宵闇を淡い藍色に染める仲秋の名月を、毛利元就はぼんやりと見上げていた。 その瞳には、なんの感情も浮かんではいなかった。「やっぱり、ひとりで過ごしていたか」 庭先に現れた男に、元就はゆっくりと顔を向けた。抜けるように白い肌が、月光を含んで真珠のように輝いている。隆々とした人よりも立派な体躯をしている男は、西海の鬼という異名を持っていた。 なるほど。こうして見れば幽鬼のようだと、元就は無表情のまま男を見つめた。艶やかな白い髪に紫の眼帯。力強い肉体をしているというのに、透明な気配を放つ白い肌のせいで、月光を浴びると現実味を欠いてしまう男の名は長曾我部元親。「そうやって、ひとりで月明りの中でボンヤリしてると、この世のものじゃねぇみてぇだな」 どちらが、と心の中でつぶやいて、元就は元親の手の中にあるススキに目を止めた。「我と月見を楽しむ気でおるのか」「ほかに、どんな用事があるってんだよ」 ニヤッと開いた元親の口から、鋭い犬歯がこぼれる。しかしそれは剣呑な気配を浮かべず、むしろ人なつこい印象をまき散らした。 この男の、こういう部分がいら立つのだと、元就は目を細める。 そんな元就の心理に気づいているのかいないのか、元親はドッカと元就の隣に腰かけた。「ほらよ」「いらぬ」 差し出されたススキを邪険に払うと、ちぇっと口の中でつぶやいた元親が立ち上がり、月に向かってススキを突き出す。淡々と月光を含んで輝くススキに、元親がうれしそうに目を細めた。「キレイだなぁ」「そのような情緒を、きさまが持っているとはな」 クルリと元親が振り向き、人好きのする笑みを浮かべる。「毛利だって、持っているだろう?」 まぶしくて、元就は顔をそむけた。「どうでもよい」「なんだよ。日輪のほかは、興味がねぇってのか?」 そのまま顔を背けていると、ススキを膝に乗せられた。元親の大きな手のひらが、元就の頬を包む。「ススキみてぇに、あんたの肌も月に光ってんな」 ささやくような甘い声に、元就の心がざわめく。「ススキなどと同等に扱うでないわ」 ふっと口元に笑みをうかべた元親が、慈しむ目で元就を見る。視線のやわらかさに、元就は落ち着かなくなった。「酒も肴もない。そうそうに立ち去り、他の者と月見を楽しむがよい」「つれねぇことを言うなよな」 元親の唇が元就の目じりに触れる。元親の体に月が遮られた。「月見の邪魔ぞ」「俺を見てりゃあいい」「きさまを見ても、なんとも思わぬわ」「なら、俺を感じていりゃあいい」 にらみつけると口を吸われた。抱きすくめられ、甘やかすように唇をついばまれて、元就は渋面を作りつつも抵抗をしなかった。「んっ、ん……、ふ」 まるごと包まれる心地よさに、元就の目がうっとりと細められる。帯を解かれた元就の肩から着物が落ちて、ほっそりとした素肌が現れた。それが月光にさらされるのを、元親が美術品を鑑賞する目でながめる。「ああ……、やっぱキレイだ」「戯言を」「本音だぜ?」 元親の大きな手のひらが、元就の頬から肩に滑り、胸へと落ちる。細い腰を撫でまわされて、元就はわずかに身じろいだ。元親の手は止まらない。元就はまとっているものをすべて取り去られ、脚を開かせられた。下生えすらも月光の前にさらされて、元就は鼻の頭にシワを寄せる。「我を肴に楽しむつもりか」「アンタも俺を楽しめばいい」 元親はてらいなく着物を脱ぎ棄て、みっしりと鍛え抜かれた肉体を月光にさらした。自分とはあまりにも違う肉体に、元就の視線が吸い込まれる。