メニュー日記拍手

月影に描く異識同夢

 手酌でひとり、長曾我部元親は人よりも大きな体躯を縁側に置き、白い肌を月光にさらして呑んでいた。
 彼の前には炙った魚と塩、餅を薄く圧して焼いたものが置かれている。それらを口に含んでは、酒を呑んでいた。
 ここは彼の縄張りではない。毛利元就の屋敷であった。元親は元就に用事があって来たのだが、彼は多忙なので政の差配が終わってからでなくば、対面はできないとの返答があった。
 急ぎの用ではなかったし、元就が自国の差配は全て自分でおこなうことを知っている。約束を取りつけてあったわけではないので、長々と待たされるのを承知で、酒とアテを自分で用意して来ていた。むろん、手土産としての海産物や、ルソンあたりから流れてきた珍しかな物品も持ち込んでいた。
 のんびりと、こうして地上で過ごすのはどれくらいぶりだろうかと、元親は澄んだ夜空を見上げていた。月は冴え冴えと輝き、海の男にしては白く肌理のこまやかな元親の四肢を照らしている。昼間は夏の名残があるが、朝夕は冷えてきているというのに、元親は隆々とした胸筋を誇るように露にしていた。白い肌と白い髪を、月光が宵闇に浮かび上がらせている。そこに左目を覆う眼帯の紫が、艶なる雅を浮かべていた。
 粗野な言動に隠されているが、彼は良く見れば目鼻立ちのすっきりと整った美丈夫である。静かに秋の夜長を楽しむ姿は、衣装さえ違えば艶やかな趣を醸し出すことも、可能であったろう。
 けれど元親には、自身のそのような容姿に頓着をするところが無かった。美醜をまったく気にしない、という事ではない。自身に必要な物は、隆々とした筋骨と気概。容姿は二の次、三の次の意識であった。
 自らの容姿を意識している、という点では、元親よりも元就のほうであろう。
 楚々とした衣擦れの音が、元親へ近付いてくる。気付いていながら、元親はわざと顔を向けずにいた。足音で、近付いてくる相手が誰かを理解している。
 足音は元親の横で止まり、ふわりと舞うように腰を落として座した。杯を持ち上げる気配を受けて、元親は笑みを浮かべて顔を向ける。
「相変わらず、急がしそうだなぁ。毛利よぉ」
「貴様は、このような時間まで我を待つほど、暇をもてあましておるようだな」
 平坦な元就の声音に含まれる嫌味を、元親は鼻先で吹き飛ばして徳利を差し出した。元就は静かに受けて唇を濡らす。
 二人はしばらく、無言のまま杯を交わした。と言っても、元親は手酌。元就は干すと元親に杯を差し出し、注がせているので交わすと言っていいものか。
 とにかく、二人は静々と酒で唇を濡らし、胃の腑にゆるゆると熱を溜めた。
「貴様は自国の事よりも、外つ国にばかり目を向けておるようだな」
「日ノ本の事は、信頼している男がしっかりと守っているからよぉ。外の事には俺が目を向けておかねぇとな」
 意味深げな目を、ちらと元就が動かす。
「我に、その外の事に関する品を運んできた、ということは、それに関する話があるのであろう。早う申せ」
 元親の口の端が楽しげに歪む。
「人のことをさんざん待たせておいて、つれねぇなぁ」
 つまらなさそうに、元就が鼻を鳴らした。細いあごに白い肌。それを縁取る髪が揺れ、首の細さを強調する。武将としての力量は十分にある元就だが、小柄で華奢な印象を相手に与える。怜悧な刃物のようでありながら、女人と言っても受け入れられそうな彼は、元親の隣に在っては儚げにも見えた。その姿ゆえに軽んじられる事を厭い、元就は徹底した知略と、情を差し挟まぬ決断で、自国を支え守っている。元親からすれば、少々の息抜きでもすればいいと見えるのだが、元就からすれば、元親はいい加減の愚者との酷評を与えるにふさわしい男であった。
 一切の情を差し挟まぬ元就と、情に重きを置く元親の思想の溝は、逆に彼らを引き寄せるものとなっているらしい。天下の定まらぬ間は、散々に争った相手だが、そのこともあってか、天下の静謐が成った今は、妙にウマが合う。――と言えば、元就は心の底から嫌な顔をするだろうが、傍目からはそう見える仲となっていた。
「貴様が勝手に、待っておっただけのこと。我は、待てとは言うておらぬ」
「つれねぇなぁ」
「貴様に優しくする必要なぞ、どこにある」
「つうかよぉ。毛利が誰かに優しくするときって、あんのか」
 ふん、と元就の鼻が鳴った。ニッと歯を見せた元親が、炙った魚にかじりつく。
「まあいいや。それより、話だ」
「さっさと済ませて帰るがよい。我は貴様と違って忙しい。休息をおろそかにはできぬ」
「俺だって色々と忙しい……つっても、どうせアンタは信じねぇんだろ。ま、それはいいや。俺とアンタで組んで、大陸でひと儲けするってのは、どうだ?」
