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溺愛―家康(小)―

 湯を使い、さっぱりとした徳川家康は、客人のいる部屋へ足を向けた。顔の血色が良いのは、湯に温められたからだけではない。部屋で彼を待っている友人の事を思うと、家康の胸は熱くやわらかなものに包まれる。
 幼い頃は人質として、戻ってきてからは領主として、覚悟を抱えて気を張った日々を送っている家康の、幼さの残る頬が年相応な無邪気さを浮かべる事を、徳川譜代の家臣たちは喜ばしく思っていた。ゆえに、彼がそのような顔になる相手の訪れを歓迎していた。
「元ち……」
 部屋を覗き、声をかけようとした家康は、ごろりと大の字に眠っている姿に言葉を切り、目を丸くした。すやすやと心地よさそうにしている彼に、くすりと鼻を鳴らす。起こさぬよう用心しながらふすまを閉めて、枕元に膝を着いた。
「よく眠っているな」
 顔を覗きこんだ家康の目は、愛おしい人を見るそれとなっていた。眠っている男、長曾我部元親は家康と同じ志を持つ同士であり、想い人でもあった。
「疲れていたのか」
 安堵と落胆を綯い交ぜにした家康の吐息が、元親の額にかかる。家康は眠る彼を、じっくりと見つめた。
 隆々とした、西海の鬼という呼び名にふさわしい体躯の元親は、その豪放磊落さに隠れて気付かれない事が多いのだが、眉目の整ったきれいな顔立ちをしている。すっきりとした頬に、形の良い唇。海の男にしては珍しい、白く肌理の細かい肌。白銀の髪と透けるような肌を彩る、左目を覆う紫の眼帯が鮮やかで、家康は思わず手を伸ばした。
 そっと指先でなぞっても、起きる気配は無い。家康はそのまま指を滑らせ、元親の髪をなでた。ふわりとやわらかな髪に指を絡める。
 どくどくと、家康の心音が大きくなった。
 少しだけ、ほんの一瞬なら。
 家康は緊張しながら体を折り、元親の顔にかぶさった。元親の寝息が聞こえるほど近くに寄り、少し迷ってから、そのまま唇を押し付ける。
「っ!」
 ぱ、とすぐに顔を離した家康の顔は、大酒を食らったかのように染まっていた。
 元親が目を覚ます様子は無い。長い睫に縁取られた目は、開きそうに無かった。
「元親」
 息で呼んでみるが、反応は無い。じっと見つめた家康は、再び顔を寄せた。軽く唇を触れ合わせ、目が開くかどうかを確認する。瞼はピクリとも動かない。
 もう一度。
 反応は無かった。
 もう一回。
 もう一度だけ。
 幾度もの「もう一度」を、家康は繰り返した。
 元親の目が開くかどうかを確認する事も忘れ、彼の唇をついばむ。陶酔に似た何かが、彼の唇に甘える家康の意識を満たした。
「元親」
 唇の隙間から、名前が漏れる。唇で唇を甘く噛めば、後頭部をわしづかまれた。
「んっ」
 こぼれんばかりに目を開いた家康は、元親が目を開くのを見た。彼の瞳が、いたずらっぽく光っている。
「んっ、んんっ」
 飛び退こうとしても、元親の太い腕が家康の腰を抑えていた。肩で床を蹴った元親が、反転しながら家康を押さえ込む。
「んんっ」
 武人として鍛えているとは言っても、家康と元親の体格差は文字通り、子どもと大人ほど違っている。元親の体に包まれた家康に、逃げ場は無かった。
「んっ、ぅう」
 油断をしていた家康の口内に、やすやすと元親の舌が忍び入る。上あごをくすぐられ、惑った舌を絡め取られて、家康は目を白黒とさせながら肌を震わせた。
「んっ、んぅ」
 元親の腹の辺りに、家康の下肢が当たっている。そこが硬くなっていくのを、元親は腹で感じているのではないか。
 羞恥が家康の足元から這い上がる。潤む瞳で訴えても、元親は解放してくれなかった。面白そうな目をして、家康の口腔を貪り尽くす。
「ふっ、ん、んんっ、ん」
 腰が疼いてたまらないのに、それを元親に知られたくなくて、家康は身を捩った。それが災いし、ぴったりと折り重なった体に擦りつけた形になってしまった。いけないと思えば思うほど、そこに意識が集中する。家康は足の指を握りこむほど、体中を硬くした。それに気付いた元親が、顔を離して苦笑する。
「なんてぇ顔してんだよ」
「ううっ」
 全身を赤く染めた家康は、両腕で顔を隠した。
「おいおい、家康」
