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かぐや

 常に前を見て、背に多くの人の願いや望みを受け止めて羽ばたく竜。
 奥州筆頭、伊達政宗。
 母にうとまれ、家のために弟を殺し、父までも手にかけた彼の瞳は、独眼竜という異名を体現するかのように、高みを見つめて揺らぐことがない。
 そのまっすぐに進む姿に、揺らぐことのない力強さに、奥州の人々は安堵し、未来を託して生きている。
 そして、病でただれた彼の右目を奪った忠臣、片倉小十郎は、奪った右目そのものであると、竜の右目という異名を自他ともに認めるほどに、近く深く主に従い、時には諫め、導き、尽くしている。
 奥州には、竜が二頭――いや。神であろうと分かつことのできぬ双頭の竜が、存在している。
 若々しく猛る勇敢な頭脳。
 沈着怜悧でありながら、いったん逆鱗に触れれば、誰も止めることのできぬ頭脳。
 そんな双頭の竜に、奥州は治められている。
 猛々しく、雄々しく、揺るがぬ竜が、奥州を総ている。

 月に叢雲。
 薄く輝く下弦の月に、雲がかかっている。雲は月の光を含み広げ、夜空の黒を藍色であるのだと教えてくれていた。
 窓から注ぐ月光を、伊達政宗が襦袢姿で眺めている。
 しらじらと輝く月の光が、端正な政宗の顔を白く浮かび上がらせていた。つややかなカラスの羽を思わせるまつげが、切れ長の左目を縁取っている。右目は、幼い頃に切り取られた傷跡が、なまなましく他の肌より濃い色で、彼の艶麗な姿に凄味を与えていた。
 美しいものは傷があれば凄味が増す、ということを体現する彼の隠さぬ姿を見ることができるのは、この世でただ一人。その右目である、片倉小十郎のみであった。
「政宗様」
 ふすまの奥から、声がする。政宗は返事をせず、ぼんやりと窓から見える夜空に目を向けていた。すこしの間を空けて、ふすまが開き、折り目正しく平伏した小十郎が、音もたてずに膝を進めて中に入った。ぴったりと、寸分のすきもなく、ふすまを閉める。
「政宗様」
 政宗は、微動だにしない。膝をついたままにじりよった小十郎が、政宗の床に落ちた指に触れる。それを持ち上げ、甲に唇を押しあてた。
「政宗様」
 そこで初めて、政宗は小十郎を認識したかのように首をめぐらし、くしゃりと顔をゆがませて泣き出しそうに微笑んだ。
 この表情を見るたびに、小十郎は胸を突かれる。
 糸の切れた操り人形のように、政宗は小十郎の胸に倒れこんだ。それを、小十郎が胸の奥深くに抱きすくめる。
 痛いほどに抱きすくめられることを、政宗は望む。やわらかな腕など、彼は信用ができないほどに飢えていた。
「政宗様」
 主は、応えない。ただ、なよやかに小十郎の腕の中に身を任せている。
 揺らぐことのない力強さ。
 輝かんばかりの生命力と、行動力。
 迷いなどかけらも見せぬ、まっすぐに天を目指す竜。
 本当に、そんな人間がいるものか。
 揺らがぬ人が、いるものか。
 立ち止まらぬ人が、いるものか。
 迷わぬ人が、いるものか。
 主がこうして危うさを見せるたびに、それを抱きとめるたびに、小十郎は胸の奥で叫ぶ。不器用に、甘えることを知らぬまま育ってしまった、愛情に飢え渇き、それがゆえに平穏を望む主を――子が母に何のわだかまりもなく愛される世を、家督争いや領土争いなどで血のつながったものを手にかけなければならぬ世の終わりを、魂の奥底から望む主を、その内側にある弱さを、脆さを、知る者はこの世で自分しかいない。だからこそ、従者の身分を超えた叱咤をし、諫めもする。
 だからこそ、こうして抱きしめて飢える主を支えもしている。
「政宗様」
 腕の中の主は、わずかも動かない。ああ、と音にならない息を吐き出し、小十郎は主の頭に唇を寄せた。
 ああ、政宗様。
 胸の奥から湧き上がるいとおしさを、ひしひしと感じる。
 この方の弱さを、この身がすべて受け止める。この方の飢えも渇きも、この身ですべて癒して差し上げる。
 それが、自分の存在意義であり、唯一の望みでもあると自覚をしていた。
「小十郎」
 ぽそりとつぶやかれた声の、なんとはかなく弱々しいことか。ゆっくりと持ち上がった瞳の、すがるような悲しげな光の、なんと頼りないことか。
