庭先に、旋風が舞い降りた。「何やってんの。片倉の旦那」 現れたのは茜色の髪に、森の木の葉を切り取ったような、濃淡のまだらな緑に染められた忍装束を着た青年だった。縁側に座していた屋敷の主、片倉小十郎は眉一つ動かさず、黙々と作業を続けながら問う。「何の用だ。猿飛」「ちょっと、その挨拶はないんじゃないの? 久しぶりって笑いかけてくれてもいいと思うんだけど」 非難めいた言葉を発しながらも、猿飛佐助は楽しげな声音で小十郎に近付き、彼の横に置かれた笊から柿を取り上げた。「田畑の世話が終わったから、今度は果実の世話をしてんの?」 佐助は気楽に縁側に腰掛け、懐から短刀を取り出してクルクルと手馴れた様子で皮を剥く。小十郎が剥き終わった柿を笊にもどし、顔を上げた。「休暇か」「俺様みたいな優秀な忍に、休暇なんてあると思う? 俺様が休んだら、大変なことになっちゃう」 おどけたように肩をすくめた佐助に、小十郎は落胆と同意を交えた息を漏らした。「休暇だったら良かったのになぁって、思ったりした?」 ニンマリとする佐助に、否定とも肯定ともとれる様子で、小十郎が小さく呻く。柿を手にし、皮を剥きはじめた。 二人は黙々と柿を剥き続ける。佐助はどこかうれしそうで、小十郎のまとう気配は穏やかに優しいものだった。 全て剥き終え細縄でつなぎ軒先に吊るし終えてから、小十郎は佐助を部屋に招き、手ずから茶を入れた。小十郎は奥州の副将。佐助は甲斐の忍。互いの立場をおもんぱかっての行動であり、互いの間にしっとりと横たわる、個人的な理由からでもあった。「用件を聞いてねぇな」「天狗の旦那に、手伝ってもらおうかと思ってね」 小十郎の眉根がひそめられる。かつて小十郎は、天狗の面をかぶり“天狗仮面”と名乗って、佐助の扮する“天狐仮面”とともに、甲斐の名物・熱血武田道場の関門として、小十郎の主・伊達政宗と、佐助の主・真田幸村を相手に立ち合いをしたことがあった。その思い出は、苦々しくも恥ずかしい、若気の至りのような心地の出来事となっている。 佐助はそんな小十郎の気持ちを察しつつ、言葉を続けた。「近々、またアレを開催することになってさ。そんで、ソチラさんを呼んだら旦那も喜ぶし、ソッチの大将もうれしいんじゃないかなぁって思ったんだよね。何より、あの二人と全力でやりあうのは、俺様たちにも良いんじゃないかな」 彼らの主は、自他共に認める好敵手である。刃を交える機会があることを喜ぶに違いない。その上、二人は猛将としても知られている。その彼らと仕合えることは、自分たちの修練にもなりえた。「そのためにわざわざ、お前が使者として来たってのか」 佐助はただの忍ではない。真田幸村が副将と公言してはばからぬ存在だ。そのような用件であれば、書面にて他の忍に任せるというのが通例ではないのか。小十郎は、言外にそう告げていた。 佐助はキラキラと目を光らせ、小十郎を見た。わざと企みがあると示す佐助に、小十郎は意図を察して唇を開く。「猿飛」 息交じりの声で呼ばれ、佐助は小首を傾げた。「今夜は旦那のこと、小十郎って呼ばせてくれるよね」 小十郎に、否やは無かった。 湯を使った佐助が、ほの明るい灯明に頬を染めて小十郎を見る。ちろちろと炎を反射し輝く瞳に、小十郎は手を伸ばした。「灯明、消さなくていいの?」「放っておけば、油が尽きる」「油も安くないでしょーに」 クスクスと佐助は小十郎の伸ばされた手に唇を寄せた。「すぐに、気にならなくなる」「気にしてんじゃなくって、照れくさいから、わざと言ってんの」 佐助が唇を尖らせ、小十郎は薄い笑みを浮かべた唇で、それを啄ばんだ。「お前も、照れることがあるのか」 小十郎の瞳が思いがけずに優しくて、佐助はふいと目をそらした。「そりゃあ、まあ」 人くさい佐助を、小十郎は包むように腕を回した。そっと横たえながら唇を重ねる。「ん……っ、ふ」 ゆっくりと深さを増した口付けに、佐助が肌身をゆるませる。彼を逃さぬように、たくましい腕で包んだ小十郎は、執拗に佐助の唇を求めた。「っは、ん……」 口腔を小十郎の舌で愛撫され、佐助の息に熱が篭る。