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想竜

 いつものように政務の合間に体を動かそうと、奥州を統べる竜・伊達政宗は、腹心の片倉小十郎を誘って木刀で打ちあった。
「ふう」
 ひとしきり汗をかき、木刀を下ろす。
「やっぱ体を動かさねぇと、調子狂うぜ」
 心地よさそうな政宗の様子に、小十郎が微笑んだ。
「体を動かされた後は、頭もよく動く事でしょう」
「Why do say things sarcastically? それじゃあまるで、俺が頭を働かせていないみたいじゃねぇか」
「隙あらば、政務をサボろうとなさるのは、どこのどなたでしたか」
「Oh 茶を飲む時間ぐらい、かまわないだろう」
 肩をすくめる政宗に、小十郎は目じりを緩めた。こういう冗談の応酬が出来るのは、平和な証拠だ。
「茶請けは、何になさいますか」
「そうだなぁ」
 腕を組み考える政宗の目が、小十郎の首筋に止まった。
 かがんだおりに見えた小十郎の鎖骨から胸にかけて、汗が流れる姿にどきりと胸が鳴る。妙な色香を感じ、吸い込まれるようなめまいを覚えた。
「空腹は、感じておられますか?」
微笑む小十郎はいつもと変わらない。乱れ落ちた前髪が額にかかるのを、さりげなくかきあげた仕草に、袖口から覗いた腕から脇にかけての逞しい線に、政宗の下肢がキリキリと痛むほどに熱を持ち始める。それに気付いた政宗はうろたえ、慌てて小十郎から目を離した。
「政宗様?」
「ああ。ちょっと、減っているな」
「では、餅でも焙りましょうか」
「そうしてくれ」
 ではと頭を下げて、小十郎が先に道場を後にする。その後姿を見送り、完全に見えなくなってから、政宗は太い息を漏らした。
「Oh,my……」
 ここのところの俺はどうかしていると、首を振った。

 いつからか、小十郎の仕草に性的なものを感じるようになっていた。何がきっかけなのか、さっぱりわからない。わからないが、ふいに扇情的なものを感じてしまうのだ。
 焙り餅を食みながら、政宗は傍らに控えている小十郎を見る。今は、何とも感じない。そのことにホッとしつつ、いやいやこれが普通だと心の中で否定する。
 しかし、この小十郎のどこに、自分の股間をそのような心地にさせるものがあるというのだろう。
 男らしく逞しい、整った顔立ちと体躯。野良仕事を趣味とする――趣味の域を十分過ぎるほどに超えてしまっているのだが――小十郎が、里の娘らの熱い視線を一身に受けている事は知っている。だが、男にそのような目を向けられている姿は、見た事が無い。色小姓として見るには、トウが立っている。
(抱くほうじゃなく、逆なら――)
 ふと浮かんだ言葉に、政宗はブルリと身を震わせた。
「政宗様?」
 気付いた小十郎が問いかける。
「何でもねぇ」
 どんなに小さなことでも、小十郎は政宗の事ならば気付いてしまう。その事を思い、政宗は心臓をヒヤリとさせた。近頃の自分の目に好色なものが浮かんでいないことを祈る。
「風邪の引き始めかもしれません。大事なきよう、ご自愛ください」
「わかってる。病気なんざ、している暇は無ぇからな」
 天下の情勢は、いつどうなるかわからない。今の状態のままならば、と予測し備えておくことは当然、している。けれど、天がどう采配を揮うかわからない。必勝の戦と見えても、何が起こるかわからないものだ。
 人心もまた然り。
 予想だにしない離反や結託が起こりうる時代だ。人の心は、推し量りきれるものではない。自分自身の心根すらも、どう動くかわからないものなのだから。
 そっと小十郎に気付かれぬように息を吐き、政宗は静かに控えている小十郎を盗み見た。
 寸分の乱れもなく、後ろに流し整えられている髪。神経質そうな形の良い眉。切先のように鋭い瞳が、この上も無く柔らかな光を宿す事を、政宗は知っている。
(ヤベェ)
 ゾクリと甘いものを背筋に感じ、政宗は咳払いをした。
「ちょっと、喉の調子が悪いかもしんねぇな」
 わざとらしく首に手をやる政宗に、小十郎の眉が寄った。
「風邪の引き始めかもしれねぇ。少し休むから、後の事は頼むぜ。小十郎」
「――承知」
 そそくさと政宗は奥の襖を開けて、小十郎の姿を視界から物理的に消した。
「I am perplexed」
 つぶやき、政宗は両手で顔を覆った。

 襖の向こうに政宗の姿が消えてから、小十郎は胸に溜めていたものを吐き出した。近頃、政宗の様子がおかしい。どこがどう、とは言えないが、自分を見る視線が妙だと感じている。
(何か、したか――?)
