江戸の町中をぶらぶらと歩いていた長曾我部元親は、目の端に気になるものを見つけて足を止めた。「あれァ」 視線の先には、数人の男に絡まれている、線の細い小柄な男がいた。彼を囲んでいる男たちは、饐えた気配を全身から漂わせている。「やべぇな」 元親は小さく呟くと、大股に彼らに近付いた。「おいおい、物騒な奴に声をかけんのは、やめておけ」「あぁ?」 元親の声に、岩のような顔つきの男が、ドスの聞いた声で振り向いた。が、彼の目に入ったのは白い首だった。男は顎を上げて、抜きん出て長身の元親を見上げる。「悪いこたぁ言わねぇから、ソイツにちょっかいを出すのは、やめときな」 元親の長身と白銀の髪、左目をおおう紫の眼帯という目立つ風貌に、男たちは一瞬のひるみを見せたが、精一杯の剣呑な顔をして元親に詰め寄った。「おうおう。なんだァ、兄ちゃん。コイツのツレか?」「ツレってわけじゃあ無ぇが、ちょいとした知り合いだ。何の用件で声をかけたのかは知んねぇが、やめといたほうが身のためだぜ」 小首を傾げて本当に案じている顔をする元親に、男たちは怪訝に顔を見合わせ、取り囲んでいた小柄な男を見た。 怜悧な刃物を思わせる、切れ長の瞳に細い顎。白い肌を濃い色の髪が添うように包んでおり、繊細さを引き立てている。怜悧な雰囲気を持ってはいるが、細い首や腕は簡単にへし折れそうで、男たちには“やめといたほうが身のため”と言われる意味がわからなかった。「誰か、やっかいな相手のお気に入りとか言うんじゃねぇだろうな」 堂々とした体躯と態度の元親に、男の一人が懸念を示す。「ソイツ自身が、やっかいな相手なんだよ。オメェらの手におえる相手じゃねぇから、やめておけ」 元親は心底の言葉を男たちに向けながら、静かに状況を眺めている渦中の人を見た。「なぁ、毛利よぉ」「毛利……?」 元親の呼びかけに反応をしたのは、呼ばれた毛利元就ではなく、男たちだった。「おうよ。オメェたちが声をかけたのは、安芸の毛利元就。そんで俺ァ、西海の鬼、長曾我部元親だ」 ニィッと元親が歯を見せれば、男たちは目配せをしあった。「そういう事なら、勘弁してやらぁ」 負け惜しみを呟いて、男たちが去っていく。その顔には恐怖が浮かんでいた。安芸の毛利元就と言えば、冷酷な智将として知られており、長曾我部元親は、荒くれ者の海賊をいとも簡単に統率したと噂されている。元親の偉丈夫ぶりに腰が引けていた事もあり、男たちは去る機会を待っていたのかもしれなかった。「よぉ、毛利。アンタがこんなところで一人、ぶらぶらとしているなんざぁ、珍しいじゃねぇか」 親しげな元親に、元就は小さく鼻を鳴らした。「余計なまねを」「アンタにとっちゃあ余計かもしれねぇが、目の前で可哀想な奴が出るのを、黙って見ちゃあいられねぇだろう」 しかし、と元親は顎に手を当てて、まじまじと元就を見た。「何だ」 わずらわしそうに元就が眉をひそめる。「そうやってっと、ただのキレイな兄ちゃんにしか見えねぇよな」 元親の言葉に、元就は眉根のしわを深くした。今の元就は、簡素な長着に袴という姿をしていた。どこからどう見ても、恐れられる武将には思えない。が、彼が見た目どおりではない事を、幾度も刃を交えた事のある元親は知っていた。「貴様に、そのような事を言われるとは思わなんだわ」「なんだよ。褒めてんだぜ」「長曾我部よ」「うん?」 じっと元親をにらみつけた元就は、まあ良いわと口内でつぶやき、目をそらした。柔らかな髪が小さく揺れる。「なんでぇ? 言いかけて止めるなよ。気になるだろ」 やれやれと息を吐いた元就は、不機嫌そのものな顔で言い放った。「自分の容姿をかんがみる事の無い者に、言われるとはな」「は?」「貴様の口から、容姿の美醜に関する事柄が出てくるとは思わなんだわ」 元就が何を言おうとしているのか、元親はますますわからなくなった。「遠まわしな言い方をしてねぇで、率直に言えよ」 つまらなさそうに元親を見上げた元就が、表情そのままの声を出した。