メニュー日記拍手

process

 片倉小十郎が畑にやってくると、主の伊達政宗が腕を組んで待ち構えていた。
「政宗様。いかがなされました」
 自分に急用かと、小十郎は気を引きしめた。その気配に、政宗は軽く肩をすくめる。政宗はそういう、南蛮かぶれな仕草が似合った。
「問題なんざ、起こってねぇよ。Everything is in gear. 平和なモンだ。退屈なぐらい、な」
「はあ。ならば、良いのですが」
 それならばどうして、自分よりも先に畑にいたのだろうと、小十郎はいぶかった。政宗は苦笑して、たすきを取り出し着物の袖を括りつけた。
「久しぶりに、畑仕事でも手伝おうかと思ってよ」
「……は?」
「なんだよ。俺が手伝っちゃあ、まずいってのか」
「いえ、そういうわけでは」
「なら、いいだろう」
 政宗は袴をはしょり、小十郎をうながした。
「で、何をすりゃあいいんだ。草むしりか」
「は、はい。そうです」
「Ok,Ok」
 楽しげに畑に入った政宗が、しゃがんで草をむしりはじめる。それをしばらく眺めてから、小十郎は微笑を浮かべて傍に並んだ。
「政宗様。それでは、雑草の根が残っております。もう少し、こう」
「ん? こうか」
「ええ、そうです。そうやって、根っこから引き抜かねば、またすぐに生えてしまう」
「わかっちゃいるんだが、うまくいかねぇな」
「まだ、はじめたばかりです。すぐにできるとお思いなさるな」
「すぐに感覚を思い出すさ。昔も、こうやって小十郎の畑の世話を、手伝ったんだからな」
 フンと鼻を鳴らした政宗が、黙々と草をむしる。小十郎は目じりをゆるめて、畑の中ほどの草むしりをはじめた。
 どれくらい経ったろうか。小十郎がふと見れば、政宗の顔に疲労が見えた。草むしりは地味だが、かなりの重労働だ。身をかがめて、ひたすら単調な差行をするので、足腰だけでなく心も疲れる。
「政宗様。少し、休憩をいたしましょうか」
「No」
 どうやら、意地になっているらしい。
「先は、まだまだ長うございます。急がば回れとも言います。いったん休憩をして、息抜きをせねば効率が悪くなるもの。小十郎もそろそろ休まねばと思っていたところですので」
 そう促せば、政宗は渋々といった顔で腰を上げ、顔をしかめた。
「政宗様?」
「ずっと中腰だったからか、なんか、膝が妙な感じだぜ」
 小十郎は素早く政宗のそばに寄り、手を差し出した。
「ご無理めされるな」
「Thank You……情けねぇ」
「普段、使わぬ筋肉を使うのです。そうなって当然でしょう」
「まだまだ、鍛え方が足りねぇってことか」
 土手に上がり、伸びをした政宗が「ちょっと待ってろ」と言って、近くの木にぶら下げている風呂敷包みを取って来た。
「疲れりゃあ、甘いモンが欲しくなるかと思ってよ」
 座れと示され、草の上に腰を下ろした小十郎の膝に、竹皮の包みが乗せられる。開けば、ずんだ餡の団子が出てきた。
「これは……」
「ちぃと、早起きをして作ったんだ。というか、目が覚めちまったから、ってほうが正しいな」
 いただきます、と小十郎は手を合わせて団子を頬張った。
「うまいか」
「おいしゅうございます」
 フフンと政宗が得意げな顔になる。
「小十郎の畑で取れた豆を、この俺が手ずから調理したんだ。旨くねぇわけがねぇ。小早川あたりが聞いたら、ヨダレを垂らしてすっ飛んで来そうだな」
 ククッと喉を鳴らした政宗に、小十郎も話しに出た人物の、福々しい食いしん坊な姿を浮かべてクスクスと息を漏らす。
 政宗は茶も用意して来たらしく、竹筒をひとつ小十郎に差し出し、もう片方に口をつけて、団子に手を伸ばした。
「うん、旨いな」
 つぶやいた政宗の漆黒の髪を、あるかなしかの風が撫でる。おだやかな眼差しはどこか寂しそうで、小十郎はさりげなく話題を振った。
「政宗様と、こうして野良仕事をするのは、どれくらいぶりになりますか」
「Ah……そうだなぁ。まだ、俺が小十郎を“片倉”って呼んでいた頃だから、ずいぶんと前の話になるな」
 政宗が幼名、梵天丸であった頃。伊達の跡取りとして、右目の不具ゆえにふさわしくないと言われていた、奥州が乱れていたときを思い出し、ふたりは遠い目を景色に投げかける。
「あれから、ずいぶんと遠くに来ちまった気がするぜ」
 場所、という意味ではない。
「政宗様が望まれた道を、進んできただけのこと。遠くはございますまい。それに、まだまだ、道半ばでございます」