 政宗の視線に気付くたび、小十郎はそう思う。思うのだが、心当たりは欠片も無い。あるとすれば、自分が主に邪まなものを浮かべているという、心の奥の問題だけだ。それに、気付かれているのだろうか。
(それは、無ぇはずだ)
 細心の注意を払い、そんなものはおくびにも出さないように気をつけている。だが、気をつけているつもりでいるだけで、いつの間にか現れてしまっているのだろうか。
(だとしたら、政宗様の行動にも頷ける)
 小十郎はヒヤリとした。自分の邪心に気付かれているのだとしたら、政宗が自分との距離を置こうとするのも、頷ける。
 小十郎は溜息を吐き、盆を手にして政宗の食べ残した餅と湯飲みを乗せた。政宗の薄い唇が開き、形の良い歯が餅に沈んだ。伸びる餅を噛み千切るために、少し突き出された唇。すぼまる頬。細められた眼を思い出し、小十郎は熱っぽい息を吐いた。
(どうかしている)
 首を振り、小十郎は政宗の姿を反芻する自分に呆れた。
 政宗に向けている邪まなものは、謀反などという剣呑なものではない。いや、ある意味では、それに近いのかもしれない。
(よりにもよって、政宗様を色事の対象として見てしまうなんざ、ありえねぇ)
 自分の心に向かって、小十郎は呆れた息を吐いた。小十郎の心には、政宗に対する野欲が燻っていた。何がきっかけであったのかは、わからない。ただ気がつけば、狂おしいほどに胸が痛み、股間が疼くようになっていた。
 先ほど打ち合った折にも、小十郎は甘酸っぱいものに胸を埋められた。汗を流す政宗の笑みと、首筋を伝い胸元に落ちる汗を思い出し、小十郎は息を詰めた。腕を伸ばし、白く細い首に手をかけ、その汗を舌で追いたいと思ってしまった。その心根が、瞳に乗ってしまったのではないかと小十郎は身震いした。
(そうだ。政宗様は、あの時、妙な視線の避け方をなされた)
 主の視線を感じた小十郎が目を上げれば、政宗は慌てて目を逸らした。あれは、自分の視線をいぶかってのことではないのか。我知らず、好色の目を主に向けていたのではないか。それを不審に思った政宗が、疑念を浮かべて自分を見ていたがために、目を逸らしたのではないか。
「なんてぇ事だ」
 もしそうだとすれば、自分はもう政宗のそばにはいられない。主を性的な目で見る腹心など、居ていいはずがない。――主を、抱きたいなどと。
「堪えろ、小十郎」
 つぶやいた小十郎は、政宗の歯型の残る餅を睨みつけた。

 主従の絆を深めるために、体を繋げることは珍しくは無い。だが、と政宗は深く長く、鼻から息を吐き出す。
(相手は、小十郎だ)
 右目を失った自分を鼓舞し、奥州筆頭になるよう支えてくれた軍師でもあり猛将でもある腹心。竜の右目とまで称される彼が、そのような誘いに応じるとは思われない。
(だいたいなんで、俺は小十郎にそんな目を向けるようになっちまったんだ)
 自分に腹立ちを覚えて舌打ちをし、政宗は立ち上がった。気持ちが落ち着かない。こんなときは、馬に乗って駆け、風を感じるに限る。
 そう思い、政宗は厩へと向かった。
 その頃、小十郎は政宗への気持ちをもてあます自分に呆れ、悶々とするものを打ち砕かんと、鍬を手に土を耕していた。自分の気持ちを砕くつもりで土に鍬を打ちつけ、掘り返す。体を動かしていなければ、妙な妄想に囚われてしまいそうだった。小十郎の瞼に、政宗の姿が張り付いている。ともすればそれは猥らな妄想へと発展してしまう。そんな自分の浅ましさを砕かんがため、小十郎は鍬を振るっていた。
 小十郎もそのような思いにかられているとは気付かず、政宗は馬を駆り風を受け、体内に宿る妄春を振り落とそうとしていた。
