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子ぎつね佐助は、お日様主従

 子ぎつね佐助は屋根の上でうつぶせになり、ごきげんにしっぽを振っていた。どうしてこんなところで寝転んでいるのかというと、天気がすこぶるいいからだ。しかし、その天気も長くは保たないと鳥たちは言っている。春がきてすぐのころは天気が変わりやすい。気をつけなくちゃと急ぐ鳥の会話を、大きな耳に受け取った子ぎつね佐助は、ならばいまのうちにと、しっぽをふかふかにするべく、たっぷりと陽光を受け取れる屋根の上に上ったのだった。
「旦那は俺様のしっぽが大好き〜。だから俺様は、しっぽをふかふかにするのさ〜」
 妙な節のついたひとり言をつぶやきながら、子ぎつね佐助はごきげんだった。
 春先の陽気はとてもやさしい。冬のよそよそしさがウソのように、やわらかく体を包んでくれる。あるかなしかの風はさわやかで、その中にはいっせいに開いた花々や、みずみずしい新芽の香りがあった。
 まるで旦那みたいだ。
 子ぎつね佐助はうっとりと目を閉じた。
 妖狐である佐助の飼い主といおうか、主といおうか。とにかく、彼の大好きな旦那――真田幸村は佐助にとって、ぽかぽか陽気そのものな人間だった。山でひとりぼっちだった佐助を受け入れ、自らの忍として置いている幸村は、法力など皆無の武人だった。それが妖狐である佐助を傍に置くというのは、珍しいどころの話ではない。しかし幸村の人柄を知る者は、だれもが「さもありなん」と納得をする。
 威厳があるとか、器が大きいとか、そういう意味で納得をするのではない。人も妖も分け隔てなく、なんの偏見も持たずに自分の態度を変えることなく、不器用なほどまっすぐに向き合うのだ。なので幸村は佐助がいくら「俺様は旦那の忍だから」と言っても、世にいう忍というもののように扱わない。年の離れた弟のように、腕の中に包んで可愛がる。そして佐助も「しかたねぇなぁ」と言いつつ、そうされることを喜んでいた。
「旦那は、俺様のふかふかしっぽを抱いて寝るのが、大好きだもんなぁ」
 いっぱい太陽を浴びて、とびっきりふかふかにしておこう。
 そう思う佐助のまぶたが、だんだんと重くなってきた。
 昨夜、佐助は忍の仕事のために、大好きな旦那との寝床を抜け出して薬の調合をしていた。削った眠りの時間を、体がいま求めているのか。それとも単に、心地よすぎて眠たくなったのか。
 佐助の目は、しょぼしょぼしだした。
 旦那の修行が終わったら、ふっかふかの俺様で出迎えるんだ。
 そんなことを思いながら、子ぎつね佐助はゆるやかに眠りの舟へと乗り込んでいた。

