人間も動物で。 ということは、発情期のようなものもあって。 そう考えるのが妥当なんだろうけどと、猿飛佐助は綿入れの前をかきあわせ、庭で元気に槍を振るっている主を見つめた。 薄く硬い氷のような空気を、主の槍が切り裂いている。まるでその破片が見えているかのように、佐助は目を細めた。 吐く息が白くやわらかい。主の髪は温かそうな茶色をしている。彼の動きに合わせて舞う、ひと房だけ長い後ろ髪はしっぽのようで、あれを掴んで引き寄せたいと、佐助は胸の内で腕を伸ばした。 意識の腕が実態を持つわけもなく、主の髪は自由に揺れている。ほとばしる気合と、真剣な瞳。その目に見据えられている仮想の相手が、うらやましい。 バカな考えとわかりつつ、意識をせずに思う自分に、佐助は苦笑した。 これはきっと発情期。 主、真田幸村の姿に性的なものは何も見受けられない。普段どおり、鍛錬に余念が無い戦バカ。色気の欠片もありはしない。健康的な、目も眩むような夏の日差しを思い起こさせる様相をしている。 ため息が、佐助の唇からこぼれ出た。冬は、こっそり吐息をつくこともできない。息が色をもって現れてしまう。 幸村の姿を見ながら、佐助は脛を引き寄せて、綿入れで体中を覆い尽くした。目だけを出して、主を眺める。 雪の多く残る凍てつく空気。その中にあって滾る幸村は、汗をしたたらせている。その汗が、自分の腕で起こさせたものであれば良いのに。「俺様、どうしちゃったんだろ」 あえて音にしてみれば、情けなさが募った。 佐助の呟きが聞こえたわけでもなかろうに、幸村が槍を収めて佐助に顔を向けた。屈託の無い、幼名の弁丸と呼ばれていた頃から変わらぬ笑みに、佐助は苦々しく口の端を持ち上げた。その笑みにすら、腰のあたりが疼いてしまう。 これはきっと、発情期。人間も動物と同じなのだから、そういうものがあっても不思議ではない。「饅頭のようだな」 まるまっている佐助に目を細め、幸村が傍に寄る。「寒いのならば、付き合え。動けば温まるぞ」「うえー。冗談」「冗談に聞こえるか」「聞こえないけどさぁ」 ふうっとこれみよがしに息を吐いて、佐助は立ち上がった。「俺様、火鉢の傍に行きたい」 忍が主に向ける態度ではないが、幸村は頓着しない。自分を友のように扱う主は、丸い目を意外そうにまたたかせ、首を傾げた。「任務の折は、薄手の忍装束で走り回っておるというに」「仕事ん時は、仕事だからねぇ」 幸村の眉間にしわが寄る。不快ではなく疑問のそれに、佐助の胸が疼く。自分の下で、堪えるために寄るしわと同じ形だ。「では、俺も部屋に上がろうか」 佐助の様子を、相当寒がっていると判じたらしい幸村が、たすきを外して縁側に置いていた手ぬぐいを、胸元に差し入れ汗を拭った。着物の合わせ目が広がり、鍛えぬかれた胸筋が覗いた。そこにある色づいた尖りの場所は、見えなくとも覚えている。鍛錬の後、上気している肌に浮かぶそれを、思う様もてあそびたい。「汗をかいちゃったんなら、湯で体を拭いて、着替えてきなよ。風邪をひいちゃったら、働くべき時に、働けないからさ」「ぬ。そうか」「そうそう」「では、佐助。俺の部屋に火鉢を用意し、その上で餅を焼いておいてくれ」「はいよ」 湯を貰いに台所へ向かう幸村を見送り、佐助は邪まな思考を宥めながら命じられた事をこなしに立った。 火鉢の前で、佐助が餅を眺めていると、さっぱりとした幸村が着流し姿で戻ってきた。「火鉢があるとは言っても、寒いのに変わり無いんだから、綿入れぐらい羽織ってよね」「俺は、佐助ほど寒がりでは無いぞ。それに、鍛錬の後だから体が熱い」 ほら、と何の気なしに幸村が佐助に手を伸ばす。その手を掴んで引き寄せ、思うさま唇をむさぼりたいと思いつつ、佐助は穏やかに幸村の手を握った。「うあ、あったけぇ」「昔から、俺の体温は高いと、佐助が言っておっただろう」「だからと言って、綿入れを着ない理由にはならないからね」 むうっと幸村が唇をすぼめる。