「政宗様」
 言葉など、いくら紡いでも仕方のないことと、小十郎は政宗の額に唇を寄せた。求めるように、政宗が首をのばす。しっかりと腕に抱きしめたまま、のびあがった政宗の右目に唇を押し付けた小十郎は、自分の胸が血潮を吹き上げるのを感じた。
 あるいは、この方をただ自分の腕の中に閉じ込めたいがために、この右目を切り落としたのではないか。
 そう思うほどに、政宗を身の内に抱きすくめるたびに、胸から溶岩のように熱く灼熱した血液が体中を駆け巡る。
「小十郎」
 政宗の手が、小十郎のほほの瑕に触れた。それをなでた政宗が、舌をのばして瑕をなめる。なめられるたびに触れる呼気に、小十郎の野欲があぶられた。
「政宗様」
 ギヤマンで出来た細工に触れるように、小十郎は政宗の頬を両手で包み、唇を押し付けた。
「ん――」
 鼻から息をもらした政宗が、薄く唇を開く。招かれるままに、小十郎は舌を伸ばし、主の熱をまさぐった。
「んっ、は、ぁ」
 角度を変えて、丹念に口腔を探る。求めるようにのばされた舌を、軽く吸った。
「ふっ、んぅ」
 鼻にかかった甘え声とともに、政宗のまつげが震える。
「More――give me Some more」
 切なく訴えられた言葉の意味はわからないが、望まれているものが何かはわかっている。剣と野良作業のせいで皮膚が厚く、ごつごつとした小十郎の掌が、絹のような政宗の肌に触れた。太ももをなで、帯をといて着物を開く。余分なものをそぎ落としたしなやかな筋肉に唇をよせながら、彼の形を確かめるように、背を、腰を、脇腹を、腹を、足を、腕を、全てを掌でなでる。
「っは、ぁ、小十郎」
「政宗様」
 低くささやけば、ふっと安堵したように政宗がほほ笑んだ。その笑みが悲しくて、小十郎は彼の肌を強く吸った。
「っあ」
 喉の奥に引っかかったような、高い声が政宗の唇から洩れる。小十郎が唇を離すと、赤い花弁がそこに散っていた。
「政宗様」
「もっと、沢山、だ。小十郎」
「ええ」
 いとおしそうにうっ血をなでた政宗が、はかなく唇をゆがませる。首に絡んだ腕は、まるで母にすがる赤子のようだ。愛されたいと無心に願う、赤子のようだ。
「政宗様」
「はっ、ん、ぁあ」
 胸乳の色づきを舌で転がし吸いつけば、政宗の背がそらされる。しばらく舌でたわむれていれば、政宗の下肢が起き上がり、存在を主張し始めた。
「ぁ、小十郎」
 望まれるまま、小十郎は主の下帯を取り、猛る陰茎へ手を伸ばした。
「ふっ、んぁ、あ」
 くびれから先端をつかみ揉めば、心地よさそうにまつげが震える。のびた首に見える喉仏が上下していて、小十郎はそこに唇を寄せた。
「は、ぁんっ、ぁ」
 いじる小十郎の指が濡れる。主の先走りを指にからめ、それを陰茎のすべてへと塗りつけながら扱いた。
「んはっ、ぁ、こじゅっ、ぁ、は、はぁ、あっ」
 ぎゅう、と首に政宗がしがみつく。腰が揺れて、心地がいいと示してくる。
「んはっ、ぁ、こじゅ、ぅろ」
 耳元であふれる政宗の嬌声に、小十郎の胸が強く掴まれ痛んだ。
 これほどのいとおしさを、この方以外で味わうことはないだろう。
 これほどの独占欲と優越感を、他で味わうことはないだろう。
「んぁ、こじゅっ、も、ぁ、でるっ」
「ご存分に」
 たまらぬと首に額をこすりつけてくる主が、愛おしい。頬をゆるめた小十郎は、手淫を速めた。
「んはっ、はっ、はぁ、あっ、あっ、あああぁあ」
 びくん、と政宗が身をこわばらせると、小十郎の手の中の陰茎がはじけた。吹き上げるものが筒の中に残らぬよう、全てを絞り上げる。
「はん、ぁ、あぁ」
 そうしたときの主の恍惚の表情は、こちらの胸もあたたかく幸せに緩むほどで、小十郎は思わず彼のほほに唇を押しあてていた。
「は、ぁ――小十郎」
 主の瞳が告げる。
 この世に、つなぎ止めてくれと。
「政宗様」
 右目を失う大病の折に、自分は一度、死んだのだ。それをこの世につなぎとめたのは、小十郎。オマエだ。
 かつて政宗が、そう口にしたことがあった。あれは、いつのことだったろうか。はっきりと口には出されなくとも、この行為に及んだ時にはいつも、政宗は無音で小十郎にそれを告げる。そして小十郎はそれをこの上もない喜びとして、自分が彼の唯一無二であるとの愉悦に浸る。