 嗅ぎなれた落ち着く香りとぬくもりに、佐助は身じろいで全身をくっつけた。
 大好きな香り。
 大好きな人の匂いとぬくもりだ。
 ――ん?
 なにかおかしいと気づいて、子ぎつね佐助はパッチリと目を開けた。目の前に、褐色の肌と鎖骨があった。
「え?」
 顔を上げれば、子どものように無防備な青年の寝顔があった。意識は完全に失せていると、表情の欠片も残っていない寝顔が語っている。
 日に焼けた健康的な肌に、クセのあるとび色の髪。首には六文の銭が下がっている。
「旦那?」
 それは、まぎれもなく幸村だった。
 佐助は眠る前の記憶を引っ張り出した。たしか、幸村が修行を終えるまでに、しっぽをふかふかにしておこうと、屋根で寝そべっていたはずだ。それは夢で、いつものように幸村とともに午睡をしていたのだろうか。
 違う!
 自分はたしかに、屋根で寝転がっていた。そしておそらく、気がつかぬうちに眠ってしまったのだろう。
 だとしたら、どうして幸村の腕に包まれているのか。
 わからない。
 佐助は周囲を見回して、たしかに自分たちが屋根にいることを確認してから、幸村の寝顔に目を戻した。
「旦那」
 佐助は、ちょいちょいと幸村の頬をつついてみた。なんの反応もない。
「旦那」
 もう一度、つついてみる。やはり無反応だ。
 修行で疲れているのだろう。ぐっすり眠っているところを起こしてしまうのも気が引ける。しかし、ここは屋根の上だ。寝返りをうち、転がって庭に落ちてしまってはケガをする。
 どうしよう。
 佐助は困った。
 というか、そもそもどうして幸村は屋根の上にいるのだろう。
 わからない。
 旦那、ごめんね。
 ここはやはり起こすしかないと、佐助は幸村の腕から抜けて、彼の体をゆさゆさと揺らした。
「旦那。起きて、旦那」
「んっ、んぅう」
 反応はされたが、まったく起きる気配がない。
「旦那ってば。ねえ、旦那」
 いくら呼んでも反応はなく、揺さぶっても叩いても起きる気配がしない。
「ああ、もう」
 どうしようと考えた佐助は、心底いやそうな顔をして咳払いをすると、声真似の術を幸村の耳元で使った。
「Ok、真田幸村。派手なpartyと洒落こもうじゃねぇか」
 それは佐助の大っ嫌いな、幸村の好敵手である伊達政宗の声真似だった。口調もそっくりにしてあるが、佐助の嫌悪という偏見が混じっているためか、本人よりもちょっぴり皮肉っぽい。
 耳元で剣呑な誘いを聞いた幸村の目が、はっと開かれた。かと思うと飛び起きた彼は仁王立ちになり、雄たけびを上げた。
「うぉおっ! 政宗殿ぉおお。望むところにござるあぁああああああああ!!」
 全身で叫んだ幸村が、はたと気づく。
「政宗殿?」
 きょろきょろとした後、小首をかしげる。自分の居場所を把握した幸村の視線が、佐助に向いた。すると照れくさそうに目を細め、佐助の前にしゃがむ。
「おはよう、佐助。俺は夢を見ておったらしい。盛大に寝ぼけてしまった」
 寝ぼけたんじゃなくって、俺様が声真似をしたんだけどね。
 心の中でつぶやく佐助は、面白くなかった。どうしてあんな言葉で飛び起きるのか。
 佐助がむすっとしていると、幸村が佐助をひょいと抱き上げ、膝に乗せた。
「気持ちよく眠っているところを、起こしてしもうたな。すまぬ、佐助」
 佐助の不機嫌の理由は、起こされたからだと幸村は思っているらしい。幸村は佐助が全力で政宗を嫌っていることを理解していなかった。
 妙なところで察しがいいのに、誰でもわかりそうなところは鈍いんだから。
 それも幸村が幸村であるゆえんなのだから、しかたがないと思う。それに、もし佐助が政宗を嫌っていることを気に病むような人ならば、佐助は政宗を嫌っていないふりをしていた。そういう意味では、無理に仲良くしなくていいぶん鈍くてよかったのかもしれない。
 それはさておき。
「ねえ、旦那」
「うん?」
「旦那はなんで、屋根の上にいたの?」
「修練を終えても、佐助が現れぬのでな。着替えをすませて人に聞けば、忍の仕事はないという。ならば屋根上だろうと思うてな。登ったら心地よさそうに眠っておった。
 まぶしいほどに愛おしさのこもった笑みを浮かべられ、佐助はうれしいやら照れくさいやらで、どうしていいかわからなくなった。しっぽをぶんぶん振りながら、にやけそうになる顔をひきしめる。
「なんで、俺様が屋根上にいるとわかったのさ」
 まさか気配や匂いというわけではあるまいと問えば、簡単なことだと幸村は佐助の頭をなでた。
「こういう天気のよい日は、佐助はしっぽを日に干すだろう。それに最適な場所は、屋根の上だと思うたまでだ」
 佐助のしっぽに、幸村が触れる。
「ふかふかで、心地よいな」
 佐助の口元がゆるんだ。
「旦那は、俺様のふかふかしっぽが大好きだからさ」
「ああ、そうだ。そのために、屋根に登っていたのだろう」
「……うん、まあね」
「礼を言うぞ、佐助」
 心が喜びにふくらんで、佐助はとうとう破顔した。
「どうしたしまして」
 笑みを交し合う。
「ところで、旦那」
「ん?」
「どうして旦那まで、一緒に眠っていたのさ」
「ああ、それは。佐助があまりにも心地よさそうだったのでな。邪魔をするもの無粋と思い、ともに横になったら眠たくなったのだ」
「だからって、屋根の上で寝るなんて危ないだろ」
「佐助も寝ておったではないか」
「俺様はいいの」
「なぜだ」
「俺様は、うっかり転げ落ちてもなんとかなるけど、人間の旦那は大けがをするかもしれないだろ」
「ふうむ」
 幸村は「そういうものか?」という顔をした。佐助は「そういうものなの」と表情で返事をする。
「とにかく。危ないから。旦那は屋根で眠っちゃダメ」
「わかった。気をつけよう」
 眉をきりりと引き締めて幸村がうなずいたので、佐助はこれでこの会話はおしまいとした。
「さて、と」
 伸びをして、息をつく。
「ごめんね、旦那。出迎えできなくって」
「なに、かまわぬ。そういうこともあろう」
「おやつの用意して、待っておこうとおもったのにさ」
「それなら、俺が頼んでおいた。そろそろ部屋に届くころだろう。下りるぞ、佐助」
 言うや否や、幸村は佐助を抱き上げた。
「わっ」
 そのまま屋根を飛んだ幸村が、風を受けて楽しそうな顔になる。
 獣みたいだ。
 幸村のこういう行動や表情を見るたびに、佐助はいつも思う。
 旦那も妖だったらよかったのに。
 そうすればおなじ時間の流れの中で過ごしていられるのに。
 通り抜けた哀切は、幸村の足が地面に到達したと同時に霧散した。
「さて、佐助」
 肩車をされて、佐助は幸村の頭を掴んだ。日を浴びた幸村の髪から、お日様の匂いがする。
「俺の髪も、ふかふかになっておろう」
「うん」
「たまには、佐助も俺の髪で太陽の香りを感じて昼寝をすればよい」
「えっ」
 もしかして、そのために共に屋根で眠ったのだろうか。
 まさかね。
 しかし幸村のことだ。ありえぬとは言い切れない。
「軽く腹を満たしたら、昼寝の続きをしような。佐助」
「うん」
 自分のしっぽよりは固いけれど、ふわふわの幸村の髪に顔をうずめて返事をした。
 太陽の光をいっぱいに浴びたふたりは、春の日差しの香りをしていた。

2016/04/16



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