そんな事は無いはずなのに、誘われているのではと思ってしまう。「とにかく、綿入れ、取ってくるから」「良い」「良くないよ。ついでに熱い茶を貰ってくるから、旦那は餅を食べてて」「……わかった」 すいと立ち上がった佐助は、襖を閉めて太い息を吐いた。口から吐き出された白いモヤが、ゆっくりと消えていく。 初心な幸村が、こんな日の高いうちから自分を求めてくることなど、ありえない。それなのに誘われていると思ってしまうのは、相当に餓えているのだろう。「まったくもう。情けねぇなあ」 呟いた佐助は、綿入れと茶を取りに廊下を進んだ。 佐助の持って来た綿入れをおとなしく着込み、幸村は目を細めて茶をすすっていた。佐助が戻るまでに餅はすべて幸村の腹に収まっていた。「落ち着くな」「そりゃよかった」 茶を啜り終えた幸村から湯飲みを受け取り、佐助が腰を上げる。「何処に行く」「湯飲みを返しに行くんだよ」「後でかまわぬだろう」「まあ、そうだけど。何か用事?」「用事というほどの事は無い」「じゃあ、何さ」「うむ」 すいっと幸村の視線が斜めに落ちて、床を彷徨う。「どうしたのさ、旦那」 幸村の前に膝をつき、佐助は彼の顔をのぞいた。 幸村の視線が静かに浮き上がり、佐助の目に止まる。不安げな色に誘われ、佐助の右手が動いた。吸い込まれるように幸村の頬に触れ、指先で唇を撫でる。薄く開いた唇は柔らかく、漏れている息はあたたかい。その熱が欲しくて、佐助は顔を近付けた。「ん」 幸村が瞼を伏せて受け止めた。彼の頬に手を添えて、空いた手で腰を抱き寄せ、佐助は舌を伸ばして幸村の熱を求める。「んっ、んんっ」 まだ足りないと貪るうちに、幸村を押し倒してしまった。腰に回した腕が床の冷たさから逃れ、熱を求めて幸村の着物の内側にもぐりこむ。「んっ、ふ、ぅうう」 何かに憑かれたように、佐助は幸村の口腔をむさぼりながら、彼の胸乳をまさぐった。佐助の細く冷えた指先を、弾力のある幸村の胸筋が受け入れあたためる。その喜びを示すように、佐助の指は褐色の肌の上で踊り、色づいた尖りの周りで飛びはねた。「んふっ、ふ、ん、んんっ」 幸村の両手が佐助の肩にかかる。止めようとしているのか、求めているのか。明るい内から、こんな事をするのは幸村の認識からすれば、ありえないだろう。ということは、この手は佐助に制止の意思を伝えるものか。 そう考えながらも、佐助は止まる事が出来なかった。自制が利かないのは、やはり発情期なのだろう。 人間にも発情期なんてあったんだな、と頭の隅で考えながら、佐助は幸村の胸乳の尖りをもてあそび、これ以上無いほど硬くした。「んふっ、ん、ふぁ」 熱く、蜜のような甘さを含む幸村の呼気を味わいながら、佐助はさらなる熱を求める。胸筋から流れる腹筋への曲線をなぞり、ヘソのくぼみでひとやすみすると、その先の茂みを目指した。「ふはっ、さす……ぅん」 逃れようとする唇を追いかけ、覆い尽くす。陶酔した瞳で、佐助は幸村の熱を求め続けた。「んふっ」 茂みに指が到達すると、幸村の腰が跳ねた。その中心の幹が硬く充血している。指先を溶かすほどの熱を、佐助は握りしめた。「んぅうっ、む、んぅうっ」 手のひらで包み擦れば、先端から淫欲の蜜がこぼれ出る。それを幹に塗りつけながら、佐助は自身の欲を取り出し、幸村の欲に重ねた。「んっ、ふ、んくう」 先端をこね合わせ、鼓動を一つに重ねるように握り擦る。幸村の目が潤み、胸が喘ぎ、重なる肌で尖った乳首が潰れた。身をくねらせる幸村の手は、佐助の肩から首に回り、柿色の髪を掻き乱す。その仕草が愛おしく、佐助の胸は溶けるほどに熱くなった。「んふっ、ん、ふぅう」 幸村が大きく震え、佐助の指があたたかなもので濡れる。淫猥な香りが広がり、佐助は喜びに目を細めた。「旦那」 ようやっと顔を離し、ささやきながら舌先で幸村の唇を舐める。余韻に混濁した瞳に口付け、佐助は幸村の足を折りたたむように広げた。