「ああ、政宗様」
 とらえられているのは、はたしてどちらか。
 愛している、などというありふれた言葉を使えば、この行為がけがれてしまいそうで、小十郎はただ彼の名を呼ぶだけにとどめていた。愛している、などという言葉で、この胸に巣食う浅ましくも尊い心地を表現できるとは、思えなかった。
「政宗様」
「小十郎」
 愛してほしいと、求めてほしいと、つなぎ止めてほしいと、政宗はすべての思いを一つにこめて、小十郎の名を呼ぶ。そして小十郎は、受け止めた想いに自分の気持ちを混ぜ合わせ、彼に返す。
「んあっ、ぁ、は、はぁ、う」
 主の欲でぬれた指で、ひきしまった尻の間に咲く可憐な花を開く。
 丹念に。
 彼の体の負担にならぬように。
 翌朝には、いつもと変わりのない、威風堂々とした奥州の竜として、人々の前に出なくてはならないのだから。
 民を安堵せしめるに足る笑みを浮かべて、彼は過ごさなければならないのだから。
「んぁ、小十郎、も、いい、から……っあ」
「まだ、早うございます」
「んぅっ、ふ、は、ぁ、早く」
 眼尻に涙をたたえ、政宗が懇願する。
 早く、この身が存在していることを証明させてくれ。
 お前の熱で、痛みと喜びを与えてくれ。
「政宗様」
 泣き出しそうなほどに募るいとおしさに、小十郎がのどを詰まらせる。
 月光に薄く輝く政宗の、なんと美しいことか。
 自分の存在をこうして確かめねば、自身の内側にある竜に食らわれかねない政宗の、なんとはかないことか。
 ああ、と小十郎は胸の裡で息をもらす。
 なんて、いとおしいのだろう。
「ぁ、小十郎っ、は、ぁ」
「政宗様」
 政宗の花が開き熟れ、小十郎の熱が凝りきる。荒々しく汚らわしい自分を、この美しい人の内側に突き立ててむさぼることの、なんという官能か。
 ゆっくりと覆いかぶさり、抱きしめる。政宗の腕が小十郎にまきついた。額を重ね、鼻先をくすぐりあい、唇を寄せる。とろりと潤んだ政宗の瞳の望むままに、小十郎は身を沈めた。
「は、ぁ、ぁお、ぁ」
 いくらほぐしたとしても、繊細な花は小十郎の熱と質量に苦しみ戸惑う。それをあやすように、小十郎は政宗の顔じゅうに唇の雨を降らせながら、彼の表情に苦痛が見えぬよう、慎重に奥へと進んだ。
「ぁはっ、は、ぁ、こじゅっ、うぁ、は」
「ふっ、く」
 苦しげに小十郎が眉根を寄せて進むのを、政宗が見つめる。体感でも、視界でも、自分が求められているのだと確認したいのだと言うかのように。
「は、ぁは、んっ、ぜんぶ、ぁ、入ったな」
 尻にぴたりと小十郎の肌が重なったのを感じて、にやりと政宗が口の端を持ち上げた。
「はい。すべて、この小十郎は政宗様の内側に、抱かれております」
 それと同時に、政宗様のすべてが、この小十郎の腕の中に。
 そう、魂までもが。
 その声が聞こえたように、政宗の瞳に哀切が、渇望が浮かび上がった。
「小十郎」
 かすれたその声は、迷子のようであった。すがる相手を持たぬ、天地の間に放り投げられ漂う竜の子を、人の世にとどめているのは自分だと、小十郎は強く感じる。
「政宗様」
 安堵させるように、瞳に唇を寄せる。
 この身を引き裂いて、この胸に熱くあふれる血潮のごときいとおしさを、この方に見せることができたなら。
 そう、思いながら。
「夜は、まだまだ長ぇ」
「はい」
「だから、小十郎」
「ええ。しっかりと」
 むき身の魂を抱きしめる相手がいることを、肩書など無くとも愛されるべき存在であることを、政宗に伝えたい。
 こんなにもはかなく、切なくあわれな彼を抱きとめる自分は、高天原にあるという天香具山に魅せられた、憐れな獣と変わりない。
 いずれ、竜は天に帰る。
 それまで、どうかこの方の傍に。
 この方の魂を癒せる唯一無二の存在として、どうか、傍に。
「小十郎」
「政宗様」
 通じ合い、それでも伝え足りぬあわれな双頭の竜をなぐさめるように、月光がしんしんと降り注いでいた。

2013/11/16



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