高く澄んだ薄い空に、小気味いい音が響いている。その音に導かれて、猿飛佐助は滑るように廊下を歩いた。 小袖に綿入れを羽織り、肩を縮めて歩く姿は忍とは思えぬ姿だが、足取りはなめらかで足音のひとつも聞こえない。自然と身についた習慣で、ネコのように縁側に出た佐助は庭先の光景を目にして、鼻の頭にシワを寄せた。「うわぁ、あったかそぉ」 言葉とはうらはらに、瞳は険しく声音は平坦で、心の底から嫌悪しているのが伝わってくる。スコンと軽快な音をさせて薪を割った青年が、その声に手を止めて振り向いた。「おお、佐助」 ニコリとしたのは、この屋の主、真田幸村だった。まるみのある人なつこい目を細めて、赤く上気した頬を持ち上げる。親しみのこもった笑顔に、佐助は狐を思わせる細面をなごませた。「まったく。なんて恰好してんのさ」「ぬ?」 小首をかしげた幸村の、ひと房だけ長い後ろ髪が揺れる。癖のある硬めの茶髪は、汗でしっとりしていた。健康的に日に焼けた肌からは、ほんのりと湯気に似たものが立ち上っている。寒空の下、幸村はもろ肌脱ぎで斧を振るっていたのだった。「こんなに寒いのに。そんなだと風邪ひくぜ、旦那」 佐助の軽口に、幸村は「大事ない」と白い歯を見せた。「動いておれば、あたたかくなる。佐助もどうだ? 必要なものを調達し、鍛錬にもなる」 幸村が差し出した斧の柄に、佐助は首を振った。「やんないよ。だいたい、屋敷の薪はもう、充分に足りてるだろ。そんなに割って、どうするのさ。山の木を伐りすぎると、雪崩が起きるぜ?」 鼻を鳴らした佐助に、幸村は「安心しろ」と斧を置いた。「これらは間引かれたり、野分で折れたりしたものだ。無駄に切り倒してきたものではない」「それで? もったいないから、全部を薪にしちゃおうってこと」 庭に下りた佐助が、置いてあった手拭いを取って幸村に渡す。受け取った幸村は汗をぬぐいながら、薪の山に顔を向けた。「あれを運ぶぞ、佐助」「どこに運ぶのさ。薪を余計に置いておく場所なんて、ないぜ。まさか屋敷の中とか倉に入れるなんて言わないよね」「里だ」「里?」「うむ!」 胸を張る幸村がなにを言わんとしているのか、佐助にはいまいちわからない。それよりも、佐助には気にしなければいけないことがあった。「体が冷えるまえに、汗を流すかなんかして、着替えをしてから話を聞くよ。冬が来れば戦に出ることはなくなるけど、風邪をひいて寝込むヒマなんて、ないんだからね」「うむ」 笑った幸村は、佐助の顔をじっと見た。表情で「もう準備はしてあるのだろう」と言われた佐助は、やれやれと苦笑して茜色の髪を掻いた。「それじゃ、裏から湯殿にまわって。入っている間に、お茶の用意をしておくからさ」「わかった」 スタスタと歩いて行く幸村の背の筋肉が、去年よりもたくましく見えた佐助は、温か味のある吐息をこぼして生姜湯の用意をしに行った。「それで? あの薪を里のどこに運ぶ気なわけ」 火鉢にあたりながら生姜湯をすすっていた幸村が、ほんのりとした甘みに目を細めながら答える。「薪割りのできぬもののところだ」「うん?」「薪が足らねば凍え死ぬからな」「まあ、そうだけどさ。それをなんで、旦那がやっているのさ」「鍛錬にもなる上に、民の役に立つ」「そこは、わかっているんだけどさ」 幸村が小首をかしげる。どう質問をすれば自分の意図が伝わるのかと、佐助はすこし考えた。「どうして、そんなことを思いついたのさ」 かたむけていた首を元に戻して、幸村はキリリと眉をそびやかせた。「山に置かれたままの木があると聞いてな」「うん」「だから、使おうと思うたのだ」「その、思うた……までの間を知りたいんだけど」「むっ?」