瞳が潤んで輝き、うっとりとした色味を帯びて小十郎を見つめた。「片倉の旦那ぁ」 甘えた声が漏れるのを、苦笑まじりに小十郎が唇で拾う。「違うだろう」 ぷっとふくれた佐助のほほを、小十郎は楽しげに唇でなでた。「猿飛」 低めた息交じりの声で呼べば、ぶるりと佐助が震える。佐助の腕が、おずおずと小十郎に絡んだ。 佐助が伺うように小十郎を見る。小十郎は楽しげに、無言で佐助を促した。「ううっ」 恥ずかしげに佐助が呻く。「昼間、テメェが呼びたいと望んだんだろう」「わ、わかってるけどさ」 目を泳がせた佐助が、小十郎の顔を引き寄せささやいた。「小十郎」 褒めるように、小十郎は佐助の耳朶を甘く噛んだ。そのまま舌を耳奥にしのばせくすぐると、佐助の肌が小さく震える。「んっ、ふ……ぁ、小十郎」 小十郎の節くれだった男らしい手のひらが、佐助の膝を割り内腿をなでる。首筋を吸われながら下帯を探られ、佐助は喉を震わせた。小刻みに動く佐助の喉仏に、小十郎が吸いつく。「ふっ、ぁ、んん」 指先で下帯の上から下肢をくすぐられ、もどかしさに佐助の腰が揺れた。彼の反応を確かめるように、小十郎は指を動かす。「はっ、ぁ、ちょっと……ぁ」 もどかしすぎて、佐助は小十郎の背を叩いた。それを無視し、小十郎は佐助の下肢を淡々と刺激しながら襟元をくつろげ、無駄なものを極限までそぎ落とし鍛えた、佐助の胸筋に舌を伸ばす。「ぁ、は……んぅ」 胸筋の盛り上がりを舌で確かめ、色づく箇所をもてあそぶ小十郎の空いた手が、自分の帯を解いた。みっしりとした小十郎の胸筋が肌に触れ、佐助が息を呑む。「んっ、ぁ、小十郎」 小十郎の素肌に手を這わせ、佐助は彼のたくましい背を確かめた。小十郎は無言のまま、佐助の肌を探り続ける。「ぁ、ちょっと、ねぇ……ねぇってば」 ぺちぺちと佐助が叩くのに、小十郎は反応をせず、ひたすら佐助の肌身を確かめている。「ちょっと。無視しないでよね!」 むっとして、佐助は乱暴に小十郎の髪を両手で掻き混ぜた。「なんだ」 いぶかしげに小十郎が顔を上げれば、にんまりとした佐助が自分の鼻先をつついた。誘われるままに小十郎がそこに唇を寄せると、首に佐助の腕が絡む。「もっと、がっついてくると思った」 うれしげな佐助に、小十郎は疑念を浮かべた。うきうきと小十郎の唇に唇を押し付けた佐助が、彼の肩に口付けて甘える。「もうちょっとさ、こうしていたいなぁ」 断られるなど夢にも思わぬ目で、佐助がねだる。小十郎の眉間に、くっきりとシワが刻まれた。「わかってるけどさぁ」 ふふっと息を漏らした佐助が、太ももで小十郎の下肢を押した。そこは十分な硬さと熱を有していた。自分を欲している証に笑みを深め、佐助は小十郎の首に回した腕の力を強める。「久しぶりだから、ゆっくりしようって思ったんだろ? それとも、俺様が疲れていると思って、気遣ってくれたとか」 いや、と小十郎が小さく呟く。「久々すぎて、小十郎って呼ぶの、ちょっと恥ずかしくなっちまってるっていうか……なんていうかさ。なんか、その、欲しいんだけど、気持ちが空回りしてるっていうか、勇みすぎて空回りって感じなんだけど。だから、その、だからさ」 明確な言葉を見つけられない佐助の薄い唇を、そっと小十郎の指がなでる。「お前の気持ちが甘く熟れるように、俺の熱で包んでやる」 うん、と佐助が小さな子どものように頷いた。「昼間の、干し柿みたいだなぁ」 小十郎のぬくもりと香りに包まれて、佐助がうっとりとした声を出す。疑問を浮かべた小十郎の目に唇を寄せ、佐助は肩をすくめた。「甘く熟れるまで、おあずけ」 いたずらっぽく片目を閉じた佐助の額に、小十郎が唇を寄せた。「お前が甘く熟れるまで、俺の熱で温めてやる」「熟れるまで? 熟れた後は、どうすんのさ」「食らうに決まってんだろう」「んふ。助平」 互いに顔を寄せ、戯れる。「ねぇ」「うん?」 消え入りそうな息ばかりの音を、佐助が零した。穏やかに気配を綻ばせた小十郎が、同じように息に音を乗せて佐助の耳に注ぎ込む。 佐助の満面が赤く染まったのは、揺れて消えた明かりのせいではないことは、二人だけしか知り得ぬ秘密。 2014/10/28