厚みのある冷たい純白の隙間から、覗く色がある。 真田幸村は、照り返しに目を細めつつ、それを眺めていた。「ああ、旦那。また、そんな薄着して」 咎める声に幸村が振り向けば、ひと房だけ長い後ろ髪が、冷気を揺らした。「佐助」 にこやかに幸村が呼べば、茜色の髪をした青年が、寒そうに綿入れの袖を擦り合わせて、顔をしかめた。「佐助、じゃないでしょ」 それに、幸村は首をかしげる。「佐助ではないのか?」「そういう事じゃなくて」 やれやれと、幸村の忍兼世話役の猿飛佐助が太い息を吐けば、白いもやが生まれる。「いくら旦那でも、薄着すぎるっつってんの。新年早々、風邪を引いたらどうするのさ。綿入れが嫌だってんなら、せめて火鉢の傍にいてくれよ……って、火が入ってない」 部屋に入り火鉢に目を落とした佐助が、顔をしかめる。首を巡らせ、部屋が庭と同じ空気に満たされているのを確認した佐助は、白い目で幸村を見た。「いつから、火が無かったの」「さあ、いつだったか」 どこか楽しそうな幸村を、佐助は睨み付けた。「まったくもう! 誰も旦那の火鉢に気付かないなんて、どうなってんのさ」「年末に、皆を家に帰しただろう。家族のもとで新年を迎えよと」 何を言っているんだと言いたげな幸村に、そうだけどさぁ、と佐助がぼやく。「下男の一人も残っていないなんて」「そのようなことは、気配でわかっておろう」 ニコニコとする幸村に、佐助は軽く肩をすくめた。「はいはい、俺様の落ち度ですよー」「落ち度などと、思うてはおらぬ」「とにかく。炭を持ってくるから、これ羽織ってて」 佐助が自分の綿入れを幸村に着せかける。ふわりとやわらかなものに包まれて、幸村は相好を崩した。「なあに、旦那」 幸村の笑みに漂う懐かしげな気配を問えば、幸村は佐助の腕をつかんで座らせ、互いの肩に綿入れを掛けた。「旦那?」「昔は、よくこうして雪を見た」 幸村の見ている過去に気付き、佐助の目許が和らぐ。「旦那は、昔っから平気な顔して薄着のまま雪を見ていたよねぇ」「そのたびに、佐助の着ている綿入れを羽織らされた」「そうすると、俺様が寒いだろうって、返そうとして」「こうして、二人で羽織ながら雪を眺めた」 気配で、懐かしいなと言い合った二人は、雪におおわれた庭を眺める。「佐助」「うん?」「お前は、雪の庭に何を見ていた」「えっ」 予想もしない問いに、佐助の目が丸くなる。幸村はじっと、その目の奥を見た。 佐助は苦笑して、然り気無く幸村から目をそらし、庭を見る。「懐かしいね」 誤魔化しだとわかっていながら、幸村は問いを重ねようとはしなかった。彼もまた、庭に目を向ける。「雪は、何もかもを覆い尽くす」「うん」 「だが俺は、そうではないと思う」 佐助は幸村の横顔を見た。雪に反射した光が、血色のよい丸みを帯びた頬を輝かせている。「覆い尽くしきれては、おらぬ」 幸村の指が、厚みのある雪を支える葉を示した。「木の幹や枝だけではなく、やわらかな葉でさえも、雪の重みに堪えている。……なあ、佐助」 遠くを見つめる瞳に、佐助は自分が雪景色に何を見ていたのかを、幸村は知っているのではないかと感じた。忍の業で形作られた佐助には、幼い頃からの輝きを、初陣を終え、紅蓮の鬼と称されるほどの武人となっても失わぬ主は、眩しすぎた。「俺は、雪に倒れぬものでありたい」「雪に倒れぬ?」「そうだ。雪の重みにも、冷たさにも負けずに、己であろうとする強さが欲しいのだ。塗りつぶされぬ、俺の色を保てる強さを、持ちたいと思う」「――は」 まさか、そんなことを考えていたとはと、佐助は可笑しくなった。「なにそれ」 クックッと喉を鳴らす佐助に気分を害することもなく、幸村は顔を輝かせる。「雪は全てを覆い隠すというのは、まやかしだ。そのものの持つ強さを、つまびらかにする。さまざまのことを、気付かそうとする」 だからな、と幸村は佐助に向けて、極上の笑みを浮かべた。「どこまでも、この俺に付き合ってくれ」「いや、話が繋がってないんだけど」「俺の中では繋がっておるから、問題はない」「……まったく」 穏やかな苦笑を浮かべた佐助が、指先で幸村の額を弾いた。「世話の焼ける大将だぜ」 呼び名を変えた佐助に、幸村の笑みが深まる。「今年も、宜しく頼むぞ。佐助」「仕方がないから、宜しくしてあげるよ。大将やお館様の世話が出来るのは、俺様くらいしかいないからねぇ」 うれしそうに憎まれ口を叩く佐助に、満足げに頷いた幸村は、ピョイと庭に飛び降りた。「わっ! ちょっと旦那、裸足で」 驚く佐助に雪を投げつけ、幸村が誘う。「雪合戦をするぞ、佐助」「は?」 「雪だるまを作り、かまくらも……おお、そうだ! お館様をお招き出来るほどに立派なかまくらを作ろう」「ちょっと、何を言っちゃってんのさ」「早く来ぬか、佐助っ!」「ああ、もう。仕方ねぇなぁ」 厳しく清楚な白の上に、あたたかな色が楽しげに戯れるのを、生まれたばかりの熱の薄い陽光が、静かに見守っていた。 2015/01/04