 何も考えずに馬を走らせた政宗は、気がつけば小十郎の畑のそばに来ていた。見慣れた場所に、政宗は苦笑して馬の足を緩める。馬上で揺られる政宗は、無心に鍬を振るう小十郎の姿を見つけた。
 真剣な表情で土に向かう小十郎に、政宗の胸がチリリと痛んだ。それが嫉妬の類であると気付く間も無く、政宗はその熱に追われて小十郎へと馬首をめぐらした。
「ずいぶんと精が出るじゃねぇか。小十郎」
「政宗様」
 呼びかけられて初めて政宗の姿に気付き、手を止めた小十郎が顔を上げる。馬上から降りた政宗は、汗を滴らせる小十郎の姿に、胸を焙る熱を昂ぶらせた。胸の昂ぶりの理由が、それほど真剣に土と対話をしていたのかという、浮かべる必要の無い嫉妬であると気付けぬほど、小十郎への想いに眩んでいた。
「その先の小川で、ちょっと休憩をしないか。コイツに水を飲ませてやりてぇ」
 政宗が馬の首を軽く叩けば、小十郎が笑顔で応じる。鍬を片付けた小十郎とともに、政宗は畑の用水路の元となっている小川へ移動した。

 穏やかな音をさせて、水が光をちりばめながら移動している。川の水に手ぬぐいを浸し、政宗は汗を拭った。小十郎が少し後ろに控え、それを眺めていた。
「お前も、汗を掻いてんだろう」
「政宗様の後に、させていただきます」
 小十郎の腕や足に、土がついている。それに政宗は目を細めた。小十郎の身に、彼が慈しむ自分以外のものが付着していることが面白くなかった。手ぬぐいを水に浸して洗い、絞って小十郎のそばに寄る。
「ほら。汗だくじゃねぇか」
 政宗は自分の身を拭った手ぬぐいを、小十郎の肌に押し付けた。小十郎の汗が、土の香りを交えて浮き上がる。それを嗅いだ政宗の下肢に熱が熾った。手ぬぐいは洗ってある。けれど少しは政宗の汗が残っているだろう。それが、小十郎の汗を吸っている。
 幻想に近い妄想に、政宗の身が震えた。靄となった妄春が政宗の意識を覆い、彼の体を夢遊病者のように動かした。
 政宗の唇が、柔らかなものに触れる。
「ま、政宗様」
 困惑した小十郎の小さな声が、驚くほど近くで聞こえた。政宗の意識の靄が消え、間近にある小十郎の瞳に映る自分を見て、硬直した。唇に、小十郎の呼気が触れる。唇を重ねたのだと、ジワジワと認識する。小十郎の目に嫌悪は見えない。
 嫌悪は、見えない。
「小十郎」
 吐息と共に音を出し、政宗は首を伸ばした。唇が小十郎の肌に触れたかと思うと、肩を掴まれ引き離された。
「お戯れは、おやめください!」
 小十郎の叫びに、政宗は強張った。肩に小十郎の指が食い込んでいる。
「小十郎」
「戯れが、過ぎます」
 小十郎の声は硬く、肩に食い込む指が震えている。政宗は自分の血の気が引いて行く音を聞いた。
 戯れ、と唇の動きだけで、政宗はつぶやいた。
 戯れ。
「小十郎」
「どうか、この小十郎を苛むのは、おやめください」
 苦しげな小十郎は顔を伏せ、政宗を見ようともしない。違う、と政宗は胸に言葉を浮かべる。けれどそれは、喉にひっかかって出てこなかった。
 苛んでいると、どうして小十郎は思ったのだろう。
 その疑問は、すぐに溶けた。
「政宗様を、邪まな想いにて汚しておりました事、平にご容赦くださいませ」
 河原に膝をつき、平伏した小十郎の背中を呆然と政宗は見た。彼の言葉が意識に浸透して来ない。
 無言の政宗をどう解釈したのか。小十郎は言葉を続けた。
「この小十郎の浅ましき心に気付き、政宗様が不審を抱かれていたこと、うすうす感じてはおりました。そのように確かめずとも、不埒者よと切腹なり何なりと罰してください」
 小十郎の広い背を見下ろし、政宗は口を開いたが言葉は出てこなかった。目の前にあるものが、耳に届いたものが、現実であるとは思われない。自分の想いが事実をゆがめて意識に伝えているのだと思った。
