月光に目を向ける横顔に、伊達政宗は足を止めた。真摯に見つめられている月は、政宗の象徴とも言うべき弦月の前立てと同じ形をしている。切っ先によく似た輝きを浮かべる月に向く目に浮かんでいるものは、喪失。 政宗は苦々しく口の端を持ち上げた。 彼が、どうしてそのような顔をしているのか、わかりすぎるくらいにわかっている。個人的な思いと志とが食い違う場合があると、政宗は望んでいた天下の統一というものが、別の男の手で成し得られたあとに知った。 おそらく、月を見上げている彼、真田幸村も同じような心の動きがあったのだろうと、政宗は感じている。 政宗は己自身で、幸村は敬愛する武田信玄が、天下統一を成しえなかったことへの悔しさを胸に抱えつつ、それを達成した男が、彼らの望む人々の安寧を強く願う者であったことに、また彼が諸武将に対して礼を尽くし、臣下としてではなく、同じ志を胸にする者としての助力をと頭を下げたことに、形は違えど望みは成就の方向に向かっているという確信をもった。 無益に人が争い、殺しあわなくとも良い時代。戦の無い世の中がやってきたと、人々は狂喜した。もうこれ以上、大切な者を奪われることはないと、涙した。 だがそれで、世の中がいきなり平和になったわけではない。それを面白くないと、それに対応のできぬ者たちが現れ、乱暴狼藉を働くこともある。侍が不要になったわけではない。それぞれが腕を磨き、そのような者をこらしめる働きを行うため、鍛錬を欠かさぬようにしていた。その刃は同胞となった相手と、研鑽を積むために重ねられた。 だが、と政宗は深く胸に息を吸う。それはあくまでも、鍛錬でしかない。 政宗は足を踏み出した。気づいた幸村が顔を動かし、にっこりとする。一房だけ長い後ろ髪が、彼の背を滑った。 政宗は幸村のかたわらに膝をつき、その髪を掬った。きょとんと丸い目をまたたかせる幸村に苦笑する。 政宗は指に彼の髪をまきつけた。「政宗殿?」 不思議そうな声を無視し、髪を見つめる。この髪が、鮮やかな赤い鉢巻と共に舞っていた時を思い出す。届きそうで届かぬ刃の先を翻弄するかのように、ゆらめき、しなっていた髪はおとなしく政宗の手の中にいる。 政宗はそれを唇におしあてた。「まっ、政宗殿」 うろたえる声に目を向ければ、幸村の頬が赤くなっていた。「何を赤くなってんだ」「な、何と申されても」 せわしなく目を泳がせる幸村の後頭部を掴み、顔を寄せた。「もっとスゲェことを、何度もしているだろう」 ぐっと喉を詰めた幸村は、首まで赤くした。紅葉のように色づいた耳に唇を寄せる。「今夜もHeat upしようじゃねぇか。真田幸村」 顔を伏せつつも、幸村は肯首した。耳の後ろに唇を押しつけて、政宗が立つ。幸村は導かれるままに臥所へ進んだ。 腰をおろした幸村の頬を両手で包み、政宗が口づける。いつまでたっても色っぽい話には「破廉恥」と叫ぶ彼が、口づけの時に目を閉じないことが、初めての時は疑問だった。だが、その疑問は幸村の瞳の奥に燃え盛る炎に気付いて、氷解した。 幸村は、政宗との真剣勝負と同じ感覚で、睦言に挑んでいる。 ぞくりと政宗の心臓がわなないた。内側からはじけそうなほどの、獰猛な喜びが湧き上がり、幸村に挑みかかる。幸村はそれを真っ向から受け止め、身の内にある獣で政宗に答えた。「ふっ、ん」 ぎこちないながらも返してきた口吸いは、幾度も重ねているうちに様になってきた。だが、攻勢の政宗の有利は変わらない。「んっ、はふ」 瞳の輝きが増し、潤んできたことを確認して、政宗は彼の帯に手をかけた。「幸村」 低くささやく自分の声の熱さに、政宗は満足げに唇をゆがめる。