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子ぎつね佐助と、かまくらと

 ふと目を覚ました子ぎつね佐助は、うーんと伸びをして太い息を吐き、もそもそとぬくもりの残る夜具から抜け出すと、ブルッと体を震わせた。
「旦那?」
 つぶやいた声に応える者は、部屋にはいない。少し前に夜具から出ていく気配を感じてはいたが、わずかに開いた隙間から漏れ入る寒気に身を丸め、軽く背中を叩かれて、あたたかな夜具の中でもう少しまどろんでいたいという欲望に意識をゆだねたのだった。
(どうせ、朝の修練だろうし)
 雪に閉ざされた季節に、わざわざ出陣する者はいない。雪深い場所であれば、なおさらだ。ゆえに体がなまってしまうと、子ぎつね佐助の主である真田幸村は、冬の寒さに負けるものかと朝食前に鍛錬をするのが日課になっていた。
(まあ、旦那の場合は季節を問わず、鍛錬三昧なんだけど)
 体を動かすことが大好きな幸村の、はつらつとした姿を思い浮かべて、佐助はクスリと笑ってから、ふさふさのしっぽと大きな耳の毛づくろいをした。
「ああ、寒い」
 冬なのだから、わざわざ言わなくてもわかっているのだが、ついつい口をついて出てくる決まり文句をつぶやいて、佐助は障子を開いて目を細めた。昨夜のうちに雪がまた降り積もったらしく、やわらかそうな純白が、朝陽を浴びてキラキラと輝いている。今日は天気がいいなと、高く澄んだ空を見上げた子ぎつね佐助は、昼頃には少しとけた雪が硬くなるだろうと考えて顔をゆがめた。雪かきをするのなら、まだ雪がふわふわしている今のうちにしたほうが、いいかもしれない。けれど新雪は滑り落ちやすいから、注意が必要だ。それでも、溶けて凍って重たくなったものが、塊で落ちてくるよりはずっといい。
(今日は、総出で雪かきかなぁ)
 幸村の上司であり甲斐の国を治めている武田信玄は、民の暮らしを重視し、みずから高齢者の農民の家の雪下ろしをやりかねない。そんな信玄の薫陶を受けている幸村も、率先しておこなうだろう。
(準備、しておかないとねぇ)
 寒いのは苦手だが、大好きな旦那のためならばと、佐助はまず雪下ろしに出かけた先で食べる、握り飯を作っておこうと考えた。
(これだけの雪が降ったんなら、今日は一日仕事になるだろうからなぁ)
 たくさんの握り飯を作って、雪かきに出る侍たちに持たせなければ。冬場は田畑が雪に閉ざされてしまうし、雪深い山に残るわずかな食料を取りに行くなど自殺行為に等しい。大抵の者は、秋までに収穫しておいたもので食いつながなければならなかった。自分たちの食べる分は、持参する。でなければ、民たちの食糧事情を圧迫することになる。
(そういうとこ、旦那は抜けちゃうからねぇ)
 目の前のことに一生懸命で、付随する細かなことに気が回らなくなるのが幸村だ。だから自分がしっかりしなくてはと、佐助は頬を持ち上げる。
 妙なところでは勘がいいのにと、ぼやく口元はゆるんでいた。なんだかんだで自分がいないとダメなんだからと、心の奥がふっくらとする。満面の笑みで「よく気が利く」と褒める幸村の声が脳裏に響いて、佐助はしっぽを軽く振った。
「あら、佐助さん。幸村様から言いつかってきたんですか?」
 台所に顔を出せば、そんなことを言われた。キョトンとすれば、笑顔で下準備の出来た野菜の籠を渡される。
「あんまりたくさん持って行っても、大変だからねぇ。このくらいで。足りなくなったら、また取りにおいでなさいね。屋敷の裏だから、すぐに来られるでしょう」
 どういうことかと問うのは、なんとなくためらわれて、佐助は「ありがと」と笑顔で告げて背を向けた。
(旦那に言いつかってきたって、どういうことなんだろう)