「長曾我部。貴様の容姿が美麗だと言うておるのだ」「――へ?」 きょとんとする元親を置いて、元就がスタスタと歩き出す。「うぇえ、ちょ、ちょちょ……毛利? なんか、変なモンでも食ったのかよ」「貴様と違って、食す物には最善の注意を払っておるわ」「なんだそれ。……じゃなくて、毛利。アンタ、今の発言は本気か?」「我が冗談を言うように見えるか」「いや……家康が天下人になったし、安芸の安泰は約束されてるし、そういう事を言う余裕が、毛利にも出てきた……と、考えられなくもねぇかと思ってよ」 並んで歩く元親を無視するかのように歩いていた元就が、足を止めて体ごと元親を見た。「そういえば貴様。何ゆえこのような所をうろついておった」「何って……ただの散歩だよ。家康が、各所の主要な連中を集めての会合をするって、俺たちを呼び出しただろ。会合の日は明日だし、今日は家康の作る江戸の町が、どんなふうに造られていってんのか、見学しようと思ってな」「ならば、時間はあるのだな」 元就が探るように元親を見る。「おお」「ならば、付き合え」 元親の返答を待たず、元就は再び歩きだした。「早う来ぬか」 付いて来ない元親に鋭い声が飛ぶ。小走りに駆け寄りつつ、元親は聞いた。「何処に行くんだよ」「行けばわかる」 元就が余計な言葉を使わないことを、元親はよく知っている。もしかして太平の世の基盤づくりとして、瀬戸内海で長年争っていた因縁を解消すべく、会合の前に話し合いでもするのではないかと考えた。 そしてその元親の考えは、元就が茶屋に入った事で確信となる。 二階の座敷に通された二人は、向かいあって茶を喫した。 元就は変わらずの無表情であったが、元親は機嫌よく茶菓子を頬張る。「まさか、毛利から茶に誘われるとはなぁ」 ニコニコとする元親に、元就は膝を進めて手を伸ばした。「ただそれだけと、貴様は思うておるのか」 元就の細く白い指先が、元親の唇を押した。「え」 ドキリと元親の胸が鳴る。 元就の指は元親の唇を撫で、顎に行き、首をつたって鎖骨に触れた。その動きのなまめかしさに、元親の喉が鳴る。動いた喉仏に、元就は唇を寄せた。「うぇ?! も、毛利」 動揺する元親を、元就は冷ややかに見上げる。「知らぬ仲ではあるまい」「そ……う、だけどよ」 元親がせわしなく目を動かす。二人は互いに刃を合わせる間に、いつの間にか肌身を重ねるようになっていた。「安心するがいい。この茶屋は、そういう意図の元に存在している店。我と貴様が睦み合うても、問題は無い」「は? ちょ、ちょっと待て」 元親が元就の細い肩を掴んで引き離した。「するってぇと、何か。俺と抱き合うために、連れ込み茶屋に来たってぇのか」 元親の白い肌に赤味が差す。「他にどう解釈出来るというのだ」「う……」「嫌ならば良い」 すっと元就が身を引こうとするのを、元親の腕が止める。「嫌じゃねぇ! 嫌じゃねぇけどなんか……こう、あからさまに誘われるってぇのは、こっ恥ずかしいんだよ」「海賊風情に、そのような情緒があるとはな」 むうっと唇を尖らせ、赤い顔でにらむ元親は童子のようだ。元就は彼に身を寄せ、尖った口に唇を軽く押し当てた。「我をキレイだと賞したな」「おう」 拗ねた調子で元親が答える。「我は貴様を美麗だと思うておる」「それは、さっき聞いた」「ならば、わかるであろう」「ぜんっぜん、わかんねぇよ」 心底の呆れを含んだ息を、元就は元親に吹きかけた。「互いを美しいものと認識した。そして我らは睦む仲。――求めるは当然の事であろうが」 元就の言葉を受け止めた元親は、しばらく妙な顔をした後、うれしげに元就を抱きしめた。細い体がたくましく盛り上がった胸筋に落ちる。「色気も素っ気も無ぇが、率直に求められるってぇのは、うれしいモンだな」「するのか、せぬのか。答えよ、長曾我部」「するに決まってんだろ。毛利のキレイな肌、余すところなく味わわせてもらうぜ」 ニヤリと牙を見せる獣のように唇を持ち上げた元親に、元就は薄い笑みを向けた。