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もやつき

 それは、単なる熱の処理だった。――はずだ。
 伊達政宗は端正な顔をゆがめ、下唇を噛んだ。
(なんで、あんなことに)
 政宗の脳裏に、淫靡な記憶が浮かぶ。
 褐色の、やわらかな筋肉におおわれた肌。鳶色の乱れ髪。快楽の緊張にこわばり、ふくらんだ四肢。悦楽の声を上げる唇。そして、涙を湛えた大きな瞳――。
 舌打ちをして、政宗は控えの間へ入った。そこに、あのときの情事の相手が座っている。
「政宗殿」
 ニコリとする男に、政宗はいつもの皮肉な笑みを浮かべた。内心を、すこしも見せぬよう気をつけながら。
「よう、真田幸村。アンタも狸に呼び出されたのか」
「狸?」
 きょとんと首をかしげる相手が、戦乱の世では紅蓮の鬼と呼ばれ、恐れられた猛将だと、知らぬ者はにわかには信じられぬだろう。それほど幸村の仕草は幼く、無垢だった。
「狸だろう? 絆の力で天下を統べると言いながら、最後は自分の拳にものを言わせて、天下人になっちまったんだからな」
 Ha,と鼻先で政宗が笑うと、「そのようなことは」と生真面目に幸村が咎めてくる。その言動からは、情事の気配も名残もうかがえない。
 なぜ、彼はあのとき、自分の申し出を受け入れたのだろう。
 政宗は、狸こと徳川家康の弁護をする幸村をながめた。
 愛だの恋だのを「破廉恥」のひと言で、真っ赤になりながら片づけ避けるこの男が、まさか情事の誘いに乗るとは思わなかった。
 戦乱の世ならまだしも、天下人が定まったばかりで奥州の領主である自分と、甲斐の領主代行をしている幸村が、命のやり取りをするわけにはいかない。しかし自他共に認める好敵手同士である武人を前に、仕合いたい衝動を抑えきれるものではなかった。なので、人目につかぬ場所で待ち合わせをし、打ち合い、しかしやはり決着はつかず、これ以上やれば互いに無事ではすまないところまできて、猛る魂を昇華するため、政宗は肌を重ねることを提案した。
 半ば、断わられると思いながら。
 予想に反し、幸村はふたつ返事で了承した。政宗は荒々しく、それこそ命のやりとりのように、幸村を抱く気でいた。
それなのに――。
「政宗殿。聞いておられるのか」
 ずい、と幸村が顔を近づける。丸い瞳。真剣で、無垢な光に満ちている。気真面目な緊張ばかりで、淫靡な気配など、みじんも感じられない。
「家康は狸じゃねぇって、言いたいことはよくわかった」
「わかっていただけたのならば、よろしゅうござる」
 満足げに鼻を鳴らした幸村の、どこにも色事を知った気配は残っていない。しかし確かに、この手であの肌を乱し、深く埋めて突き上げたのだと、政宗は目の前の姿に艶冶な肢体を重ねてみる。
「政宗殿? いかがなされた」
「……なんでもねぇ」
 政宗は、ふいと顔をそむけた。幸村に、あの日をひきずっている気配はない。小細工などいっさい通じない、子どもだましにも簡単に騙されるような男だ。気持ちをごまかすなど、器用なことができようはずもない。幸村にとっては、あれは政宗が提示したとおり、昂ぶった剣呑な熱を放ち昇華する、仕合いと変わらぬ行為だったのだ。
 気にしているのは俺だけかと、政宗は苦笑した。胸がざわめく。どうしてこんなに捉われているのか、自分でもわからない。
 幸村の涙を見た瞬間、荒々しい欲の行為を、愛撫へと変えた。意識をしたわけではない。自然と、そうしてしまったのだ。
