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登場―柴田勝家・長曾我部元親・伊達政宗
うらうつつ

 そよそよと穏やかな風に、絹糸のように繊細でやわらかな黒髪が揺れている。
 ぼんやりと空を見上げていた柴田勝家は、聞き覚えの無い足音を耳にとらえていた。けれど顔を向ける事をせず、しずしずと流れていく雲を眺めている。
「アンタが、柴田勝家か」
 呼びかけられて、ようやっと顔を向けた勝家は、見慣れぬ大柄な男を視界に入れたが、わずかにも表情を動かさない。それを気にするふうもなく、人懐こい笑みを浮かべた大男が、濡れ縁に座る勝家の隣に歩を進め、しゃがんだ。
「ふうん?」
 無遠慮に間近で顔を眺められても、勝家は眉一つ動かさない。
「なるほどな」
 何が「なるほど」なのか。それを問うこともせず、勝家は間近にある相手を眺める。白い肌、白い髪に紫の眼帯が良く映えている。声をかけられた時は、ずいぶんと体躯の良い偉丈夫にしか見えなかったが、こうして顔を近づけられると、その造作が繊細に整っている事がよくわかった。
「俺は、長曾我部元親。西海の鬼たぁ、俺のことよ」
 歯を見せて笑った相手が、勝家の隣で胡坐をかく。日向ぼっこをしている猫のような顔をして、太い腕を伸ばし、たくましく盛り上がった胸筋を反らしてあくびをした元親は、そのまま昼寝をしてしまいそうなほど、くつろいだ様子でいる。初対面の相手を隣にしているというのに、元親に緊張をしている様子は微塵も無い。勝家もまた、彼を気にすることもなく、空に目を戻した。
 ふわりふわりと、少しずつ形を変えながら、雲が進んでいる。今日は、本当に良い天気だ。転寝(うたたね)をするのに最適の昼下がりと言ってもいい。
 奥州は北国なので、もっと肌寒いものだと思っていたが、安土城で受けた日差しと変わり無いなと、勝家は思った。
 うらうらと穏やかに転寝をしていたときに、森蘭丸に邪魔をされた事が思い起こされ、懐かしい。
 そんなことを思うともなしに思いながら、勝家は瞼をおろした。
 目の裏が、赤い。
 冷えた魂をぬくめる色に、勝家の唇があるかなしかの笑みを浮かべた。
 目を閉じれば、隣の男のぬくもりが、かすかに肩に触れる。気配を感じるよりも強く、実際に触れているよりは弱く、男の存在を認識する。けれどそれは、意識をするというほど強いものではない。ただ、そこにいる。それほどの、確固たる漠然とした気配は、深く慣れ親しんだもののように感じられて、日差しのように心地が良かった。
 そこに気付いた勝家は、初めて隣の男のことを気にかけた。
 長曾我部元親。西海の鬼。なるほど、彼は鬼と言うにふさわしい体躯をしている。この男が突然現れ、鬼だと言えば常人ならば信じてしまうだろう。けれど、鬼はこのようにおだやかな気配を持つものだろうか。あれほどに繊細な容姿をしているものだろうか。
 鬼は人を惑わせるため、美しい姿をしている場合もあるという。ならばこの男は、そういう「もの」なのだろうか。
 魔王の傍にいた勝家は、鬼を嘘と疑う事をせず、すんなりとそれを受け入れていた。
 瞼を開けて横を見れば、こちらまでホッコリとしてしまいそうな、薄笑みを唇に乗せた鬼が、目を閉じ日を浴びている。そのさまが野生の獣のくつろいでいる姿に似ており、勝家は和んだ。
 視線に気付いた元親が、目を開けて勝家に笑いかける。勝家も、自然と笑み返した。それは考えてのものではなく、つられて自然に浮かんだものであった。
「長曾我部氏、だったか」
「おう。そんな、かたっくるしい呼び方じゃなくて、元親でいいぜ。勝家」
 初対面の気負いが欠片も無い元親の屈託の無さに、勝家は心地よい戸惑いに胸を震わせる。唇を動かし、迷い、けれど何の音も発さぬ勝家を、包むようなまなざしで、元親は見つめた。
「おう。なんだ、早速仲良しになっちまったのか。上等、上等」
 聞きなれた声に、勝家は元親から目を離す。見れば、懐手の伊達政宗が、くつろいだ様子でぶらぶらと縁側を歩いてくる。
