「わかってねぇなぁ」 長曾我部元親が軽く手を振りながら、やれやれと首を振る。 バサラ学園の食堂には、多くの生徒から兄貴と呼ばれている、隆々とした体躯を誇る元親のほかに、彼と似た気質を持っている秀麗な顔立ちの伊達政宗、軽薄そうに振る舞うくせに世話好きな猿飛佐助、自他共に認める政宗の好敵手であり、真っ直ぐすぎて熱血な真田幸村、折り目正しい好青年を絵に書いたような徳川家康がいた。 彼等は示し合わせて集まったわけではない。放課後に空腹を紛らわせようと訪れてみれば顔見知りがおり、自然と引き合ってひとつのテーブルについただけだった。そこでいま話題になっているのは、秋のいたずらなつむじ風が、外を行く女生徒のスカートをめくりあげたことから浮かんだ、チラリズムの美学だった。「べつにパンツが見てぇってわけじゃねぇんだ。なんつうの? 恥らう様子がグッとくるっつうか、そういうことだよ」 わかるだろうと元親が眉を上げれば、政宗が意味あり気に片頬をゆがませた。「下着が好きっつうヤツもいるみてぇだが、見るならやっぱ、マッパだろ。なあ?」 元親が家康に白い歯を見せながら同意を求めれば、家康が困惑気味に笑った。「ああ、いやワシは……」「破廉恥でござるぞ、元親殿。家康殿も、このような話はしたくないと思われるのであれば、はっきりとそう申されよ」 純情すぎるほどに初心な幸村が、拳を握って非難する。それに佐助が半笑いで肩をすくめ、政宗がやれやれと息を漏らした。「You are childish as always. 思春期の男の話題としちゃあ、妥当だと思うがな」 政宗が切れ長の目を流すように幸村を見る。「ぬっ?! そうなのか、佐助」 幸村はムッと唇をヘの字にまげて、佐助に問うた。「ええっ。俺様に振らないでよ」「どうなのだ、佐助」「うーん。まあ、そういうことに意識を向ける年頃ではあるよなぁ」「ぬ、ぬぬぅ……そのように破廉恥なことを話題にするのが、普通と言うのか」「ああ、そんなに難しく考える必要なんてないからね、旦那。興味を持つ対象は人それぞれだし、たまたまさっき、スカートがめくれちゃった子を見たから、こういう話題になっているだけだから」 真面目すぎる幸村が、眉間にシワを寄せて唸るのを、佐助は馬を宥めるように、軽く背中を叩きながら落ち着かせようとする。「人それぞれっつったって、エロいことっつう共通点はあるんじゃねぇか?」 元親が呆れた声を出せば、佐助は噛みつくような目で睨んだ。元親は下唇を突き出して鼻を鳴らし、答えを濁した家康に再び問う。「で、どうなんだよ。家康もやっぱ、見るんならマッパだろ」「ああ、えぇと……元親。その、公共の場なんだし、話題を変えないか」 笑顔をひきつらせる家康に、政宗が意外そうに目を開いた。「おいおい、家康。まさかアンタも、そこのお子様同様、破廉恥だとか抜かすんじゃねぇだろうなぁ」 政宗が人の悪い笑みを浮かべて、家康に絡む。「それともなにか? アンタはマッパよりも、着たままのほうが興奮するTypeってぇことか」 ニヤつきながら隻眼を細めた政宗に、家康が驚きうろたえる。元親も楽しそうな悪童の顔をして、家康を逃さぬように、彼の肩に腕を回した。「なんでぇ、家康。そっちの趣味だってんなら、そう言えよ。まあでも、そんなら、パンチラの醍醐味は、俺らよりもずっとわかってんだろ」「ああ、あれか。醍醐味がわかりすぎちまっているから、話に乗れなかったってところか?」「ちょ、元親……政宗もやめてくれ。ワシはそういうつもりで言ったわけじゃあ――」「なら、どういうつもりで言ったんだよ、家康」「Become obedient. 下手な誤魔化しはすんなよ、家康。優等生ぶろうったって、そうはいかねぇぜ。幸村みてぇに生まれっぱなしのPureなまま、ってぇワケじゃないだろう」「ぴゅっ、ぴゅあ?! 政宗殿、それはどういう意味でござろう」「そのまんまだ。アンタはまだガキだっつってんだよ」「なっ! 某、子どもではござらぬ」「図体だけはな……。