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回顧独白

 元親は、まだ起きているだろうか。
 政務にひと段落ついたと同時に、思うよりも先に浮かんだ言葉に苦笑した。
 長曾我部元親。
 知己であり、先の大戦では敵将となった男は今、客将としてワシの館に住んでいる。
 勝将として元親を罰するつもりはない。支え続けてくれた者たちは、それをよくわかってくれている。
 ……ワシが未熟で幼かった頃に、言われていたことがある。
 徳川に過ぎたるもの、本多忠勝。
 ワシ――徳川家康という大将が、戦国最強と謳われる忠勝の影に隠れていた頃から、元親はワシの志を汲んでくれていた。気概ばかりは立派だが、力量が備わっていないワシを、同等の将として扱ってくれた。元親の隆々とした体躯と、豪放磊落な性格。どんな相手にも表裏なく接し、多くの者に慕われている元親は、ワシにとっては眩しい存在だった。
 敬愛している武田信玄公とは違う、近しい憧れの対象。
 それが、ワシにとっての元親だ。
 あれからワシは、ずいぶんと成長したと自負している。多くの絆に導かれ、天下人となることができた。立場だけではなく、肉体的にもひとまわりも、ふたまわりも大きくなっていることは、自他共に認めるところだ。見上げていた者たちを見下ろせるほどに背が伸び、肉体も重厚なものとなった。
 だが、やはり元親にはかなわない。元親はワシよりもひとまわり大きく、それが悔しくもうれしくもある。
 窓の外に目を向けると、満月に近い月が浮かんでいた。今宵は月が大きく見える。こういう夜は、きっと元親は起きている。確信し、手早く小袖に着替えた。くつろいだ姿となって、元親の部屋へと向かう。
 気心の知れた仲であるから、という理由もあるが、それとは別の思惑もあった。わざと襟を抜いて、胸元を開くように自然に着崩す。期待のせいで、体が微熱を浮かべた。
 心持ち足音を忍ばせて廊下を進む。はたして元親は起きていた。しらしらとした月光に、透けるように白い肌と白銀の髪が淡い光を放っている。人の形を取って、月が地上に来たようだ。
 太陽の気質を持つ元親の容姿は、豪快な言動に隠されているが繊細だ。ふたりで静かに酒交を重ねている間に、それに気づいた。
 気配に気付いた元親が、ふっと振り向く。なにげない仕草に、胸がときめいた。月光を受け、濃紺の宵闇に蛍のように輝く姿は、一幅の絵のようだ。
「おう、家康」
 元親が、ニッと歯を見せる。はかない麗しさが失せて、月の化身が鬼人に変わる。
「やはり、起きていたか」
 うわずる心を押し隠し、元親の傍に腰を下ろした。
「月がきれいなんでな」
 うなずく。元親を粗野な海賊と見なす者もいるが、そうではない。元親は月夜を好む。西海の鬼という異名を持つこの男は、繊細な心を持っている。戦乱の世で失われた仲間を、しみじみと悼みながら盃を重ねている。それは陰りのあるものではなく、清廉な哀悼だった。志を持つ男であれば、どんなに脆弱な者であっても敬意を払う。元親は、そういう男だ。だからこそ、あの頃のワシと懇意にしてくれた。
 元親が盃を差し出す。受け取ると酌をしてくれた。飲み干し、元親に盃を返して酒を注ぐ。
 ひとつの盃で、ほろほろと飲み交わす。
 元親の目が、ワシの首筋や鎖骨に触れる。それがもっと奥に来ればいいと、節目がちに酒を煽って唇を舐めた。
「家康」
 ささやくように呼ばれ、肩を掴まれる。期待に胸を痛めながら、気づかぬ顔で元親を見た。
 顔が近付く。唇が重なる。長いまつ毛と、左目を被う眼帯が間近にある。
 きっかけが何だったのかは、忘れてしまった。そんなものは、どうでもいいからだ。元親がワシに欲情し、そういう仲になった。重要なのは、それだけだ。