刃物の手入れのため、常備している丁子油を引き寄せて手に落とし、割った幸村の足の間に指を伸ばす。「んっ、あ」 ひきしまった尻の奥にある秘孔に、丁寧に丁子油を塗りこんだ。「はっ、ぁ、あ、さすっ、ぅ、うう」「俺様、まだイッてないから」 幸村に答えて、佐助は自分の息が思う以上に上がっている事に気付いた。うわずった声に、幸村がこぼれんばかりに目を開く。「熱くなりすぎて、痛いんだ。だから、旦那の熱で慰めて」 ごくりと幸村の喉仏が動いた。「佐助」 かすれた声と共に伸ばされた指に口付け、佐助は彼の内側を暴いた。「はっ、ぁ、ああ」 幸村のことは、体の隅々まで知っている。佐助の指は意識よりも先に動いた。「ふ、ぁはううっ」 繊細な佐助の指使いに、幸村の欲に再び血液が集まる。幸村の命の種の集約を見つめる佐助の唇が、うっとりと開かれ震えた。「ああ、旦那」 かすかな声に、指でさぐられるよりも大きな反応を、幸村が示した。高まる肌を差し出すように、幸村が足を広げて両腕を伸ばす。「佐助」 誘われるままに、佐助は幸村の腕の中に身を投じた。「旦那……ああ」 蜜刻の泉に佐助が沈めば、幸村が包みこむ。張りつめた佐助の欲は、幸村の奥にもぐってすぐに決壊した。「んはっ、ぁ、ああ」 開かれたと同時に放たれて、幸村が顎を仰け反らせる。その顎に唇を寄せ、佐助は震えた。全てを解き放ってもなお、佐助の欲は硬さを失ってはいない。緩慢に身を揺すり、佐助は自分の体液を幸村の粘膜に馴染ませた。「あ、は、さす……んっ」 幸村の腕が佐助に絡む。求める唇に口付けを与え、佐助は硬さが増すのと同じ速度で、幸村の内壁に本能を擦りつけた。「あ、ぁあ、ぅふ」 徐々に増していく激しさに、幸村が身悶える。腕から逃れ落ちてしまわぬように、佐助は全身で幸村を包んだ。「ぁ、さすっ、ぁ、はぁあ」 幸村の高まりが佐助の欲に縋り、さらなる熱をと促してくる。それに従い、佐助は汗を滲ませ息を荒らげ、ひたすらに幸村を求めた。「旦那っ、もぉ」「さすっ、ぁ、あはぁああああっ」 佐助が息を詰め、幸村の媚肉が応じるように締まった。弾けた佐助の二度目の熱を受け止め、幸村が高く吼える。それを全身に浴びながら、佐助は魂が解き放たれる心地を味わった。 ゆったりと、体から逃れ広がった意識が戻ってくる。 それを感じながら、佐助は幸村の頬に頬を寄せ、あえぐ胸に手のひらを添えた。穏やかな熱を心地よく受け止める佐助の耳に、幸村の吐息がかかる。「……浅ましいと思うか」「何が?」「その、俺が、だ」「どういう事?」 佐助の問いに、幸村が目をそらした。「旦那?」「このように日の在るうちから、お前を求めた事を、だ」「……え」 幸村が何を言っているのか、すぐに理解が出来なかった。放たれた言葉の意味が脳に浸透してもなお、佐助は疑問を抱えていた。「旦那が、俺様を求めた――?」「そう言っている」 幸村が腕で顔を隠す。隙間から覗く頬が赤い。「いつ?」 素直な佐助の疑問に、幸村が驚いた。「……佐助は、俺の望みを察し、その、事に至ったのだろう」 驚きといぶかりの間に揺れる幸村の瞳に、佐助の無防備な顔が映っている。それを眺めつつ、佐助は答えた。「俺様は、旦那が欲しくてガマンしてて……でも、ガマンしきれなくって手を出しちゃっただけなんだけど」「え」「旦那が肩に手を置いたのは、嫌がってんだろうなって思いながら、そのまま押し通しちゃったっていうか…………え?」「え?」 互いの目を見ながら、二人はきょとんとした。しばらく見つめあってから、同時に吹き出す。 コロコロと笑い声を立てながら、二人は腕を絡めて足を重ね、唇を合わせた。啄ばみ、込み上げるものを笑いに変えて戯れる。 飛び交いさえずる小鳥のように、二人は笑み交わしながら身を擦り寄せた。 それは、一足早く訪れた春を歌う春待鳥のように穏やかで、優しい旋律を紡いでいる。2015/02/15