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それはきっと、そう遠く無い未来

 片倉小十郎は、門前から出て行く男の姿に首を傾げた。どこかで見たことのある男なのだが、思い出せない。男のほうは小十郎を知っているらしく、慇懃に頭を下げて去っていった。
 小十郎は、ここ奥州だけではなく、日ノ本に名を知られた武人である。人々は奥州を統べる伊達政宗を独眼竜と呼び、軍師であり勇猛な武人でもある小十郎を、その失われた右目になぞらえて、竜の右目と呼んでいる。がっしりとした体躯に精悍な顔つき。男ぶりも申し分なく、頬に刀傷の痕があるので、人に顔を覚えられやすくもあった。
 乱れてもいないのにクセであるのか、キレイに後ろへ撫でつけている髪を掻きあげるように手を当てて、先ほどの男が何者であるのか思い出そうとするのだが、とんと記憶が湧いて来ない。敵意は感じられなかったが、だからといって害意のある存在ではないと決めつけるのは、戦国の世では愚に当たる。多くの部下を持つ身であるのだから、顔はわかれど名前が出ぬ、ということは仕方のないようにも思えるのだが、小十郎はそれをよしとしなかった。
 西海の鬼と呼ばれる長曾我部元親ならば、相手の名前までは思いだせずとも、何処で出会った何者なのかくらいは、きっとすぐに思い出すだろう。あの男は四国を統べるほどの身分であるにもかかわらず、部下の顔と名前だけでなく、その家族のことまで覚えていると評判なのだから。
 小十郎の脳裏に、豪快な笑いを浮かべる白銀の髪の男が浮かぶ。主の政宗とは似ても似つかぬ容姿だが、元親は左目を鮮やかな紫の眼帯で被っている。左右の違いはあれど独眼であるということと、部下からの慕われようが似通っている所から見ても、根本にある気質に同類のものがあるらしい。出会った頃は何かと反発もしていたが、類は友を呼ぶというのか。今では折りに触れて、文のやり取りなどをする仲となっている。主に同程度の立場の友が出来るというのは、喜ばしい。切磋琢磨し、視野や知識を広くして慧眼を開き、より成長をしていけるだろう。何より、同立場で気兼ねなくやりとりの出来る相手がいるというのは良いものだ。
 知らず口辺に笑みを漂わせながら門をくぐった小十郎は、はたと思い出した。
 そうだ、長曾我部だと男が去った方向を向く。先ほどの男は確か、長曾我部の手の者だったはず。ということは、元親から政宗へ文か土産かが送られてきたのだろう。
 それを受け取り開いた政宗から、声を掛けられるだろうなと想定し、小十郎は裏庭へ回った。おそらく政宗は、私室の縁側に座して、風を受けながら文を開いているだろう。