「どうして、そんな木があるって知ったのかってことと、どうしてそれを薪にしようって思いついたのかってことと、配ろうって考えたきっかけと」 ひとつひとつ、指を立てて数えながら、佐助は区切って問うた。すると幸村も指を立てつつ、説明する。「鍛錬のために山に入ったおり、山の手入れをしているものと会うたのだ。そこで、剪定した枝や枯葉を、里のものが炊きつけに使うと聞いた。その話のなかで、運べぬものもあると聞いてな。使いきれぬが使えるものがあって、惜しいと言っていた」 佐助がうなずくと、幸村は二本目の指を立てた。「焚きつけに枯葉を使うなど、俺は知らなかった。薪に火をつけるまえに、枯葉などを使うそうだな」「うん。そっちのほうが、はやく燃えるからね。枯葉とか細い枝から、薪に火をうつすんだよ」「うむ。その話を聞いてな、そのあとで、すべての木を冬の薪として蓄えられれば助かる、という話になったのだ」「それで、薪にしようって思いついたわけだ」「手が足りぬと言われてな。したくともできぬのであれば、俺がすればよいと考えた。修練にもなるし、ちょうどよいとな」「うん、まあ、そうだねぇ」 重い斧を持ち上げて、目的の位置にまっすぐに振り下ろすには背中の筋肉と重心の安定、ぶれない腕の力が必要となる。一石二鳥だと幸村が受け止めるのも、自然なことだ。納得をした佐助に、幸村は得意気に三本目の指を立てて最後の答えを披露した。「薪を割るのは鍛錬となる。つまり、それだけの力量のあるものでなくば、難しい。長年の経験により、年をとってもできるものもいるが、そうではないものもいる。そういうものが冬に凍えぬよう、集まって火を共有し、薪を節約することもあると聞いてな。使えるものがあるのに手が足りずに使えず、欲しておるものがおるのに、手に入らぬとは奇妙なことと思うたのだ」「うん。なるほどね」 幸村の敬愛する武田信玄は、民を第一と考えている。その薫陶をふんだんに受けている幸村ならば、身分意識を持たずに民の役に立つのならと、己を使うのも不思議はない。「きびしい冬への備えがあるのは、心情的にも助かるしねぇ。いいことをしているとは思うよ」「そうだろう」 幸村がちょっと胸を張る。「で。あの薪はどうやって里に運ぶわけ?」「むろん、背負うて運ぶに決まっておろう」「あの量を? どんだけ往復しなくちゃならないのさ。馬とか、ほかにも方法があるでしょうに」 庭の半分を埋め尽くすほどの薪を思い浮かべて、佐助はあきれた。「どんだけ往復しなきゃなんないのさ」「それもまた、鍛錬になろう」 ああ、と佐助が片手で顔をおおう。幸村は満足顔で生姜湯をすすった。 ちょっと考えてから、佐助はおおきなひとり言を言った。「背負って運ぶのは、たしかに足腰の鍛錬になるかもしれないけど、里のものの役に立つってことを考えたら、輸送は手早く終わらせるほうがよさそうだけどなぁ。まあでも、旦那が鍛錬に重点を置いて、民のことは二の次でいいっていうのなら、しかたないかぁ」「ぬぅ? 佐助。それはどういうことだ」「ん? なにが」「いま、おまえが民のためならば、薪を運ぶは手早く済ませた方がよいと言ったことだ」「ああ、それね」「それだ。どういうことか説明せよ」「説明もなにも、そのまんまだよ。運んでいる間は、薪割りができないだろ? 薪にする木材が、あとどれだけあるのかは知らないけどさ。運ぶ時間を多くとるってことは、薪づくりの時間が減るってことになる」「うむ」「そうすると、配れる薪の数は減るよね」「減るな」「薪は、あり過ぎるなんてことがない。