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GREED

 安芸の安寧だけが、望みであった。そのためだけに策を労し、愚劣な者どもから守り、富ませ、治世を行ってきた。
 我が唯一であり、絶対であると認識をする従順な駒として使える者を仕込み、育て、領民を従えてきた。
 そう。安芸の安寧のみが望みであり、安芸さえ安泰であれば、他がどうなろうと知った事ではない。それ以外に望むものなど、何も無い。――はずだった。

 ふ、と書面から顔を上げた毛利元就は、窓から太陽の位置を確認し、ふらりと部屋を出た。
「元就様、どちらへ」
「かまうな」
「は」
 供をしようと追ってきた相手を切り捨てるように言い放ち、元就はひとり港へ足を向けた。港には、大きな帆船が停まっている。荷を下ろしたり、積んだりする人々や、彼らを商売の相手としている者らの声がにぎやかしい。その人々の間を、すいすいと流れるように進む元就の目は、周囲に配られている。それは港の状態を監視しているようでもあり、誰か人を探しているようでもあった。
 そうして人々の間を流れる元就の華奢で小柄な体躯は、船乗りたちのたくましい姿の中では人の目を引く。彼の姿に気付いた桟橋から船を見ていた男が、大声を上げた。
「お、毛利! 毛利じゃねぇか」
 進む元就の足が止まった。音もなく制止した元就の衣と肩の当たりで切りそろえられた髪が、ふわりと揺れる。すっきりとした元就の切れ長の目が、透けるように白い肌で隆々とした筋肉を覆った美丈夫、長曾我部元親が親しげな笑みを浮かべて片手を上げているのを捉えた。
 元就の目が、細められる。それは、好意とも威嚇とも取れた。元親は旧友にでも会うような顔をして、桟橋から元就の傍へと歩いてくる。
「こんなところで、どうした。一人か」
 周囲を見回す元親の作った影に、元就の姿が覆われてしまう。同じように白く細やかな肌をしているというのに、それが覆う肉体は間逆であった。
 華奢で繊細な、女と言われても納得が出来そうなほどに、小柄な元就。
 隆々と盛り上がった胸筋を誇るように、みっしりとした体躯をしている元親。
 見た目だけではなく、彼らの治世もまた、対象的であった。
 非情に徹し、部下を駒と呼んではばからぬ元就。
 情に厚く、年齢など関係なく部下から「兄貴」と呼ばれ慕われている元親。
 人を疑うところからはじめる元就と、相手を肯定する事からはじめる元親。
 何もかもが、対象的な二人であった。
 今は、天下は徳川家康の治めるものとなり戦乱が途絶えているが、誰もが日ノ本の統一を求めて争っていたときに、元就と元親は互いの命を狙いあう間柄であった。
 家康が天下人となり、あちらこちらで小さな戦乱の残り火がくすぶり時折燃え上がりはするが、大きく目立った戦がなくなり兵を動かす事が激減した中で、各地の領主は戦乱で疲弊した領土を癒し富ませることに集中することになった。そのために交易が必要だと判断した元就が、海外との国交も可能にする航海技術と船や、立地を有する元親に協定を求めれば、彼はあっさりと承諾をした。元就の治世は納得できない部分が多分にあるが、それでも見習うべき部分は少なくないと、彼はあっさりと胸襟を開いた。その明快で裏表の無い姿に、自分の開発研究して来たカラクリの情報を惜しげもなく晒して見せた豪放に、元就は心中で呆れながらも、胸が痛みとも羨望ともつかない熱を持った事に、そっと奥歯を噛み締めた。その瞬間に湧き起こった自分の欲に戸惑いながら、それが表に出るのを意識が制止する前に、情動が口をついて出てしまった。それを、元親は驚きまたたき、そして――歯を見せて笑いながら快諾をした。
 何を、考えている。