 貝のようになってしまった家康に、やれやれと元親が息を吐く。家康の目じりが、じわりと熱くなった。元親は自分よりもずっと、経験も知識も豊富だろう。拒む態度を示してしまった自分に、呆れているに違いない。自分から口吸いをしたというのに、返されて羞恥を浮かべ、こんなふうになってしまった自分が情けなくて、家康は唇を噛んだ。
「家康?」
 元親の声はやさしい。家康は、ますます泣きたくなった。
 ふうっと元親の太い息が聞こえ、熱が離れる。呆れられてしまったと、家康は感じた。鼻の奥がツンとして、目にあてている腕が濡れる。こんなことで涙を浮かべる自分が情けなくて、ますます泣けて来た家康は、体を丸めてうずくまった。
 腰の当たりで熱が渦巻いているのに、胸は冷たく痛んでいる。どうすればいいのかわからない家康は、小さくなって消えてしまえと思いつつ、さらに体を丸めた。
「何の真似だぁ、そりゃあ」
 笑みを含んだ元親の呆れ声が聞こえたかと思うと、ひょいと体が宙に浮いた。驚きのあまり腕を解くと、にかっと歯を見せて笑う元親が見えた。膝に乗せられた家康の目じりに、元親の唇が触れる。
「驚かせて、悪かったな」
「え」
「泣くほど驚かれるとは、思わなかったからよォ」
 ばつのわるそうな顔をする元親に、家康は慌てて首を振った。
「違う! ワシは、ワシは……その」
 元親の腕の中で、家康は膝を抱えた。足の間に、熱いままの欲がある。とっくに気取られているはずのそれを、家康は隠したかった。額に触れる元親の視線が恥ずかしくて、元親のぬくもりがうれしくて、家康は広くたくましい胸に顔を寄せた。
「家康」
 ぽんぽんと、幼子をあやすように大きな手が背中を叩く。胸がほっこりとするのに、子ども扱いである事がさみしかった。
 勝手だな、と家康は自嘲する。自分は元親に、どう扱われたいのか。元親とどうしたいのか。判然としない自分がもどかしい。
「あのよ、家康」
 ためらいがちな元親の声が、耳元で響いた。
「その、いやじゃねぇんなら、続きをしてぇんだが……かまわねぇか」
 家康は、そっと目を上げた。
「続き?」
「いや、その、なんだ。いやだってんなら、かまわねぇんだけどよォ」
 常に明瞭な物言いをする元親が言いよどむ姿に、家康は首を傾げた。
「いや、だからほら……なんだ。その、家康がもうちっとでっかくなるまで待とうと思ったんだけどよ。…………俺も、男だって事だよ」
 元親が男であることは、すっぽりと自分を包むぬくもりが十分すぎるほどに示している。家康は元親の頬に手を伸ばした。
「どうしたんだ。元親がそんなふうに言い惑うのは、珍しいな」
 問えば、元親が息を詰めた。眉間にしわを寄せた元親に、家康は首を傾げる。
「ああ、もう!」
 焦れた声で立ち上がった元親が、家康に背を向けた。
「ちょっと、厠に行ってくる」
「え」
 去ろうとする元親の足に、家康は手を伸ばした。
「待ってくれ、元親! ワシが悪かったんだ。だから、その……すまない」
 元親の細袴を掴んだまま、家康はうなだれた。
「眠っている元親に、あんな卑怯な真似をしたワシが悪かったんだ。……まさか、元親が起きているとは思わなくて」
 声を落とす家康の頭を、グリグリッと大きな手がなでた。
「俺のほうこそ、驚かせて悪かったな」
 ぶんぶんと家康は激しく首を振る。
「あんな口吸いをされるとは、思わなかった」
「ああ、うん……悪かった」
「そうじゃないんだ、元親」
 家康は顔を上げ、元親の唇に吸いついた。
「どうしていいのかわからない自分が情けなかった。だから、元親を拒んだわけではないんだ」
 訴える家康の瞳に、元親の唇が吸い込まれる。顔中に唇を押し付けられ、家康は彼の首に腕を回し、それに応えた。
「気分を害してしまって、すまない」
 家康の謝罪に、元親が首を傾げる。
「気分を害した?」
 元親の反応に、家康も首を傾げた。
「気分を害したから、厠に行くと言ったんじゃないのか」
「ああ、それは……」
 目を迷わせてから、元親は首に回っている家康の手を取り、自分の股間に導いた。熱く硬いそこに、家康がビクリとする。
「こういうわけで、だから……なんつうか、ホンバンまでは行かなくてもよォ、その、お互いに気持ちよくなれりゃあなって思ったんだよ」