「ん……」
 元親の舌に唇をつつかれる。口をすこし開いて招けば、口腔をなぶられた。
「は、ふ……ぅんっ、う」
 元親の手がワシの頭を掴み、腰を包む。引き寄せられるままに、元親のたくましい胸筋に、胸を重ねた。日に焼けたワシの肌と、乳白色の元親の肌の違いが顕著になる。体の境界が、はっきりと区切られている。
 ワシの脳裏に、ある男が浮かんだ。
 友だった、痩身にも見えるしなやかな筋骨を持つ男、石田三成。三成も元親と同様、白い肌に白銀の髪をしている。
 三成の肌なら、元親と並んでもワシほどには境界を意識しないでいられそうだ。
 心に火傷をしたような痛みが走った。
 元親は、三成の口も吸ったのだろうか。
 いや。そんなことは、しなかったろう。
 三成は愚直なほどに純粋で、崇拝に近い敬愛を秀吉公に向けていた。性愛など知らぬような顔をしていた。元親は三成とは、肌を交わしてはいない。……はずだ。
「ふっ……んぅ、は」
 元親の口が離れる。濡れた瞳が遠ざかり、ワシを見ている。抱かれることを期待してきたのに、羞恥を浮かべて微笑んだ。――狡猾な自分が、嫌になる。
「家康。……いいか」
 うなずけば、押し倒された。元親の手に帯を解かれ、首すじを吸われる。
「ぁ……あ」
 抱かれるために来たと知ったら、元親はどう思うだろう。……きっと、どうも思わず、受け入れてくれる。拒んだり嫌悪したり、見下したりなんてことはしない。
 わかっているのに、素直になれないでいる。
 見透かされているかもしれない。
 それでも、奔放になれなかった。元親の唇が乳頭に触れる。舌先でくすぐられて、鼓動が早まる。下肢に疼きが走り、足の指を握って堪えた。
「は、ぁ……んっ、う」
 元親はていねいに、ワシの官能を引き出していく。元親は、そういう男だ。相手を深くおもんぱかり、いたわる。そして憎らしいくらい、人の孤独や窮地を見過ごせない。
「ぁ、ああ」
 膨らんだ胸の尖りに、元親がそっと歯を立てる。元親の髪に指を忍ばせれば、強く吸われた。
「んっ、ぁ、元親……あ」
 盛り上がったワシの胸筋を、元親の大きな手のひらが包むように揉む。脇を舐められ、甲高い声を上げてしまった。元親はうれしそうに目を細めて、ワシの輪郭を指と唇を駆使して確かめる。
「家康」
「ああ、元親」
 うっとりとした声が出た。元親は起き上がり、裸身になった。あらわになった元親の肉欲が天を向いている。元親が、ワシに興奮している。
 震えが走った。
 愉悦の震えを、元親は緊張からだと勘違して、あやすようにワシの胸筋に指を這わせ、腹筋の溝をなぞってヘソをくすぐる。
「は、ぁ、あ……」
「家康」
 許しを乞うような声に、うなずく。元親がワシの下帯を取った。とうに興奮していた陰茎が、勇んで飛び出る。
「っはは」
 元気だな、と息の隙間に聞こえた気がした。元親の指がワシの肉欲に触れる。めまいがして、四肢に力を込めた。ぬらりと温かなものに包まれる。元親の舌に本能をくすぐられる。
「は、ぁあ、あ……あっ、元親、ぁあ」
 声をあげるごとに、元親は動きを早める。ワシの股間でフワフワと揺れている元親の髪が、かすかに腹に触れるのがこそばゆい。元親のくれる刺激に意識を集中すれば、あっという間に極まりを迎えた。
「はっ、ぁ、ああ、ああぁあ――っ!」
 腰を突き出せば、元親が吸引する。ワシの一分が元親の体内に収められる。何度経験しても、気が遠くなるほどの幸福に見舞われる。
 だが、これで終わりじゃない。元親の肌が熱を宿して、薄桃色に艶めいている。
「元親……」
 膝を曲げて足を広げれば、元親が慈しむように目元を細めた。
 絹の衣に包まれたように、魂が心地いい。
