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夢の旅人

 毛利元就が文机に向かっていると、ドカドカと荒々しい足音が廊下を進んでくるのが、耳に入った。
 筆を止めた元就は足音に耳を済ませ、その持ち主に見当をつけた。薄く形の良い唇を和むようにゆるませると、筆先に墨をたっぷりとふくませて紙に走らせ、続きを記す。
「いよぉ、毛利ぃ」
 元就の予想どおりの、快活な声が遠慮も無く襖を開けた。元就はそれを無視して、文をしたため続けた。
「なんでぇ、なんでぇ。久々に俺が帰ってきたっていうのに、挨拶の返事も無しかよ」
 さほど気にしている様子も無く、声の主は襖を閉めて、どっかと元就の背後に腰を下ろした。
「俺の帰還よりも、重要な手紙ってぇワケか」
 からかうような楽しげな声に、元就はやっと筆を置いて振り向いた。筋骨隆々とした偉丈夫が、白い歯をかがやかせて親しげに元就を見ている。その横に、小さな樽と布の包みがあった。
「長曾我部よ。貴様を我が部屋へ通せと言うた覚えは無いのだがな」
「おう。俺も通っていいと、聞いた覚えがねぇな」
 しれっと言って相好を崩す男、長曾我部元親に向けて、元就は眉を細めて深々と吐息を漏らした。
「なんだよ。俺とアンタの仲だろう? そんなシケた顔すんなって。異国の土産を持ってきてやったんだからよ」
 言いながら元親が手土産の包みを開く。元就は膝をまわして元親に体を向けた。
「貴様の船が、安芸と異国との交易に重要な意味を持っていることに免じて、此度の非礼は許してやろう」
「おうおう、許しとけ許しとけ。ほうら! どうだぁ、毛利ぃ。キレイなモンだろう」
 得意げに元親が取り出したのは二つのワイングラスだった。
「ビードロの杯だ」
 それは差し込む陽光を乱反射し、畳の上に鮮やかな色を広げた。海の男でありながら、透けるように白い肌をしている元親の、たくましく盛り上がった胸筋にも、グラスの模様が映っている。
「杯?」
 元就が興味を示せば、元親はますます得意げに盛り上がった胸をそらした。
「おうよ。湯飲みに高槻の脚がついたような形をしちゃあいるが、れっきとした杯だ。これに、葡萄酒を入れて飲むと、キレイだぜぇ」
 言い終わらぬうちに、もう一つワイングラスを取り出し、小さな樽の中身をグラスに注いだ。真紅の液体がグラスに落ちて揺れる。それを元就は、血のようだと思った。
「ほら、毛利」
 元親がうれしそうにグラスを差し出す。元就は膝を進めて受け取った。
「俺の、久々の帰国祝いといこうぜ」
 軽くグラスを持ち上げた元親に、フンと鼻を鳴らした元就はグラスに鼻を近付けた。芳香が鼻孔をくすぐる。元親がワインに口をつけたのを見て、元就も口内にそれを含んだ。軽く舌で転がせば、えもいわれぬ味わいが舌に広がり鼻孔を抜ける。喉の通りは柔らかく、ほんのりとした甘さの後に、名残のような重さを感じた。
「これは」
「旨ぇだろう?」
 言いながら、アテだと言って干し肉や木の実、乾燥果実などを元親が取り出す。
「学問好きなアンタに、色々と異国の話を聞かせてやるよ」
 恩着せがましい言い方だが、少しも嫌味を感じない。
「貴様の脳みそならば、すぐに伝えねば忘れてしまうと判断をしたということか。自ら鬼と名乗る海賊ふぜいにしては、よく気が付いたと褒めてやろう」
「おうおう、相変わらずで安心したぜ」
 元就の喧嘩を売っているような、淡々とした言葉を軽く受け流し、元親は楽しげに船旅の一部始終を元就に語った。それは書物で知るよりも生々しく新しい、血の通った人間を感じられる異国の風景だった。
