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甘い和拿(わな)

 気の置けない相手との酒宴は、心和むものであるはずなのに、徳川家康は気恥ずかしさを堪え、口をつぐんでいた。
「でよぉ、そん時の家康がな」
 ほろ酔いのせいか、声がいつもより大きくなっている長曾我部元親が、白い肌を薄桃に染め、上機嫌で幼い頃の家康の話をしている。
「俺は昔の家康を見たことはあるが、初めて見たときは、あまりに小さくて、本多の影に隠れて見えなかったもんだぜ」
 どこか皮肉めいた艶やかな笑みを浮かべ、左目をすがめている隻眼の伊達政宗は、元親の語る家康の話を面白そうに聞いていた。
「それが、こんなデッケェ男になっちまうとはなぁ」
 元親は自慢げに、みっしりとした胸筋を反らせて家康に目を向けた。
「あの本多に隠れていたガキが、急成長したもんだぜ」
 酔いに濡れた切れ長の瞳を、政宗が家康に向ける。最初は「もう止めてくれ」と言っていた家康だが、政宗が面白がるので元親が聞き入れず、仕方が無いと羞恥にたえていた。けれどそれが嫌ではないのは、自分に向けられる視線がやわらかく、好意を含んだものであるからだろう。羞恥の中に、むずがゆく温かなものが含まれている。それが、何故だか心地よかった。
 ふいに、元親が人好きのする笑みを浮かべて、家康の頭を乱暴に撫でた。
「立派になったもんだよなぁ」
「うっ、わ」
 そのまま引き寄せられ、膝に乗せられて、家康は戸惑った。
「も、元親」
 会話の間に、幼い頃の家康と今の姿が混同したのだろうか。その頃でさえめったにされなかった行為に驚いている間に、たくましい元親の腕に包まれる。隆々とした筋骨を誇る元親は、西海の鬼と称されている。鬼の呼称にふさわしい体躯をしている彼の膝に、昔の自分はすっぽりと埋まるほど小さかった。だが今は、家康も精悍な青年となっている。人よりも体躯は大きい。それなのに元親はさらに大きくて、家康は驚きと感慨によって逃げる間を失ってしまった。
 間近で元親が笑っている。慈しみを前面に現している元親の笑みに、家康の心が疼いた。豪放磊落な言動に隠されているが、間近で見れば元親は端正な顔立ちをしている。すっきりと通った鼻筋と、長い睫に縁取られた澄んだ瞳に、家康の目が奪われた。酒で上気した肌は艶っぽく、白銀の髪と朱に染まった白い肌に、左目を被う眼帯の紫がよく栄える。
「Hey、家康。元親の膝の上で、何を惚けているんだ?」
 思うよりも近くで声が響き、家康は目を丸くして振り向いた。ニヤリと口の端を持ち上げた政宗が、息がかかるほど近くに顔を寄せている。
「っ!」
 息を呑んだ家康に、政宗は左目をいたずらっぽく光らせた。
「ずいぶんと、おとなしく収まっているじゃねぇか」
 細く長い政宗の指が、家康の顎を掴んだ。鋭利な刃物を思わせる切れ長の瞳に、細い顎。白い肌は漆黒の髪に包まれて、その白さをより際立たせている。元親や家康に比べれば細身だが、無駄を省いた筋肉に覆われた体の輪郭はなめらかで、たたずんでいるだけで絵になるほど美しい。右目を被う眼帯は、その美しさを損ねるどころか、怪しさを添え凄みを増幅させる役割を担っていた。
 妖美に呑まれた家康は、政宗に唇を指でなぞられ身を硬くした。
「そんなに元親の膝の上が落ち着くのか? I get really envious when I see you two lovebirds together」
「え……んっ」
 低く紡がれた言葉の意味を問う前に、政宗に唇をふさがれる。舌先で味わうように唇を舐められて、家康の鼓動が早鐘を打った。
「ま、政宗……何を」
「二人の仲のよさに妬けちまうっつったんだよ」
「いや、そうではなく」
 どうして口吸いをしたのかを問うたつもりだったのだが、政宗から返ってきたのは南蛮語の説明だった。
「間近で見せつけてんじゃねぇよ、政宗」
「先に見せつけてきたのは、ソッチだろう」
「違ぇねえな」