雪が来れば、木を伐りに山に入るのもむずかしくなるから、薪を作れなくなるからね」「そうだな」「民としては、秋のうちにすこしでも多く薪を蓄えていたいところだよねぇ」「寒さに震えなくともよくなるからな。凍え死ぬ心配が減る」「だけど、運ぶ手間を作ったら、薪割りがはかどらない」「む……ぅ」 視線を落として考え込んだ幸村に、佐助はまたもやひとり言の雰囲気で意見を述べた。「どうせ運ぶなら、だれか用事のある人に、ついでで頼めば効率もいいし、配る先も増やせてよさそうな気がするけどなぁ」 そこで佐助は席を立った。「俺様ちょっと、お茶のおかわりを用意してくるよ。ついでに団子か餅でも持ってくるね」「うむ。ああ、いや待て、佐助」「ん? なに」「里のものが野菜などを売りにくるだろう。そのときに、薪を持って帰らせることはできるだろうか」「できるだろうね。なんなら、近くに来たものに薪を配って、持って帰ってもらうってこともできるし、用事のついでに運ばせることも可能だけど?」「手配、頼めるか」「旦那が運ばなくてもいいの?」「すべての木を薪にし終えてからにする。運ぶ手がほかにあり、民の備えとするにはそのほうがよいのであれば、おまえの案を使いたい」「はいよ。そんなら、そういう手配をついでにしてから、茶請けを持ってくるとしますかね」「頼む」 うん、と目顔で返事をした佐助は、襖を閉めると舌を出して笑った。(まったく。旦那ってば……もうすこし、なにを主目的にするかってことを明確にできるように、頭を使ってくれなくっちゃ。俺様の苦労も終わらないってね) 楽しげに脳内でぼやいた佐助は、今日は五平餅を火鉢で炙って茶請けにしようと考えながら、控えていた部下の忍に視線で指示した。「今年の冬は、例年よりもちょっとばかし、あったかく過ごせそうだねぇ」 冬の足音が、しずしずと山の奥から近づいてくる。 高く澄んだ薄い空に、小気味いい音が響いている。その音に導かれて、猿飛佐助は滑るように廊下を歩いた。 小袖に綿入れを羽織り、肩を縮めて歩く姿は忍とは思えぬ姿だが、足取りはなめらかで足音のひとつも聞こえない。自然と身についた習慣で、ネコのように縁側に出た佐助は庭先の光景を目にして、鼻の頭にシワを寄せた。「うわぁ、あったかそぉ」 言葉とはうらはらに、瞳は険しく声音は平坦で、心の底から嫌悪しているのが伝わってくる。スコンと軽快な音をさせて薪を割った青年が、その声に手を止めて振り向いた。「おお、佐助」 ニコリとしたのは、この屋の主、真田幸村だった。まるみのある人なつこい目を細めて、赤く上気した頬を持ち上げる。親しみのこもった笑顔に、佐助は狐を思わせる細面をなごませた。「まったく。なんて恰好してんのさ」「ぬ?」 小首をかしげた幸村の、ひと房だけ長い後ろ髪が揺れる。癖のある硬めの茶髪は、汗でしっとりしていた。健康的に日に焼けた肌からは、ほんのりと湯気に似たものが立ち上っている。寒空の下、幸村はもろ肌脱ぎで斧を振るっていたのだった。「こんなに寒いのに。そんなだと風邪ひくぜ、旦那」 佐助の軽口に、幸村は「大事ない」と白い歯を見せた。「動いておれば、あたたかくなる。佐助もどうだ? 必要なものを調達し、鍛錬にもなる」 幸村が差し出した斧の柄に、佐助は首を振った。「やんないよ。だいたい、屋敷の薪はもう、充分に足りてるだろ。そんなに割って、どうするのさ。山の木を伐りすぎると、雪崩が起きるぜ?」 鼻を鳴らした佐助に、幸村は「安心しろ」と斧を置いた。「これらは間引かれたり、野分で折れたりしたものだ。無駄に切り倒してきたものではない」「それで? もったいないから、全部を薪にしちゃおうってこと」 庭に下りた佐助が、置いてあった手拭いを取って幸村に渡す。