メニュー日記拍手

あの声を

 毛利元就は感情の読めぬ顔で、足を急がせていた。
 当人は、急いでいるつもりなどない。しかし普段の彼の歩速を知っている者からすれば、かなり急いているとしか見えなかった。
 近頃の元就の様子は、どうもおかしいと感じている城の者は、すくなくない。その原因を知っている者は、頭の隅で「さもあらん」と思いつつ、なぜなのだろうなぁと、事情を知らぬ者のように、首をひねってごまかしている。それも、まったくの演技ではなく、どうして元就がそんな事をしているのかが、わからない気持ちを言動に乗せているので、演技だと見抜かれずにいた。
 元就は女と見まごう程に白い肌を、わずかに赤く染めて軽く息を乱し、足を動かす。細く尖ったアゴは首にひきよせられ、口元はキリリと結ばれている。眉は険しく、手にはひとり分には多すぎる菓子を提げていた。
 とても女の所へ通うような顔ではないと、誰もが思っている。ならば近頃、仕事も早めに切り上げて、屋敷を抜けて出て行くのはなぜだろう、と疑問がさらに疑問を呼んで、予想すらもできないほどに、謎だらけとなっていた。
 事情を知っている者とて、それはおなじことだった。元就は女に現を抜かしているわけではない。厳しい顔をしているのも、その先に待つ人物を思えば、納得ができる。しかしなぜ、元就はその者のために、急ぎで人の目につかぬ場所に家を建て、その者を住まわせているのかが、わからなかった。