 自分で望んだことであるのに、受け入れた元親に戸惑った。けれど今更撤回をすることも出来ない。受け入れた元親をその身に受け入れ、出所のわからぬ欲を満たした瞬間に、その欲はさらに大きく膨らみ、元就を苛んでいる。
「貴様が来ると聞いたのでな。今後の航海の予定と国交の計画、入手する品々の話を聞いておかねばなるまい」
 嘘ではない。大陸からの船は、日本海側にある安芸の港に停泊もするが、九州を回り四国の港に来る船も少なくない。当然、積荷の内容が違っている。それを確認し、互いに必要な物を融通しあうという協定が出来ていた。無論、ただとは行かないが。
 冷ややかに見上げて来る元就の視線を受け止め、軽く肩をすくめた元親が彼の肩を軽く叩いた。
「なら、いつもの宿で待ってるからよ。どうせ、やる事が色々とあるんだろ。済ませたら、適当な時間にたずねて来いよ」
 そう言って部下に指示を出しに行く元親の背を、元就は見送る。元就が直接に声を掛ける事など無いであろう身分の者に、親しげに声を掛け笑いあい、隔てなく接する元親に眩しそうに目を細め、不快に奥歯を噛みしめる。
 自分には無い物を、元親は手にしている。自分とは違う関係を、配下の者らと築いている。それらは弱みでもあり、強みでもある。情など付け入られるだけのことと、元就は振り捨ててきた。情があるからこそ迷い、間違えるのだ。愚策とわかっていながら、情のために実行をするなどと言うくだらないことを行うのだ。
 けれど、それを扱える元親を自分のものとすれば、自分には無いそれらを手に入れる事が出来る。元親を使うことで、元親の築いてきたものを利用できる。
 そうだ。
 それを理由に、自分はあの言葉を口にしたのだ。
 互いの身で、協定の証を立てようと。

 ふらりと宿の裏戸から元就は入り、まっすぐに元親の宿泊している部屋の前へ足を進めた。
「俺しかいねぇよ」
 元就が声を掛ける前に、気配を察した元親が招く。すらりと襖をあければ、湯上りらしいくつろいだ様子の元親が、杯を片手に月光の中、座っていた。
 どくり、と元就の胸が鳴る。
 跳ねた鼓動を起きざるように、元就は音もなく元親の前に座り、膳にある空の杯を手に取った。無言で持ち上げれば、元親が酌をする。それを飲み干してから、元就は口を開いた。
「まずは、目録を示せ」
「そっちもな」
 今後の交易の予定と、必要な品々、その金額などを示す書面を交換し、確認をしあう。
「毛利、この金額なんだけどよぉ。もうちいっとばかし、まけてくんねぇか」
「そのような申し出を、受けると思うか」
 そんなやり取りをかわしつつ、すべてを確認しあい、書面をしかるべき箱に収める。この目録が契約書となり、発注書となり、納品確認の書類となる。そして、今から承諾を示す行為を行う。
 ごくり、と元就の細い喉が動いた。杯を置いた元親が立ち上がり、次の間の襖を開ける。布団の敷かれたその部屋に足を入れ、無造作に帯を解き下帯も外した元親が、布団の上に胡坐をかいて手を伸ばした。それにいざなわれ、元就が腰を浮かせて滑るように進み、襖を閉める。言葉なく近づけば、元親が腕を下ろした。
 裸身の元親は、痛いほどの慈しみを右目に浮かべて微笑んでいる。胸が絞られるように痛み、元就は両手を伸ばして元親の頬に触れた。元就が衣の中に刃物を仕込み、その身に突き立てようなどとは想像すらしていない信頼に、元就の胸が痛みと幸福を訴える。細く長く息を吐き、元親の左目を覆う紫の眼帯に指をかけ、持ち上げた。
 白い肌に、痛々しいほどはっきりと残る傷跡は、自分以外の誰にも見せた事が無いと、この男は言っていた。下帯までをも何のためらいもなく脱ぎ捨てるくせに、眼帯だけは自分の手では外さない。けれど元就が手を掛けても嫌がるそぶりなど微塵も見せずに、むしろその手で奪われる事を楽しんでいるように、穏やかに笑んでいる。
