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登場―三成・金吾・左近・天海・刑部
   元親・元就・幸村・政宗・小十郎
竜とムカデとイタズラと2

 広い板敷きの部屋で、男たちが車座になって顔を付き合わせていた。その輪の少し離れたところに居る男三人が、車座の男たちを眺めている。
「あの男が王を名乗るなどと、他の誰が許可しようとも、この私が断じて許可しないっ!」
 吼えたのは、抜き身の刀のような男、石田三成だった。その剣膜に輪から離れている所で「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げて、ふくよかな男が怯える。
「大丈夫ですよ。金吾さんを怒ったわけではないのですから」
 金吾と呼ばれた小早川秀秋を、妖しげな雰囲気をまとう僧侶天海が、おだやかに慰める。
「そうそう。こんなんでビビッちゃわないでよね、金吾さん。アンタ、仮にも一城の主っしょ」
 へらりと笑って、金吾の肩をぽんと叩いたのは、石田三成を敬愛している島左近であった。彼ら三人は襖のそばに座して、会議の結果を待っていた。
「やれ。そう激すな、三成。あの男が勝手に名乗っておるだけよ」
「阿呆の戯言に、いちいち反応をする必要など、無いではないか」
 少し楽しそうに三成を宥めたのは、大谷形部吉継。鼻先で呆れて見せたのは、毛利元就であった。
「けどよぉ。アイツがそう名乗ったってのは、何か理由があるんだろうぜ。家康も、よく何も言わずに名乗らせたよな」
 そう言った長曾我部元親の何気ない一言に、三成がギロリと鋭い目を向けた。
「家康……家康ゥウッ! あの男とともに、秀吉様を愚弄する策でもめぐらせているというのかぁあ」
 おっといけねぇ、と元親がこの場にいる誰よりも屈強な体躯を小さくさせて、口を抑える。家康の名は、三成が敬愛する豊臣秀吉の元から家康が去り、仇なす者となった瞬間から、三成に対しては禁句であった。
「お待ちくだされ、三成殿。政宗殿は、けっしてそのようなことをいたすような御仁では、ござらぬ」
 眉間にしわを寄せて声を上げたのは、頬のあたりに幼さを残す真田幸村であった。まっすぐな幸村の目と、一途に澄んだ三成の目が重なる。
「貴様、あの男をかばうのか」
「かばうもなにも……政宗殿は、流言や策などを用いて他人の権威などを失墜させるようなことは、いたしませぬ。覇王と名乗る豊臣殿に対抗すべく、自らを鼓舞するために王と名乗ったと推察いたしまする」
「秀吉様と対抗するだと! そう考えること自体が罪深い。即刻、斬滅してやる!!」
 歯が軋むほどに怒り、腰を上げた三成に、まあまあと気楽な調子で左近が近付く。
「そんなに怒ったら、血管切れちゃいますよ、三成様」
「左近、貴様……」
 視線だけで人を殺せそうな三成の眼光を、さらりと受け止めた左近が、にんまりと口をゆがめた。
「三成様、顔、こわすぎ。ねぇねぇ、形部さん」
 しゃがんだ左近に、形部が目を向ける。
「竜王って名乗ることが、俺らへの嫌がらせってんなら、こっちも嫌がらせを返したら、いんじゃねって思うんスけど」
 なにやら思うところがあるらしい左近の笑みに、形部は三成に目を向けて「だ、そうだぞ。三成」と、話を聞くよう促した。ふん、と鼻息を漏らした三成が座りなおす。
「話してみろ」
「はいっ! えっとですね、竜の苦手なものを送りつけて、嫌がらせをすればいいんじゃないかと思うんスよ」
「竜の苦手なもの?」
 三成が眉根を寄せ、形部がそっと息を吐き、元就は興味を失った顔をして、幸村と元親が首を傾げる。