 元就は木々の間の小道を抜けて、目的の屋敷の門をくぐった。急いで作らせたにしては、ずいぶんと立派な家屋だった。戸を開ければ、土間がある。元就が上がり框に荷物を置くと、下男が急いで現れた。
「変わり、ございません」
「そうか」
 初老の男はそれ以上、口を開かなかった。桶を運んで元就の脚をすすぎ拭うと、一礼をして去っていく。この屋敷の世話は、あの男ひとりにまかせていた。
 元就は荷物を手に、まっすぐに奥の部屋へ向かった。廊下を進んでいると、着流しを身にまとった大柄な男が、縁側に座っているのが見えた。元就の足音に振り向き、ニコリとする。
 抜けるような白い肌。白銀の髪。それを淡くはかなく見せている、左目を覆った紫の眼帯。
 しかし、体躯はそれらの美麗な雰囲気を、かき消すほどにたくましかった。布越しでもわかる、盛り上がった胸筋。太い腕。女の胴ほどもありそうな、ふともも。立ち上がった彼に元就が近づくと、その大きさがさらにきわだつ。
 痩身で中背な元就の顔は、彼の胸元とおなじ高さだった。腕を回されれば、すっぽりと彼の体に隠れてしまう。
「甘味を、持って来た。後で茶が届く。部屋に入るぞ。長曾我部」
 抱きついてきた男、長曾我部元親の腕を、元就が軽く叩くと手が離れた。元親は素直に従い、部屋の中へ入る。元就はその後に続き、ぴたりと障子を閉めた。
 室内を見回し、文机の上に奇怪な文様の描かれた紙を見つける。近寄って見れば、なにかの図面のようにも見えた。
「記憶を失っても、機巧好きは変わらぬか」
 そっと息を吐いた元就は、ニコニコと座っている元親に目を向けた。
 大陸に向かった船が、大嵐に見舞われて難破をし、行方が判らなくなったと聞いたのは、ひと月ほど前のこと。それに元親が乗っていたことを、元就は知っていた。沈没した船の荷や板きれにつかまって漂流し、どこかの島に流れ着くこともある。ひそかに人をやって探させたが、海は広い。なんの成果も上がらぬまま、まんじりと過ごしていると、元親発見の報が届いた。その文には、どうも記憶が欠落しているらしく、赤子と変わらぬ扱いで、流れ着いた漁村で世話をされていると、書かれていた。
 元就はすぐさま、しかるべき礼金を支払い、元親を引き取ってくるよう告げた。そしてここに屋敷を建てさせ、口の重い、信用のおける男を下男とし、元親を迎え入れた。
 以来、元就はここで、元親を飼っている。
 衣食の世話は、さきほどの男がすべて、おこなっていた。元就は昼食までに仕事を終わらせ、供を連れずに訪れる。到着するころには、八つ時になっているので、いつも適当な菓子を手に、持ってきていた。
「長曾我部」
 元就は細い指で、元親の頬をなでた。元親はニコニコとしたまま、動かない。屈託のないその笑みは、記憶を失う前と、すこしも変わらなかった。
「長曾我部よ」
 元就が膝をつき、顔を覗いても、元親は元就を呼ばない。元就は顔を険しくして、彼の首に腕を回した。すると元親の腕が、元就の腰を包む。
 元就はピッタリと、隙間なく体を重ねた。物憂げな息を吐き、元親の胸に耳を当てる。力強い鼓動が聞こえ、目を閉じる。
 どうしてこんな行動に出たのか、元親を引き取ってから数日の間、元就は自分でもわからなかった。元親の所在を、彼の部下に伝えて引き渡さない理由は、なんなのか。
「我は――」
 元就がアゴを上げると、元親は笑顔のまま見下ろしてきた。腹立たしさと悲しみが、元就の胸を塞ぐ。
「長曾我部」
 首を伸ばして、元就は唇を求めた。元親は表情を変えぬまま、元就の好きにされている。
 元親を彼の部下に渡せば、しばらく会うことが叶わなくなる。このまま彼の記憶が戻らなければ、会えないままでどちらかの命が潰えるかもしれない。
 自分が彼を囲った理由に思いいたった日に、元就は元親の体を求めた。しゃべることすらしない、ただニコニコとするばかりで、されるがままの元親は元就の求めるままに動き、果てた。それが余計に腹立たしく、むなしくて、元就はここに来るとまず、苛立ちをぶつけるように、元親の肉体を求める。
「んっ、ふ……ふ」
 舌を伸ばして、口腔をむさぼる。元親はやはり、笑顔のまま、されるがままだ。
「んっ、ふ……んんっ」
 頭を抱え込むように、髪の隙間に指をからませ、強く舌を吸う。そうやっていると、元親の目がトロリと淫靡な光を浮かべる。
 まるで、独り相撲だ。
 自嘲しながら、元就は元親の唇を求める。元親の手が元就の腰をさまよい、帯をつかんだ。
「――は」
 唇を離した元就は、元親の腰をまたいで婉然とほほえむ。
「我が欲しいか」
 ぼうっとした目で笑っている元親が、コクンとうなずいた。クッと元就は喉を鳴らす。
「本能には、逆らえぬな」
 快楽を抑える理性がないのだから、教え込めば手に入れるのは容易い。肉体のみであろうとも、元就は元親を手放す気などなかった。
「貴様は、我のものぞ」