 ほうっと元就の薄い唇から息が漏れる。それが、元親の光の無い左目に触れた。自分の息を追いかけるように、元就は唇を押し当てる。傷跡を確かめるように舌先でなぞる元就を好きにさせながら、元親は元就の衣をゆっくりと剥ぎ取った。互いに裸身となってから、元親は元就のなよやかな、けれど武将として戦うに足る膂力を内包している体を横たえて覆いかぶさる。
「毛利」
 ささやきとともに元親の唇が、元就の唇に押し付けられる。元親は、いつもこうして名をささやきながら執拗に元就の口を吸い続ける。その間に、首や肩、腕やわき腹、足の形を確かめるように、性的な意図もなく元就の肌を大きな手のひらで確かめた。なでられる箇所が少しずつ温まり、かじかんでいた箇所に血が通い感覚が戻ってくるように、元就の肌は元親を感じるようになっていく。
「毛利」
 元親のささやく声が切なく熱く、口腔に触れてくる舌はとろけそうに甘くて、元就の瞳が潤み、頬が高揚した。それを確認した元親が、目じりを緩めて元就の目に唇を押し付けると、唇を頬に滑らせ、首に滑らせ、鎖骨を強く吸って痕を残した。
「っ、う」
 小さく呻いた元就は、横たわったまま元親の好きにさせている。元親の熱い唇が元就の薄い胸の色づきに触れて、元就は喉奥で湧き上がる声を殺した。その様子に目を細めた元親が、舌先で色づきをもてあそぶ。じわりと浮かんだ熱が、やがて甘痒いような痺れに変わり、全身へと広がっていく。
「ふっ、ん、は、ぁあ」
 喉で殺しきれぬ音が、元就の唇からあふれ出た。
「毛利」
 濡れて色を濃くした色づきを指でこねながら、首を伸ばした元親が元就の甘い息を求める。
「ふっ、んぅ、んっ、は、ぁ」
「すげぇ、色っぺぇ」
 揶揄ではなく、心底の言葉であると示す元親の包むような瞳に、元就の瞳が揺れる。どうしようもないほどに、この男が欲しいと胸が疼く。その望みを知っているかのように、元親の唇は元就の肌を滑り、舌でへそと戯れて、さらにその下にある茂みへと移動した。
「ふぁ、あっ、は、んう」
 元親の舌が陰茎を捕らえ、慈しむ。茂みを探られ、蜜嚢を手のひらでこねられ、クビレをくすぐられて、元就は膝を折り足指を握りしめた。
「んっ、ふ、はぁんっ、ぁ、くふぅ」
 湧きあがり襲いくる快楽を堪えようと、元就が総身に力を入れる。それをほぐすように、元親は壊れ物を扱うような繊細さで、元就を愛撫した。
「トロトロんなってきたな」
「ぁひっ、んぅうっ、言うな、ぁ」
 先走りに濡れた先端を指の腹で潰されて、元就が羞恥に顔を背ける。それに微笑み、元親は口内にすっぽりと元就の陰茎を包み、吸い上げた。
「ふぁっ、ひ、んはっ、はぁああっ」
 ぬらぬらと温かな口腔にしごかれて、元就の腰が浮く。持ち上がった尻を割った元親が、器用に片手で軟膏を取り出し指で掬い、頑なな秘孔に塗りこめた。
「ひぅっ、あ、は、はぁああっ」
 太く長い元親の指を内壁に感じ、元就は内腿に力を込める。逃れたいのか、求めているのか自分でもわからないままに、自分の陰茎をしゃぶる元親の頭を太ももで締め付けた。
「んぁあっ、も、ぁ、ちょ、そかべっ、ぁ」
 絶頂が近い。身をくねらせる元就の切羽詰った声に、それを察した元親が口淫を強めた。
「ひっ、ひぃ、あ、ふっ、は、ぁあぁああっ」
 腰を突き出し背を仰け反らせ、元就が吹き上げたものを元親が吸う。筒奥に残るものまで飲み干そうとする吸引に、絶頂の余韻が長くなる。
「ふはっ、は、はぁ、あ、はぁあう」
 鼻にかかった声でうわずりながら、胸をわななかせる元就の体が弛緩している間に、元親は秘孔を探る指を増やした。
「ひぁうっ」
「まだ、終わりじゃねぇって、わかってんだろ」
 元親の声が、快楽に揺れている。元就は絶頂の快楽に潤んだ目で、わき腹に吸いつく元親を見た。表情が見えなくて、自分を求めるこの男の顔が見たくて、元就は足を広げた。元親の指が増やされ、内壁があやしほぐされる。