(そうだ。小十郎の言っている浅ましい心ってのは、謀反の事かもしれねぇ)
 小十郎が自分を裏切るとは思えないが、自分に恋慕していると思うよりは自然なのではないかと、政宗には思えた。だからこその切腹の申し立てではないのか。
「誰かと通じて、俺を弑する算段でもつけていたってのか」
 平坦な政宗の声に、小十郎は跳ねるように顔を上げた。
「俺が政宗様を裏切る事など、ありえません!」
「なら、浅ましい心ってのは、何だ! 小十郎」
 叫ぶ小十郎の声を叩き伏せるように、政宗が声を荒げる。驚いた小十郎が、苦しげに牙を剥く政宗を、まじまじと見つめた。
「お気づきになられていたから、あのようなことをなされたのでは無いのですか」
 政宗は拳を握り、顔を背けた。
「政宗様」
 小十郎の手が伸びて、政宗の拳を手のひらで包む。そのぬくもりが痛くて、政宗の目の奥を熱くさせた。震える心を宥めようと、政宗は歯を食いしばる。痛みを堪えるように眉根を寄せた小十郎が、政宗の顔を覗きながら首を伸ばした。
「政宗様」
 身を強張らせる政宗の姿に、小十郎の胸が軋む。弱みを見せまいと精一杯の強がりを身に纏い、震えていた頃の幼い主の姿と目の前の姿が重なった。
(嗚呼――)
 小十郎の胸が感嘆にたわむ。自分はどれほど長く、心の中で主を辱めていたのだろうかと。
「政宗様」
 小十郎の呼気が鼻先に触れるほど近付いても、政宗は動かなかった。身動きが出来なかった。表してはいけないという思いと、この想いを伝えたい衝動とが、政宗の体を縛っていた。
「失礼します」
 つぶやいた小十郎は、政宗の唇に唇を重ね、しなやかに鍛え抜かれた体を胸深くに抱きしめた。小十郎の香りが、政宗の鼻腔に満ちる。
「俺の言う浅ましい心とは、こういう事です」
 腕に力を込め、小十郎は政宗の耳に唇を寄せた。
「御身を組み伏せ暴きたいとの欲を、近頃は抑えかねておりました」
 政宗の胸に小十郎の低く流れる声が沁みる。疑心と喜びを湧かせる政宗の心を知らず、小十郎は続けた。
「それが政宗様に気付かれたのかと」
 政宗は小十郎の広く逞しい胸に包まれ、破れてしまうのではないかと思うほど激しく響く心音に硬く目を閉じた。これは夢ではないのかと、気持ちを鎮めるために細く長く息を吐く。
(夢かどうかは、確かめてみればいい)
 肺腑の中の空気をすべて吐き出し、小十郎の香りで満たしてから、政宗は顔を上げた。
「俺を、抱きてぇと聞こえたが?」
「間違いはございません」
 きっぱりと、目を逸らさずに小十郎が答える。ニヤリと政宗の唇が歪んだ。
「I see. なら、抱いてみろ。小十郎」
「え」
「抱きたいんだろう? やってみせろよ」
 もし本当にコレが夢ではないのなら、抑えていたものを隠す必要は無いはずだ。政宗は小十郎が本当に、本心から言っているかどうかを確かめたくなった。自分の想いに気付いて、小十郎がそのように言ったのではないと確認をしたかった。
(もし、俺の想いに気付いて、それを遠まわしに諌めようとしての言動なら、出来ないはずだ)
 あまりにも自分に都合のいい出来事を、政宗は疑った。小十郎の言葉を鵜呑みに出来るほど、モノを知らないわけではない。瞳で驚く小十郎を睨み据え、政宗は獰猛に口の端を持ち上げた。
「したいんだろう? それとも、さっきの言葉は嘘か」
「――嘘では、ございません」
 小十郎の声が掠れている。硬い声を解すように、政宗は艶冶な笑みを目じりに刷いた。
「なら、抱いてくれ。小十郎」
「っ!」
 小十郎の手が荒々しく、政宗の尖り気味の細い顎を掴み、上向かせる。唇を覆い尽くすように接吻し、舌で政宗の唇を割る小十郎の性急さに、政宗は歓喜の吐息を漏らした。