受け取った幸村は汗をぬぐいながら、薪の山に顔を向けた。「あれを運ぶぞ、佐助」「どこに運ぶのさ。薪を余計に置いておく場所なんて、ないぜ。まさか屋敷の中とか倉に入れるなんて言わないよね」「里だ」「里?」「うむ!」 胸を張る幸村がなにを言わんとしているのか、佐助にはいまいちわからない。それよりも、佐助には気にしなければいけないことがあった。「体が冷えるまえに、汗を流すかなんかして、着替えをしてから話を聞くよ。冬が来れば戦に出ることはなくなるけど、風邪をひいて寝込むヒマなんて、ないんだからね」「うむ」 笑った幸村は、佐助の顔をじっと見た。表情で「もう準備はしてあるのだろう」と言われた佐助は、やれやれと苦笑して茜色の髪を掻いた。「それじゃ、裏から湯殿にまわって。入っている間に、お茶の用意をしておくからさ」「わかった」 スタスタと歩いて行く幸村の背の筋肉が、去年よりもたくましく見えた佐助は、温か味のある吐息をこぼして生姜湯の用意をしに行った。「それで? あの薪を里のどこに運ぶ気なわけ」 火鉢にあたりながら生姜湯をすすっていた幸村が、ほんのりとした甘みに目を細めながら答える。「薪割りのできぬもののところだ」「うん?」「薪が足らねば凍え死ぬからな」「まあ、そうだけどさ。それをなんで、旦那がやっているのさ」「鍛錬にもなる上に、民の役に立つ」「そこは、わかっているんだけどさ」 幸村が小首をかしげる。どう質問をすれば自分の意図が伝わるのかと、佐助はすこし考えた。「どうして、そんなことを思いついたのさ」 かたむけていた首を元に戻して、幸村はキリリと眉をそびやかせた。「山に置かれたままの木があると聞いてな」「うん」「だから、使おうと思うたのだ」「その、思うた……までの間を知りたいんだけど」「むっ?」「どうして、そんな木があるって知ったのかってことと、どうしてそれを薪にしようって思いついたのかってことと、配ろうって考えたきっかけと」 ひとつひとつ、指を立てて数えながら、佐助は区切って問うた。すると幸村も指を立てつつ、説明する。「鍛錬のために山に入ったおり、山の手入れをしているものと会うたのだ。そこで、剪定した枝や枯葉を、里のものが炊きつけに使うと聞いた。その話のなかで、運べぬものもあると聞いてな。使いきれぬが使えるものがあって、惜しいと言っていた」 佐助がうなずくと、幸村は二本目の指を立てた。「焚きつけに枯葉を使うなど、俺は知らなかった。薪に火をつけるまえに、枯葉などを使うそうだな」「うん。そっちのほうが、はやく燃えるからね。枯葉とか細い枝から、薪に火をうつすんだよ」「うむ。その話を聞いてな、そのあとで、すべての木を冬の薪として蓄えられれば助かる、という話になったのだ」「それで、薪にしようって思いついたわけだ」「手が足りぬと言われてな。したくともできぬのであれば、俺がすればよいと考えた。修練にもなるし、ちょうどよいとな」「うん、まあ、そうだねぇ」 重い斧を持ち上げて、目的の位置にまっすぐに振り下ろすには背中の筋肉と重心の安定、ぶれない腕の力が必要となる。一石二鳥だと幸村が受け止めるのも、自然なことだ。納得をした佐助に、幸村は得意気に三本目の指を立てて最後の答えを披露した。「薪を割るのは鍛錬となる。つまり、それだけの力量のあるものでなくば、難しい。長年の経験により、年をとってもできるものもいるが、そうではないものもいる。そういうものが冬に凍えぬよう、集まって火を共有し、薪を節約することもあると聞いてな。使えるものがあるのに手が足りずに使えず、欲しておるものがおるのに、手に入らぬとは奇妙なことと思うたのだ」「うん。