「そうか」
「ええ」
 まずは奥州をまとめることを課題に。次は奥州の民の安寧を願う戦いに。それがいつしか、この日ノ本という国へと守りたいものが変わっていった。小十郎はそれを、変わったとは思っていない。ただ延長上にそれがあったから、政宗はそう行動をしたのだと考えている。政宗の心は、奥州を憂い慈しもうとしていた幼名のころのまま、日ノ本全土を思っている。
「天下人となったとしても、問題は山積。のんびりとはしておれませんよ」
 数々の戦を経て、メキメキと頭角を現した徳川家康と手を組み、共同戦線のもと、日ノ本を平らげた。どちらがどちらの下になる、という形態では無かったので、いまの所は双方共に天下人。互いに意見を出し合って日ノ本を治めていく、という形になっているが、いずれ家康は政宗の補佐に回るだろうと、小十郎は見ていた。じっさい、表に出るのは政宗であるように、家康はさりげなく半身を引いた位置に徹している。
「わかってる。だが……」
 政宗が手のひらを眺める。小十郎は、複雑な表情を浮かべる彼の横顔を見つめた。
「わかっちゃいるんだ。このまま、戦というものが消えてしまうのが、一番いいってな。田畑を踏みあらされたり、誰かを殺し、殺されするのが当たり前ってぇのが、無くなればいい。そうなるように、俺は動いてきた。誰もが明日を、希望に満ちた目で待ち望めるように……。文字通り、明るい日として迎えられるように」
 政宗が拳を握り、眉をひそめる。
「だが、落ち着かねぇ。体の奥にくすぶるモンが、この俺の闘争心を煽ろうとする。いまはまだ、あちこちで蠢いている奴等を討ち取る仕事も残ってる。だが、そんなヌルイものすらも、無くなっていく。喜ばしいことだとは、わかっちゃいる。そうなるべきだとも、な」
「政宗様」
「これからは、刀じゃなく、鍬を振るうことでも覚えてみようかと思ったんだがなぁ」
 冗談めかした政宗の口辺に、一抹の寂しさが漂っていた。
 小十郎にも、政宗の抱えているものに類似したものがある。どれほど畑仕事を大切に思っていたとしても、根は武人であると突きつけられる瞬間がある。消えきらぬ炎が、身の裡に燻っている。いつでも勇躍できるのだぞと、瞳を輝かせてうずくまる獣のように。
 政宗は特に、好敵手である真田幸村の存在があるからこそ、小十郎よりもその憤りに近い感覚は、強いだろう。
「身の裡の竜を、殺す必要などございますまい」
 小十郎はおだやかに、空中に声を置くように言った。政宗が、ハッと顔を上げる。
「伏竜となり、いつでもその爪を振るえるよう、研ぎ澄ませておれば良いのです。刀を鍬に変える必要なぞ、どこにもありませぬ」
「……小十郎」
「世界は、広うございます。豊臣が見据えていた敵は、外ツ国。長曾我部は、城のような大船でルソンやノベスパニアなどと、渡り合おうとしている。毛利も、見据えているのは異国のようです。振るうばかりが力ではございません。いつでも抜ける覚悟を裡に、渡り合わねばならぬ相手は次々に現れるでしょう。真田との決着も、空中に浮いたまま。となれば、鍬を握る暇など、ございますまい」
 キリリと眉をそびやかして言った小十郎は、ふっと気配をやわらげて団子の包みを差し出す。
「そのような燻りを感じられる余裕があることを、喜ぶべき時期かと」
「……すぐに、そんな暇も無くなると言いてぇのか」
 小十郎は笑みを深めた。
「Ha!」
 政宗が団子をつかみ、口に放り込む。
「世の中、団子みてぇに甘くねぇってことだな」
「そういうことです。いつでも、御身の竜を目覚めさせられるよう、ご油断召されますな」
 小十郎が厳しい瞳で笑みを浮かべれば、政宗が不遜に唇をゆがませる。
「つまんねぇ愚痴を、聞かせちまったな」
「貴方様の右目であれば、そのような部分も受け止めてしかるべしかと」
 ふっと鼻を鳴らした政宗が、冗談めかした。
「いっそ、世界を掴んじまうか」
「御随意に」
 ニヤリとした笑みを交わしあうと、小十郎は腰を上げた。
「さあ、政宗様。続きと参りましょう。足元の小事をおろそかにすれば、大事など成しえませぬ」
「ああ、そうだな。小十郎」
 ふたりの頭上に、どこまでも高く青い空が広がっている。

2015/09/18



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送