(嘘じゃなかった)
 小十郎の言葉は、真実だった。
 呼気をすべて奪われるほどの激しい接吻に、政宗は全身を震わせて応えた。小十郎が自分を求めている。自分と同じように、浅ましく獣のような想いで欲している。
「んっ、んん、んはっ、は、ぁ、ああ」
 口腔をなぶられる息苦しさに、政宗の目は涙を滲ませた。唇を離した小十郎は、空気を貪る政宗の目を覗きこみ、鋭い声を発した。 「お覚悟を」
 小十郎の目が鋭く光っている。喉元に切先を突きつけられたようで、政宗の背骨がゾクゾクと震えた。
「何の」
「抑えていたものを発露する場合、それは勢いを持って現れる事を、政宗様は存じておられるはず」
 小十郎の余裕の無さが、言葉の端々に見え隠れする。それでも政宗に止める機会を与えようとする忠心に、政宗は腕を伸ばした。そんなもの、今は必要ないと伝えるために、小十郎の首に腕を回して唇を寄せる。
「I`m ready」
 政宗に引く気はない。
「どんだけ俺を欲していたか、示してみな。小十郎」
 小十郎は言葉も無く、草の上に政宗を抱き締めたまま倒れた。政宗の唇を貪りながら彼の帯を解き、素肌をまさぐった。剣胼胝と野良仕事で出来た胼胝とで硬くなった手のひらが、政宗のなめらかな肌を滑る。その手が胸筋に色づく蕾を見つけ、くすぐった。
「んっ、ふ、んぅう」
 くすぐったさが先に立ち、政宗は身を捩った。その動きを許すまいとするかのように、小十郎は体のすべてで政宗を押さえつけ、足の間に体を入れる。開いた政宗の足に、もう片手を滑らせて内腿を撫で、下帯の中に手を入れた。
「っ、ううっ」
 政宗がうめく。小十郎は政宗の唇から舌を離そうとはせず、口腔を貪り続けた。
(上等だ)
 逃れる必要など無い。これほどに激しく小十郎がぶつかってきているのだ。自分も心根を広げて迎えるべきだと、政宗は小十郎の首にしがみつき、小十郎の舌に自らの舌を絡めて吸いついた。
「ふっ、んぅうっ、ん、んふ、う、うう」
 小十郎の指が政宗の陽根に絡み、扱く。働く男の手にある硬さが、陽根にひっかかる。政宗の呼気の質が変わった事に気付き、小十郎は扱く手を速めつつ、胸乳の指をさらに繊細に動かした。
「んふぅうっ、ぁふ、ふぅ、んっ」
 政宗の目じりから涙が溢れる。息苦しいと示す主の唇を、けれど小十郎は離さなかった。唇を離し、政宗に「やめろ」と言われることを危惧していた。制止の言葉を聞いても、止められそうに無い。主を欲で汚すという罪の上に、命に逆らうという罪を重ねたくは無かった。箍を外され暴走する思いを、政宗に伝えたかった。
「んふっ、ふはっ、はぁうう」
 政宗が身を捩り、小十郎の背に爪を立てる。縋りつく政宗に小十郎の野欲が焙られ、下帯の中にある熱が熟れた。小十郎の手の中にある政宗の肉棒も熟れ、肉汁を溢れさせている。
「ん、んふっ」
 胸乳を弄っていた小十郎の指が離れ、政宗は甘い疼きに身悶えた。自分の欲肉が小十郎の手の中で破裂しそうになっている。小十郎の香りに包まれ、小十郎に欲を暴かれている。その喜びに気を失いそうだった。
「んぅうっ、んっ、んふっ」
 もっと、もっと欲しいと告げるため、政宗は小十郎の唇に噛みつく。ほんのわずかでも唇を離したくは無かった。もっと激しく求められたい。もっと深く強く繋がりたいと、政宗は小十郎の腰に足をかけた。
「ふぁっ?!」
 政宗の陽根に、熱く硬いものが重なった。小十郎の手が、ソレと共に自分の陽根を握るのを感じ、政宗は身震いした。
(これは、小十郎の――)
 重なったものが小十郎の肉棒であることに、政宗は気付いた。彼の欲が、これほどに熱く硬くなっている。自分に対して、これほどの野欲を滾らせている。