なるほどね」 幸村の敬愛する武田信玄は、民を第一と考えている。その薫陶をふんだんに受けている幸村ならば、身分意識を持たずに民の役に立つのならと、己を使うのも不思議はない。「きびしい冬への備えがあるのは、心情的にも助かるしねぇ。いいことをしているとは思うよ」「そうだろう」 幸村がちょっと胸を張る。「で。あの薪はどうやって里に運ぶわけ?」「むろん、背負うて運ぶに決まっておろう」「あの量を? どんだけ往復しなくちゃならないのさ。馬とか、ほかにも方法があるでしょうに」 庭の半分を埋め尽くすほどの薪を思い浮かべて、佐助はあきれた。「どんだけ往復しなきゃなんないのさ」「それもまた、鍛錬になろう」 ああ、と佐助が片手で顔をおおう。幸村は満足顔で生姜湯をすすった。 ちょっと考えてから、佐助はおおきなひとり言を言った。「背負って運ぶのは、たしかに足腰の鍛錬になるかもしれないけど、里のものの役に立つってことを考えたら、輸送は手早く終わらせるほうがよさそうだけどなぁ。まあでも、旦那が鍛錬に重点を置いて、民のことは二の次でいいっていうのなら、しかたないかぁ」「ぬぅ? 佐助。それはどういうことだ」「ん? なにが」「いま、おまえが民のためならば、薪を運ぶは手早く済ませた方がよいと言ったことだ」「ああ、それね」「それだ。どういうことか説明せよ」「説明もなにも、そのまんまだよ。運んでいる間は、薪割りができないだろ? 薪にする木材が、あとどれだけあるのかは知らないけどさ。運ぶ時間を多くとるってことは、薪づくりの時間が減るってことになる」「うむ」「そうすると、配れる薪の数は減るよね」「減るな」「薪は、あり過ぎるなんてことがない。雪が来れば、木を伐りに山に入るのもむずかしくなるから、薪を作れなくなるからね」「そうだな」「民としては、秋のうちにすこしでも多く薪を蓄えていたいところだよねぇ」「寒さに震えなくともよくなるからな。凍え死ぬ心配が減る」「だけど、運ぶ手間を作ったら、薪割りがはかどらない」「む……ぅ」 視線を落として考え込んだ幸村に、佐助はまたもやひとり言の雰囲気で意見を述べた。「どうせ運ぶなら、だれか用事のある人に、ついでで頼めば効率もいいし、配る先も増やせてよさそうな気がするけどなぁ」 そこで佐助は席を立った。「俺様ちょっと、お茶のおかわりを用意してくるよ。ついでに団子か餅でも持ってくるね」「うむ。ああ、いや待て、佐助」「ん? なに」「里のものが野菜などを売りにくるだろう。そのときに、薪を持って帰らせることはできるだろうか」「できるだろうね。なんなら、近くに来たものに薪を配って、持って帰ってもらうってこともできるし、用事のついでに運ばせることも可能だけど?」「手配、頼めるか」「旦那が運ばなくてもいいの?」「すべての木を薪にし終えてからにする。運ぶ手がほかにあり、民の備えとするにはそのほうがよいのであれば、おまえの案を使いたい」「はいよ。そんなら、そういう手配をついでにしてから、茶請けを持ってくるとしますかね」「頼む」 うん、と目顔で返事をした佐助は、襖を閉めると舌を出して笑った。(まったく。旦那ってば……もうすこし、なにを主目的にするかってことを明確にできるように、頭を使ってくれなくっちゃ。俺様の苦労も終わらないってね) 楽しげに脳内でぼやいた佐助は、今日は五平餅を火鉢で炙って茶請けにしようと考えながら、控えていた部下の忍に視線で指示した。「今年の冬は、例年よりもちょっとばかし、あったかく過ごせそうだねぇ」 冬の足音が、しずしずと山の奥から近づいてくる。 2017/11/21