 元親の船旅は半年にも及んでいた。その話がすぐに終わるはずも無い。気が付けば元親の用意したワインはすっかり空となり、室内は茜色に染まっていた。
「おっと。酒もつまみも無くなっちまったな。話はまだまだ尽きねぇんだが」
 ちらりと元親が元就へ誘う視線を投げれば、元就は致し方なさそうに嘆息した。
「異国の情勢や治世は興味深い。貴様のために何ぞ用意をさせてやろう」
 期待していたと言わんばかりの笑みを浮かべる元親を横目で見やりながら、元就は立ち上がった。カクリと膝が落ちる。
「おっ、毛利。大丈夫かよ」
 元親が慣れた様子で手を差し伸べ、元就がくずおれる前に受け止めた。おなじ白い肌をしているというのに、元親は人よりも頭ひとつふたつは大きな長身で、異国の船乗りにも引けを取らぬ体躯をしている。対する元就は、彼の腕の中にすっぽりとおさまるほどに細く、はかなげな体躯をしていた。
「けっこう呑んでたもんなぁ。足に来ちまったか」
「酔うてはおらぬ」
「平気な顔してスイスイいくから、俺もそう思ったんだけどよぉ。異国の酒は、こっちの酒と酔い方が違うみてぇだぜ」
 気遣わしげな元親を、元就はにらみあげた。
「貴様。たばかったか」
「なぁんも、たばかっちゃいねぇよ。ただちょっと、期待はしていたけどな」
「期待、だと」
「おう。半年も会わなかったんだ。アンタをたっぷり味わいてぇと思っても、仕方ねぇだろう」
「なっ」
 元親が牡臭い気配をあふれさせると、元就の目が大きく開かれた。驚きが静まる前に、元親のふっくらとした唇が、元就の薄い唇に重なる。
「んっ」
 大きく開かれたままの元就の瞳に、切なげに眉根を寄せた元親が映る。元就は胸を小さな痛みに疼かせて、元親に身を委ねた。
「んっ、ふ……ぅ」
 壊れ物を扱うように、元親の舌が元就の唇を開いて差し込まれる。元就は確かめるような動きをする元親の舌を吸った。ふっと元親の鼻から官能の息が漏れる。元就は彼に許可を示したつもりだった。それを察したらしく、元親が呼気を奪うほど激しい接吻をしながら、骨が軋むほど強く元就を抱き締める。腕の強さと口淫の激しさに喘ぎながら、この男は自分を激しく欲しているのだと、元就は感じた。優越に似た安堵が元就の中心に生まれて、元親の唇から注がれる快楽と共に、全身に広がっていく。
「ふっ、ん……んぅ、う」
 元就は細い指を元親の胸筋に這わせ、首へしがみついた。元親がもどかしそうに、唇を離さぬまま元就の着物を剥ぐ。あらわになった薄い、けれどしなやかな筋肉に覆われた元就の肌に、元親の大きな手のひらが滑った。それを追うように彼の唇が元就の首を伝い、胸乳に落ちる。
「はっ、ぁ、あ」
 胸の色づきを舌先でくすぐられ、硬くなった場所を吸われた元就の腰が反った。元就の腰を、たくましい元親の腕がささえる。
「んぁ、あ、は、ぁ、ああ」
 かすかな嬌声を上げながら、元就は元親の体温の高まりを感じた。あるいはこれは、自分の体温の上昇なのかもしれない。
「んぁ、あ、長曾我部……っ、あ」
 足の間がもどかしくなり、元就は腰を捩って元親を呼んだ。白銀の髪に指を絡め、自分の望みを訴える。
「ああ、毛利……俺も」
 甘く掠れた声で、元親が答えた。床に寝かされた元就は、元親の手で手早く着物の全てを取り去られ、肌身の全てを彼の前に晒した。武将としての働きをするに必要な筋肉はあれど、華奢に見られがちな体は、圧し掛かってくる肉厚な男の前では頼りなく思える。粗野でがさつな、鬼の異名を持つ男に組み敷かれている自分は、はたから見れば憐れな者のように映るかもしれないと、元就は口の端を持ち上げた。
