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ほくほく

 猿飛佐助が任務から戻ってくると、主の真田幸村が庭先で焚火をしていた。
「なーにやってんのさ、旦那」
 ストッと傍に降り立てば、炎の具合を真剣に見ていた顔が、パッと笑みにほころんだ。
「おお、佐助! 帰ったか」
「うん。ただいま、旦那。それで? なんで焚火なんて、してるわけ。たしかに、寒の戻りでちょっと肌寒いけどさぁ」
 体温の高い幸村は、寒さに強い。雪の中に薄着で飛び込んでしまうこともある。見ているこちらが寒くなるような行動を、平気でしてしまう幸村が焚火をする理由が、さっぱりと思いつかなかった。
「そうであろう。肌寒いであろう」
 うれしそうにうなずいた幸村の胸が、得意げにそらされる。首をかしげた佐助は、もしかしてと炎に目を向けた。
「俺様のために、焚火をしておいてくれたってこと?」
「うむ!」
 元気よく答えられ、佐助はパッと口許を片手でおおった。
「どうしたのだ、佐助」
 ニヤけてしまったなんて、言えるわけがない。さりげなく顔をそむけて表情を戻してから、幸村に向き直る。
「うん、ちょっとね……そっかぁ、俺様のために、焚火をしてねぎらってくれるなんて、大感激ぃ〜」
 茶化しながらよろこぶと、幸村はさらに笑みを深めて腰に手を当てた。
「これだけではないぞ、佐助」
「なに? 焚火のほかに、なにか、あったかいものを用意してくれているってこと」
「無論だ! 焚火だけで、労をねぎらえるほど、佐助の働きは軽くないからな」
「そりゃあね。俺様ってば優秀な忍だから、とっても重たい重要な任務を、たっぷりとこなしているもんねぇ」
 その通りだと言いたげに、幸村は笑顔のままで重々しく首を縦に動かした。
「ってことは、臨時の御手当をくれるとか、そういうこと?」
 そんなことはないだろうなと思いつつ、言わなければ伝わらないので言ってみる。すると幸村は眉間にシワを寄せて、難しい顔でうつむいた。ああやっぱりと思いながら、せっかくの気分を盛り下げてしまったなと、軽い罪悪感に見舞われる。
「腹の中から、あたたまれるようにと思ったのだ」
 懐はあたたまらないが、胃袋はあたためてもらえるらしい。
「へえ? なにか、おいしい食材でも手に入ったの」
 幸村のことだから、焼き団子か饅頭、あるいは旬のもの――採れたてのタケノコを焼いてくれるのかもしれない。
「眠らせておいたものを、出してきたのだ」
「眠らせて?」
 いったいどういうことかと問いかけて、ピンとくる。焚火を用意し、さらにあたたかな食べ物……しかも眠らせておいたと言えば、あれしかない。
「もうしばらく待て」
 焚火を真剣に見ていた理由がわかって、佐助はニヤニヤした。
「もうしばらくって、どのくらい? 腹の中からってことは、食べ物だよね。お茶でも用意してこようか」
「ぬっ?! それは、ならぬ」
「なんで」
「佐助の労をねぎらおうとしておるのに、佐助が茶の用意をしては、働かせることになるではないか」
「お茶の準備くらい、なんともないって」
 ついでに大福を焼いておこうと、任務の帰りに手に入れた包みを脳裏に描く。あれはいま、戸棚にしまってあった。甘味の好きな幸村が、修練の後にすでになにか食べていたら、夕餉の後に出そうと思っていたのだが、この様子なら焚火の中でホクホクと焼けていくものを、一緒に食べるつもりでいるはずだ。どの程度の量を焼いているのかは知らないが、大福のひとつやふたつなら、追加でペロリと食べてしまうだろう。
「茶は、俺が用意をする」
「火の番は、どうするのさ。俺様が、見ておく?」
「それは、ならぬ。それだと佐助を働かせることになるではないか」
「だったら、誰がお茶を用意するのさ」
「ぬ、ぅううっ」
 うめく幸村に、ひらりと片手を振ってみせた。
「茶の用意なんて、そんな大層なことじゃないから。さっさと準備してくるからさ。旦那はしっかり焚火を見張っていてよね」
