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愛のささやきは夜の海で

 夜空に煌く星々が、海面に分身を浮かべている。
 金砂銀砂のように波の上にちりばめられているのは、あるいは月光の欠片なのだろうか。
 大海を旅してきた、船というには生易しすぎる移動要塞の甲板で、徳川家康は夜風にあたっていた。
 富嶽という名のこの船は、日ノ本一の山の名に恥じぬ雄々しさを有している。遠い、言葉も文化も違い過ぎる国を旅してきた富嶽の手すりを撫で、家康は小さな笑みを唇に乗せた。
「こんなところで、何やってんだ」
 かけられた声に、家康は目を丸くした。振り向けば、月光に白々と浮かび上がる人がいる。人よりも体躯のいい家康だが、それよりもさらに筋骨たくましい男が、人なつこい笑みを浮かべていた。
 彼は、この富嶽の持ち主であり、西海の鬼との異名にふさわしい家康の盟友、長曾我部元親。
 歩み寄る元親を、家康は眉を下げて微笑み迎えた。
「外国の酒は、日本のものとは違っているので、驚いたよ」
「酔い冷ましってぇワケか」
 元親の応えに、家康は曖昧に微笑んだ。元親の持ち帰ってきた外国の酒に酔ったのは、たしかだ。だが、それだけが理由ではなかった。
 家康は、横に並んで心地よさそうに目を細める男を見つめた。裏も表もない、まっさらな男。人よりも力が、心が強くて、誰よりも感受性が強く、その目に映る人々を全て抱えて笑っていられる男。人と人との繋がりを大切にし、年齢など関係なく“兄貴”と呼ばれ慕われている人。すいと人の心の中に入り込み、虜にしてしまう彼の笑顔が夜の海に向けられている。
 この笑顔に、きっと海の向こうの人々も好意を寄せたに違いない。
 ちくり、と家康の胸が痛んだ。痛みの原因を、家康は理解している。
 これは、嫉妬だ。
 雄々しく美しい鬼を、自分は誰よりも恋しく、愛おしく思っている。
 家康の視線に気付き、元親がやわらかな笑みに問いを乗せた。
「どうした、家康」
「いや……」
 言葉を濁した家康は、陸地に目を向けた。月明りに輪郭だけを浮かべている日ノ本。戦乱の世を経て、家康が拳で一つに纏めた国。だが、まだ一枚岩とは言いがたい。あちらこちらにほころびがあり、くすぶるものがあり、気を抜くことのできない状態が続いている。
「元親が帰ってくる頃には、長曾我部軍の皆のように、全ての人が絆で繋がった国にしておきたかったんだがな」
 ぽん、と元親の大きな手のひらが、家康の頭に乗った。
「戦の世が長かったんだ。そうそう簡単にゃ、いかねぇさ」
 グリグリと撫でてくる手の力強さが心地よく、家康の胸があたたかく疼く。
「ああ、そうだな」
 応えた家康の声音は、希望に満ちたものではなく、寂しさを称えていた。
「家康?」
 元親が家康の顔を覗きこむ。
「まだまだ、ワシは未熟だ」
 手のひらを見つめる家康の頭を、元親は抱き寄せた。みっしりとしたたくましい胸筋が、家康を受け止める。
「一人でなんでも、背負い込もうとするんじゃねぇよ。家康の目指す世の中ってぇのは、絆で統べられるモンなんだろう? だったら、家康自身も絆を信じて、絆を頼っていかなきゃなんねぇんじゃねぇか」
「え――」
 またたいて見上げた家康に、元親が歯を見せて、太陽よりも眩しい顔をしてみせる。
「素直に人に頼れるのも、器量のうちってな!」
「……元親」
「俺だって、野郎共に頼って生きてる。アイツらがいるから、俺は広い世界を見にいけるんだ。一人じゃ富嶽は動かねぇ。……それに、家康。アンタにも、俺は頼ってんだぜ」
「ワシに?」
「おう」
 くしゃっと子どものように破顔した元親を、家康は信じられない思いで見つめる。
「家康がいるから、俺は安心して日ノ本を後に出来たんだ。そんで、家康がいるから帰ってこられた」
 そんなふうに思われているとは想像もしていなかった家康は、ただただ目を丸くして息を呑んだ。
「だからよ、家康」
 元親が照れくさそうに目をそらし、鼻を掻く。続く言葉を、家康は彼を見上げて待った。
「これからも、俺の帰る場所でいてくれねぇか」
「元親」
 吐息のように、家康の唇から名が漏れる。
「家康の前では、俺は西海の鬼でもなんでもなく、ただの人間として過ごしてぇんだ」
 元親の手のひらが、家康の頬を包んだ。
「そんで家康を、天下人じゃなく、ただの人として愛してぇ」
「……元親」
「家康」
 元親の顔が家康に迫る。相変わらずまつげが長いなと思いながら、家康は彼の口付けを受け止めた。