「おう、政宗。勝手に、上がらせてもらったぜ」
「おう。アンタが来る事は、事前に言ってあったからな」
 親しげな二人の様子を、勝家は眺めた。竜と鬼。この二人は、知己らしい。
「右目は置いてきちまったのか?」
「That can't be true. 畑だ、畑」
「精が出るねぇ」
 ニヤニヤしながら元親が立ち上がり、政宗がわずかにこちらに背を向ける。
「勝家、行くぜ」
 声をかけられ、勝家はきょとんと政宗を見上げた。
「オマエの言う通り、ほとんど表情を変えねぇんだな。コイツ」
 元親の言葉に、政宗が笑みを深める。
「あまり表に出さねぇ性質(たち)なんだよ。なんだ。仲良くしていたと思ったんだが、俺の見間違いか?」
 元親と勝家、両方に声をかけた政宗に、元親は否定とも肯定とも取れるイタズラ小僧のような顔をし、勝家は戸惑った。
 別段、何かを話していたわけでも無く、嫌悪していたわけでも無い。ただ隣同士、座っていただけだ。それは、仲良くしていた、と言える状態だったろうか。
「ま。少なくとも、嫌われはしなかったみてぇだな」
 元親が勝家に顔を向ける。政宗と元親。二人はまったく違う容色をしているというのに、勝家には二人の笑みが瓜二つに見えた。竜と鬼。共に、常ならざる存在であるから、似通っているのだろうか。
「元親。アンタ、表情に乏しい相手にゃあ、慣れてるだろ」
「ああ? 毛利は、あれでけっこう表情豊かなんだぜ」
「Ha! Rivalにしかわからねぇってやつか?」
「政宗が、毛利をあんまり知らないからだろう。つつくと、結構面白いぜ」
「毛利をつつく? Ha――そんな機会があれば、してみてもかまわねぇがな」
 らいばる、と勝家は口内で呟く。この鬼も、伊達氏の紅き虎のような相手がいるのか。私は――。
 自分の中に意識を向けた勝家の脳裏に、ふ、と浮かんだ影があった。
「勝家。いつまで座ってんだ。昼になったら、面白ぇモンを見せてやるって約束したろ」
 浮かんだ影を追いかけようとした勝家の意識が、政宗の声に引き戻され、目の前の二人の男に向いた。腰を上げて問うように二人を見れば、ニッと口の端を持ち上げた二人の白い歯が陽光に輝く。
「とんでもねぇ船を、見に行くぜ。勝家」
「面白いカラクリも、見せてやるよ」
「船と、カラクリ……」
「おう。この西海の鬼が誇る、富岳ってぇ立派な船だ! なんなら、それでチョイと日ノ本の外周を航海してやっても、かまわねぇぜ。政宗も、どうだ?」
「That's very tempting but no thanks. 後で、小十郎に何を言われるか、わかったもんじゃねぇからな」
 政宗のすくめた肩を、元親が呵呵大笑しながら叩いた。
「自分の右目が目付け役じゃあ、大変だな」
 うるせぇよ、とつぶやく政宗はいかにも親しげで、勝家は少し寂しそうに、うらやましそうに、目を細める。二人の気の置けぬ様子が、勝家には遠く眩しく感じられた。そんな空気の中に身を置いていた頃が自分にもあったなと、胸に懐かしみを浮かべた勝家に手が差し伸べられる。
「ほら、行くぜ。何、部外者みてぇな顔をしてやがんだ」
 政宗の誘いを追いかけるように、元親も勝家を招いた。
「でっかい世の中を見りゃあ、視野も器もでかくなる。海風に吹かれて大海原を行くのは、縁側の日向ぼっこよりも、心地いいぜ」
 ああ、と胸中で勝家はあたたかな吐息を漏らした。
「言っただろう、勝家。アンタには、まだまだ会わせたい奴がいるってな。色んな相手と会って、色んな未来を知りな。道は、ひとつでも、まっすぐ伸びているわけでも、無ぇんだぜ」
 政宗の目じりが導くように優しくて、勝家は頬を持ち上げ無言で頷き、誘う二人のあとに続いた。
 竜と鬼。その二人に導かれて行く先に、己は何を見て、何者に育っていくのだろう。
 勝家にはそれが、ほんの少し楽しみに思えた。

2014/01/28



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