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ゆっくり、ゆっくり

 午後の緩やかな日差しが注ぐ、縁側。庭は包み込むような柔らかな光に包まれ、緑が心地よさそうにしている。それを眺めたり、ぽかぽかと空に浮かんでいる雲を眺めたりしているうちに、瞼が重くなる。目を閉じても眩しいままの光から逃れるように身じろぎをすれば、そっと目を覆うように手が触れて、なでてくれた。
 弁丸の昼寝は、いつもそうだった。
 そうだった、というのは、今日は違うということで、弁丸はそのことが不満でならなかった。
 昼食を終えて昼寝の時間となった弁丸は、ついこの間まで自分の昼寝の定番であった場所を、眉間にしわを寄せて見つめていた。そこで弁丸の世話役であり、唯一の直属の部下でもある子忍、猿飛佐助が胡坐を掻き、日向ぼっこをしていた。彼が背にしている障子の奥が、弁丸の部屋である。佐助は弁丸の昼寝が邪魔をされないように、何かがあればすぐに守れるように、ああして部屋の前に待機してくれるらしい。
 佐助は、縁側の先で弁丸が見つめていることに気付いている。気付いていないふりをしているだけで、絶対に気付いている。弁丸が何処にいても、屋敷の外であっても必ず見つける佐助が、姿を隠してもいない自分に気付かぬはずは無いのだから。
 弁丸は、血色の良い頬をぷっくと膨らませた。佐助が知らんぷりをしていることも、腹立たしい。それ以上に、弁丸の昼寝の席である場所で暢気に眠っている相手が、佐助がその相手を弁丸にしていたように、優しくなでている事が腹立たしい。
 あそこは、おれの場所なのに。
 どうして突然に、あの場所を奪われたのかが弁丸にはわからなかった。佐助が言うには、弁丸は武家の子どもで大きくなったから、ということだった。大きくなったから、と突然言われても、弁丸には昨日の自分と今日の自分が違っているように思えない。昨日は良くて、今日からダメになる理由が、さっぱりわからない。
 大人ではダメなのならば、佐助の膝の上にいる相手は何だ。胡坐を掻いた真ん中に収まっているあのネコは、もう立派な大人なのだと佐助は言っていたではないか。
 ネコは武家ではないからか。けれどあのネコは、佐助の任務を手伝うのだという。武家ではなくとも、忍ではないか。昼寝はこれから一人でするように、と佐助が言った時に、もう大きくなったのだからと言われた時に、佐助は「忍の俺様は、弁丸様くらいの時には一人で昼寝できてたぜ? 忍がそうなんだから、武家の弁丸様なら尚更だろ」と言った。それならば、あのネコとて忍ならば一人で眠るべきだろう。どうして、弁丸はダメで大人の忍ネコは良いのか。
 あのネコが佐助の膝を所望したので、弁丸は追い出されたのではないか。
 ぺたん、と弁丸は四つんばいになってみた。佐助は弁丸など存在していないかのように、膝上のネコを穏やかな顔をしてなでている。ネコはいかにも心地よさそうに、腹を上下させて眠っている。
 弁丸の特等席だった、あの場所で。
 ずりずりと、威嚇するように睨みながら弁丸は這い進む。それでも佐助はこちらに顔を向けない。弁丸は腹の底が熱くなり、体がひとまわり大きくなった気がした。
 膨らんだ弁丸の怒気に気付き、すっと佐助の膝上にいたネコが顔を上げる。一瞬だけ視線が絡み、ぴょんとネコは佐助の膝から離れて軒下に消えた。
 ゆっくりと佐助が弁丸に顔を向ける。
「何やってんのさ」
 呆れた声をかけられて、やっと自分に目を向けて貰えて、弁丸の体にみなぎっていた怒気が、安堵のような悦びのような、よくわからないものに満たされた。それがポロリと目玉から溢れ出る。
「さすけぇ」
 垂れる鼻を啜りながら呼べば、眉尻を下げた佐助が、大人のような笑みを浮かべて両手を広げた。おいで、と無言で示されて、弁丸はバタバタと不恰好に大きな音をさせながら、佐助の腕に飛び込んだ。
「さぁすけぇええっ」
「なんて顔してんのさ」
 ははっと軽く笑う佐助の息が、弁丸の髪を揺らす。顔中をグチャグチャにして泣く弁丸は、体中を佐助に擦り付けるように、彼の腹に頭を擦りつけた。
「っ、おれっ、おれはっ、まだっ、こ、こどもっ、なのに、ネコっ、おとなっ、さすけぇええ」
「ああ、はいはい。うん、そうだね。ネコは大人なのに、ずるいね」
「ここはっ、おれのっ、おれっ、おっ」
「弁丸様の、お昼寝の場所だねぇ」
「さすけぇええ」
「まったく。仕方ないなぁ」
 ぽんぽん、と佐助の手が弁丸の背を叩く。許されている。受け止められている。それが感じられて、嬉しくてほっとして、弁丸の体の端々にあった不安が涙になって流れ出る。佐助がそれを、全て受け止めてくれている。
「まったく。いつまでたっても、赤ちゃんじゃダメなんだって、わかってんの?」
 佐助の言葉に、弁丸は涙と鼻水でびしょぬれの顔を上げた。
「うわっ、すっごい顔」
「おれは、あかごではないっ」 言ってから、慌てて弁丸は佐助の着物を握りしめて、情けなく口をへの字に曲げた。
「だが、まだ、こどもだ」
 しゅんと言葉の力を弱めた弁丸の顔を、懐から手ぬぐいを出して乱暴に、佐助がぬぐった。
「ネコと張り合っちゃうんだもんなぁ。まったく」
 その声はどこか嬉しそうで、弁丸は笑って佐助の首にむしゃぶりついた。
「おれはまだ、こどもだ。だから、さすけと、ひるねをするぞ!」
 ぎゅうっと強く佐助の首にしがみつけば、さらりと頬に佐助の頬が触れた。嬉しくて、弁丸は力いっぱい佐助の頭に頭を擦りよせる。
「いたた。痛いって、ちょっと!」
 もうっと言いながら、佐助が弁丸を抱き上げて膝に抱え、くすぐった。
「ひゃああああっ」
 きゃっきゃとはしゃぎながら、弁丸は手足をばたつかせて佐助にじゃれる。ひとしきり暴れ回った後、二人はこつんと額を合わせ、ふふっと笑った。
「それじゃ、お昼寝しよっか」
「うむっ!」
 佐助が胡坐を掻いて、その中に弁丸が収まる。佐助の手のひらが弁丸の腹を優しく叩く。弁丸は、佐助を見上げた。
 午後の緩やかな日差しが注ぐ、縁側。庭は包み込むような柔らかな光に包まれ、緑が心地よさそうにしている。それを眺めたり、ぽかぽかと空に浮かんでいる雲を眺めたりしているうちに、瞼が重くなる。目を閉じても眩しいままの光から逃れるように身じろぎをすれば、そっと目を覆うように手が触れて、なでてくれた。


2014/01/14



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