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 ころり、と賽が勝負目をはじき出す。それを確認した二人の男、島左近と前田慶次は、それぞれに喜色と悔しさを浮かべた。
 頭を抱えているのは、島左近。拳を握り笑みを浮かべているのは、前田慶次であった。
「それじゃあ、なんでも言う事を聞いて貰おうか」
 喜色の中にわずかな緊張を浮かべている慶次の、微妙な気色に気付いた左近が、いったいどんな無理難題をふっかけられるのだろうと身をこわばらせた。自分よりも細身の左近の体を影で隠すように、慶次は彼の耳元へ唇を寄せる。慶次が紡いだ言葉に目を丸くした左近に、鼻先が触れ合うほどに近い目を輝かせ、慶次は頷いた。
「そんな。ちょっとどころじゃない、無茶っスよ」
「勝った奴の頼みを、なんでも聞く。そう約束しただろう」
 うう、と恨めしそうな目をする左近の肩を軽く叩き、頼んだよと慶次は腰を上げた。
「あの石田三成に最も近い男、なんだろ?」
 高く結い上げられた慶次の豊かな髪が、踊るように去っていくのを見送り、左近は盛大な息を漏らしてうなだれた。

 そりゃあたしかに、自分は豊臣秀吉の左腕、石田三成に最も近い男だと思っている。敬愛する三成が妄信的に敬い慕う豊臣秀吉に、声をかけられたこともある。それを慶次に自慢なんてするんじゃなかったと、左近は深い溜息をついた。
 まさか、こんなことを頼まれるとは。
「元気がないようだね」
 するりと耳に入った声に、左近は驚き顔を上げた。そこには豊臣の軍師、竹中半兵衛が穏やかな笑みを浮かべて立っている。
「半兵衛様」
「おおかた、三成君の目を盗んで行った賭場で、大負けでもしたんだろう」
 ぎくりと左近の頬がこわばり、やれやれとイタズラ小僧を見るような目で、半兵衛は彼に歩み寄った。
「君の力には、期待をしているんだよ。秀吉も、君の事は評価している。遊びにかまける多少の余裕も必要だとは思うけれど、度を越すようなことは、気を付けてもらいたいな」
「うう、すんません」
「で? どのくらい負けてしまったのかな」
 まさか半兵衛から、そこを聞いてくるとは思わず、左近はゴクリとツバを飲み込んだ。慶次の無理な頼みを話すきっかけが与えられるとは。
(豊臣には慶次さんが必要だから、こういうふうに賽が転がったのかもしれない)
 秀吉と慶次の関係を知らぬ左近は、時折、慶次を豊臣軍に誘っていた。今回の慶次の頼みは、それなら秀吉という男を見てみたい。それから判断をする、という左近の豊臣への誘いに乗る風な内容だった。
(なら、慶次さんの言っていた通りの言い訳で)
 ぺろりと唇を舐めて、左近は眉を下げて心底困った顔で言った。
「それが。とある妓楼に、秀吉様をもてなさせろって言われたんスよ」
「どういうことなのかな」
「その。負けたら相手のいう事を聞くっていう条件を、賭けたんス。そしたら相手が妓楼の主で、豊臣と今からよしみを通じていたいって」
 勢いに乗っている豊臣軍と、繋がりを持ちたいという大店などは少なくない。今、恩を売って置いて後で儲けようという魂胆だ。先物買いをしておこうという商人の腹を、軍師である半兵衛は理解しているだろうと慶次は言った。それは左近も納得をしたが、はたして相手が妓楼となれば、どうなることか。
 ふむ、と半兵衛が顎に手をかけて左近の話を吟味する。背中に詰めた汗が流れ、それに突き動かされるように、左近は手を動かしながら説明をした。
「あ、お金は全部、お店持ちッス! 妖しいところじゃ無いッス! ここんとこ殺伐としてましたし、ちょっと違う雰囲気の中に入って意識をかえるというか、疲れを癒すというか、親睦を深めるというか、そういうの、悪くないと思うんス」
