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登場―最上・金吾・天海・黒官
ジェントルでエンジェル

 湯飲みからくゆる湯気の姿形はなまめかしく、立ち上る香りも申し分ない。本日も最高においしい玄米茶が、両手のひらの中に包まれている。
「んん、この最上義光にふさわしい、香り高い優雅な香りだねぇ」
 すぅうん、と湯気を鼻に深く吸い込んだ義光は、満足げに口元をゆるめて玄米茶をすすった。美茶に目を細め、ほうっとこぼれた堪能の息も、冷えた空気に湯気のごとく白い姿を見せた。
「はぁ。しかし、つまらないな」
 徳川家康が天下を掌握し、当然、このずるくて賢い羽州の狐である自分にも、天下を治めるための方策を求める使者が来るであろうと思っていたのだが、とんとそんな気配は無い。
「まあ、まだ我輩が出る幕ではないのかもしれないけれど……つまらないねぇ」
 ぶつぶつと呟く義光は、ずずっと玄米茶を啜りながら肌寒くなった気温のように、自分の胸中も肌寒くなっていることに嘆息した。
「ざびいどん教は、どうなっているのだろうね」
 ふ、と思い浮かんだことを、つぶやいてみる。天下分け目に功績を残さんとして、徳川家康と石田三成の戦いに混じってみたはいいが、ぴょいんと飛ばされ気がつけば、ざびいどん教のなんだかとかいう子どもに「天使」と言われ、一時は手厚くもてなされたことを懐かしく思い出し、どうして家康は自分をそのように遇しないのかと、首を傾げた。
「ああ!」
 ぽん、と義光は手を打った。
「我輩のすばらしさに、おいそれと声をかけるのは失礼に当たると、ひそかに恐れ敬っているのかもしれないねぇ」
 そう思いついた義光は、それが真実であるかのように、瞬時に思い込んだ。
「そうかそうか。そういうことであるのならば、致し方のない事。よしよし。それじゃあ、こちらから紳士的に出向いて、我輩の叡智を分け与えてあげようと声を掛けてあげなければいけないね」
 うんうん、と自分の言葉に納得をした義光は、早速に南へ向けて出かけることに決めたのだった。

 義光は、平穏な世の中になったのだし、あふれだす素敵に無敵な気品で人々に恐れ敬われ、ぜひにとあちこちで招かれるようなことになっては、天下人となった家康の元へ行くのに時間がかかって困るだろうと、単身で領地を出立する事にした。
「強くて賢い我輩なのだから、ひとり旅をしても問題は無いだろう。下々の生活を見て回るのも、高貴なものの務めでもあるだろうしね」
 自分で想像したことを、すっかりそうだと思い込んでしまっている義光は、悦に入りながら自慢のカイゼル髭を風になびかせ、街道を進んでいた。
「素敵紳士かつ優美天使な我輩の訪れに、きっと感涙とめどなく迎えてくれることだろうね」
 ゴキゲンな足取りで進んでいた義光は、もやもやもやん、と到着した先でのことを思い浮かべた。
 そっと城を訪れると、門番がやんごとなき高貴な気品に満ち満ちている義光の姿に、大人物であると察して慌てて報告に上がる。隠しきれない偉大さを持っている人間、ということで城内は大慌てで自分を迎える準備を整え、天下人となった家康が自ら門前に迎えに来る。そこで義光の姿を見つけ、地に膝を着いて頭を下げ、仰ぎ見ながら恭しく城内へ招き入れるのだ。
「ふふぅん」
 うっとりと空想にひたりながら、カイゼル髭を摘んで撫でる義光の耳に、鳥の叫びのように甲高く遠い悲鳴が届いた。
「無粋な鳥だねぇ」
 素敵な空想に水を差されて、むっつりと唇を尖らせた義光は、手庇をして空を見るが鳥影は見えない。