「う……む。わかった」
 渋々と了承した幸村に笑いかけて、その場を離れて大福を取りに行く。厨に行くと、夕食の準備のために火がたかれていた。ちょうどいいと、立ち働くもの達に交じって、佐助は火を拝借して湯を沸かし、大福を炙った。表面に焦げ目がついたところで湯が沸いた。お茶といっても、茶葉を砕いて点てる風流なものではなく、麦こがし――炒った大麦を粉に引いて湯を注ぐ麦湯だ。
 盆に湯呑と大福を乗せて幸村の元へ戻ると、幸村のほうもできあがったらしく、焚火からコロコロと焦げた手のひら大の丸いものを、長い枝を使って掻き出している。
「旦那ぁ」
 声をかけて縁側に盆を置くと、振り向いた幸村が大福を見つけて目を丸くした。
「帰りに茶屋を見つけてさ。疲れちゃったから、甘いものがほしいなーって。旦那も好きだし、お土産に買ってきたんだよ」
「そうか。礼を言うぞ、佐助」
「どういたしまして。それで、旦那のほうは?」
「うむ。床下の保存庫から、出してきたのだ」
 黒焦げになっているものは、里芋だった。里芋は広く栽培されており、冬の間は床下の保管庫にオガクスとともに貯蔵しておく。それを取りだして焼けば、ホクホクと腹の底からあたたまる、おいしい焼き芋ができあがる。塩や味噌をすこし塗れば、すこぶるうまい。
 佐助は塩や味噌を、すこし拝借してこればよかったと悔やんだ。幸村がなにを焼いているのか、想像はついていたというのに。
「まだ、熱いからな。気をつけろ」
 そう言って、お手玉のように揺らしながら、幸村が焼けた里芋を持って縁側に来る。盆を間に並んで座り、里芋を受け取ると皮をむいてかぶりついた。
「あふっ、あつ……い、けど、うまいよ、旦那」
「そうか! うむ」
 心底うれしそうな幸村に、佐助の頬がほころぶ。
「旦那も俺様の御土産、あったかいうちに食べなよ」
「では、いただくぞ……ほむっ、うむ……うむ、うまい」
「やっぱり、塩か味噌をちょっともらってこようか。甘いものと、しょっぱいものを交互に食べたら、さらにおいしいだろ」
「用意をしておかなんだ俺の失態だな」
「里芋だって予想してたのに、持ってこなかった俺様のうっかりだって」
 顔を見合わせて、ふたりはクスクスと笑いあった。
「おいしいねぇ、旦那」
「うまいな、佐助」
 結局、塩も味噌も取りに行くことなく、ふたりはのんびりと空を見上げて、芋も大福も平らげた。
「はぁ……いい天気だねぇ」
「うむ。心地よいな」
「俺様は、ちょっと寒いけど」
「ならば修練につき合え、佐助」
「えー。俺様、疲れて帰ってきたところだから、ゆっくり休ませてくんなーい?」
「む。そうであったな。ならば、焚火の傍に行くか?」
「動くの、めんどくさくなっちゃったから、ここでいいよ」
 そのまま寝転んでしまいかねない口調で言って、ふうっと息を吐く。なんて平和な時間だろう。
「風邪をひくぞ、佐助」
「それ、俺様がいつも旦那に言ってることだけど?」
 からかい口調で返せば、むうっと唇を尖らせて困った顔をされた。こんな顔して、戦場では紅蓮の鬼なんて呼ばれているんだよなぁと、佐助は不思議な感覚に包まれる。誰よりも近くでその姿を見ているのに、あれは夢だったのではないかと錯覚するほど、無垢な表情をする主は末頼もしくも、恐ろしい。
 いまの姿も、戦場の姿も、間違いなく幸村そのものだ。
「ねえ、旦那」
「ん?」
「……なんでもない」
 戦のない世の中になったら、と言いかけた自分を胸中で笑って、まぶたを伏せる。
 いったい、自分はなにを言おうとしたのだろう。
「佐助?」
「寝ないよ、大丈夫……ちょっと、春の気配を感じていただけ」
 幸村の視線が外れる。空を見上げているのだろうか。おだやかな気配に包まれて、佐助はほんのりと口の端を持ち上げた。
 もうすこし、このまま……形容しがたい感情の静かな高ぶりを、味わっていたかった。

2018/04/10



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