「ん、ぅ」
 こうして唇を重ねるのは一年半ぶりだろうかと、彼が出航する前に、重ねた肌を思い出す。
「は、ぁ……元親」
 家康は腕を持ち上げ、元親の首にからめた。
 一年半。
 時間を意識した瞬間、急速に飢(かつ)えた。――この人が欲しい、と。
 互いに相手の唇を求め、ついばむ。繰り返しているうちに、それだけでは足りなくなって舌を伸ばした。
 もっと内側に触れたい。深く繋がりたい。呼気をからめて、深く、深く。
「んっ、んぅ」
 眉根を寄せて、貪るように口を吸う。
 一年半。
 戦の世であった時は、意識をしたことのなかった時間の経過だ。互いを求める事よりも優先すべき事柄が、怒涛のように押し寄せてきた。めまぐるしく変化する時流に呑まれぬように過ごす間は、一年半など瞬きほどの時間としか感じられなかった。
 それなのに。
「は、ぁ……元親」
 濡れた唇で呼べば、元親の瞳がやわらかく家康を包む。
「家康」
 ささやくように名を呼ばれ、家康の理性は振りきれた。
「ああ、元親」
 離れていた期間を埋めるように、家康は元親を求めた。それに気付いた元親の唇が、家康の唇から顎に滑り、首をつたって胸乳に落ちる。
「は、ぁ」
 鍛え抜かれた家康の胸筋を、手のひらで掬うように包んだ元親が、ぷつりと飛び出た色づきに舌を伸ばす。
「ん、ふ……ぁ、元親」
 家康は元親の頭を両手で抱え、白銀の髪に顔を埋めた。ふわふわとした感触に、潮の香り。
 元親だ、と家康は心中で吐息を漏らした。
 元親の白い指が、褐色の家康の肌をまさぐる。
「ぁ、は……元親」
 元親の手のひらは、急くように家康の形を確かめる。腕を、胸を、背を、腹を確かめられて、家康は喜びを示すため、元親の髪に幾度も唇を押し付けた。
「んっ、ぁあ」
 袴を落とされ、下帯を剥ぎ取られて、握られる。大きな手のひらは蜜嚢ごと家康の牡を掴んだ。
「家康」
 熱っぽく、荒い息で呼ばれる。家康の肌をたどり下りていた元親の顔が、家康の目の前に戻った。
「元親」
 再び、唇が重なる。元親が自分の猛りを取り出し、家康の熱に重ねた。
「家康」
 熱っぽく潤んだ元親の瞳に、家康は顔を寄せる。彼もまた、自分と同じように求めている。じわりと家康の胸が熱くなり、それを伝えたくて幾度も唇を押し付けた。それを受け止めながら、元親は互いの欲の象徴を擦り合わせる。昂ぶった熱が溶け出て、元親の指を濡らした。その助けを受けて、指の動きが早くなる。
「はっ、は、ぁ、元親、ぁ、あ」
「家康、家康」
 呼気を乱す家康の唇を、元親が塞ぐ。欲の香りが潮の香りに交じり、意識をとろかせる。
「ぁ、は、元親ぁ」
「くっ」
 限界が近い事を家康が告げれば、元親は欲の先を強く擦り合わせた。
「んぁ、はっ、ぁ、ああぁああ――」
 促すように爪で先を掻かれて、家康は素直に欲を吹き上げた。それにあわせて、元親も弾ける。互いの欲の香りが強まり、腹を濡らした。
「は、ぁ……元親」
 ゆるゆると元親が互いを扱く。残滓を絞る指にあわせて、家康は元親の唇をついばんだ。
「家康……」
 元親の声に迷いが交じる。重なる彼の熱は硬さを残したままで、家康も同様だった。足りない、と魂が叫んでいる。
「元親……その、して……くれないか」
「え」
「欲しいんだ。元親が」
「家康」
 真っ赤になりながら、家康は元親の鼻先に唇を押し付けると、手すりを掴んで元親に背を向けた。
「こうすれば、その……なんというか」
 部屋に行く間が堪えられない。かといって、甲板で横になれば肌を擦りむくと元親が気を使う。それならばと家康は、この方法を選んだ。
「はしたないと思われてもかまわない。……元親、ワシは」
 羞恥を堪えて求める家康の背に、元親の唇が押し当てられた。
「家康が言い出さなきゃ、俺がそうしてくれって言っていたところだ」
「元親」
「欲しくてたまらねぇ」
 かすれた声で告げられて、家康の背骨が震える。きゅっと唇をひきむすび、家康は元親の思いを噛みしめた。
「ワシもだ。元親」
 元親の手が家康の腹を探る。散った欲液を指に集めているのだと、すぐにわかった。
「ぅ、んっ」
 濡れた指が家康の秘孔を探る。入り口をあやすように撫でた後、深く探られた。
「ぁ、は……元親、ぁ」
「家康」
 元親の指はやさしい。家康の緊張をほぐそうと、収縮する内壁をなだめるように動いている。そしてもう片手は家康の欲をゆるゆると扱き、唇は背を撫でた。
「は、ぁ……ぁ、あ」
 もどかしい刺激に、家康は喉を震わせた。家康の体を気遣う元親の行為はありがたく、じれったい。