 侍女が現れ、家康への謁見者が多く、昼過ぎまでは会えないだろうと告げられる。こちらに食事を運びますので、いましばらくお待ちくださいと言われ、幸村は「わかりもうした」と答えた。昼までは1刻以上もある。その間、自分とふたりきりでも平気なのかと、政宗は苛立った。
「致し方ござらぬなぁ」
 幸村がおだやかな笑みを浮かべる。
 昼までは、1刻以上もある。
 政宗は確認した。
 ならば、それまでは誰も、ここに近づかないということだ。
「おい、幸村」
 手招けば、不思議そうにしながらも、警戒などまったくせずに、幸村が近づいてくる。
「いかがなされた。政宗殿」
 政宗は幸村の無防備な腕を取り、引き寄せながら体を捻って、床に倒した。
「なっ」
「Too careless」
 低くささやけば、幸村の顔がけわしくなる。
「なにをなさる」
「なにを? 知っているだろう……、経験をしたんだからな」
 顔を寄せ、鼻先に息を吹きかければ、幸村の顔に朱が走った。政宗の腹の底が、ゾクリと震える。
「いまは、する必要など、ござらぬ」
 幸村の声が必要以上に硬い。意識をされていることに、政宗の胸が愉快にくすぐられる。
「一刻ほど、俺たちはこの部屋に放置される。時間つぶしには、もってこいだろう?」
「じっ、時間つぶしでする行為ではござらぬ」
 逃れようとする幸村の足に足をからめ、肩を押さえて顔を寄せる。唇が触れるか触れないかの位置で、視線を捕らえながら、政宗はささやいた。
「アンタと俺がここにいる。ふたりきりで、だ。この場で仕合うわけにも、いかないだろう? なら、残るはひとつだ」
 舌先で唇を舐めれば、幸村が硬く目を閉じた。
「なあ、真田幸村」
 息交じりにささやいて、唇を重ねる。貝のように固く閉ざされた唇を、舌先でじっくりと味わう。身を固くしてはいるが、幸村に暴れる気配はない。政宗は幸村を観察しながら、唇を重ねた。あやすようについばみ、軽く歯を立て、舌でくすぐる。くりかえしていると、幸村が詰めていた息を吐いた。その瞬間を逃さず、彼の口腔に舌を差し込む。
「んっ、ふ……」
 上あごをくすぐり、舌を吸う。幸村の鼻から甘い息が漏れて、舌が動く。それが拒む動きでないことに、政宗は口の端を吊り上げた。しかし、体はまだ固い。
 政宗は急くことなく、幸村の口腔を愛撫した。舌がだるくなるまで、ひたすらに甘やかしていると、幸村の四肢から力が抜けた。そろそろと胸元に手を差し入れ、襟をくつろげる。はりつめた若い肌に手のひらを滑らせて、指にひっかかった胸乳の尖りを指の腹でクルクルとなぞれば、かすかな甘さを含んだ息が、幸村の唇から漏れた。じっくりと接吻に開かれた幸村の唇は、赤くふくらみ濡れている。政宗は首筋に唇を押し当て、両手で幸村の胸乳をまさぐった。
「っ、ふ……んっ、ぅ」
 幸村が短く喘ぐ。目は固く閉ざされ、手のひらは床に向いている。政宗の舌が胸筋の谷をくすぐり、指が胸乳の尖りを抓むと、幸村の手は丸くなり、爪が床を掻いた。
「痛めるぞ」
 両手を掴み、指に唇を当てる。幸村は薄く目を開け、また固く閉じた。唇を引き結び、ちいさく震えている。
「床なんざ掴むんじゃねぇよ」
 指の先に歯を立てながら政宗が言えば、幸村はますます唇を固くつぐんで、首を振った。
 政宗は掴んだ幸村の腕を自分の首にまわし、自分の胸を幸村の胸に重ねて、耳に唇を寄せた。
「俺にしがみついていろ」