「うん?」
 けれど怪鳥の叫びのような音は幻ではなく、どんどんと近付いてくる。
「たぁああぁああすけてぇえぇええ」
 それが人の言葉であると気付き、音の方角に顔を向けた義光は、巨大な黒い何かに乗って、ぐるぐると回転をしながら近付いてくる、赤い衣の男と長く白い髪を振り回している男の姿を見た。赤い衣の男は両手を振り回しており、その背後の男はニコニコと幸せそうだ。
「ああ、なんということだろう! 我輩のすばらしき気配を察して、あんなに大急ぎで追いかけてくるとは。あそこまで必死になられると、無下にするのも忍びないねぇ」
 ふわっと優雅な仕草で湯飲みを取り出した義光が、とんでもない速度で近付いてくる相手へ湯飲みを差し出す。
「そんなに急いでは、喉が渇いてしまうだろう。紳士的に、我輩がまずは茶を馳走しようじゃあないか!」
「あぁあぁあああ止めてえぇえぇええぇえええ」
「ああ、急ぎすぎて止まれなくなってしまったんだね。なんて熱心に我輩を求めているのか! 感激だよ。では、我輩がちょちょいのちょい、と止めて……っあぁああぁあああああっ」
 義光がひとりしゃべっている間に、迫り来る相手は眼前にたどり着き、義光を跳ねた。
「おやおや。金吾さん。どなたかを撥ねてしまったようですよ」
「天海様、どうしよぉおお!」
「とりあえず、あやまっておけばいいんじゃないでしょうか」
「ご、ごごごごめんなさぁあああぁあああい!」
 義光を撥ねた何かは、義光にひっかかるようにして中空に浮かび上がった。撥ねられた義光は空高く舞い上がり、追いかけるように浮かび上がった何かの中に着地した。
「気にしなくていいんだよ。山田君。我輩に会いたいという気持ちが募りすぎて、こんなことになったのだろう? ああ、しかし。これは何かと思ったら、立派な鍋だねぇ。鍋で旅をするとは、一風変わった趣向だ」
 周囲の音も聞こえなくなるほどの速さで、回転をする鍋は気流を掴んでしまったらしく、空に浮かび上がったまま何処かへと向かって行く。
「おお。これは絶景だねぇ。地上がかき回されて、なんだかよくわからない色合いになっているよ」
「ひぃいいぃいい! ぼくたち、何処へ行くのおぉおお」
「金吾さん、そんなに怯えなくとも大丈夫ですよ。なるようになります。ええ、なるようにしかならない、とも言えますけれど。フフフ」
「うぅん、これは我輩を素敵天使と迎えた、ざびいどん教の元へと行った時に、酷似しているねぇ。ああ、そうか。君たちは我輩が出立をしたと聞いて迎えに来てくれたのだね。それはそれは、ご苦労だったね。最高の玄米茶を、馳走してあげよう」
 ものすごい回転のおかげで安定をしている鍋上で、ゆったりと優雅な仕草で義光が湯飲みを取り出す。
「ああ、これはこれは。空の上は寒いですから、あたたかなお茶は何よりも馳走。ありがたく、いただきますよ。ほら、金吾さん。そんなに叫んでいては、喉が渇いて仕方が無いのではありませんか? こちらの方が、あたたかなお茶をくださいましたよ。ん、これは香ばしい、良いお茶ですねぇ。ほら、金吾さん。あたたかなお茶を飲めば、落ち着きますよ」
「ふえぇえええ、落ち着いてなんていられないよぉおおお」
「そんなに取り乱して。我輩のあふれでる紳士的な振る舞いに、感激をしているのだねぇ。大丈夫だよ、斉藤君。まぁ、遠慮をせずに一服したまえ。目的地に着くまで、のんびりと過ごそうじゃないか。紳士は、おいそれと取り乱すものではないよ」
「そうですよ、金吾さん。おいしいお茶を、いただいてください」