 早口で畳みかける左近に、これはよほど負け越して、こんな条件を出されたのだろうと、半兵衛は不快の無い苦い顔をした。
「たしかに。少々の息抜きは必要だね。張りつめすぎていると、小さなほころびが大きな傷となる。……いいよ。君の負け分を、ありがたく被るとしよう。妓楼なら、軍師金などの提供や諜報も頼めそうだしね」
 半兵衛の答えに、左近は満面に喜色を浮かべて深々と頭を下げた。

 遠く離れた饗応の席のかすかな音を漏れ聞きながら、慶次は薄暗い部屋の隅で、黙然と座していた。心音が部屋の中で一番に大きな音なのではないかと思うほど、緊張をしている。
 左近への頼みは、八割ほどが叶わないだろうと諦めの気持ちの方が強かった。それが、こうして叶っている。
 この妓楼は、慶次の馴染みであった。といって、女を買うわけではない。店主とひょんなことから知りあい、ウマが合い、滞在の便がいいので使わせて貰っていた。今回の饗応のことも心よく引き受けてくれた。むろん、タダではないが。
 慶次は長い髪を下ろし、襦袢姿であった。これは、敵意が無い事を示すためであった。武器の類は身につけていないと、結った髪の中に何かを仕込んだりもしていないと、示すためであった。
 酔えば、秀吉も多少は気持ちが解れゆるんで、話をしてくれるのではないか。
 そんな思惑が、慶次の裡にあった。
(ねね……)
 心中で呟き、首から提げた守り袋を握りしめる。慶次の耳に、秀吉を恨まないでと呟き、事切れた愛しい人の声が蘇った。彼女は自分を殺した秀吉を許し、慶次に理解を求めた。その心境は今でも慶次は理解ができていない。何故と問う慶次を秀吉は避け続けた。自分の言葉を向けていれば、いずれ秀吉も自分の意見を返してくれるだろうと信じ、慶次は叫び続けた。そしていつしか、秀吉は自分から逃げているのではないかと思うようになった。
 それは、左近と出会い、親しくしている間に漏れ聞く、豊臣軍の人々の話題が理由だった。
 秀吉を慕う三成の話を聞くうちに、三成を慕う左近の姿を見ている間に、秀吉は何も変わっていないのではないかと。変わらざるを得ないと自分を叱咤するために、ねねを手にかけたのではないかと。ねねと共に殺したはずの自分が、慶次と会えば蘇ると恐れているのではないかと。そう、思うようになった。
 慶次の耳に、足音が近付いてくる。ひっそりと部屋の影になった部分に身を置いている慶次は、その足音がまぎれもなく秀吉のものであると確信をした。自分を迎えに来たときの、加賀の屋敷でよく聞いていた足音そのままだった。
 すらりと襖が開き、秀吉が入る。人の気配のある事に気づいていないはずはないのに、何も言わずに襖が閉じられた。
 褥に座した気配を感じ、慶次は壁に向けていた体を振り向かせる。胡坐をかいた、穏やかさなど微塵も感じられぬ面相の秀吉が、そこにいた。
「秀吉」
 秀吉は何も言わず、じっと慶次を見つめている。
「やっと、会えた」
 思わず漏れた慶次の言葉に返事もしない。
「秀吉、あのさ」
 慶次が近づけば、秀吉は彼の腕を掴み引き寄せ、自身の胸奥に沈めた。
 驚きに声も出せぬ慶次の身を抱きしめ、秀吉が呟く。
「妓楼の趣向は、予想もつかぬことをする」
 深く胸奥に響く声音に、ああと慶次は目を閉じた。
 この声だ。
 多くを語ることの無い秀吉の声は、人の胸奥に浸みるような響きを持っている。
「秀吉」
「何もいうな」
 顔を上げた慶次に、秀吉は険しい顔をさらに険しくして命じた。その瞳が昔とかわらず澄んでいることに、慶次の唇がほころぶ。