「なんでぇ」
 自分の下帯を解く元親が、元就の笑みに気付いた。彼の欲の印がヘソに着きそうなほど、隆々とそそりたっている。そして自分の下肢もまた、おなじ反応を示していることに元就は満足を覚えた。
「そのようになっておっては、すぐに理性など拭き飛び、我を貪る獣となろう。今のうちに、我を損なわぬ準備をしておけ」
「毛利を損なわねぇ準備だぁ? ……あ」
 聞き返した元親に、元就は目顔で床の間を示した。顔を向けた元親が、元就の言わんとしていることに気付き、照れ笑いを浮かべる。のそりと立ち上がり、元就の意図したものを手に戻ってきた元親に、元就は褒めるように鼻を鳴らした。
「それに思い至らぬほど、我を欲したか」
 彼が手にしているのは、普段は別の使い方をされる、繋がりの時には潤滑油となる、丁子油だった。
「仕方ねぇだろう。旅先で色んなことを見聞きするたびによ、毛利の顔が浮かんで仕方なかったんだ。想いが募っちまうのも、当然だろう」
 事も無げに言ってのけた元親に、元就の目が丸くなる。へへっと童子のように頬を掻いた元親が、改めて元就に覆いかぶさった。
「いつか一緒に、異国を見に行こうぜ」
「我に安芸を離れろと?」
「半年ばかしの間だ。家康は約束を破ったりしねぇ。安芸が脅かされるこたぁねぇよ」
 家康の名に、元就は眉をひそめた。
「天下人になりたかったわけじゃあ、ねぇんだろ? 毛利は。なら、そんな顔すんなよ」
 なぐさめるような口付けが顔中に贈られる。それを受けながら、元就は自分が不快を示した理由はそれではないと、心中で反駁した。元親が親しげに、深い信頼を込めて名を呼んだことが、元就には面白く無かった。けれどそれを元親に示す必要は無い。彼を増長させるだけだと、元就は軽く鼻を鳴らして顔を背けるにとどめた。
 元親が目尻を下げて、元就の唇を吸う。下肢に触れられて、元就はまつ毛を揺らした。
「は、ぁ……んっ、長曾我部」
 気遣う指の動きに、元就は彼の頬に手を当てた。元親がきょとんとする。
「我が欲しくてたまらぬのだろう。これ以上、貴様に圧し掛かられ続けるのは、暑苦しくて構わぬ。さっさとその見苦しいものを、なんとかせよ」
「見苦しいって……ああ、そっか」
 唇を尖らせた元親が、すぐにニッコリとして元就の額に唇を当てた。
「俺を気遣ってくれてんだな」
「何を勘違いしている。我は――」
「いいって、いいって。天邪鬼だなぁ、相変わらずよぉ。ま、俺のデッケェもんを、このまま突っ込んじまったら、毛利は壊れちまいそうだもんな」
「貴様、我を脆弱と愚弄するつもりか」
「ちげぇって。ほら、お言葉に甘えさせて貰うとするから、怒んなよ」
「我は怒ってなどおら……ぁ」
 二つの熱の塊が、元親の手で重ねられる。先のクビレを擦りあうように握られて、元就は顎を反らした。
「ぁ、ああ、ぁ」
 元親の熱が自分の熱と絡まっている。大きな手に握りこまれ、擦り合わされて先端から蜜を零す。その蜜が混ざり合い、元親の手が動くたびに空気と混ざる、扇情的な音を立てている。
「んぁ、あ、ああっ、は、ぁ、ああ」
 喉の奥からせり上がる嬌声を、元就は素直に吐き出した。耳元に顔を伏せた元親が、呼気を乱してうわごとのように「毛利」と呼び続けている。元就は両腕で元親の頭を抱き締め、ふわふわとした白銀の髪に鼻を寄せた。潮の香りの奥から、元親の匂いが漂ってくる。
「んはっ、ぁ、ああっ」