「ぐすっ、うう……」
 涙と鼻水でグシャグシャになった顔を手ぬぐいで拭き、金吾こと小早川秀秋が義光から湯飲みを受け取り、ずずっと啜った。その瞬間、塞いでいた顔がばら色に輝く。
「おいしいっ! 天海様、この玄米茶、すごくおいしいよ」
「良かったですねぇ、金吾さん」
 白銀の髪をなびかせる天海が、にっこりと柔和に目じりを細める。
「このお茶、すごくおいしい! ありがとう」
 金吾が義光に心底からの美味の笑みを向ければ、義光が満足そうに頷いた。
「我輩の玄米茶は、高貴で芳醇ですばらしい味だろう。我輩の紳士的かつ知的で優美な雰囲気が、そのまま溶け込んでいるような味だとは思わないかね」
 カイゼル髭をなびかせる義光の言葉に、少し首を傾げながらも笑みを崩さぬ金吾が、ごそごそと懐から包みを取り出した。
「こんなにおいしい玄米茶があるんだから、政宗さんがお土産にくれた、ずんだ餅をみんなで食べよう」
 そっとふくよかな手の上に、大切に包みを開いた金吾が二人に勧める。
「おお、これは良い茶菓子だねぇ。早速、いただくとしよう。――うむ、旨い!」
「ああ、ほんとう。おいしいですねぇ」
「んふふ。片倉さんの野菜を貰った帰りに、政宗さんが、お土産にくれたんだぁ」
「ふぅむ。道中の茶菓子も用意しているとは、感心感心。玄米茶のおかわりもあるが、どうかね君たち」
「わぁい。ありがとう! えぇと……」
「我輩の名を口にするのも、恐れ多いというのかね。かまわないよ、どうぞ呼んでくれたまえ。強くて賢い羽州の狐! 素敵紳士の最上義光と!」
「あ、最上さんって言うんだ。ありがとう、最上さん」
「おや。高度が下がってきましたよ、金吾さん。着地をするようですねぇ」
「ええっ、そうなの? うわ、体が浮いちゃう!」
「ふわふわとしてきたねぇ。やはり、我輩は天使なのだね」
「しっかりと、鍋のふちを握っておいたほうがよさそうですよ」
「うん。そうするよ、天海様。最上さんも、鍋のふちにつかまって! 落ちちゃうよ」
「ああ、到着するのだね。さて、どんなふうに我輩をもてなしてくれるのか。楽しみだね」
 じょじょに高度を下げた鍋は、勢いを落さぬままに地表に向かう。金吾は身を縮こめて。天海はのんびりとした様子で。義光はわくわくと得意げな様子で、鍋のふちを掴む。
 三人を乗せた鍋は空気を切り裂く轟音を撒き散らしながら、回転力によって岩盤をえぐり、その下にあった洞窟へと突き刺さった。
「っ、うううっ」
「あいたたた。乱暴な着地だねぇ」
「ご無事ですか、みなさん。ああ、しかしここは何処なのでしょう」
 もうもうと土ぼこりが舞い上がり、周囲が見えない。鍋の中で土ぼこりが落ち着くのを待っている三人に、怒声が浴びせられた。
「お前さんたち! いったどういうつもりだ! 小生とその仲間が苦労をして作り上げた洞穴に、でっかい天井穴を開けやがって!!」
「ひぃっ」
 びくっと金吾が身をすくめ、おやおやと天海が暢気に声の主へ目を向けた。その姿を見た義光が、ああっと気付く。
「君は、さびいどん教の……なんだったかな。我輩が素敵な名前をあげた人だったね。ええと、そうそう。超不運連鎖大凶男という名前だったね」
 義光が懐かしげにつぶやき、金吾が目を丸くした。
「え? 黒田官兵衛って名前から、超不運連鎖大凶男に改名をしたの?」
「するわけが無いだろうが! まったく、ふざけやがって。おい、この落盤した状態を、どう落とし前つけてくれるってんだ、お前さん方!」
 官兵衛が鉄球をひきずりながら、三人にすごむ。
「ひぃい。て、てて天海様ぁあ、どうしよぉおお」