「我も貴様の美しさを、堪能させてもらおう」「俺がキレイってぇのが、よくわからねぇんだが」「わからぬなら、教えてやる」 元就の両手が元親の頬を包む。「この瞳」 元就の唇が、元親の瞼に触れた。「まつ毛も長く、多い。鼻筋も整っておるし、海上でさらされているというに、肌は絹のようになめらか。それに……」「あぁああ、ちょっ、待て待て」 真っ赤になって、元親は元就を抱きすくめた。動きを封じられた元就が、不満そうに「何だ」と漏らす。「わかった。わかったから、もういい」 ふん、とつまらなさそうな元就の息が、元親の鎖骨に触れた。「わかったのならば良い」 はぁ、と長い息を吐いた元親が、元就の額に唇を押し付けた。「そんな事を、アンタが思っているなんざぁ、想像もつかなかったぜ」「貴様の想像ごときに、我の思考が判じられると思うか」 思わねぇと呟きながら、元親は接吻で元就の唇を塞ぐ。幾度も薄い唇をついばみ、舌を伸ばした。「ん……ふ」 小さな息が、重なる唇の隙間から漏れる。元親は元就の口腔を丹念に愛撫した。「は、ぁ」 元就の息に熱が交じるまで続けた元親は、ゆっくりと彼を覆うように身を横たえる。元就の、顎のあたりで切りそろえられている髪が、床に散った。「長曾我部」 元就の手が元親の頬を撫でる。本能を瞳の奥にきらめかせる元親を、元就は美しいと思った。 元就の呼びかけに吸い寄せられるように、元親が顔を寄せる。唇を重ねながら、互いが相手の着物を脱がしてゆく。半裸の形で元就は元親の首に腕を回し、元親は元就の首から下に唇を移動させた。 無駄なものを削ぎ落とし、しなやかに薄く鍛えられた元就を、みっしりと重厚な筋肉を有する元親が覆い尽くす。「ぁ、う」 胸乳を探られ、舌を這わされて元就が呻いた。元親は大柄で豪快な様子とは違い、睦む時は繊細な指使いとなる。機巧を好み、製作を行う彼の指先は、見た目からは想像も出来ぬほど、細やかな働きをする。それが元就の薄い肌から、快楽を引き出すために動いていた。「ぁ、は……っ」 ゆるゆるとほぐされ昇らされる元就の肌が、赤く染まる。もどかしげに動く足に気付き、元親は彼の内腿を撫でて下生えを探った。「は、ぁ、あ」 蜜嚢をくすぐれば、元就の顎が反った。そこに唇を押し当てて、元親は彼の牡を追い詰める。「は、ぁ、あ……ふ」 あえぎながら、元就は手を伸ばして元親の下肢に触れた。元親は背を丸め、元就が握りやすいように彼をまたぐ。「長曾我部」「毛利」 呼気の合間に名を紡ぎ、互いの欲に指を絡めて息を奪う。角度を変えて口を吸う二人の牡は、欲のほとばしりが近い事を示すように、液をあふれさせていた。「ふ、んぅ」「ああ、毛利」 元親の手が早くなり、元就にも同じ事を求める。互いの手の中の相手は怒張し、あと少しで弾ける事を示していた。「う……ふ、長曾我部」 ぎゅっと元就が元親を握った。うっと喉を詰まらせて、元親が眉根を寄せる。「このまま、堪えよ」「は……なんで」「油が無い」「だから、いっぺんイッて、それを使えば……っ」 元親が言葉を途切れさせる。元就の指が元親の根元を締めていた。「無駄打ちをさせる気は無い」「無駄打ちって……なら、どうすんだよ」 苦しげに息を荒らげる元親の鼻に唇を寄せ、元就は片手で元親の根元を、もう肩手で先端を刺激し始めた。「うは、ぁ、毛利」「このまま、先走りをしたたらせよ。それを使う」「んっ、な」「我を傷つけるは、不本意となろう?」 楽しげな元就に、元親は何も言えなくなった。どうやら元就はとても機嫌がいいらしい。そんな彼を見るのは珍しく、うれしくもある元親は、奥歯を噛んで本能を押さえ込んだ。「我が示す通りにすれば、良き思いができると信じ、堪えているが良い」「そりゃあ、楽しみだ」 苦しげな声音で不敵に笑う元親を、元就は美しいと感じた。本能を制御しようと堪える美しい獣。この獣が自分の内側に身を沈め、余裕も無く求めてくる姿は何よりも美しい。 