 首をひねりつつ、屋敷の裏と言われたなぁと目指していくと、そこには雪の小山ができていた。大人が立っていられるほどの高さがある、りっぱすぎる小山の表面は、わずかに凍って透明な輝きを放っている。慎重に、水をかけて固めつつ山にされていったのだとわかって、佐助は「ははぁん」と鼻を鳴らした。
(これはきっと、かまくらだな)
 すぐそばに、不自然に固まっている小さな雪の山がある。あれは、雪の小山の中をくりぬいてできたものだろう。つまり、その方面に入り口があるのだと、佐助は籠を抱えて庭に下りた。
「旦那」
 ひょいと顔をのぞかせれば、案の定、そこには幸村の姿があった。藁沓を履いてはいるが、上半身は丹前を着ていない。いくら寒さに強いと言っても、と小言を垂れる前に、七輪に視線を向けた。その上には、小さな鍋が置かれている。
「おお、佐助。よい頃合いに来たな。さすがだ」
 時間を推し量って来たのだろうと言いたげな表情に、佐助は「まあね」と肩を揺らした。偶然なのだが、褒められたものを否定する必要はない。
招き入れられて籠を渡せば、幸村が無造作に鍋の中に野菜を入れていく。最後に味噌玉を入れようとしたので、佐助は慌てて止めた。
「ぬっ?」
「野菜が全部、煮えてからだよ、旦那」
「うむ、そうか」
 素直にうなずいた幸村に引き寄せられて、座った彼の膝の上に乗せられる。背中がホカホカとして、子ぎつね佐助は目を細めた。
「朝の鍛錬もしないで、かまくらを作ってたの?」
「これも鍛錬のひとつだ。普段の修練とは違う動きをするし、なかなかの力仕事でもあるからな」
「まあ、そうだね」
「しかし、いつ気がついた?」
「なにがさ」
「俺が、ここで朝餉にしようと考えていることをだ」
「いつって」
 まったく気がついていなかったと言うのは癪だが、適当に嘘を吐くのもためらわれていいよどむと、まあいいと幸村の手が佐助の頭をなでた。
「ちょうど湯も沸いて、頃合いだったからな。仕上がってから呼ぶつもりだったのだが、こうしてできあがるのを、ふたりで待つのもよいな」
 ふかふかの佐助のしっぽに触れながら、幸村が言う。彼は佐助のしっぽの手触りが大好きで、だから佐助はしっぽの手入れには余念がなかった。ふかふかで心地いいなと幸村に褒められるのがうれしくて、だからしっぽを特別に大事にしていた。
 優しい手つきとぬくもりに、たっぷりと眠ったはずの佐助のまぶたがとろりと重たくなってきた。ふんわりとした日なたでまどろんでいるような気分でいると、シュワッと鋭い音がしてハッとした。見れば鍋から湯が吹きこぼれ、七輪の炭にかかっている。
「わ、旦那!」
 幸村もぼんやりしていたらしく、慌てて鍋に手を伸ばそうとするのを止めて、佐助は雪をひとにぎり、鍋に入れて湯を静めた。
「うっかりしてしまったな」
「まあ、でも、炭の火が消えてしまう前に気づいて、よかったよね」
 笑い合って味噌玉を鍋に溶かせば、いい香りがただよってきた。椀に汁をよそって、くゆる湯気を胸いっぱいに吸い込めば、胃袋がキュルンと鳴った。
「これを食べれば、里の雪かきに参るぞ、佐助。しっかり食べて体をあたためておかねばな」
「そうだね、旦那」
 強くうなずいて、佐助はフウフウ言いながら、熱い汁を慎重に啜った。どうして幸村が、かまくらを作って一緒に朝食をと考えたのかはわからない。けれど、これはとっても楽しい時間だと佐助はニッコリした。
「どうした、佐助」
「ん? おいしいなぁって思ってさ」
「うむ。そうだな。こうして、いつもとは違う場所で食べると、また違った味わいがあるな」
 おそらく深く考えもせず、思いつきで行動をしてみたのだろう。こうすれば面白いのではないかと考え、試してみたに違いない。衝動的に動く幸村は、獣の自分よりも動物らしいとほほえみながら、子ぎつね佐助はあたたかな冬を味わった。

2019/01/23



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