 小十郎の予想通り、政宗は縁側の柱を背凭れに、悪戯小僧のように目を光らせて文を読んでいた。
 昔から、その目の輝きは変わり無いなと、小十郎は目を細める。
「小十郎」
 足音に気付き、政宗が顔を上げた。作り物のように繊細に整った顔立ちが、柔らかな黒髪に包まれている。長い前髪は右目を隠すように流され、その下には傷痕を隠すための眼帯があった。美麗な顔立ちにある曇りが、政宗の美貌に凄みを与えている。
「何か、楽しいことでもございましたか」
 歩み寄りつつ、向けられる親しげな目は昔、反抗的な猜疑の色をしていたなと思い出し、先ほど変わらないと感じたのは、どういう部分を認識してのことだろうかと考えた。
「どうした?」
「ああ、いえ。……ずいぶんと、楽しそうな御様子ですので」
 いぶかられるほど、じっと見てしまっていたらしい。さりげなくごまかせば、政宗が得意げに鼻を鳴らした。
「It was very interesting for me」
 ニヤリと片頬を持ち上げる政宗が、どこか幼く見えるのは、幼名の頃より共にいるからだろうか。
「庭に突っ立ってねぇで、上がれよ。小十郎」
「は」
 短く答え、小十郎は縁側に腰掛け草履と共に砂で汚れた足袋を脱ぎ、上がった。
「茶など、お持ちいたしましょうか」
「Ah、どちらかというと、酒のほうが良いな」
「では」
「後でいい」
 去ろうとすれば、止められた。政宗の満面に、新しい玩具を与えられた子どものような、あるいは楽しい企みを思いついた童子のような喜色が広がっている。
「何か、この小十郎に言いたいことがおありのようですな」
 悪戯の共犯めいた調子で問えば、政宗は正解と答える代わりに口笛を吹いた。
「この手紙、誰からだと思う」
 さて、と小十郎は小首を傾げて考えるそぶりをして見せる。答えは、先ほどの男が長曾我部の手の者だと、思い出した時点で明白だ。だが、すぐに答えては主の興を削ぐだろう。
「政宗様がそのように楽しげになされている、ということは……好敵手とお認めになられている真田でしょうか」
「目の付け所はいいが、Noだ」
 小十郎が外したことが楽しいらしく、政宗の笑みが深まった。
「では、一度は同盟を組んだ徳川?」
「No!」
 政宗の声が弾んでいる。常日頃、何もかもを見通しているかのように振る舞う小十郎が、正解を出せぬのが愉快そうだ。
「それでは」
 もったいぶった間を開けて、小十郎はワクワクしている政宗を真っ直ぐに見た。
「西海の鬼、ですか」
 小十郎の笑みに、政宗が切れ長の目を丸くした。小十郎はそれを静かに眺める。
「……知ってたな」
 半眼で唸るように言われ、小十郎はしれっと答えた。
「見覚えのある男が、門をくぐるのを目に致しましたので」
 軽い舌打ちをした政宗が、ふいと顔を背ける。予期していた展開であろうはずなのに、わざと不機嫌な様子をしてみせる政宗に微笑みつつ、小十郎は腰を下ろして問うた。
「しかし、政宗様。この小十郎、政宗様が面白いと感じた文の内容までは、わかりませぬ」
 その一言で、もともと損じてはいなかった機嫌を治したフリをして、政宗が不敵な笑みを閃かせた。
「俺が、元親の誘いに乗ったら、どうする?」
「誘い、ですか」
「ああ。異国は、ずいぶんとCoolでEexcellentらしい」
 ひらりと政宗が文を揺らす。小十郎の目には文字の破片が見えただけで、内容までは読めなかった。
「また、船に乗らないかという誘いがあったのですか」
 肯定するように、政宗が歯を見せて笑った。
「よほど興味深いことが書かれてあるのでしょうな」
「日ノ本にいるかぎりは、信じられねぇようなことばかりだ」
 楽しそうに政宗が部屋の中を顎で示した。目を向けた小十郎は、太陽の光を吸い込み反射しているビードロの杯と、なにやら細工のされている銀の杯を見た。
「土産だとよ。見たこともねぇような植物が、銀の杯に描かれている」
「植物、ですか」
「果物だそうだ」
「果物」
 その言葉は、小十郎の興味を引いた。武将として名高い小十郎だが、野菜作りの名人としても日ノ本に広く知られている。野菜ではないが、珍しい果物と聞いて興味の湧かぬはずは無かった。
「珍しい野菜なんかも、色々とあるそうだぜ」
 どうだと言わんばかりの政宗に、小十郎は高鳴る胸を静めつつ問う。
「それは、共に海の外に、という誘いでしょうか」
「さぁ、どうだろうな」
 ニヤニヤとする政宗を、小十郎はただ見つめた。小十郎が何も言わないので、政宗はつまらなさそうに鋭く息を吐き出して、文を小十郎に差し出す。受け取った小十郎は、文面に目を通した。
「いつか、この奥州にも多くの渡航者がやってくる。そいつらにとっちゃ、この国は未知の物ばかりだろうぜ」
 元親からの文には、異国の情景や異国人が持つ日ノ本の印象などが書かれていた。それはまるで御伽草子の国のように荒唐無稽な様相だった。
「異国の者の印象では、この国は百鬼夜行のようですな」
 小十郎の感想に、政宗がクックと喉を鳴らす。
「なあ、小十郎。異国も面白れぇが、そんな認識を持った異国人を迎え入れて、最高にCoolな国だと思わせるほうが、もっと面白いとは思わないか」
 たくらみを打ち明けるような政宗に、小十郎は眉を開いた。
「異人には当然のことが、俺らには珍妙だ。だとするなら、その逆もあって当然だろう? そこには、宣教師じゃねぇ異国の人間が、遠からず大勢来るようになるんじゃねぇかと書いてある。元親の船みてぇなモンを、作れる異人がいたっておかしくねぇ。今は嵐や潮の加減やらで、やってくる奴らは多くねぇし、異国っつってもそう遠くねぇ所からばかりだ。けど、あの杯を作る国の人間が、この文にあるように、この国を魑魅魍魎の支配する土地だと考えているような連中が、船に乗ってやってくるとしたらどうだ。そいつらが、この国が自国よりもCoolだと言う姿は、最高に面白いだろう?」
 政宗の見ているものに気付き、小十郎の胃の腑が熱くなった。
「政宗様」
「魑魅魍魎の土地って認識を、極楽浄土に変えてやろうじゃねぇか」
 頼もしく微笑む政宗の目に、挑む光が宿っている。見据えているものの大きさに、小十郎の血が煮えたぎった。
「むろんにございます。この日ノ本全土を、極楽浄土といたしましょう」
「まずはこの奥州からだぜ、小十郎」
「承知しております」
 政宗が腰を上げ、小十郎もそれに続く。
「今夜は、あの異国の杯で呑み交わしながら、竜の統べる極楽の構想でも語るとしようぜ。小十郎」
 ああそうか、と小十郎は気付いた。
 変わらぬと感じたのは、この国を強く思い、この国に住まう人々の安寧を願い、高みを目指す意思の光。
 あの頃は小さく、多くの邪気に囲まれ、もがいていたものが、解き放たれて天に昇り地上を照らそうとしている。
「政宗様が海に出る暇なんざ無ぇぜ。西海の」
 小十郎は小さく、手の中の文に告げた。
「何か言ったか?」
「いえ、何も。……その立派なお心がけ。小十郎、感服いたしました。ゆるりと語り合いたいところですが、その前に、政の場にお出になっていただきたく」
 途端、輝いていた政宗の瞳が、つまらなさそうに細くなる。
「Ok,Ok……各地の報告やらなんやらと、聞いて処理して問題点を浮き彫りにしねぇと、改善策も思いつかねぇからな」
 軽く肩をすくめた政宗が、ふらりとした足取りで縁側を進む。
「行くぜ、小十郎。右目が無いと、視野が狭くなっちまう」
 肩越しに振り向かれ、小十郎は目顔で返答をした。
 いつまでも、その背を守り導きながら、貴方様が見落とすものに目を向け差し出す者であり続けると。

2015/05/25/font>



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