これほど熱くなれるのは、相手が幸村だからだ。全力で彼が自分に返答をしているからこそ、際限無く熱くなれる。 ギリギリの命のやり取りをしていた、あの時のように――。「んはっ、ぁ、政宗殿」「どうした? Give upには、まだ早ぇぜ」「ふっ、そ……ぁあ」 幸村の中心が熱を持っている。彼の操る二槍のように、炎を纏っているかのような熱さと硬さを有するそれを、政宗はためらいなく口に入れた。「んぅっ、ぁ、は、はぁあ」「イイ声だ」「ううっ」 幸村が両手で口を押さえる。無駄な事をと政宗は意地の悪い光を左目に浮かべた。 加減をして相手ができるほど、甘い相手じゃねぇだろう? 「ぁ、はふっ、んぁ、あ」 政宗の舌技に、幸村はあっけなく手を外して声をあげた。鼻にかかった甘い声が、政宗の心臓をたぎらせる。「まだまだ。もっと熱くなれんだろ?」 先走りをこぼし始めた根元を握り、政宗は幸村の胸に耳を押しあてた。早鐘のように鳴り響く心音に、牙をむくように歯を見せて、ぷっつりと存在を示す胸乳の尖りに舌を伸ばす。「ふぁ、あ、ぅんっ」 幸村の腰が泳ぐ。政宗の指は彼の先走りで、しとどに濡れた。その湿りを彼の奥へと導き、塗りつける。「んあっ、政宗殿」「そんな切ない声で呼ぶなよ。こらえられなくなっちまうだろ」 からかう口調の政宗は、自分の高ぶりに余裕のないことを知っていた。今すぐにでも打ち立て、思うさま揺さぶり、貪りたい。だが、それでは彼の信条に反する。 獣のように求めあうことは本意だが、準備の整っていない相手を無残に食い散らかすのは、Coolではない。「政宗殿……ぁ」 幸村の指が政宗の髪をまさぐる。求める動きに、政宗は顔をあげた。淫蕩に酔った瞳が、剣呑な光をたたえている。政宗の腰がうずいた。「なんて顔だ……真田幸村」 自分の声が思うよりも熱っぽくかすれていることに、政宗は皮肉めいた笑みを浮かべた。その唇を、幸村の唇に押し当てる。「は、ぁ」 双方の喉奥から同じ熱さの息が漏れた。「たまんねぇ。真田幸村」 胸の奥から吐き出した政宗の吐息に、幸村は挑む笑みを浮かべた。それは双方の命を取りあう仕合いの時と同じ顔で、政宗は獰猛な笑みを顔中に広げた。「上等じゃねぇか」 幸村の挑発的な笑みを受け、政宗は彼の足を高く持ち上げ、身を沈めた。「ぐっ、ぅ」 どれほどほぐしても頑なな幸村は、政宗の質量にうめいた。だが、はじめだけだと政宗は知っている。そのまま押し進み、根元まで深くうずめた。「は、ぁ」 仰け反り、小刻みに震える幸村の腰を抱く。反った顎に唇を押しあて、低くささやいた。「Are you ready?」 問いかけに顎を引いた幸村は、政宗の鼻に噛みついた。ニヤリとした政宗が、ぐんと強く幸村を突き上げる。「ああっ、は、んうう」 歯を食いしばる幸村の爪が、政宗の背に食い込む。その痛みも快楽となった。「最高だ、幸村」「ぁあっ、は、ま、さむねどのっ、く、んぅう」 政宗にしがみつき、身悶える幸村が政宗の首を吸った。白い肌に鮮やかな印が残る。彼の反撃に、政宗は勇躍した。「はっ、あ、あぁああっ」 貪り食らいあう二人は、初めて出会ったあの場所で、思うさま刃を交わしあっている時のように、四肢を絡め身をよじり、全霊を持って相手に挑み、迎え撃った。情事というには生易しい行為は、全てを振り絞り、指先をも動かすことができないほどに死力を尽くし終えるまで続けられる。 身の内にひそむ滾りを剥き出しにした二人は、魂のやり取りを永劫に行い続ける天駆ける霊獣となって、月光の中に狂い咲いた。2014/11/26