 政宗の涙の量が増した。息苦しさから来るソレではなく、胸奥から湧き上がる歓喜の涙を溢れさせ、政宗は微笑んだ。それをどう受け取ったのか、やはり唇を離さぬまま、小十郎は目じりを緩めて互いの欲のクビレを重ね、手のひらで先端を包み揉み、もう片手で根元を扱いた。
「んふっ、ふ、ふんぅうっ、んふっ」
 政宗の嬌声が小十郎の喉に落ち、体に満ちる。小十郎の熱っぽく荒い呼気が、政宗の体に沁みる。もっと深く繋がりたくて、もっと相手の熱を感じたくて。政宗は体を揺すり小十郎に全身で甘え、小十郎はそれを受け止め熱を高めた。
「んぅうっ、んふ、ふっ、んうううっ」
 互いの先走りが絡み、小十郎が手を動かせば空気と混じって濡れた音が立つ。滑りの良くなった手を、小十郎は本能の促すままに速めた。
「んふぅうっ、んううっ、んはぁむぅう」
 重なる熱の境界がわからなくなり、政宗は小十郎と自分が溶けあうのを感じた。小十郎の香りが政宗の香りとなり、政宗の香りもまた小十郎の香りとなる。その喜びが魂を甘く痺れさせた。
「んぅうっ、んふぅうううっ」
 もっと高みへと、強請るように体を揺する政宗に呼応するように、小十郎もまた息を荒らげ意識を溶かした。そして互いの熱の境界が完全に失せた時、二人の欲が競うように迸った。
「んっ、ふぅうううっ」
 政宗の絶頂の叫びが、小十郎の口腔に吸い込まれる。小十郎の短い発射のうめきが、政宗の口内にくぐもった。
「は、はぁ……はぁ」
 ようやっと二人の唇が離れ、政宗は気だるい体に明るい日差しを織り込んだ空気を取り入れた。そういえばまだ八つ時を少し過ぎた頃だったなと思い出し、照る陽にクックと政宗の喉が鳴る。
「政宗様。……その、お体はいかがですか」
 おずおずと小十郎が政宗に問い、政宗は心地よさげに八重歯をむき出した。
「I feel on top of the world」
 強敵を前にした時のような、会心の笑みを浮かべる主に小十郎は当惑を隠せず、むっつりと圧し黙った。
「今夜、俺の褥に忍んで来いよ」
「――は?」
 手を伸ばした政宗が、覗きこんでくる小十郎の頬に手を添え、傷跡を親指で撫でる。
「続き、あんだろ? まさか、これで満足したなんて言うつもりじゃ無ぇよな」
「政宗様」
「――俺だけじゃなくて、良かった」
 心底の安堵と共に吐き出された言葉に、小十郎は全身の気を緩めた。
「互いに、同じことを想い案じていたようにございますな」
「とんだ杞憂だったぜ」
 フンと鼻を鳴らした政宗が、小十郎の首に腕をかける。
「なぁ、小十郎」
 甘えを含む声音に吸い寄せられた小十郎の唇が、柔らかく政宗の唇を押しつぶした。
「この小十郎の恋慕にお応えいただけると、解釈してもよろしいか」
「今更、何を言ってやがる。こっちはとっくに、お前に執心してんだよ。妙な態度を取っちまうくらいにな」
 幾許かの自嘲を含めた政宗の笑みを、小十郎の唇が汲み取る。
「難儀な事になりましたな」
「最高の関係だろう?」
 クスクスといたずらっ子のように笑う政宗を、小十郎が抱き起こした。
「では、今宵は心しておかれますよう」
「なんなら、三日続けて通ってもいいんだぜ。三日夜の餅を、用意しておくか」
 戯れながら、政宗が小十郎の鼻先に口付ける。
「後朝の歌を必ず頂戴いただけるよう、努めねばなりませんな」
「お前も送れよ」
「無論」
 じゃれあいながら唇を重ねる二人の横で、川はサラサラと清らかな音色を奏で、陽光をちりばめた水を途切れることなく走らせていた。

2014/07/07



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