片倉小十郎が野良仕事を終えて屋敷に戻ると、主が来ていると告げられた。「政宗様が?」 彼の主、伊達政宗は奥州を統べる者。小十郎は一介の農夫ではなく、政宗の無二の腹心だった。 野良着のままで会うわけにはいかないと、小十郎は急いで体を拭い、着物に着替えた。すこし迷ってから、袴は着けずに政宗が待っているという部屋へ向かう。「政宗様」「Ah」 彼がわざわざ屋敷に足を運んだ理由は何かと、考えながら襖を開けた小十郎は、くつろいだ様子で茶を喫している政宗の様子に、切羽詰った用件ではなさそうだと、幾分か緊張を和らげた。「いかがなさったのです」「来ちゃ、悪かったかよ」「そういう意味ではございません。平素であれば、畑へ参られるところを、我が屋敷でお待ちになられておられたので、よほどのことがあったのだと推察いたしております」 小十郎が生真面目に眉をキリリとさせて言えば、政宗は「Ha!」と笑ったとも吐き捨てるとも取れる音を発した。「よほどのこと、ねぇ。……まあ、そうかもしれねぇな」 ぽつりとした声に、小十郎は襖を寸分の隙も無く閉め、政宗の傍ににじり寄った。「御内密のことでしょうか」 どこに目や耳があるかわからぬ畑ではなく、屋敷で待っていたのは、そういう理由からかと、小十郎は政宗の隻眼を覗いた。彼の光のある左目に、咎めるような躊躇が光る。「人払いはしてございます。他聞をはばかる内容だとしても、ご案じめされず打ち明けてくださいませ」「小十郎」「は」 政宗が半眼となり、タバコの煙を吐きだすように、深く長い息を小十郎に吹きかけた。「You are very earnest guy」「――は?」 政宗は時折、こうして南蛮語を使う。けれど小十郎は、それを解せなかった。政宗はつまらなさそうに、日本語で言い直す。「クソ真面目な奴だっつったんだよ」「はあ……それは、その、ありがとうございます」 どう反応していいのかわからず、小十郎はとりあえず礼を言った。すると政宗が苛立ちを眉間に浮かべて、小十郎の胸倉を掴む。「毎日、毎日。畑の世話に精が出るようだな、小十郎」「は――。不本意ながら、徳川の天下と定まり、平穏な世となりましたので。……ですが、まだまだ泰平というわけではございません。争いの種はくすぶり、長き戦で国土は疲弊し、飢えている民もおります。そのため、ここ奥州に適した野菜作りを研究し、日ノ本一と言われる富国となれるよう、励んでいるのです」 掴まれた胸倉をそのままに、小十郎はしごくまっとうな意見を政宗に向けた。政宗は唇を尖らせ、拗ねた子どもの顔で小十郎を離し、ぷいと顔を背ける。「ああ、そうか。……そうかよ。大好きな土いじりを存分に堪能できて、しかもそれが奥州のためになるってんなら、さぞ遣り甲斐があるんだろうなぁ」 胡坐の膝の上に肘をつき、頬杖をついた政宗の横顔は、彼がまだ梵天丸と呼ばれていた、幼少のころと同じ顔になっていた。 幾度の戦やこもごもの出来事に揉まれ、ずいぶんと成長し、立派な領主とられたが、こういう部分は変わらないなと、小十郎の心がホッコリと和む。それを見止めて、政宗がムッとした。「俺をバカにしてんのか」「なぜ、そのように思われるのですか」「ヘラヘラすんじゃねぇよ」「そのような顔など、しておりません」「じゃあ、なんで笑ってんだ」「政宗様が、昔と変わらぬ顔をなされるので」「ガキくせぇって言いたいのか」「いえ……。そうですね。なんと申せばいいのか……他者の前では鷹揚にかまえておられる政宗様が、この小十郎の前ではそのように、幼いと申しましょうか……気の置けぬ態度をしてくださるのがうれしく、それが顔に出てしまったのでしょう」 正直に告げれば、政宗の頬に朱が差した。「っ、なに……言ってんだ。恥ずかしい奴だな」「問うたのは、政宗様です」 むう、と政宗の唇がますます尖る。小十郎はそれに目じりをゆるめた。「お顔を赤くさせて、そのように口を尖らせておられますと、タコのようですな」「奥州の竜がタコなら、その右目と言われているお前は、タコの右目になるぞ」「……なんとも間の抜けた通り名になってしまいますな。小早川あたりなら、喜びそうですが」 食通の小早川秀秋は、小十郎の作る野菜を絶品と称え、遠い西国からわざわざやってくるほどの食い道楽だ。食べられるものに関する通り名がつけば、由来となった食材は相当に美味なはずと、嬉々として現れるに違いない。 