「ぁはっ、は、んっ、ぁ、も、ぉ良いっ、あぁ」
 肉筒が熱く蠢いている。それよりも熱い杭で埋めて欲しいと、わなないている。
「俺も、我慢の限界だ」
 元親の声のかすれに、ぞくりと甘く元就の背筋が奮えた。元親の体にすっぽりと全身を覆われ、下肢に彼の熱が押し当てられる。ひくり、と喜びに元就の秘孔の口が震えた。
「毛利」
「は、んぅ」
 身を押し込む前に、まるでそれが決まりのように、元親は元就の口を吸う。元就の意識が下肢よりも唇に集まった頃合を見計らい、元親はたくましく反りかえった牡を突きたてた。
「ぁぎっ、ぁはぁあ」
 体中の空気が押し出されるような圧迫感に、元就の体がしなる。それを逃さぬよう、太い腕で抱きとめた元親が容赦なく根元までを埋め込んだ。
「んぁっ、ぁ、は、ぁああ」
 圧迫感の後を追い、熱が伝わってくる。形が伝わってくる。
「ふ、ぅ、毛利ぃ」
 息苦しさに涙を流しながら、元就は自分の中に収まりきった男を見た。眉根を苦しげに寄せ、真っ直ぐに見つめてくるその顔に、胸が疼いた。
 元就の唇が、笑みに歪む。この男は自分を求めているのだとの確信に、より深く強く求められたいとの欲が膨らんだ。
「ぁ、は、ちょ、ぉそかべっ、ぁ」
「動いて、大丈夫か?」
 気遣う彼の声も、体内の熱も、余裕などないと元就に訴えている。元就が、勝ち誇った笑みを、快楽にうわずった顔に浮かべた。
「好きにせよ」
 瞬間、解き放たれた獣のように、元親は元就を求めた。
「ぁはっ、はっ、ぁはぁああううっ、ひっ、ひぃい」
 嵐のような交合に、声を抑えようとする余裕も無く、元就は翻弄された。
「はぁっ、毛利っ、毛利ぃ」
 求めてくる乱れた息に、穿たれる熱が爛れるほどに激しいことに、元就の胸が満たされていく。
「ぃあっ、ひっ、んはぁあ、ちょ、かべっ」
 思考の隅々までが、自分を求める元親に満たされる。今この時、この男の意識には自分しか存在していないのだと、全身で感じられる。もっと、もっと自分を求めて狂えばいいと思う元就は、嬌声を高くして身をよじり、元親を高ぶらせた。
「っは、はぁあっ、ぁ、ぅうっ、くるっ、ぁ、ちょ、かべっ、ぁ」
 体内の元親の熱が臨界点に達しようとしている。それを告げれば、唇を塞がれた。
「んぅうっ、んっ、んふぅうううっ!」
 口腔の奥まで舌で暴かれながら、最奥で弾けた元親を受け止める。知らぬうちに元親の背に回していた指で、彼の背に傷を付けた。
「んふっ、んっ、んぅうっ」
 注ぎ終えるまで、元親は唇を離さない。注ぎ終えれば、それを合図とするかのように、深く差し込まれていた舌が離れて、ついばむような口付けに変わる。顔中をそうして唇で撫でた元親が、元就の体を案じるように、自分を抜いた。「んっ、は、ぁ……」
 圧迫感からの解放と共に、充足と喪失を抱きしめて、元就は目を閉じた。体が、眠りを欲している。
「毛利」
 ささやく元親が、広い胸に元就を深く抱きすくめる。潮の香りと、元親の汗の匂いが混じり元就の鼻腔を満たした。
「毛利よぉ」
 意識は覚めているが、体が重く瞼をあげることもおっくうで、元就は呼びかけを無視した。このところ、少し忙しく夜更かしをしていたのが疲れに拍車を掛けているのかもしれない。――元親の腕の中は、彼のぬくもりは、香りは、心地いい。
 元就が眠ってしまったと思ったのか、元親は汗で額に張りついた元就の髪を、指先でそっと払って唇を押し付けささやいた。
「いい加減、条約のためじゃなく、素直に俺が欲しいって言ってみろよ」
 聞こえた声を、元就は幻聴だと片付けて黙殺した。
 ひと眠りした後に、この男を駒とするため、再びこの身を与えてやっても良いかもしれぬと、求める自分の気持ちを擦り変えながら。

2013/12/07



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