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登場―最上義光・松永久秀
茶飲友達

 やわらかな日差しを浴びて、常緑樹が淡く誇らしく輝いている。その上には雪が積もり、そちらもまた宝玉のように日差しを含み照り返していた。そんな景色を眺めながら、うっとりと感動の吐息を白く吐き出しながら、カイゼル髭をつまんだ最上義光は満足そうに目を細める。
「んんっ。見事な景色だねぇ」
 うんうんと頷く最上は雪かきを終えた山の中腹で、盛大な焚き火の横に床几を置き、腰かけて冬景色を楽しんでいた。
「なんという、のどかで美しい景色なのだろうねぇ。きっと、この素敵紳士がお昼前のひとときを気持ちよく過ごせるようにと、天が用意をしてくれたのだね」
 自分の言葉に酔いながら、最上は湯気の立つ湯呑を覗き込んだ。
「ややっ! 今日は、きっと素敵なことがあるよ。茶柱が二つも立っているのだからねぇ」
 空に向かって声を放つ最上の横では、付添いの部下が焚き火から火を取り出し七輪に入れて、蒸し団子をあぶっている。団子には醤油や味噌が塗られており、ほんのりと焦げて香ばしい煙をくゆらせていた。
「う〜ん、良い香りだねぇ。良い具合に、小腹が空いてきたよ。……おや?」
 すんすんと鼻を鳴らした最上が、林の中から音もなく姿を現した男に目をとめた。白と黒の衣装を身にまとった男の年のころは、最上と同じくらいだろうか。痩身の最上と比べ、あちらはたくましく胸筋がもりあがっている。超然とした頬笑みをたたえた姿は、孤高の猛禽類のようであった。
 はて、と最上が首をかしげる。あのような人目をひく、ひたひたと迫りくる威圧感をまとった男が、自分の周りにいただろうか。音もなく歩み寄る背筋は、鉄の棒が体に通っているようにまっすぐで、足の運びも優美で無駄がない。これはお忍びで何処かの身分高い者が、強くて賢い羽州の狐、最上義光その人と近づきになりたいと、交通の便が悪くなる雪に閉ざされた冬の時期に、わざわざ足を運んできたに違いない。
 相手が自分のそばに来るまでの間に、最上はそのように判断した。
 親しみを込めた、けれど少し不遜さを残した笑みを浮かべ、最上は胸を反らして相手を迎えた。
「やあやあ。はじめまして、で良かったよね。この素敵紳士、最上義光に会いに、足場の悪い冬の時期を選んで会いに来てくれた、と判断したのだが、間違っていないかな」
 最上の言葉に、相手はうっすらと唇の笑みを深めた。それを、ゆかしいと感じた最上は、これはいよいよ高貴な立場の人間だなと見定めた。
「失礼だが、貴公の名前を教えてもらえないかな」
 さりげなく床几に座るようにすすめながら問えば、当然のように腰を掛けながら男が答えた。
「松永久秀、とそれだけ言えば通じることの多い名なのだが。卿はこの名に聞き覚えはあるかね」
 はて、と首をかしげた最上が彼の名に思い至り、これはすごい大物が自分と交友を深めようとしているぞ、とうれしくなった。
 松永久秀といえば、魔王と恐れられた織田信長も一目置いていたという、大人物ではないか。そんな相手が単身、自分に会いに来たというのはどういう理由だろうか。
「聞いたことがあるとも。松永君。かの魔王と交友のあった、ちょっと変わった人物だと聞いているよ。天下よりも宝物に興味があるとかで……ああ」
 ぽん、と最上が手を打つ。
「なるほど。不詳の甥、政宗君のところで、ちょっとしたイザコザを起こしたと聞いたことがあるね。だから雪深い、あまり来客のないこの時期に、わざわざ単身で人目を忍び、素敵紳士の吾輩を尋ね来てくれたのか」
 いやはやいやはや、と自分で見つけた理由に納得をする最上を、松永は底知れぬ笑みで眺める。最上はと言えば、やはり自分はとんでもない逸物なのだなと、天下に知られている傑物なのだなと、満悦しながら新しい湯呑を取り出した。
「道中は冷えたはずだよ。ささ、あたたかな玄米茶だ。これを飲んで、火にあたって、体を温めたまえ」
 差し出された湯呑を見る松永の目が、きらりと暗く光った。
「卿を訪ねたのは、他でもない。ルソン経由で入手した、珍しい瑠璃色の湯のみがあると聞いたのだが……。それを、貰い受けにきたのだよ」
 おだやかな表層の中に剣呑さをにじませた松永の、底知れぬ冷たさに気付かぬ最上が目をぱちくりさせる。
「宝物を集めることを、天下取りよりも好むという話は、本当のことだったんだねぇ。瑠璃色の湯のみは、たしかにあるよ。ビードロで作られた、伴天連の国からの輸入品だよ」
 にっこりとした最上に、すっと目を細めた松永が立ち上がる。