 ひときわ強く擦り上げられて、元就はあっけなく果てた。元親も同時に欲を放つ。
「は、はぁ、あ」
 余韻の呼気を吐き出しながら、首をめぐらせ唇を求める。元親の指は余韻に震える先端を擦り、元就の快楽を長引かせた。
「ぁ、ちょぉそ、かべ」
「ん……毛利」
 甘えるような、甘やかせるような口吸いが続く中、元就は彼の指が自分の奥を求めていると気付いた。膝を立てて足を開き、探りやすくする。元親はうれしそうに艶を含んだ目を光らせて、元就の奥を二人の蜜にまみれた指で探った。
「ぁ、ああっ」
 弛緩した体の、小さな口は元親の指に怯えた。幾度もこの指とたわむれ、それよりも質量のあるものを受け入れてきたというのに。
「ふ、ん、ぅう」
 指が沈む。元親の指が、他の誰にも触れさせたことのない箇所を慈しんでいる。元就は恍惚としためまいに襲われながら、彼をより深く受け止めようと、さらに足を開いた。
「ああ、毛利」
 すがるような熱っぽい声に、元就の心が震える。元親は二人の蜜では濡れきらぬ場所を、丁子油を注ぎながら探った。彼の指に合わせて蠢動する自分の肉を、元就は感じた。奥が疼き、元親を欲している。
「んぁ、あっ、あ、は、ぁあ」
 探られるたびに湧き上がるものを音にして、元就は元親に自分の情欲を示した。元親の妖しく濡れた目が、元就を映している。
「なあ、毛利」
 苦しげに上気した顔で、元親が求める。元就は彼の腰に足をかけて、返事とした。元親の喉が鳴る。動いた喉仏に、元就は唇を寄せた。
「力、抜いてろよ」
 元就の腰に元親の腕が回り、下肢にたくましものが押し当てられた。それが慎重に元就の体を開く。
「が、ぁ、あは、は、ぁ」
 最初の部分が通り過ぎる、息が詰まりそうな圧迫は、どれほど体を重ねても変わりはしない。けれどクビレた部分まで呑み込みきれば、肉壁は元親を歓迎して奥へと導いた。
「ふっ、ぁ、は、はぁあ、ちょ、そか……っ」
「んっ、毛利、毛利」
 苦しそうに心地よいと呼気で示す元親に、元就の胸が締め付けられる。これは愛おしさというものだと、元就は知っていた。
 この男を、自分は心の底から、愛おしいと感じている。
「ぁ、ああっ、あ、あああっ」
 そう認識すれば、理性は消えうせ本能だけが元就の内側に残った。変化に気付いた元親が勇躍し、元就を乱す。揺さ振られ、振り落とされぬように元親のがっしりとした体にしがみついた元就は、あられもない声を惜しみなく元親にささげ、身も世も無く乱れ舞った。元就に応えるように、元親も激しさと熱を増して彼を求め、低く唸るように吼え、自分の欠片を元就の奥深くにささげて、受け止め痙攣する元就をくるむように抱きしめた。
 大嵐のような官能の時を終え、二人は風雨に落とされた木の葉のように、たよりなく重なり合って目を閉じた。体温が触れた肌の全てから流れ行き、帰ってくるさまは波のようだ。よくもこの肌と離れていられたものだと呆れるほどに、強い安堵と渇望にも似た慈しみに満たされている。
 元就はそっと、元親の髪に唇を寄せた。気付いた元親が、とろりと目元をとろかせて、元就の唇に唇で甘える。何か言ってやろうかと思ったが、気だるさと今の心地を失うのが惜しい気持ちが、元就の言葉を押し留めた。
 細波のような心地よさに、ひたひたと意識も満たされていく。
 いつしか元就は夢の中へと旅に出ていた。
 それは、元親と共に異国を目指す、実現しそうにもない、まさに夢の出来事だった。

2015/04/05



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