おい、猿。アンタはどうなんだ? ソッチの知識は豊富だろう、色男」「ちょっと、俺様に振らないでよね。それと、色男なんてすっごい皮肉、やめてくんない?」「皮肉? 俺は大真面目で言ったんだぜ。女どもから引く手あまたなんだろう、色男」「そっちこそ、よく女子から黄色い声援もらってんじゃん」 ふたりの間に剣呑な空気が漂い、幸村がきょとんとする。「なにゆえ、褒めあっておるのに、そのように不機嫌な顔つきをするのだ、佐助」「褒められてるんじゃなくて、からかわれてんだよ」「なれど、佐助が人気者であることには変わりなかろう?」「おいおい、話題がずれてんぜ。どっちも色男で、いいじゃねぇか。いまは、パンチラの美学の話だろ」 話がそれて、ひそかに胸を撫で下ろしていた家康が、頬を引きつらせる。「元親。その話はもう、いいじゃないか」「なんでぇ、つまんねぇな。まあ、かまわねぇけどよ」「Hey、家康。アンタまさか、人には言えねぇ性癖を持っているから、この話題を終わらせてぇってんじゃ、ないよな」 政宗が蒸し返し、家康が救いを求めるように佐助を見た。佐助は面倒くさそうに視線を天井に向けて、首に手を置く。「もう、そういうの、どっちでもいいんじゃない。興味あっても、おおっぴらに言うのが恥ずかしい人だって、いるでしょうに。あんまり純情な相手を、いじめてやりなさんなって」 元親がうなり、それもそうだなと引き下がる。すると政宗も、退屈そうに目を閉じて家康を解放した。家康が目顔で佐助に礼を言い、佐助は片手をひらひらさせて受け止めた。「おっ。そんなところで集まって、なんの相談をしてるんだい」 食堂の外から、朗らかで朗々と響く声がした。全員が目を向ければ、長い髪を高く結い上げた、人目を引く陽気な雰囲気の前田慶次が、手を振りながらやってくる。「おう、慶次」 元親が手を上げて答えたその時、にわかに強い風が吹き、慶次の前を通り過ぎようとしていた女生徒のスカートが、ぶわりと見事にめくれあがった。「なっ、あ……」 幸村が真っ赤になって、体ごと目をそらす。他の面々は吸い込まれるように、あらわになったスカートの内側を見た。 真っ赤な幸村と、一瞬、真顔になった三人とは対象的に、慶次は「おおっと」と軽い声を出し、恥ずかしそうにする女生徒に、人なつこい笑顔を向けて、さらりと言った。「アンタがあんまりにも可愛いから、風もイタズラしたくなっちまったんだな」 それを聞いた女生徒は一瞬ポカンとし、「やだもう」と照れながらもうれしそうに、慶次に手を振って去っていった。慶次もニコニコと手を振り返しながら、目を丸くしている元親らの傍にやってくる。「ん? どうしたんだよ。そんなに驚いた顔をして」「ああ、いや……なんつうか、すげぇな」 元親のしみじみとした感想に、慶次は首を傾げた。「なにが?」「天然の女ったらしだな。I am impressed by your counterattack being good」 慶次はますます、わけのわからない顔となる。「どういうことか、さっぱりわからないんだけど」 慶次が幸村を見れば、先ほどの衝撃からようやく抜け出せた幸村は、目じりを赤くしたまま「某にも、わかり申さぬ」と答えた。「家康」「いや、ワシはその……なんとも。慶次らしい、としか言いようがないな」「俺らしい?」「真の色男ってことで、納得しといてよ」 佐助が強引にまとめると、納得していない顔のまま「わかった」と慶次はうなずいた。「あーあ。なんか、どうでもよくなっちまったな」 元親が頭の後ろで腕を組む。「どっか行くか?」 政宗の提案に、そういえばと佐助が言う。「そういやさっき、一緒に行こうって誘われたんだよね。駅前チェーン店の、秋のドーナツフェア」「どぉなつ?」 幸村が目を輝かせ、慶次が「いいねぇ」と首を伸ばした。「それなら、みんなで食欲の秋といこうじゃないか」 家康のさわやかな声を合図に、彼等は駅前へ向かうべく歩きはじめた。 2015/10/05