見せて笑う姿は、少年のような無邪気さを浮かべている。戦国の世にあって人を統べる立場でありながら、屈託というものを感じた事が無いように笑える元親を、家康は慕っていた。
「そうだろう?」
 胸中にある鬱屈など、ほんのわずかも見せずに家康は笑う。自分はいつから、こんな笑い方が出来るようになってしまったのだろう。
 ほう、と家康の肉厚の唇から息が漏れた。元親の、酔いに濡れた瞳がきらめく。彼の瞳にある酔いが、酒酔いのためだけではないと、家康は知っていた。
 そろそろ、大丈夫だろうか――。
「元親」
 そっと名を呼べば、元親の瞳の輝きが増した。そうと思ったとたんに、激しく口を吸われる。
「んぅうっ」
 しっかりと大きな手のひらに頭を押さえつけられ、口内を舌で舐られる。息苦しいが、もとより逃れる気などない家康は、元親の鍛え抜かれた肩に手を伸ばし、受け入れるように口を開いて舌を伸ばした。
「ふっ、ぅ」
 呼気を奪うほど激しいくせに、家康の頭や腰に触れている腕は優しい。互いの盛り上がった胸筋が、着物越しにぴったりと隙間なく重なり、高まった心音がそのまま相手に流れてしまいそうだ。
「ふはっ、ぁ」
 頭の芯が痺れてくる。それでも元親は口吸いを止めない。舌を吸われ、甘い疼きが下肢に走る。家康は瞳を潤ませ、元親の頭を腕に包んで求めた。
 無意識にくねる家康の体を、元親の腕が支える。みじろぎ擦れる着物がはだけ、裸身の肌が触れ合った。うっすらと汗ばんでいる肌の感覚に、家康は接吻とは別のめまいを覚える。心臓が、張り裂けんばかりに叫んでいる。元親が欲しいと、彼に求められたいと望んでいる。
 家康の胸乳が尖り、元親の肌に擦れる。それが心地よくて、家康はますます身をくねらせた。
「はっ」
 潤み細められた家康の目に、しっかりと開いている元親の目が映っている。燃えるような淫靡さをひらめかせる、獣のような鋭い瞳に家康の下肢が震えて濡れた。膨らんだ陰茎が下帯の中では狭いと疼く。家康は足を開き、元親の太ももに擦りつけた。体をずらした事で、元親の胸の尖りが家康の胸筋に触れる。元親の胸乳の先も硬くなっていることに、家康の興奮が増した。
 彼の下肢も、硬くなっているのだろうか――。
 手を伸ばして確かめようと家康が思う前に、元親の手が家康の下肢をつかむ。元親の指が下帯をずらせば、家康の陰茎は喜び勇んで飛び出した。濡れた先端を、元親の指が確かめるように撫でる。
「ふはっ、は」
 元親は家康の唇を離すことなく、家康の下肢を検めながら身を横たえた。元親に覆いかぶさられた家康は、足を大きく開いて彼を求めていることを示す。
 舌を伸ばし、元親の唇を求めて腕に力を込める家康の下肢に、熱く固いものが触れた。
「っ、ふぅう」
 それが元親の熱だと気付き、家康の背骨が喜びに震えた。二つの本能を、元親の手が包み扱く。太い幹やクビレが元親の手に揉まれるたびに、家康は喜びを示した。
「んっ、ふぅ」
 切ない喜びが家康を支配する。元親は家康の言葉を奪うように唇を重ねたまま、家康を追いつめた。
「んっ、んぅううううっ」
 ひときわ強く絡め擦られて、家康は頂点を迎えた。痙攣する陰茎に、別の痙攣が伝わる。繋がった唇から、元親が息を詰めて絶頂を迎えた事が知れた。残滓を零しながら、家康は喜びと後悔に包まれる。
 小細工無しでこの状況になれたなら、手放しでうれしいと示すことができたものを。
「は、ぁ……家康」
 ぞくりと家康の心臓がわななく。濡れて艶めく元親の唇から、灼熱の呼気が放たれる。その中に混じった、自分の名前。――まだ、終わりじゃない。
「元親」