――美しい、とさえ思った。「そんな顔すんなよ」 元親の声が甘くかすれている。自分はどんな顔をしているのだろうと、元就は気になった。 元親の唇に唇をあやされて、目を細める。白い髪が目の前で淡く輝いている。手を伸ばし、そっと指で探ると口内に舌を差し込まれた。「んっ、ふ……、ぅ」 じわり、じわり、と肌の奥から劣情が湧いてくる。腰のものに血液が集まっていく。肌が粟立ち、胸の先が切なくうずいた。「ふっ、んぅ、う……、は、ん、ぅ」 自らも舌を伸ばし、元親を味わう。濡れた音が耳に届き、熱のこもった息が乱れた。「は、ぁ……」 唇が離れ、思わず漏らした恍惚の息を唇で拾われる。そんなことを繰り返しているうちに、白肌に朱が差した。元親の膝に抱えられ、背中を撫でまわされる。元就も元親の分厚い胸に指を這わせた。「毛利」 熱っぽくかすれた元親の声に、ゾクリと心臓が震える。自分を求めて濡れた瞳に、元就は口の端に笑みを浮かべた。「獣め」 ののしると、首筋を吸われた。「――あ」 元親の唇が肌を滑る。その跡に、ポッポッと劣情の熱が残される。それが寄り集まって、元就の肌は淫靡に燃えた。「ああ、毛利」 元親の口に男の証を含まれて、元就は息を呑んだ。舌で転がされ、軽く歯を立てられて、口腔に絞められる。「は、ぁ、ああ……、あ、ああ、あ」 細く哀れな自分の息を聞きながら、元就は元親の荒々しい興奮を感じていた。「ふっ、んぁ、あっ、あ、あぁああ――ッ」 はかない悲鳴を上げて、元親の口内で達する。元親はそれを手のひらに出して、元就の尻の奥を濡らした。己の精を潤滑油がわりにされて、開かれる。元親の指は大柄な見た目にそぐわぬ繊細な動きで、元就のかたくなな内壁をあやした。粗野な言動とはうらはらに、元親は決して無理強いをしないどころか、壊れ物のように元就を扱う。「んっ、ぁ、はふ……、う、うう……、んっ、ぁ」 もどかしいほど丁寧にほぐされて、元就の下肢がまた欲に凝った。それを見た元親が元就の首に顔をすり寄せる。「なあ、毛利よぉ」 首筋に甘える元親の髪に、元就は指を這わせた。「我が欲しいか」「きまってんだろ」 淫靡に瞳をきらめかせ、獰猛な笑みを浮かべた元親に、元就は満足げに薄く顔をゆがめた。「ならば、好きにするがよい」「欲しい、とか言ってくれてもいいだろう?」「欲しがっているのは、きさまぞ。長曾我部」「違ぇねぇ」 こだわりのない元親の笑みに、元就の心がざわつく。元親の熱が下肢に触れ、たくましいもので開かれた。「っ、ぐ、ぅ……、は、ぁ、あ」 幾度味わっても慣れぬ圧迫に息が詰まる。元親の舌に喉を開かれ、元就は息を通した。「は、ぁ、ああ……、あっ、あ、あ」 元親が埋まる。体のすべてを内側から支配され、元就は熱のこもった息のかたまりを吐き出した。「は、ぁ……」「ふ、毛利」 苦しげに眉を寄せて、元親がうめく。その顔を、元就は美しいと思った。――仲秋の名月よりも、澄んだ輝きに満ちている。「長曾我部」 元就から首を伸ばして、唇を求めた。「ん、ふ……、ぅ、うむ、ん……、は、ぁ」「毛利」 求める声に、元就はうなずく。元親が体を揺らし、元就の内側をかき回した。「はっ、ぁ、はくぅ、うっ、んぁ、あっ」「ああ、毛利……、毛利」 乱されながら、元就は汗をかくほど夢中に求めてくる元親を、かわいいと思う。 必死に我を求め、我に溺れよ――。 そう考える元就もまた、元親に溺れていると気づいているのは、しらしらと輝く月光のみだった。2016/09/15