 豪快な笑い声が家康の髪に触れる。大きな手に顎を掴まれ、首を動かされたかと思うと唇を奪われた。
「んうっ、ん、ぅ、うう」
 しっとりとした雰囲気の政宗の口付けとは対極の、貪るような接吻に家康は目を白黒させた。
「んっ、んんっ、ぅ」
 楽しげな元親の瞳に胸が疼き、抵抗を試みる家康の手は元親の衣を握るにとどまる。
「おいおい。俺はそこまで、しちゃいねぇぜ」
 耳元で淫靡な声がしたかとおもうと、耳裏を舐められ家康は大きく震えた。
「んっ、んぅうっ」
 鍛え抜かれた家康の肉体を持ってしても、元親と政宗の二人がかりで抑えこまれてはどうしようもない。元親に口腔をねぶられ、政宗に耳朶からうなじを舌でくすぐられて、家康は酒の熱とは違ったものが、体内で燃えることを止められずに、身を捩った。
「んっ、ふ、ぅう」
 呼気までをも奪うような口吸いに、家康の目に涙が滲む。家康の内側で熾った火は、元親と政宗の唇に、指に煽られ全身へと広がっていく。
「んっ、は、ぁあっ……やめ、っ、二人とも」
 唇を解放されるころには、二人の手は家康の衣を器用に剥がし、素肌に指を絡ませていた。
「なんだよ、家康? まさか、止めろなんて言う気じゃあ無ぇよなぁ」
 楽しげな元親は、性的な気色など微塵も見せずに小首を傾げ、家康の胸乳をまさぐる。
「据え膳を食わねぇ奴が、いるわけねぇだろう」
 喉の奥を震わせて低くささやく政宗は、家康の背に唇を這わせ、内腿をくすぐった。
「はっ、ぁ、あ……こんな、ぁ、あ」
「いい顔してんじゃねぇか、家康」
 元親が歯を見せて笑う。
「もっと、啼いてみろよ」
 扇情的な声音で政宗がささやく。
「ふっ、ぁ、二人ともっ……んっ、は、あ」
「もう大きくなっちまってんだろ?」
「ひぁ」
 無造作に元親に牡を掴まれ、家康の喉から高い声が飛び出す。
「立派に育ったモンだよなぁ」
「ふ、は、ぁあ」
 政宗に指の腹で牡先を刺激され、安堵にも似た息を家康は吐いた。
「昔の家康のコレが、どんな大きさだったか、知らねぇだろう? 政宗」
「体がデカクなりゃあ、そんだけ育ったって想像もつくだろうが」
 快楽を引き出される自分を挟んで交わされる弾んだ声に、家康はめまいを覚えた。自分一人だけが身を捩り、体を熱くさせているのではないか。そう思うと、熱が上がった。
「はふっ、ぁ、あ、や、ぁあ」
「嫌じゃねぇだろ? こんなに先走りをあふれさせて」
 むずがる子どもをあやすように、元親の唇が家康の短く硬い黒髪に触れる。
「脈打って暴れて、大喜びじゃねぇか」
 からかいを含んだ艶冶な政宗の唇が、家康の頬に触れた。
「ふは、ぁ、あ、ぁあっ」
 二人の手にもてあそばれて、家康は硬く目を閉じた。肌に触れる二人のぬくもりと淫靡な指に、家康の若い性はあっけなく屈した。
「はっ、ぁ、ああっ、あはぁああ――〜〜〜〜」
 元親と政宗、双方の首に腕を回し、家康は果てた。余韻にあえぐ家康の頬に、二人の唇がほめるように押し当てられる。
「はふ、ぁ、は……ぁ」
「すっげぇクるぜ、家康」
 元親の声に熱がこもっている。
「I was excited at a lewd face」
 政宗の声には恍惚の気配が滲んでいた。
「んっ、はぁ」
 触れる肌から、二人も興奮していることがわかる。家康は淫欲にぼんやりとした肌で二人を感じた。
 独眼の鬼と、独眼の竜。
 美麗な獣が艶めいた瞳で自分を見ている。
「元親」
 応えるように、元親の唇が家康の瞼に触れた。
「政宗」
 政宗も同じように、家康に応える。
 心があたたかなものに包まれて、家康は微笑んだ。つりこまれるように笑った二人が、家康を抱えなおす。
「これで終わりじゃねぇって、わかってるよな。家康」
「同じ男だ。俺たちがどんな状態なのかは、予想がつくだろう?」
 剣呑な熱に、家康の肌身が熱くなる。下唇を噛んで小さく頷けば、二人の唇が髪に触れた。
「そんじゃあ」
「OK」
 元親と政宗が示し合わせたのを合図に、丁子油の香りがした。それが意味するものを認識し、家康は背筋を震わせた。
「家康」