元就は機嫌よく微笑みながら、元親の液を絞った。したたるそれを指に絡めては、自分を開く。「う、は……ぁ、んっ、う」 細く整った眉をしかめる元就の表情に、元親の欲が腰のあたりで嵐のように唸りだす。それを懸命に堪え、元親は元就の好きにさせた。「は、毛利」 元親の唇が、元就の顔中に触れる。それを受けながら、元就は熱くやわらかなものが魂を包むのを味わった。「ぁ、は……長曾我部」 手の中の元親は、今すぐに破裂してしまいそうなほど、熱く脈打っている。自分を求めてこれほど硬くしていながら、元就の好きにさせるため堪えている獰猛で従順な獣。多くの者に慕われ、大勢の人間を大切に扱う男が、自分一人のためだけに存在する瞬間が、元就はこの上もなく好きだった。 そして元親は、何者をも寄せ付けぬ鋭利な刃物のように冷たく輝く元就が、肌を上気させ何もかもを無防備にさらけ出す姿が、何よりも愛おしいと感じていた。「毛利、まだかよ」「こらえ性の無い」「仕方ねぇだろう」 満足げな笑みを鼻から漏らした元就は、元親の牡から手を離して彼の首に腕をかけた。膝を立て、大きく足を開く。「我が欲しいか」「欲しくてたまらねぇ」 互いの瞳が淫蕩に揺れている。「ならば、来るが良い」「ああ、毛利」 唇を寄せ、元親は慎重に元就を割り開いた。「ぁ、く、ぅう」「毛利」「は、ぁあ」 緩慢に腰を埋めながら、強張る元就の四肢をほぐそうと、元親は彼の胸乳に舌を伸ばし、下肢を探った。「ふ、ぅあ、あ」 元就の声に苦しげな色が交じらぬように、吼える欲を押さえつけて身を沈めていく。たっぷりと時間をかけて、元親は元就の内側に納まった。「は、ぁ」「ふ……入ったぜ、毛利」「言われずとも、わかっておる」 あえぐ薄い胸に、元親は唇を押し当てた。白い元親の髪に、元就は指を絡める。「我の上で、美しく舞って見せよ、長曾我部」「美しく舞うってんなら、アンタの方だろう? 毛利。俺の下で身悶えるのはアンタなんだからよ」 ふふんと鼻を鳴らした元親に、元就はバカにするように半眼となった。「我が肉体に踊らされておるだけとは気付かずに、愚かな男よ」「肉体? 心の間違いじゃねぇのか」「何?」「ま、互いに心と体で躍らせあうってぇ事でいいだろう」 楽しげに元親が腰を揺すった。「う、ぁ」「貪り合おうぜ、毛利」「獣が」 楽しそうに罵る元就に、元親が唇を重ねる。「いいねぇ、獣。なら、本能のままに行動するとするか」「んぁ、あっ、長曾我部、ぁ」「さんざん堪えさせられたんだ。もう待てねぇぜ」「は、ぁあ、ふ」 獰猛な笑みをひらめかせる元親に、元就の胸が満たされる。そんな元就の気配が、元親の心を抱きしめた。「毛利」「ぁは、長曾我部、ぁ、あぁう」 むきだしの魂を打ち合い絡め、何よりも美しい相手の姿を追い求めた二人は、早々に絶頂を迎えた。「はっ、ぁ、あ、あぁああ」「く、ぅう」 痙攣する相手の腰を感じながら放った熱の残りを、元親は余韻に浸る元就の内壁に擦りつけた。「ぅ、は……は、ぁ」「毛利」 ねだるようにささやいて、唇を求める。「は、ぁ……長曾我部」「もっと、いいだろう?」 互いの牡は、放ったばかりだというのに硬さを失ってはいなかった。「枯れるまで、我に奉仕をするが良い」 うわずった声で高飛車に言い放つ元就に、元親は苦笑した。「明日の会合、足腰が立たなくなって欠席、なんて事になっても知らねぇぜ?」「そうなったならば、貴様を我が足として使ってやろう。光栄に思うがよい」「ったく、アンタって奴は」 全身でくるむように抱きしめてくる元親の背に、元就の腕が伸びる。抱き合いながら唇を重ね、二人はゆるゆると腰を揺らめかせた。「もっと、美しい貴様を見せよ。長曾我部」「俺も、誰も知らねぇキレイなアンタを堪能してぇ」 笑みの形に歪んだ唇を重ね、二人は互いの望む“美”を貪欲に求め続けた。 それは勇躍する獣のようにも、裂き誇る大輪の花のようにも見えて――。2015/01/14