 ブルッと幸村が震えた。唇が開き、熱い息の塊が吐き出される。彼の欲の高ぶりを感じ、政宗の下肢が熱く震えた。
「幸村」
「……あ」
 ささやき、耳朶を噛めば幸村が小さく啼いた。政宗は幸村の着物を取り去り、下帯に手をかける。握れば、幸村の牡は固く凝っていた。
「もう、こんなになってんのか」
「っ……」
 幸村が身をこわばらせる。
「恥ずかしいことなんざ、なんもねぇ。……俺も、おなじだ」
 政宗は幸村の手をつかんで、自分の下肢に導いた。政宗の欲の熱さを感じた幸村が、ハッと目を見開く。政宗はニヤリとして、うなずいた。おずおずと、幸村の指が政宗の下肢をたしかめる。政宗は帯を解き、下帯を外した。幸村の指が直に、政宗の牡に触れる。
「……政宗殿」
 ささやきに政宗の唇が誘われる。唇を重ね、互いに互いの牡を握り、愛撫する。
「んっ、ふ……ぅ、ううっ、ふ、んんっ」
 くぐもった幸村の嬌声を味わいながら、政宗は幸村の牡に指をからめ、先端に爪を立てた。
「ひっ、ぁ、ああ、そ……っ、は、ぁんぅ」
 鈴口を爪で開くように刺激しながら、クビレを擦る。幸村は政宗に刺激を返す余裕を失い、ただもだえた。
「ああ、幸村」
 淫蕩にゆれる幸村の目に、涙が滲む。政宗は唇を寄せて、それを吸った。
 甘い。
 胸が熱く絞られ、ふくらむ。この男のなにもかもを支配したい。ひたすらに求め、甘えられたいという欲が、政宗の内側でうねり猛った。
「幸村」
「あっ、ああ、政宗殿……っ」
 政宗はふたつの牡を掴み、擦り合わせた。互いの先走りがからみ、指をなめらかに滑らせる。
「はっ、ぁ、ああっ、ま、ぁあ、あ、あっ」 幸村の爪が、政宗の背にくいこむ。その痛みが、政宗をさらに興奮させた。
「ぁ、ああっ、は、まさ、ぁあうっ、ふ」
「もっと啼け……、啼いてすがれ。この俺に」
「んぁあっ」
 鼻にかかった悲鳴を上げて、幸村が果てた。政宗も欲を放ち、先走りと欲液でたっぷりと濡れた指を、幸村の秘孔に当てる。
「……あ」>br>「力、抜いてろ」
「んっ、ぅう」
 入り口を過ぎれば、内壁は政宗の指を歓迎した。あたたかな肉に指を包まれ、政宗は恍惚の息を漏らす。ここに早く、自分を突き立てたい。
「幸村」
「ふっ、……んっ、ぁ、ぅう」
 緊張にこわばった幸村を、政宗は慎重にほぐした。時間はある。あせる必要はないと、自分に言い聞かせながら。
「は、ぁ、ああ、あふ、ぅう」
 幸村の声が変わった。いよいよだと、政宗は胸を轟かせ、指を抜いた。
「は、ぁ……」
 トロリと淫蕩に酔った目で、幸村が見てくる。まぶたに唇をおしつけて、政宗は猛る自身を幸村の繊細な箇所にあてがった。
「あっ……」
「いいな?」
 頬を染めた幸村がうなずく。すぐにでも奥まで埋め込み、突き上げたい情動をこらえ、政宗はゆっくりと身を沈めた。
「ぁ、かはっ、は、ぁああ、あ」
 圧迫に幸村がアゴをのけぞらせ、あえぐ。そこに痛みが走らぬよう、政宗は自分の欲の手綱を強く引いて、幸村を開いた。
「は、ぁ……あ、あぁ、あ……あぁ、はふっ、う」
「幸村」
 ささやき、顔中に唇を押し当てる。幸村は政宗にすがり、体を丸めて挿入に堪えていた。
「キツイか」
 かすれた声で問えば、首を振られた。ウソだということは、すぐにわかる。けなげな否定に、政宗は愛おしさを覚えた。
 愛おしさ。
 それが、政宗を悩ませている。あの日、はじめて幸村を抱いたときから――。
「は、ぁ……あっ、ああ」
