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三者三槍

 道場の真ん中で、真田幸村が背筋を伸ばし目を閉じて、身じろぎすらせず座っている。
 ひょいと顔を覗かせた彼の忍・猿飛佐助は、まさか幸村が瞑想でもあるまいし、居眠りでもしているのだろうと近付いた。
「旦那」
 肩を叩こうと伸ばした手を、くるりと体を反転させた幸村に掴まれる。
「うわぁあっ。ビックリした」
 忍として、こうも簡単に手を取られてしまうというのはどうかと思うが、佐助はまれに、たわむれにこういうことをしてみせる。
「何故だ、佐助!」
「はい?」
 真剣な様子の主は、佐助の腕を握り締めたまま、ずいと顔を近付けて叫んだ。が、いきなり何の前触れもなく何故かと問われても、いくら幸村の事ならばなんでも察しがついてしまう、優秀な忍である佐助だったとしても答えようがない。小首を傾げて幸村を見れば、佐助の返答など気にしていないどころか、佐助に問うたことすら忘れているような状態で、両の拳を握り足を開いて腰を落とし、ぐぬぬと力んでいる。
「何故だ」
 ぎりりと食いしばる歯を見せて眉根に深いしわを刻む幸村は、相当に悩んでいるらしい。先ほどの姿は瞑想でも居眠りでもなかったのかと、佐助は自分の予測が外れた事に「俺様も、まだまだだなぁ」と、心中で暢気につぶやいた。
「で、旦那。何が、何故だ、なのさ。どっかの穴倉さんみたいに、不運な事でもあった?」
「おお、佐助。いたのか」
 はっと気付いて拳を解いた幸村が、落としていた腰を本来の位置に戻す。
「いたのかって……。旦那、さっき俺様に、何故だって聞いたじゃないさ」
「そうだったか」
 はて、と首を傾げる主のこういう部分にはなれている。やれやれと肩をすくめて、佐助は何が「何故だ」なのかと再度問うた。
「おお、そうだ。そこなのだ佐助」
「そこって、どこよ」
「どこと言っても、そこだ」
「いやだから。俺様にもわかるように、きちんと順序だてて言ってくんない?」
「順序だてて」
「そうそう。順序だてて」
 ふうむ、と腕を組んだ幸村が座り、佐助も向かい合わせに座った。
「俺は、お館様のようになりたいと、常々思うておる」
「うん」
 言いながら、佐助はどこからともなく湯飲みを二つ取り出し、団子の乗った皿を幸村の前に滑らせた。それを少しも疑問に思わず、幸村は団子に手を伸ばす。
「お館様は、立派で偉大なお方だ」
「ああ、うん。そうだねぇ。お館様は、立派だねぇ」
「山のように、大きくてあらせられる」
「うんうん。体付きも、がっしりしてて大きいよねぇ。旦那の三倍ぐらいは、あるんじゃない」
 適当に無責任な口調で相槌を打ちながら、佐助はずずっと茶を啜った。
「俺は、まだまだ修練が足らぬゆえ、あのように大きくたくましゅうはなれておらぬ。俺の筋肉は、お館様のそれに到底及ばぬ」
「いや。見た目じゃなくってさ、精神面での大きさを目指して欲しいなぁ。金銭面では、加賀とかあのへんの石高裕福なトコを目指して貰って、給料倍増、なんてことになっちゃうと嬉しいんだけど」
「なれど、同じくお館様を敬愛なされておる家康殿は、またたく間に、あのようにたくましくなられた」
 佐助の言葉は幸村の耳に届いておらず、佐助ももちろん聞いていないだろうなという前提で返事をしているので、意に介さない。
「ああ。あの戦国最強の後ろに隠れてたオチビさんが、あんなに大きくたくましくなっちゃうとは、ビックリだよねぇ。器もすっかり大きくなっちゃって。俺様としては、旦那にも、もう少し成長してもらいたいところなんだけど」
「この俺よりも腕は太く、胸筋は厚くたくましくなられた。肉体のことのみで申すならば、西海の鬼の海賊である長曾我部元親殿の四肢もたくましく、俺など足元にも及ばぬ」
「ああ。あの鬼さんね。大将と比べたら見劣りしちゃうけど、鬼って呼ばれても遜色ないぐらい、りっぱな体躯をしているよなぁ」
 次は、豊臣秀吉あたりの名前が飛び出てくるだろうかと、佐助は予測してみる。
「俺は、なにゆえ腕が細いままなのだ」
「は? 旦那の腕、べつに細くなんてないって。そりゃあ、大将や海の鬼あたりと比べたら、そうかもしんないけどさ。なんでその三人と比べ……」
 あ、と佐助はいいさして気づく。幸村の敬愛するお館様・武田信玄は別として、幸村と家康、元親との共通点に。
「もしかして旦那。同じ槍使いなのに、とか思ってない」
 佐助が片頬をひきつらせて問えば、幸村の丸い目が、さらに丸くなった。次いで唇が笑みの形に変わる。