 ここは妓楼で。
 寝間で。
 襦袢姿の自分がいて。
 秀吉はこの身を引き寄せ抱きしめた。
 言葉以上の会話を今からするのだと、慶次は察した。
 言葉をいくら尽くしても、秀吉の胸には届かないだろう。自分たちの歩む道は、もう交わる事ができないほどに離れてしまった。言葉を尽くせば尽くすほど、秀吉は頑なに自分を拒むだろう。ならば、何も言わず心身ともに秀吉の前に投げ出し、秀吉を受け入れよう。
 あの時、ねねがしたように。
 秀吉が慶次を横たえ、慶次の長い髪が白い褥に大海原の渦のような模様を描く。慶次の首から静かに守り袋を外した秀吉は、それを部屋の隅に裏返しに置いて慶次の元へ戻った。
 くすりと、慶次の唇がやわらかく歪む。
 横たわり静かに待つ慶次の上へ、秀吉が覆いかぶさる。人よりも隆々とした筋肉を持つ慶次であるのに、秀吉に比べれば常人のように見えた。
「秀吉」
 慶次の声に応えるように、秀吉は彼に唇を重ねた。
 ほんのりと酒気を帯びた唇に、慶次は目じりをとろかせる。壊れ物に触れるような秀吉の所作が、彼は慶次の知っている、心優しく繊細な青年のままであることを示していた。
「っは」
 慶次のたくましく盛り上がった胸筋を、やすやすと包むほどに大きく節くれだった秀吉の手がなでる。その大きさからは想像もつかないほど繊細に、秀吉は慶次の胸乳をほぐすように揉み包み、胸筋の谷に舌を這わせた。
「っ、は」
 淡いものが慶次の肌に生まれる。秀吉の体温が慶次の産毛を逆立たせる。それは消して不快ではなく、やり場のないもどかしい優しさを感じられて、慶次は薄く目を閉じた。
「んっ、ふ、ぁ」
 慶次は意識の全てを秀吉が与えてくるものに向けた。乳頭が摘まれ、舌で転がされる。甘く歯を立てられ軽く吸われて、そこから生まれた甘いかゆみが下肢へと伸び、股間を膨らませた。
「ぁ、は、ふ、んぅ、う」
 肌の表面が薄い快楽の膜で覆われる。たしかに地に横たわっているというのに、妙な浮遊感がある。慶次は縋る場所を求め、厚みのある逞しい秀吉の肩を掴んだ。
「は、ぁ、ああっ、あ」
 秀吉が強く慶次の胸乳を吸い、慶次が腰を浮かせた。そこに丸太のような腕を差しこんだ秀吉は、のけぞった慶次の顎に唇を寄せ、彼の腰帯を解いた。
「ふ、んっ、ぁは」
 布の流れる刺激すら、慶次は拾い身を震わせる。頭をもたげた慶次の陰茎を秀吉の指がつまみ、薄氷を割らぬような淡さでなでた。
「ぁ、は、は、はぁ、あ、はう」
 もどかしさに慶次が小刻みに声を震わせる。秀吉は一言も発さず、慶次の体の隅々までを確かめるように、指を、舌を動かした。
「んっ、ふ、はぁうぅ」
 内腿に秀吉の唇が触れ、滑る。足の先まで移動した秀吉の口が、慶次の足指を含んだ。
 ぶるっと慶次が胴震いする。
「ぁ、ひ、でよし」
 陰茎をくすぐられながら、丹念に足指を舐られ、慶次は自由な足で秀吉の股間を探った。そこが十分に熱を持っていることに、慶次の頬が満足げにゆるむ。足の指で秀吉の下肢を探り下帯をずらした。こぼれ出た牡を指に挟み、ゆるゆると刺激すれば、舐られる足指に秀吉の息が触れる。それの熱さを求め、慶次は足淫を続けた。
「は、ぁ、ふ、ふんっ、ぁ」
 足を舐られ、牡を扱かれ、秀吉の陰茎を足で高ぶらせる慶次の体は蜜のような熱に満たされる。このままずっと身を浸していたいような、今よりも先に進みたいような心地に意識を揺さ振られ、慶次は肌を震わせた。
「ぁ、ああ、秀吉っ、ぁ、は」
 足に掴む秀吉の陰茎が濡れている。自分の牡も先走りをこぼし、秀吉の指を濡らしている。
「秀吉」