 元就の目が、怪訝に細められた。元親が得意満面で言葉を続ける。
「例えばだ。大陸の内側は、海が遠いから塩が貴重になる。岩塩ってぇのもあるが、だだっ広い場所じゃあ、それを手に入れるのも一苦労だ。なんでも、香辛料ってぇやつは高値で取引をされるらしい。塩も、いい値で売れるはずだ。それに海産物を加工したモンや味噌、醤油なんてぇモンも運んでみたらどうかと、思ったんだよ」
「ほう……。貴様にしては、悪くない発想だ。だが、それだけのものを生産せねばなるまい。日ノ本に流通させるのとは、訳が違うのだぞ」
「航海の損害やなんかを心配してんのか? 俺の船が、そうそう沈むわけがねぇだろう」
 胸をそらす元親に、元就は呆れた目を向けた。
「それだけの問題を言うておるわけではないわ。やはり貴様は阿呆よ。船を動かす労力や、航海の費用など、さまざまのものが入用となるであろう。それらを加味しても儲けが出ると、計算をしてのことかと聞いておる」
「俺をそこまでバカだと思っていたのかよ。そこんとこを考えていなきゃあ、アンタにわざわざ話を持ってこねぇって」
「どういうことか説明せよ」
「いいか、よぉっく聞けよ。アンタも、俺ほどじゃねぇが、カラクリを操る頭を持っている。あの日輪ってやつとかよぉ」
「貴様程度と比べるな」
「なんだよ。富嶽はいいもんだっつって、欲しがったりしてたろうが。まぁ、それは置いといて、だ。アンタと俺が組めば、生産高を上げて、大量に船に積み込んで売りに行けるだろ。ただの塩じゃなく、なんか工夫して売りに行ってもいい。富嶽のデカさや頑丈さは、アンタも知っての通りだ。積載量いっぱいに積みこんで、売りに行く。帰りはもちろん、空じゃねぇ。この国で役に立ちそうなモンを、色々と仕入れてくる」
 どうだ、と元親が顔を寄せるのを、元就は身じろぎ一つせずにながめた。その視線は元親の上にあるが、思考は彼を見ていない。
「塩の生産量を上げる図案が、貴様の小さな脳みその中にあるように聞こえたが」
「小さな脳みそってぇのは、余計だって。まぁ、細かいこたぁ決まってねぇんだけどよ」
「我の知恵を貸してやらんでもない。さっさとその案を言うてみよ」
「アンタのあの日輪の熱を使えば、塩田じゃなくても、塩を作れるんじゃねぇのか」
 元就の目が、わずかに見開かれた。塩田を作れば、そこは田畑としては使えない土地となる。田畑としての土地を残しつつ塩作りができるとすれば、それは妙案と言えた。
「けど、日輪の性能の細けぇ所までは、俺はわからねぇ。どの程度の広さや熱量を持てるのか。岩場なんかで箱を作って、そこで作れりゃあいいが、木枠が燃えちまったら問題だろう? 色々と考えどころはあると思って、相談に来たってぇわけよ」
「貴様にしては、良い考えであると褒めてやろう」
「素直に言えねぇのかよ、ったく」
 ぼやく元親は、どこか楽しそうだった。
「そんでよォ。向こうからは、米を育てるのが難しいところでも育てられそうな植物の種とか、保存食とかを運んでくんだよ。そうすりゃあ、戦の爪跡が残っているところで、復興する余裕無く飢えている奴らを助けてやれる。とりあえず腹がいっぱいになりゃあ、人は安心できるだろう」
 うれしそうに語る元親は、夢を見る少年のようであった。
「利よりも情か。貴様らしい」
 ぽつりと口内で呟いた元就の声は、元親の耳に届かぬほど小さかった。
「俺ぁ、四国だけじゃなく、日ノ本の全員が食い物の心配をしねぇですむように、してぇんだ」
 キラキラと目を輝かせる元親の顔に、アンタもそうだろうという文字を見つけ、元就は深々と息を吐いた。
「着眼点は、褒めてやろう。だが、まるで笊のような案だ」
「だから、アンタに相談に来たんだろう? 知略に長けたアンタなら、俺の発想の隙間を埋められる」
 確信を持っている元親に、元就の胸は少しだけむずがゆくなった。
「安芸の安寧のために、うろんな者が流れてこぬようにするは良策。食うに困るものは盗みを働く。徒党を組めば暴徒と化す。それらを鎮める手立てとして、その話に乗ってやってもよい」
「回りくどい言い方をしねぇで、素直に手を貸すって言やぁいいだろう」
 弾む声で呆れてみせつつ、元親が機嫌よく元就に徳利を差し出す。受けた元就は喉を動かし、月に目を向けた。虫の音が耳に心地よい。
「雪の来る前に、試作を終えておかねばならぬな」
 冬に入れば、航海は厳しいものとなる。
「よろしく頼むぜ、毛利」
 元親も月に顔を向けた。
 異なる思考で、二人は同じ理想を描く。

2014/10/03



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送