「おお、佐助。やはり佐助は鋭いな。そうだ。俺も、元親殿も、槍を得手とする。家康殿は今では拳を武器となされておるが、かつては槍使い。今でもその業は衰えておらぬと聞く。この三人の中で、この幸村の筋骨が一番ひ弱に見えるとは思わぬか」
 ぐぬぬ、と悔しげな幸村に、佐助はこめかみを掻いた。
「ひ弱って、旦那。旦那がひ弱なら、世の中ひ弱な人間ばっかになっちまうんだけど」
「どのようにすれば、俺もあのようになれるのだろうか。短期間で育ち鍛え抜かれた家康殿に、恥を忍んで教えを乞いに向かうべきか。それよりも、その盟友である元親殿にご教授願うべきなのか」
 ふうむと力いっぱい悩んでいる幸村に、深く深く息を吐いて、あのさぁと佐助は呆れた声を出した。
「旦那の思う強さって、外見のたくましさだけなの?」
 佐助がこちらに気を向けようと、団子の串を幸村に差し出す。受け取った幸村がそれをかじりながら、目顔で言葉の先を促した。
「旦那は、俺様が弱いと思う?」
 きょとん、と幸村が首を傾げた。
「何を言っておるのだ。佐助が弱いわけがなかろう。お館様が倒れられた折には、副将までをも務めたのだからな」
 幸村に自分の言葉を反芻させる時間を取るため、佐助はひとつ頷いた。
「旦那。腕、出して」
 言われた理由がわからぬまま、幸村は腕を差し出す。そこに、佐助は自分の腕を並べた。
「俺様の腕の方が、細いよね」
「うむ。だが、佐助の腕は槍を振るうためではない。それに、そのぶん、しなやかさを有しておる」
「うん。そうだね。旦那の槍は、どんな槍?」
 腕を下ろした佐助が問えば、ますます質問の理由がわからないと、怪訝な顔をしながらも幸村は答えた。
「紅蓮の二槍だが」
「タヌキの旦那は置いといて、鬼の旦那の槍は、どんな槍だった?」
「かなり大きく持ち重りのするような、鎖の付いた槍だったな。碇の形、と申されておった」
 うんうんと佐助が頷くのを、幸村は難題の答えを待つ子どものように見つめた。
「俺様の武器は、なぁに?」
「大型の手裏剣だろう」
「毘沙門の旦那の武器は?」
「上杉謙信殿か。刀に決まっておろう」
「旦那は、俺様を弱くないって言ったよね」
「うむ」
「大将の好敵手のことも、弱いなんて思っていないよね」
「当然だ。謙信殿が弱いなどと、かけらも思うたことなど無いぞ」
 にっこりと何かの見本のように佐助が微笑む。
「俺様も、毘沙門の旦那も、旦那よりも華奢っていう言い方も変だけど、筋骨隆々って体系じゃあ、ないよねぇ。でも、弱くない」
「それは、扱う得物に沿うた体作りをしているからだろう。謙信殿の早さにも、佐助の早さにも、俺やお館様のような筋肉は必要ないではないか」
「はい、そこで話が戻るけど。旦那と鬼の旦那の武器。同じ槍でも、ぜんっぜん扱い方、違うよね。鬼の旦那は、はたして旦那のような二槍をうまく操れるのかなぁ」
 ふふ、と鼻を鳴らした佐助の言葉に、あっと幸村が気付く。
「俺は、俺の肉体は、あの二槍を振るうために日々鍛錬を行った結果だ」
 そうそう、と佐助が満足そうに頷く。
「だから、別に聞きに行く必要はないんじゃない? 聞きに行って、その通りにしちゃったら、せっかく大将が旦那にって設えてくれた二槍が扱いづらくなっちゃうかもよ」
「う、む……そうか」
 もぐもぐと団子を食べる幸村を見ながら、どうやら熱は治まったようだと佐助は胸を撫でおろした。幸村が、教えを乞うために甲斐を留守にすると言えば、彼の成長を願う信玄は止めないだろう。そして、目付け役に佐助を任命する。任命されなくとも、佐助がついていくのは当然だとされるだろう。そんな面倒くさい、一銭の得にもならない骨折り損はしたくない。徳川ならばまだしも、長曾我部の所にと言われたら大変困る。海の上で長期にわたって生活をするなど、佐助には考えられなかった。
 ああでも、と佐助は名前の挙がらなかった槍使いを思い浮かべる。加賀の前田家に行くというのなら、いいかもしれない。あそこならば手厚いもてなしをしてくれるだろうし、温泉もある。目付け役としてついていき、たっぷりと休暇を楽しめそうだ。
「ねえ、旦那」
「ん?」
「加賀の前田んとこなら、いいんじゃない。同じ槍使いだし、教えを乞うても」
 下心を隠して忠義者らしく提案する佐助に、幸村はさわやかに返答した。
「利家殿の槍と、俺の槍は違うからな。俺は、俺に見合った鍛錬を行う」
 もう少し先の時点で思い付き、提案をしておけば良かったなと思いつつ、佐助は茶を啜り道場の外に目を向けた。
 のんきそうな綿雲が、ぽかりぽかりと空に浮かんでいた。

2014/02/13



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