 隙間なくすべてを埋め込んだ政宗が、動きを止める。幸村は息をついて、足を開き、詰まる息を逃した。体の使い方は、世に名が轟くほどの武将である幸村にとって、無意識でおこなえる簡単なことだ。わずかな時間、政宗が静止しているうちに、幸村は体内の圧迫を逃す呼吸を、会得していた。
「あ……政宗殿」
 幸村の目じりにたまった涙を、政宗は舌でぬぐう。
「あったけぇな」
 政宗がほほえめば、幸村もうわずった顔で笑った。
「政宗殿は、熱うござる」
 クスクスと鼻から息を漏らして、唇を重ねた。
「……政宗殿」
 恥ずかしそうに、幸村が目を伏せる。
「Ah?」
「……某を、妙だと思わんでくだされ」
「どういうことだ」
 幸村が顔を赤らめたまま、不安そうに政宗を見上げた。うるんだ瞳が、淫靡と無垢を交互に浮かべる。つかみどころのない光に、政宗の魂が震えた。知らず、熱い吐息が漏れる。
「政宗殿が、その……このような提案をなされたは、某の心中を察してのことでござろう?」
 子どもが親に言い訳をするような、おそるおそるの訴えを、政宗は無言で受け止めた。ここで口を挟めば、幸村からすべてを聞き出せない気がする。
「政宗殿は、仕合いの高ぶりを解消すると、申されて某に……その、あのような行為をなされた。某もあの折は、興奮の極みにおり申したゆえ、深く考えずに、それを政宗殿と共有し、解消できるのならば、どのようなものであろうと、かまわぬと思うたのでござる。……なれど」
 幸村の首から上が、大酒を食らったように、真っ赤になった。
「そ、某……、あれからどうにも、妙なのでござる。心の臓がムズムズするというか、なんというか。……いままでの、政宗殿を思い出し、熱く猛るものとは違う、なにやらこう、ふわふわと甘やかなものが、身の奥に生まれるのでござる」
 政宗は、はげますように幸村の頬に唇を寄せた。幸村がホッと緊張をゆるめる。
「こうして、また政宗殿に求められて、うれしゅうござる」
「あの時の記憶なんざ、欠片も残ってねぇような顔をしていたくせに。よく言うぜ」
 幸村の目が丸くなる。本気で驚いている彼に、政宗はクックと喉を鳴らした。
 どうやら、自分の想いに捉われすぎて、幸村の変化を見落としていたらしい。
「それほど、イカれてたってわけか」
「政宗殿?」
 政宗は幸村のアゴにかみついた。
「っ、いかがいたした」
「なんでもねぇよ。――いい加減、じっとしてんのにも飽きてきたところだ。飛ばしていいか?」
「飛ば……っあ」
 幸村が真っ赤になる。
「アンタの奥で、俺を受け止めてくれ。……いいだろう? 真田幸村」
「んっ、政宗殿」
 キュッと口を結んでうなずいた幸村が、政宗にしがみつく。政宗は軽く唇をついばんで、勇躍した。
 想いにとらわれれば、目が曇り、視野が狭くなる。それを体感させられた苛立ちと喜びを、政宗は思うさま幸村にぶつけ、注いだ。
「It was terrible imaginary fears」
 政宗が自嘲気味にささやけば、淫靡にうるんだ幸村の瞳に疑問が浮かんだ。
「なんでもねぇよ」
「あっ、政宗殿……っ」
 昼の仕度に侍女が現れるまで、ふたりは互いを求め貪り、高まりあった。
 戦国の世が終わり、泰平の世がはじまる。それにふさわしく変化した自分たちのありかたに、政宗は満足の笑みをひらめかせた。

2016/03/01



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