「では、それをいただこうか」
 松永のいう意味が分からず、最上はきょとんとしたまま彼に座りなおすように、手振りで促した。
「あれは持ってきてはいないよ。玄米茶を飲むのには、ちょっと合わないからねぇ。今は寒いし、あたたかなものを飲むのなら、もっとふさわしい茶器もあるよ」
 今日は持ってきていないけれどね、とつづけながら、最上は玄米茶を松永に差し出す。
「冷めないうちに、飲みたまえ。そうだ、せっかくだから、昼餉も馳走させていただくとしよう。そのときに、瑠璃色のビードロも見せてあげるよ、松永君。なんなら、他の吾輩自慢の器なども、見ていきたまえ。ああ、そうなるなら遅くなるだろうから、泊まって行くといい。何、遠慮をすることはないよ。紳士たるもの、客人をもてなすのは礼儀というものだからね」
 にこにこと松永を恐れる様子もなく誘う最上を眺め、松永は差し出された玄米茶を受け取った。のぞきこめば、ぷかりぷかりと茶柱が立っている。
「さあさ、遠慮せずに飲みたまえ。吾輩特製の、玄米茶だよ」
 最上を観察するように見つめた松永は、床几に座りなおした。
「そうか。では、いただくとしよう」
 口をつけた松永に、うれしそうにしながら最上も玄米茶をすする。きらきらと透明な日の光を浴びた景色は、二人の出会いを祝福しているような気がして、最上は楽しくなった。
「ちょうど、団子も良い具合になったところだよ。遠慮せずに、食べたまえ」
 香ばしい団子が、二人の前に差し出される。最上は味噌が塗られたものを手にし、ほおばった。幸せそうな最上を値踏みするように見つめ、松永は醤油の団子を口に入れる。
「ふむ。悪くない、な」
「そうだろうとも、そうだろうとも。ささ、まだまだあるよ。ああ、でも食べ過ぎると、昼食が入らなくなってしまうねぇ」
 さほど困っていない様子で、最上は困ったような声を出す。そんな最上を測りかねているのか、楽しんでいるのか、松永は黙って眺めている。ちらりと周囲の男たちに目を向ければ、松永久秀という名前にまつわる剣呑な話を意識してか、少しおびえ気味に緊張をした面持ちをしていた。
 ふむ、と松永が最上に目を戻した。口数の少ない、周囲にさりげなく目を配る松永の様子に、最上は思う。自分は、値踏みをされているのではないか、と。
 松永久秀は織田信長に一目置かれていた。共に酒を酌み交わすこともあったと聞いたことがある。だが、その他の誰かと親密であるという話を聞いたことがない。
 これでも最上は戦国武将の一人である。強くて賢いと自称もしているので、ある程度の有名な武将の名前や交友などは、一応、調べて頭に入れてある。
 最上は、じっと松永を見た。
 松永が、目に疑問を浮かべる。
 最上がにっこりと、何もかもわかっているというように、ひとつ大きく頷いた。
「これからはいつでも、吾輩のところへ茶を喫しにくればいいよ。松永君」
 最上の意図が分からず、松永が「え」と気色で示す。
「いつでも、何度でも訪ねてくるといい。魔王君が討たれてから、さみしい思いをしていたんだねぇ。吾輩でよければ、いつでも歓迎をするよ。瑠璃色のビードロを愛でたいとか、そういう理由をつけなくっても、素敵紳士な吾輩は、貴公を歓迎するからね」
 最上の言葉に、松永が目を丸くする。それを感謝と感動を交えた驚きだと解釈し、最上は最高の気分になった。
「さあ、友情の芽生えた証として、ぞんぶんに玄米茶を飲み交わそうじゃないか!」
 びよよん、とカイゼル髭を震わせながら両手を広げ、高らかに叫んだ最上を、彼の部下らはハラハラと見つめている。何の含みもない最上の様子に、松永の唇がほころんだ。
「では、遠慮なく馳走になるとしよう」
 松永の答えに、ふふふと最上が玄米茶を啜った。
 空はどこまでも高く、薄く澄んでいる。おだやかな日差しが雪に照りかえり、肌を刺す冷たい空気をゆるませる。
 その日、松永は最上の屋敷でもてなされ、瑠璃色のビードロをはじめとした最上自慢の茶器などを愛で、翌日には何も奪わず去っていった。誰もが松永の目に適うものがなかったのだろうと、ほっと胸をなでおろす中、最上だけは新たな友情のできたことに、あの松永久秀が織田信長の次なる友としてふさわしいと、自分を訪ねてきたことに満悦していた。

 もう二度と彼の来訪はないだろうとふんでいた最上領の面々を裏切り、彼との友情ができたと信じる最上の気持を汲むように、それからしばしば二人が並んで茶を喫する姿が目撃されるようになる。

2014/01/18



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