 呼べば、秀吉の手指の動きが早まった。それに翻弄されながら、慶次は足に挟んだ秀吉の熱を羽ばたきへと促す。
「っ、は、ぁあ、あっ、はぁあああっ」
 ぶるると大きく震えて、慶次が放つ。慶次の足に秀吉の弾けた蜜がかかった。互いに絶頂を迎えられたことに、慶次の胸が満たされる。そっと息を吐いた慶次の、秀吉が舐っていた足が下ろされた。変わりに足淫をほどこしていた足を取られ、秀吉の指が欲蜜を拭う。
 ああそうか、と慶次は思う。放てば終わりではない。その先を、秀吉は欲している。ならば自分は受け入れよう。秀吉の全てを、ありのままを、この身の奥に受け止めよう。
 慶次と自分の蜜を集めた秀吉の指が、ためらいがちに慶次の尻に触れた。迷う気配に、慶次は許可を示そうと膝を立て、大きく足を開いた。秀吉の指が菊の座に触れる。しばらく入り口を探っていた指が押し込まれた。
「っは、ぁお、ぅ」
 誰にも探られたことの無い箇所への刺激に、秀吉の指を包んだ触感に、慶次は目を見開き身をこわばらせた。秀吉の指がぴたりと止まる。腕を伸ばした慶次は、秀吉のたくましい腕を掴んだ。秀吉が慶次を見る。慶次は微笑み、頷いた。
 秀吉の指が動きを取り戻す。慶次の表情を伺いながら、太い男の指が慶次の内壁を探る。
「ふっ、ぅ、うんっ、う、ぅう」
 足の指を握りこみ、慶次は違和感に堪えた。だんだんに違和感が疼きに変わり、熱を生むようになると、慶次は自身の欲が硬さと熱を取り戻すのを感じた。足を伸ばして探れば、秀吉の下肢も同様に膨らんでいる。
「ぁ、秀吉、ぁ、あ」
 丹念に慶次の内側を探る秀吉に応えるように、慶次は足指で秀吉を愛撫した。
「ふ、ぁ、ああ」
 内壁が恥ずかしいほどに蠢き、秀吉の指を求めるように吸いついている。それが自覚できるほどになる頃には、慶次の腰は理性とは別のものに支配され揺れていた。
「秀吉、ぁ、は、あぁ」
 慶次の胸が、言いようも無いほどにたかぶっている。足に挟む秀吉の熱も、たぎりきっていた。
「秀吉、もう」
 いいから、と言葉を続けられぬ慶次に、秀吉が再び覆いかぶさり、彼の内部から指を抜いた。ひたり、と秀吉の熱が菊の座に標準を合わせる。受け入れようと、慶次は秀吉の腰に足を絡ませた。
 秀吉が、じっと慶次の顔を見る。慶次は微笑み、頷いた。
「ぁ、が――っ」
 指とは比べ物にならぬ質量と熱を持つものが、押し込まれる。喉の奥で潰れた声を上げた慶次に、秀吉は動きを止めた。
「ぁ、大丈夫、だから」
 秀吉の眉間に、気遣うような苦しげなしわがある。慶次はそれを解そうと、指の腹で秀吉の眉間をなでた。
「教えてくれよ。秀吉」
 少しも変わっていないことを。
 あの頃のまま、繊細で優しい秀吉のままだということを。
 秀吉の唇が、慶次の唇を覆う。慶次の腕が秀吉の頭を包み、秀吉の唇は慶次の胸に触れた。
「は、ぁ、ああ、あ」
 挿入の圧迫をやわらげようというのか、秀吉は慎重に腰を進めつつ、慶次の胸乳を舌で探った。
「ふ、ふぁ、が、ぁお、ぅ、ふ」
 快楽と開かれる圧迫とでうめく慶次は、この気遣いこそが秀吉だと嬉しくなった。
 秀吉は、何も変わっていない。ただ、抱えるものが自分と違ってしまっただけなのだ。その強さゆえに、優しさゆえに、自戒のために、自分を避けていたのだ。優しさを弱さと思いこみ、ねねを手にかけた。けれど最後の一押しが出来ず、慶次が駆けつけた時にはまだ、ねねは息を残していた。
 秀吉の真意を、心理を、ねねは受け止めていた。だからこそ、恨まないでと慶次に告げたのではないか。
 秀吉の全てが慶次に埋まる。慶次の心が秀吉に満たされ、涙が溢れた。とまどいつつも拭う秀吉の指は、とてもやさしい。
「秀吉ぃ」