 かすれた声で呼んでみる。元親はうっすらと口の端を持ち上げて、家康の腹に散った欲の証を指に集めた。
「んっ」
 わずかの間に離れた唇が、再び重なる。元親の指に集められた淫蕩の液は、家康の秘孔に塗り込められた。
「んぅうっ」
 元親が繋がろうとしている。家康は膝をまるめて、元親に求めていることを示した。浮いた足で元親の腰を掴み、全てがほしいと示す。元親は家康の様子を探るように見つめたまま、唇を吸い続ける。家康は燃える瞳で元親を見返した。
 秘孔を探られ、反射的に首を振り、元親の唇から離れてしまう。堪えようと思っても自制の利かない家康を、元親は追いかけ唇を覆い続けた。
「はふ、ぅ」
 体中が熱くてたまらぬ家康は、痺れた意識で求めていると示す。唇から逃れようとしているのではないと、求めたいのに叶わぬのだと瞳で訴える。元親はそれを承知したと言うように、家康の唇を舐め、舌を吸い、口腔を愛撫した。
 内部から指が抜けて、家康は緊張に身を強張らせた。元親に探られた箇所が蠕動している。ここに彼を受け止めるのだと、家康は喉を鳴らした。緊張を悟った元親が、穏やかに目を細める。どきりと家康の胸が高鳴ったと同時に、身を裂くような熱が押し込められた。
「ぁがっ、ぁ、ああっ」
 体中で反りかえった家康の見開いた目が、元親から離れて壁を映す。背骨を砕かれ、別の芯を埋め込まれているような圧迫に、家康は喉を開いて空気を貪ろうと口を開いた。元親の手が家康の頭をつかみ、反った喉はそのままに、開いた唇を唇で包む。
「は、はふっ、ぅ」
 うめく家康をあやすように、元親は口腔を舌でくすぐり家康の陰茎を握った。指の腹で先端を刺激され、唇を甘やかされて、少しずつ家康の緊張が解れる。そうしてゆっくりと、元親は家康の秘孔に自分を深く沈めた。
「ぁ、はっ、は、ぁ」
 体内が熱で痺れている。頭の先まで何かに貫かれているようだ。それでも家康は、自分の尻に元親の肌の熱が当たっている事に気付いた。元親の全てが自分に埋まっているのだと、家康は苦しげな呼気の合間に微笑んだ。
「は、ぁ……元親」
 恍惚とした声に応えるように、元親が和やかに目元をゆるませる。
「家康」
 ついばむような口付けを繰り返し、元親は家康の内壁を慎重にあやした。家康は蠢く自分の媚肉が元親の形を捉え、意識に存在を伝えてくるのを楽しむ。そうしてゆっくりと交わりを密なものとした後、嵐のような欲熱へと進み、互いを貪り求め尽くした。

 無心に眠る家康の横顔を、月光が照らしている。それに目を細めつつ、元親は手酌で酒をあおっていた。酒は、甘い花の芳香を放っている。
「つまんねぇ小細工しやがって」
 元親は、この酒を提供された瞬間に、家康の意図を理解した。彼がそんなふうに自分を見ている事に、気付いていないわけではなかった。自身も彼を欲していた。だが、それを示すのは酷だと自戒していた。互いが一国の主であるという立場を思えば、戦国の世にあっては苦しい選択をしなければならなくなる事もあるからだ。
「まさか、こんな手で来るとはな」
 蜜酒は、密酒。花の香りは欲をそそる。目覚めた家康は、酒の力で繋がりを得たと思うのだろうか。
「まったく。思い切った事をしやがる」
 柔らかな苦笑を浮かべて、元親は家康の頬をなでた。ふ、と揺れた家康のまつ毛に誘われ、唇を寄せる。
「お互い、きっかけを待っていただけだったなんてな」
 してやられたぜ、とつぶやく元親の唇は、楽しそうに歪んでいた。

2014/11/09



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