ふたり同時に、福々しい平和そうな彼の笑みを思い浮かべ、吹き出した。「そいつぁ困るな。あの大食漢の鍋奉行が来りゃあ、収穫のほとんどを持っていかれちまいそうだ」「まさしく。ですが、美味な食材のためなら労力を惜しまぬ小早川を、商いの相手とすれば国庫の潤いにも繋がりましょう」「Fm……なるほどな」 顎に手を当て思案しかけた政宗が、ハッと気づいて小十郎を睨む。「話題をそらすな」「そらしてなど、おりません。政宗様が、タコの右目とおっしゃられたので、小早川の話を出したのです」 政宗がやれやれと肩をすくめる。なかなか本題に入らない主を、小十郎はいぶかしんだ。よほど言いづらいことを、政宗は抱えているらしい。「いい話の流れだったんだがな。あの鍋奉行の平和そうな顔で、台無しだ」「どのあたりを言うておられるのですか」「タコんとこだよ」「タコ、ですか」 小十郎は首をひねる。タコの部分から派生していける話題の方向を考え、なるほどと思いつく。「交易、または漁に関する問題を、相談されに参られたのですか」「No」 低く不機嫌につぶやいた政宗が、小十郎の胸に額を乗せた。「……政宗様?」「俺だけかよ」 力無い声に、小十郎は眉根を寄せる。「いかがなされたのです」「なんとなく、わかってはいたけどな」「政宗様?」 ぶつぶつと小十郎の胸にむかって、政宗がこぼしているのは、なんのことなのか。「政宗様、どうなされたのです」 政宗が不機嫌を満面に浮かべて、小十郎を睨んだ。「ま、政宗様――?」「俺とおまえは、ふたりきりだ」「はい」 わけもわからず、少々気圧されながら、小十郎は答える。「人払いもしたと言ったな」「たしかに、しております」「どんなことがあっても、小十郎が声をかけるまで、だれもこの部屋の近くには現れねぇ」「よほどのことが無い限りは」「……それなのに、なんで」 深いため息と共に、政宗はまた、小十郎の胸に顔を伏せた。「政宗様。申されたいことがおありならば、小十郎にもわかるようにお伝え願えますか」「なんで」「は?」「なんでこの状況で、俺を抱きしめねぇんだ」「えっ」 キョトンとしながら、小十郎は頭の中で整理する。 真っ赤になり、唇を尖らせた政宗。タコのようだと揶揄をしたことが、いい話の流れになったと言っていた。そして、こうして身を寄せているというのに、腕を動かさなかったことを、咎められている。「政宗様……もしや、その、畑に嫉妬をなされていたわけでは、ありますまいな」 まさかそんなと、脳裏に浮かんだ結論を、おそるおそる口に出してみる。そんなわけ無いだろうと、政宗がすぐに否定するところまでを想定していた小十郎は、政宗が腕を伸ばし、小十郎の首にからめたことで、仮定が正解だったと知った。「――政宗様」 見上げてくる政宗の瞳は、艶冶にきらめいている。透けるように白い肌はわずかに上気し、目じりに朱が差しているのが扇情的で、小十郎はゴクリと喉を鳴らした。「Kiss me」 そっと訴えられた南蛮語の意味を、小十郎は知っていた。「政宗様」「土ばっか弄ってねぇで、俺もたまには耕せよ。俺の手で成せたわけじゃねぇのはムカつくが、明日の戦のことなんざ、心配しなくていい世の中になったんだからな」「田畑と政宗様を同列になど、できません」「なら、この状況で何もしねぇのか?」 政宗がわずかに首を傾けた。細くしなやかな黒髪が、さらりと流れる。右目を被う眼帯が、長い前髪の隙間から見えた。「政宗様」 小十郎は喉の渇きを覚えた。それを癒すために、目の前にある薄く形の良い唇を貪りたい。「一刻も早く、本当の意味での泰平を成し、そこではじめて、貴方様をいただきたいと望むつもりでおりました」「勝手に、ひとりで禁欲を決めてんじゃねぇよ」 政宗が小十郎の顎を吸う。猫がじゃれつくような仕草に、小十郎の心音が高まる。「政宗様……そのようにされては、忍耐が持ちません」「する必要なんざ、ねぇだろう。幾度も戦の隙間に体を重ねてきたんだ。いまさら、なにを言ってやがる」 挑むような目で、政宗は艶然と微笑んだ。「なぁ、小十郎……Kiss me」 吐息の中に、かすかに音を交えて望む政宗に、小十郎の理性が吹き飛んだ。政宗の後頭部を大きな手のひらで包み、唇を重ねると性急に舌を差し込む。支配欲に満ちた口付けに、政宗はうっとりと唇を開き、舌を伸ばして小十郎に応えた。