 幼子のような声が、慶次の口から漏れる。秀吉は唇を迷わせ、けれど何も音を発さずに慶次をしっかりと抱きしめた。秀吉のぬくもりに包まれ、慶次は目を閉じる。彼の唇が、たしかに「慶次」と動いたことを噛みしめて。
「いいよ、秀吉」
 慶次の内側にある秀吉の熱が、痛いほどに怒張している。そこに溜まっている想いを注いで欲しい。秀吉の心を感じたい。
「秀吉」
 慶次が頬を擦り寄せ、秀吉が腕に力を込める。緩慢に、慎重に腰を動かす秀吉に、慶次は腹の底をくすぐられたような、快い笑みを湧きあがらせた。
「秀吉……いいから。そんな、気を使わなくてもさ。ここは妓楼で、寝間なんだから」
 俗世のしがらみを持ち込んではいけない、はかなく短い夢を見る場所なのだから。
「っあ、が、はぁおううっ」
 突然、脳内で火薬がはじけたような衝撃を感じ、慶次は雄たけびを上げた。乱暴に体を揺すられ、息つく暇も無いほどに内壁を穿たれて、慶次は目を見開き口を閉じるまもなく、与えられるものにほとばしる声を響かせる。
「ぁはぁおおぅ、ひは、ぁあぁあっ」
 自分の叫びを聞きながら、その合間にさしはさまれる熱い呼気が秀吉のものであると知り、慶次は胸を轟かせた。秀吉の憤りも苦悩も全てがこの身に刻まれていると、慶次は感じた。なまじ強さを持ち合わせていたがために、弱さを鎧えてしまったがために、秀吉は一人で抱えてしまったのだ。あの日、あの時、松永久秀に打ちのめされて知った無力を。
 二度と、あのような思いをせぬように。踏みにじられる弱き者を守る強さが欲しい。庶民の出である秀吉は、慶次以上に理不尽を知っているはずだ。搾取される弱き民の苦しみを、肌身に感じていたはずだ。
「んぁっ、ひ、ひぁあおぉっ」
 秀吉に翻弄され叫びながら、慶次は体の隅々にまで、秀吉の心持が染み渡るのを感じた。自分を避けていた理由が、明確に示されている。その最たるものが、慶次の奥へと放たれた。
「っ、う」
 低い秀吉のうめきと共に、慶次の内側に溶岩のように何もかもを埋め尽くす熱が注がれる。
「っあぁああああ!」
 前田慶次という器が溶かされ、むき出しの魂にされると同時に、慶次も熱を迸らせ、白く弾けた清らかな世界に意識を手放した。

 空気に重さが出来たのではないか。
 そう思うほどに体が重く、指を動かすのも億劫だ。今は何時なのだろうと、無理やりに上体を起こした慶次は腰と尻に鈍く響く痛みにうめいた。
「う、うう」
 本能的に、助けを求めるように腕を伸ばす。突っ伏した慶次は手足を縮めて背を丸め、うずくまって力を溜め、気合を入れて身を起こした。
「っはー!」
 声を発しその勢いを殺さぬままに窓により、日光を遮蔽している雨戸を外す。暗い部屋に飛び込んできた光りに、慶次の目がくらんだ。
「ううっ」
 頭痛を覚え、慶次は壁に背を当てて座りこんだ。しばらくそのまま休み、目が明かりになれたころに室内を見回して、部屋の隅にきちんと置かれている守り袋に目を留める。裏返しに置いた秀吉の背を思い出し、慶次は口元をほころばせた。
 日の差し込み具合から、昼時頃だろうと推察できた。秀吉らは帰っているだろう。店の者らは今宵の仕事のために休息をしているのか、慶次を気遣って放置をしてくれているのか、物音は聞こえない。
 痛む腰をひきずりながら移動し、守り袋に手を伸ばした慶次は語る。
「なんとなく、ねねが秀吉を恨むなって言った理由が、わかった気がするよ」
 慶次の肌に、昔と変わらぬままの秀吉の気配が漂っていた。

2014/05/14



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