「ほら」
「んっ、ぁ、あ」
 二人に挟まれたまま、家康は秘孔に指を食まされた。二人の指は交互に動き、家康の秘孔を濡らす。
「ふっ、ぁ、あは……んっ、う」
「どっちの指か、わかるか? 家康」
 元親の問いに、家康は首を振った。
「わからないはずは無ぇだろう」
 政宗の誘いにも否と示す。だが、太さも動きも違う指のどちらがどちらのものなのか、家康はわかっていた。ただ、それを示すのが恥ずかしい。
「また、大きくなってきたな」
 政宗が何のことを言っているのかすぐに察し、家康は足を閉じ隠そうとしたが、政宗の体に阻まれて、膝が閉じられない。
「気持ちいいのか?」
 元親に肩越しに下肢を覗かれ、家康は羞恥を堪えるために唇を噛んだ。
「こらこら。怪我しちまうだろう」
「んぁ、は」
 元親の指が口内に差し込まれる。噛むことも出来ず、家康は口を開いて息を漏らした。
「もう、どっちがどっちの指かなんて、わかんねぇよな」
 政宗が輝く瞳で家康の目を覗きこんだ。二人の指は共に家康の内側をまさぐり、ほぐしてゆく。
「ふっ、はぁ、あ、はふ、ぅう」
 元親の胸筋に背を支えられ、政宗の腰に足を開かれて、家康は翻弄されるままに淫蕩の泉に浸った。小さかった欲の火は、家康の体を包みこむほど大きな炎に変わっていた。
「ふはっ、は、ぁは、ぁう」
 もどかしさに腰が疼く。それを示すことなど出来なくて、家康は四肢に力を込めて堪えた。だが、重なる肌から家康の小さな身じろぎが相手に伝わり、看破されてしまう。
「指じゃ、物足りねぇんだろ」
 元親に言い当てられて、家康は身をすくませた。
「足の指まで握りこんで、ガマンする必要なんざ、無ぇだろう」
 政宗の言葉に、家康の全身が赤く染まる。
「よっ……と。――家康。俺ももうガマンならねぇ」
 抱きなおされて、家康は元親の牡の熱さを尻に感じた。家康の秘孔の口が、切なく締まる。
「構わねぇか」
「元親」
 滲む視界で振り向けば、目じりに口付けられた。
「仕方無ぇ。最初はゆずってやるよ」
 政宗が家康の首に顔を寄せ、二つの牡を重ねて握る。
「いくぜ、家康」
「ぁはっ、ぁ、あ、ああ」
 元親の熱に開かれて、家康は天を仰いだ。圧迫に詰まりそうになる息を、牡を扱く政宗の指が溶かしてくれる。
「はっ、ふぁ、あ、ああ、あ」
 家康はただ吼えた。埋め込まれ揺さぶられ、突きあげてくる熱を欲して絡む自分を感じ、重なる欲の熱さに溶かされて、追い詰めようとする指に喜ぶ牡を意識しながら。
「家康」
「家康」
 右の耳には元親の、左の耳には政宗の、淫らに詰まった声を受け止めた瞬間、家康の欲は臨界を突破した。
「っは、ぁあぁあああ」
「くっ」
「うっ」
 家康の嬌声を支えるように、二つの声が短く爆ぜる。体内に、表皮に自分のものとは違う滾りを受け止めて、家康は空中に放り出されたような心地になった。
 体も意識も、ふわふわとしておぼつかない。確かなのは、自分の身を包む二人の熱だけだった。
「は、ぁ」
 家康が息をつけば、両頬に唇が押し当てられる。言い知れぬ幸福感に、家康は意識せず微笑んだ。その唇を、交互についばまれる。
「さ。次は俺の番だな」
 惚ける意識に届いた言葉に疑問を浮かべると同時に、抱え上げられた。
「うっ」
 元親が抜けて呻く間に、政宗の膝に移される。ぼんやりとした目を上げた家康は、間近に迫った元親の瞳に吸い寄せられるように、唇を重ねた。
「次は、俺が見ていてやるからよォ」
「も、とちか」
「俺の熱も、受け止めろよ? 家康」
 政宗の舌に耳奥を探られて、家康は小さな声を上げた。
「政宗の……も?」
 気だるげに問えば、獰猛な気配を滲ませた二人が、家康を守るように包んだ。
「ぞんぶんに、俺たちを味わえ」
 頭の芯が痺れるような甘い誘いに、望むより先に溺れ尽くした家康は、ぬくもりに支えられ、幸福な深い眠りに魂を横たえた。

2015/01/22



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