「んっ、んんっ、んふ……はっ、ぁ、こじゅうろ……ぅん」 政宗の舌を吸い、口内の熱を掻き乱しつつ、小十郎は政宗を床に寝かせた。政宗の足が小十郎の足にからむ。「ああ、政宗様」「んっ、はぁ……小十郎」 濡れた瞳で見つめ合い、互いの望みを確認すると、政宗は小十郎の襟元をくつろげて、肩に唇を寄せた。「土の香りだ」「政宗様」「久しぶりに、小十郎の香りと熱に、包まれてぇな」「こちらも、同じ思いにございます」「なら、遠慮はいらねぇ。ぞんぶんに楽しもうぜ」「なれば、お覚悟を」「してるから、来てんだよ」「ああ、そうでしたな」 額を重ね、どちらともなくクスリと鼻を鳴らし、唇を重ねる。久方ぶりの交合に、期待と欲を昂ぶらせ、ふたりは相手の着物をはだけながら接吻を続けた。「んっ、ふ、ふは、ぁ、あ、んぅ、こじゅ……ぅん」 しなやかな筋肉で覆われた政宗の裸身を、皮の厚い大きな小十郎の手のひらが、形を確かめるように動く。脇からわき腹に流れた手は、腹から胸へと移動した。わずかに盛り上がった政宗の胸筋を包み、指の間に尖りを挟む。胸筋を揉みながら乳頭を指の股で刺激しつつ、口淫を続けた。「ふっ、んっ、んぁ、あは……んむっ、ぅ、うう……こじゅっ、ぁん」 じわじわと官能を炙られた政宗の全身が、薄桃に染まる。その様子と、快楽に光る瞳に小十郎は昂ぶった。「政宗様」「んぅ、小十郎……はっ、ぁ……――なぁ」 政宗が膝を立てて足を開く。こうして肌を重ねるのは久しぶりすぎて、若い体は快楽を期待で押し上げ、欲の印をすっかり滾らせていた。「このままじゃ、下帯が汚れちまう」 誘い文句に、小十郎は苦しげな目で了承を告げ、政宗の下帯を解いた。ぶるんと飛び出たそれは、あとすこし遅ければ先走りを滲ませていただろう。それほどまでに、硬く凝っていた。小十郎も手早く自身をむき出して、政宗の牡に重ねる。「やっぱ、デケェな」 クスクスと政宗がからかえば、小十郎は楽しげに政宗の唇にたわむれた。「この槍で、貴方様の奥を貫きたいのですが」「Ah? やりゃあ、いいじゃねぇか」「あいにく、丁子油を用意しておりません」 繋がる場所は、もともとは受け入れる場所ではなく、女のホトのように愛撫で濡れたりはしない。なので潤滑油を用いるのだが、この部屋にはそれが無かった。「なんか、変わりになるモンは無ぇのかよ」 なんとかなるだろうと、互いの欲液を集めて潤滑油がわりに使ってみたことがあるが、とてものこと湿り気が足らず、痛い思いをしたことがある。なので「そんなことは気にするな」と、政宗は言えなかった。「取りに、行きましょうか」「こんな状態で、部屋を出て行けんのか」「うっ」 猛る芯を握られて、小十郎は呻いた。「俺だって、こんな状態で放置されちゃあ、たまんねぇんだよ」「……なれば、いまはこれで、お許しください」 小十郎は双牡を重ねて握った。「共に、極まりましょう」「仕方ねぇな……こんなことなら、用意しときゃあよかったぜ」 ぶつくさ言う政宗の唇に唇を重ね、小十郎は手を動かした。互いの傘のクビレが擦れ、えもいわれぬ快感が全身に広がる。幹は扱いて、筒内の蜜を外へと促した。「はっ、ぁ、こじゅ……んっ、んう、はふ、んぅう」 唇を求める政宗に、小十郎は手淫をほどこしながら舌を伸ばした。角度を変えて貪り合えば、脳が淫蕩に痺れる。欲芯の刺激は体の隅々にまで甘い熱を広げた。そのふたつが折り重なって、互いの欲を高みへ運ぶ。「はふっ、んっ、ぁ、こじゅ……もっと、ぁ、Kiss……んぅ」「政宗様……はぁ、んっ、ぁあ」 荒々しい小十郎の呼気が、政宗の口腔で響く。政宗の切ないうめきは、小十郎の喉に流れた。「ぁ、んぅ、はっ、ぁもぉ……っ」「こちらも、そろそろ……政宗様」「ん……小十郎」 唇を重ね、小十郎が手の動きを早めれば、ふたつの欲が吹きあがった。「んふっ、ぅ、うう」「んむっ、く、ふ」 絶頂の呻きを口内でからませる。残滓を絞りながら、ゆるゆると口を吸い、極まりの震えが収まるころにやっと、顔を離した。「はぁ……すげぇ。最高だ」 満ち足りた政宗の頬に、小十郎は唇を寄せた。「同じ思いにございます」 子どものように微笑んだ政宗が、小十郎の胸に甘えた。小十郎は両腕で、壊れ物を扱うように抱き包む。「なあ、小十郎」「は」「もっと」 政宗が唇を尖らせる。「まったく。仕方の無いお方だ」 慈愛に満ちた苦笑を浮かべ、小十郎は尖った唇をやわらかく押しつぶした。 2015/08/20