「ふ、元親、ぁ、ああ」
 ゆらゆらと家康が腰をゆらせば、元親の指が内壁を開いた。
「あ、ああっ」
「そんな、煽るんじゃねぇよ。家康」
「煽っているんじゃない。……欲しいんだ、元親が」
 総身に力を込めて、羞恥を堪えながら家康が言えば、背後で息を呑む音がした。
「バカヤロウ!」
「ああっ」
 元親の指が、家康の内壁の弱いところを深くえぐる。先ほどまでの動きがうそのように、乱暴に媚肉を開かれた。
「ぁ、は、ぁあっ、あ、もとち、かぁ」
「くそっ……家康、すまねぇ」
 荒々しい声に、家康は首を振った。気使いなど必要ない。痛くてもいい。ただ、深く繋がりたい。
「元親……もう、大丈夫だから」
「家康」
 肩越しに家康が微笑むと、元親は家康の腰を掴み、牡で彼の体を割り開いた。
「っう、ぁ……」
 苦しげなうめきが家康の口から漏れる。十分にほぐされていない秘孔が、元親の質量に軋んだ。
「は、ぁ、元親……もっと、全部を」
 あえぐ家康に、元親はためらいながらも腰を進めた。
「く、ふ……ぅう」
 詰まる息を逃そうと、家康は喉を開く。強張る太ももが震え、それを堪えるために家康は足の指を握った。
「は、ぁ……ぁ、も、とちか、ぁ」
「ふ、家康」
 苦しげな元親の声に、家康は唇を笑みに歪める。内部の圧迫が、熱が、元親の存在を家康の脳髄に強く伝える。
「は、ぁ、あは、ふ、ぅ」
 あえぐ家康の頬に手のひらが当たった。それに促され振り向いた家康は、元親の接吻を受けた。
「は……元親」
「大丈夫か」
 気遣う声に、家康はいたずらっぽく目を光らせた。
「苦しい」
 元親がバツの悪そうな顔になる。それにクスクスと息を漏らして、家康はとろけそうな笑みを浮かべた。
「もっと、ワシを息苦しくさせてくれ。元親の熱を、もっと……味わいたい」
 こぼれるほどに目を開いた元親が、イタズラを見咎められた子どものような顔をして、乱暴に髪を掻き混ぜた。
「とんでもねぇ、殺し文句だぜ」
「ふふ」
 軽い音を立てて、唇が重なる。
「覚悟しろよ」
「出来てるさ」
 家康の答えを受け、ニヤリとした元親が、激しく腰を振りたてた。
「っあ、は、ぁあ、あ――っは」
 突きあげられるたび、家康の喉から嬌声が迸る。繋がる熱が体の輪郭をぼやかし、溶け出た思いがしたたり落ちる。
「はっ、ぁ、ああ、も……ちか、ぁ」
「家康」
「はっ、は、ぁ、もとち、か」
 呼ぶたびに、答えがある。熱が上がり、意識がたわみ理性が消えて、むきだしの魂が体を揺さ振る。
「んぁ、あっ、あ、は、ぁあ、元親っ、ぁ、あ、ああ」
「くっ、家康」
 汗ばむ体が打ち合うごとに高まる熱が、臨界を突破した。
「あっ、ぁ、あぁああ――〜〜〜〜っ!」
 声にならない声を上げ、家康が大きく震える。締まる媚肉に促され、元親も精を放った。
「は、は……ぁ、あぁ」
 全てを放ち終えた家康の体から力が抜ける。手すりを掴んでいた手が落ちて、膝がくずおれる。
「おわっ、家康」
 元親があわてて家康の胸を抱き締め、抱き起こす形のまま尻餅をついた。
「いって」
 二人ぶんの体重を受けて打った尻の痛みに、元親が顔をしかめる。射精後の脱力に包まれながら、家康は首を持ち上げ元親の頬に手を添えた。
「……すまない、元親」
 淫蕩に潤んだ瞳に、元親の唇が落ちる。
「足腰立たなくさせちまったのは、俺のせいだからな。気にすんな」
 落ち着かぬ胸を軽く喘がせながら、家康は頬を朱に染めた。うつむき、ごにょごにょと呟く。
「その、欲しがったのは、ワシなのだし……だから、やはりワシのせいなのだと、思う」
 家康の短い黒髪に、元親の唇が触れた。
「なら、家康のせいってことにしておく。そんで、その償いを、今からしてもらいてぇんだが、かまわねぇよな」
「償い?」
 きょとんとする家康に、元親はてらいもなく言った。
「俺の部屋で、会わなかったぶん、たっぷりと愛させてもらうぜ」
 さわやかと言ってもいいほどの笑顔で言われ、家康の満面が大火事になった。
「おっ?」
 きょとんとする元親の首にしがみつき、家康は大きくゆるぎない肩に額を寄せる。
「……よろしく頼む」
「まかせとけ」
 元親の笑い声が、カラカラと耳元で響く。家康は甲板に出てきたときに抱えていた、郷愁のような寂しさがあたためられ、喜びに変わったことに気付いた。

2015/01/12



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