 家康はこぼれそうなほど目を丸くした。元親が自分を相手に体を熱くさせるなど、思ってもみなかった。
「元親」
「ん?」
 バツが悪そうに唇を尖らせている顔がいとおしくて、家康はとろけるような笑みを浮かべ、唇を押し付けた。
「よかった」
「何がだ」
「ワシだけかと思って、恥ずかしかったんだ」
 元親の肩に額を当てて、家康はよろこびを噛みしめる。
「家康だけのはずが、無ぇだろう」
 指に促され顔を上げた家康の心臓が、包む瞳にわなないた。
「元親」
 漏れた息を掬うように、唇が重ねられる。何度も角度を変えて顔を寄せる家康の下肢に、元親の指が触れた。胴震いした家康を、元親が気遣わしげに見る。大丈夫だと言う代わりに、家康は元親の首にしがみついた。
「家康」
 元親の声が耳朶に触れる。家康は息を呑み、元親の手で自分の欲が取り出されるのを待った。羞恥が浮かんだが、元親も熱くなっているのだと自分に言い聞かせる。
「すげぇ熱くなってんな」
「あっ」
 元親の腕が家康を逃すまいと、腰にまわった。元親が与えてくるものを、今度は拒むまいと覚悟を決めた家康の下肢に、硬い熱が触れる。
「一緒に擦り合わせっから。イキたくなったら、遠慮なくイケよ」
「っ、そ、ぁ……う」
 爆発音がしそうなほど勢いよく真っ赤になった家康は、こっくりと頷いて細く長く息を吐いた。家康の髪に元親の唇が押し当てられる。元親の手で陰茎を包まれ、重ね擦られる心地よさに、家康は喉を震わせた。
「んっ、んっ、ぅ」
「声、抑えるな。……聞きてぇ」
「ぁ……」
 クビレを擦りあわされて、家康の喉から音が漏れる。
「そうだ。……もっと聞かせてくれ、家康」
「元親、んっ、ぁ、は」
 重ねた肌身から、元親の体温が伝わってくる。うっすらと汗ばんだ彼の肌が、磯の香りを立ち上らせた。あふれる先走りが指のすべりを良くし、二つの熱を絡めて溶かす。
「は、ぁ、元親、ぁ」
「家康、もっと……もっと聞かせろよ」
 熱い息が促すままに、家康は声を上げた。元親の荒く掠れた声が、ささやくように家康を呼び続ける。何もかもが元親に包まれているようで、家康は夢中で声を上げ、元親に溶かされる事を望んだ。
「っ、あ、は……元親ぁ」
 家康の喉が、切羽詰った音を搾り出した。
「ああ、家康」
 それを受けた元親が手を早める。
「はっ、ぁ、あっ、ああ――――っ!」
 嬌声の尾を、声にならぬ音で響かせながら、家康は絶頂を迎えた。何もかもが白く溶け、元親の熱と香りに包まれている幸福に、唇が笑みの形に歪む。ゆらゆらと快楽にただよっていた家康の意識は、ゆっくりと現実をたぐり寄せた。
 ぼんやりとした家康の視界に、照れ笑いを浮かべた元親が映る。
「も、とちか?」
 呼べば、額に唇が触れた。はっとした家康は、あわてて元親の首に顔を埋めて隠した。
「ううっ」
 羞恥にうなる家康の髪に、元親の頬が触れる。
「家康」
 満ち足りた声に、家康はおそるおそる顔を上げた。
「元親……その」
「ん?」
 目を迷わせた家康は、ちらりと上目で元親を見た。幸福そうな笑みが、そこにある。家康は、宙に浮いたような心地になった。
 元親も、あの感覚を味わったのだろうか――?
 あの心地を手繰った家康は、よしと気持ちを決めて背筋を伸ばした。元親のこんな笑みを、自分の力で引き寄せたい。
「ワシも、元親を気持ちよく出来るよう、努力をする事にした」
「へ――」
 元親が頓狂な声を出す。
「ああ、いや、だから……その、何だ。ワシもその、なんというか、元親に、その」
 自分が感じたように、元親にも心地よく自分を感じて欲しい。それを言葉に出来なくて、家康は伸ばした背を丸め、もじもじとした。
「はっは!」
 空気を破るような声で笑った元親に、力いっぱい抱き締められる。
「そいつぁ、楽しみだ! 期待してるぜ、家康」
「うっ……ん」
 羞恥に目を伏せた家康は、気を取りなおして顔を上げた。
「元親」
「ん?」
 とろけそうな笑みが、そこにある。
「約束だ」
 家康が首を伸ばし、元親の唇が誓いの乗った息を受け止めた。

2014/11/29



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