「そんなに怯えなくても、大丈夫ですよ、金吾さん。彼はきっと、お腹がすいているのでしょう。お腹がすいていては、機嫌も悪くなりますからね」
 にっこりと語尾で同意を求められた義光が、深く頷く。
「空腹は、最大の敵だよ、三上君。お腹がすいていると、良い考えも浮かばなくなったりするからねぇ。さあ、我輩の素敵に高貴な玄米茶を飲んで、気を落ちつけたまえ」
 すいっと差し出された湯飲みを、官兵衛は考える前に手にしてしまった。それに満足げにうなずいた義光が、金吾に手のひらを向ける。
「さあ、木村君。さきほどの茶菓子を彼に」
「ずんだ餅は、ぜんぶ食べちゃったよぉ」
 情けない声をあげた金吾に、さほど困っていない様子で困ったようなフリをしながら、義光がカイゼル髭を撫でた。
「空腹を満たしてあげないと、彼があわれだねぇ。さて、どうしたものか」
「おい。小生の言っていることを、お前さん方、ちゃんと聞こえているのか」
「もちろん、わかっているよ。ささ、冷める前に、ずずいっと玄米茶を飲みたまえ」
 優雅な指の動きで促され、怒っている事がばかばかしくなってしまった官兵衛は、玄米茶を啜った。
「おっ。こいつは旨いな」
「だろう? 高貴で優雅な我輩の玄米茶なのだからね」
 思わず漏れた官兵衛の賛美に、義光が胸をそらす。
「どうしよう、天海様。ずんだ餅がないから、官兵衛さんの空腹を助けてあげられないよ」
 金吾は、官兵衛の怒りは空腹が過ぎたゆえだと思い込んでしまっていた。
「慌てすぎですよ、金吾さん。奥州には、何をしに行ったのかを思い出してください」
「何って、片倉さんの野菜を……あっ!」
 気付いた金吾に、天海が小さな子どもを褒めるような笑みを向けた。その笑みのまま、天海は官兵衛に声をかける。
「官兵衛さん、お肉か魚はありませんか?」
「肉ぅ? まあ、穴倉生活の小生らは、保存食として干し肉や魚介の乾物なんかを備えているが」
「乾物なら、いいお出汁がとれそうですよ、金吾さん」
「うん、そうだね! 片倉さんの野菜と、その乾物で、最高の鍋を作ってみせるよ!」
 ぴょんっと飛び跳ねた金吾が、まずは竈だと落盤した岩を集める。
「良かったですねぇ、官兵衛さん。最高の鍋が、食べられますよ」
 首を傾け、さらりと髪を肩に流した天海に、義光が楽しそうな顔をする。
「鍋か。寒いこの季節には、最高のもてなしだね。我輩の玄米茶で、さらに鍋の味をひきたててあげるとしようか」
 平和そのものな雰囲気に、すっかり毒気を抜かれた官兵衛は、奇妙に頬を歪ませた。
「なんだかよくわかんねぇが、相伴に預かるとするか。穴が開いちまったもんは、どうしようもないしな」
「そうそう。過去にこだわるから、不運がつきまとうのですよ。何事も諸行無常です」
「官兵衛さん、薪は無いかな!」
 うきうきとした金吾の声と、おだやかな天海の笑み。よくわからいままに備蓄していた薪と乾物を差し出す官兵衛の姿を眺めながら、義光は満足げに目を細めてカイゼル髭を撫でた。
「我輩を迎えるために、全員が力を合わせて、最高の鍋を用意しようとしてくれているんだね。それもこれも、我輩が優雅で素敵な、抑えようとしても気品があふれて止まらない高貴な紳士だからだね!」
 しばらくの後、なんとも食欲のそそられる香りが周囲にたちこめ、四人は冬の初めの寒空の下、五臓六腑に染み渡る、滋味に富んだ鍋に仲良く舌鼓を打った。

2013/12/03



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