 両手で頬を包み、ほほえみかける。物欲しそうな目が、元就を映していた。
「しばし、待て」
 元就は元親から離れ、部屋の隅に置いてある小箱から、小瓶を取り出した。それを元親に見せて振ると、元親が這い寄ってきた。
「待て」
 元就が鋭く言えば、元親はピタリと止まった。
「そう。それで良い」
 元就は着物を落とし、下帯を解いた。すでに男の印は天を向いている。元親の頬が、期待に赤く染まる。元就は元親の膝にうずくまり、裾を割って下帯を解いた。ブルリと、体躯に似つかわしい男の印が現れる。
「……は」
 短く笑った元就は、根元に指をかけて先端を吸った。
「ふっ」
 元親が息を吐く。元就はそのまま薄い唇を開き、口いっぱいに元親の欲をほおばると、舌と指、唇で慈しんだ。
「んっ、ふ……んぅ、うっ、ふ」
「は、ぁ……はふ、ぅ」
 元就の愛撫に、元親が息を漏らす。体を丸めて、さらなる快楽を求めるように、元就の背に元親が唇を寄せる。ブルリと震えて、元就は顔を上げた。元親が濡れた瞳で元就に訴える。
「そのような、物欲しそうな顔をせずとも、わかっておるわ」
 口の端を吊り上げた元就は、身を起こした。元親も体を起こす。元親の肩に頭を乗せた元就は、小瓶から自分の指へと丁子油を移し、自らの菊座を湿らせた。
「ふ、ぅ……」
 指を押し込み、ほぐす。元親の首に甘えながら、元就は自分を犯した。
「は、ぁ、ああ……あ」
 元親の大きな手が、元就の尻をつかんだ。
「んっ、まだ……ぁ、はやい」
 元親を受け入れられるほどには、ほぐれていない。いつもなら、そう言えば元親は止まるはずが、今日は違った。
「なっ……長曾我部、なに……っう」
 ゴロリと転がされた元就の足の間に、元親が顔を伏せた。男の印を咥えられ、乱暴に吸われる。
「はっ、ぁ、ああ」
 それどころか、元親は丁子油をたっぷりと指につけて、元就の秘孔をまさぐりはじめた。
「なっ、ぁ、あは、ぁ、ああ……っ、あ」
 元親がこうなってから、幾度もしてきたのだから、彼が覚えたとしても、おかしくはない。その可能性を、まったく予測していなかったわけではないのに、元就は慌てた。
「はっ、あ、待て……っ、ま、ぁ、ああっ」
 元親の荒い息が欲の根元に吹きつける。指が体内でうごめき、元就の熱を荒々しく引き出し、かきまわす。
「ちょ、そ……っあ、ああ」
 元就は首を振り、足で元親の背を蹴りながら、「待て」と繰り返した。しかし元親は止まらない。そして、とうとう――。
「はっ、あ、あああ……っ!」
 元就は欲を吹き出した。喉に吹きつけてきたソレを、対処する術を忘れた元親は、盛大にむせた。むせながらも元就の足を開き、のしかかってくる。
「長曾我部」
 荒く胸を上下させ、涙の浮かんだ瞳で元就が見たものは、豪快な笑みだった。胸が熱く絞られる。
「……長曾我部」
 涙が溢れる。震える指で頬に触れれば、抱きしめられた。
「ああ――」
 元就は吐息を漏らした。ぬくもりと潮の香りが、元就を包む。
「長曾我部」
 ささやけば、彼の体が身の内に沈んだ。
「ひっ、ぁああ……あっ、あ」
 ゆっくりと押し込まれ、奥まで開かれる。圧迫に喘ぐ元就の唇を、元親が舐めた。
「は、ぁあ、あ……」
 ニコリとした元親が、体を揺さ振る。内壁を擦られ、元就は手足を元親に絡ませた。
「はっ、ぁ、ああ、ああ……ちょ、ぉ、そかべ、ぁああ」
 甘く高く、悲鳴を上げる。けれど相手は荒々しい、獣のような息を吐くだけだ。元就は彼が記憶を取り戻したわけではないと気づき、絶望と安堵を浮かべた。
「ああ、あ……ちょぉそ、かべ……っ」
 元就の耳奥に、なつかしい艶やかな声が響く。
 ――毛利。
 熱っぽく、うわずったかすれ声に目を開くと、慈しむような瞳があった。
「っ、は……あ、ああぁああっ!」
 心の高ぶりが体に作用する。昇りつめた元就にひきずられ、元親も爆ぜた。元就の目の前が、白い闇に包まれる。そこに、あたたかな笑みと声が広がった。
 ――毛利。
 心臓が荒々しく掴まれる。このまま潰れてしまえばいいのにと、元就は望んだ。
 けれど快楽の波が引いても、元就は健在のままで、元親はしまりのない笑みを浮かべている。
「……長曾我部」
 元就は元親の頬をなでた。うれしそうに、元親が目を細める。まるで飼い犬のようだと、ほほえみながら元就は涙を流した。
「長曾我部」
 名を呼ばれたい。呼ばれながら、この身を求められたい。しかし、偽りはいやだ。だから元就は、教えれば呼ぶであろうと思いつつ、元親に自分の名を告げないでいた。
 彼が記憶を取り戻したことが、すぐにわかるように。
「長曾我部」
 静かに泣く元就を、本物であるがゆえに偽りの元親が抱きしめる。
「長曾我部」
 すがる元就の耳に、なつかしい呼び声は今日も、届かなかった。

2016/02/28



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送