 元親が離れて、室内の奥に行く。ごそごそと探って目的のものを見つけて、戻ってくる。膝を掴んで、胸に引き寄せた。元親がシやすいようにするためだ。
 はじまりは羞恥を装って見せたクセに、肌が快楽にとろければ大胆になる。元親は、そんなワシに興奮する。
 元親の手が尻に触れて、交合に使う場所に潤滑油を塗る。入り口を丹念に湿らされてから、指が入った。
「ふぁ、あ……あぁ、あ」
 元親に内側を探られる。気遣う指と、ギラギラと野欲を満たす瞳の落差がたまらない。すぐにでも元親を埋めて欲しくなる。だが、男の体は受け入れるようにはできていない。元親はワシを傷つけないよう、興奮を堪えて準備をしてくれている。
 心が幸福に塞がれる。
「ああ、元親……あ、ぁあ」
 元親が敵側に――三成の軍勢に加担したと聞いたときは、体中の熱が一気に下がった。血の気が、桶の底が抜けたように失せた。それを隠して、元親らしいと冷静な声を出せば、なるほどそうだと納得した。一途に秀吉公を慕っていた三成は、ワシの拳に秀吉公という大樹を砕かれ、迷い子と化した。絆を謳いながら、三成の最も大切な絆を絶ったワシを、断罪しようと望んだ。そんな状態の三成を、人心の機微に聡く世話好きな元親が、放っておけるはずがない。
 三成が狂気に堕ちることを、望んではいなかった。ワシの思想を納得しないまでも理解し、秀吉公を討った理由を“友”として受け止めてもらおうとした。――三成からすれば、我侭としか見えなかっただろう。
 だから、三成の傍に元親がいてくれることを、喜んだ。……冷えた心と嫉妬はあったが、本心だった。
 元親の指が抜ける。圧し掛かられて、硬いものをあてがわれる。
「……家康」
 掠れた元親の声に、体が熱くなる。元親の首に腕を回した。
「元親」
 唇が重なる。元親はいつも、沈む前にそうする。
「ぁ、ああ……ああ」
 元親の肉欲に開かれる。その質量と熱さに、息苦しさと悦びが湧き起こる。しっとりと汗ばんだ元親の肌と荒々しい息に興奮が高まる。
「は、ぁあ、元親、ぁ、ああ……ああっ、ぁ、ああ」
 元親がゆっくりと動く。内側を元親が擦っている。元親が求めてくれている。
「っは、元親、あ……ぁあ、元親ぁ」
 思考のすべてを奪うほど、激しく揺さ振られたい。
 望みを込めた声を、元親が口吸いで受け止めてくれた。
「んはっ、はぁあ、あっ、ああ、あ……も、とちかぁ、あ、ああ」
 苦しげに眉をひそめて、元親が勇躍している。ワシに感じてくれている。
「ふぁ、あっ、ああ、あ……」
 もっと、もっと激しく。元親の意識のすべてがワシで埋め尽くされればいい。元親の身も心も、ワシでいっぱいになればいい。
「んぅうっ、ぁ、元親ぁ、あ、ああ……っ、ふ、ぅう」
「家康……っ、家康」
 あさましく、ずるがしこい思惑に、元親は気づいているんだろうか。独占欲と嫉妬と、不安に苛まれている淫らなワシ。それなのに純真を装い、元親の元を訪れている。
「ぁあ、元親……っ、あ、ぁあ」
 わかっていて、騙されてくれているんだろうか。……きっと、見透かされている。
「ふっ、ぁ、ああ、ああぁあああっ!」
「家康……っう」
 元親の欠片が内側に注がれる。少しも逃したくないと、内欲で元親の陽根にすがりつく。
「ふ、はぁ、あ……元親ぁ」
 体の中が空っぽになった気がして、泣きながらしがみつくと、元親はこの上もなく優しい口づけを、包むような眼差しで与えてくれる。
 だからきっと、なにもかも見透かされている。
 ……けれどワシは繕うことをやめられず、元親はいつも、そんなワシを許すように愛してくれる。

2015/08/31



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