「そっス。苦手なものを、ばーっと派手にお見舞いしちゃって、嫌がらせをするんス! けっこう、嫌がらせって精神的にへこむっしょ」
「なるほど。心理戦という事だな」
 何を馬鹿なと言いかけた三成を、先んじて声を発した形部が制す。
「そうそう、それっス! 心理戦。心理戦、大事っしょ」
 得意げな左近に、ふうむと唸った三成が幸村に顔を向けた。
「真田。あの男と好敵手と言われているそうだな。あの男の苦手なものは、何だ」
 全員の視線が、幸村に集まる。
「苦手なもの、で、ござるか……政宗殿の苦手なもの、苦手なもの」
 腕を組み、ううんと唸った幸村が、搾り出すように答えた。
「片倉殿、で、ござろうか」
「ったははは! そいつぁ確かに、苦手なモンだなぁ」
 元親が膝を叩いて笑い、元就が早く帰りたいと気色に現す。
「けどよぉ、どうやって右目の野郎を派手にお見舞いすんだよ」
「ぬ、ぅ……他に、何も思い付きませぬ」
 申しわけござらぬと頭を下げる幸村から、左近に戻った三成の目が無言の重圧を乗せている。ゴクリと喉を鳴らし、どうしようと考える左近を助けるように、穏やかで楽しそうな天海の声が上がった。
「そういえば、近江の琵琶湖で、竜が百足に滅ぼされかけた、という伝説がありましたねぇ」
「えっ、そうなの? 天海様」
 きょとんと金吾が顔を上げ、教師のように天海が言う。
「ええ。俵藤太という剛の者に助けを頼め、百足を追い払ったとか」
「それだ! それっス!! 百足をばぁあっと集めて、送りつけちゃいましょうよ」
 顔を輝かせ、両手を広げて訴える左近の頬に、助かったと見えぬ字で書いてある。
「ヒヒッ。面白そうよな。して、荷運びは誰にさせるつもりだ」
 形部の問いに、左近は満面の笑みを金吾に向けた。
「ひっ。ぼ、ぼく、やだよ! 沢山の百足を奥州まで運ぶなんて、絶対に嫌だからねっ!!」
 顔面蒼白で訴える金吾を見て、形部がふうむと頷いた。
「たしかに、こやつなら適任よな。竜の二人も、金吾ならば害無しと引き入れるであろ」
「い、嫌だっ! 天海様ぁ、助けてよぉお」
 袴に取り縋って訴える金吾を、包みこむような笑みで見下ろした天海が、大丈夫ですよとささやく。
「私も、お手伝いしますから。なぁに。金吾さんが野菜を貰いに来たと言えば、問題はありません」
「い、嫌だあぁああああっ!」
 金吾の絶叫を他所に、そういうことになった。

 そうして豊臣、武田、毛利、長曾我部の軍勢は総出で百足狩りを行い、わさわさと大量に金吾の城へと届けてきた。見たくも無いと怯える金吾に、おやおやと微笑みつつ、天海がそれらを受け取った。
「共食いをして、蠱毒になられては困りますから、干して乾燥させておきましょうか。そうすれば平気でしょう? 金吾さん。まぁ、蠱毒になったものを用いて呪詛を行っても、かまわないんですけどねぇ」
 うふふふふ、と物見遊山の準備をするように、天海が楽しげに準備を進めるのを、金吾は泣きべそをかきながら眺め、出来上がった乾燥百足を持って奥州へと旅立った。
「顔が、ひきつっていますよ。金吾さん」
「ううっ。だって、この行李の中身、全部が百足なんでしょう? 嫌がらせなんて、したくないよ。天海様」
「大丈夫ですよ、金吾さん。全て、私にまかせてください。それよりもほら、道中の土地の美味でも堪能しながら、楽しく旅をいたしましょう」
「うう〜」
 などと言い交わしながら旅を続け、金吾と天海は無事に奥州へたどり着いた。以前に金吾が奥州の副将、片倉小十郎の野菜を求めてきたことを覚えていた伊達軍の面々が、金吾を歓迎し、竜王と名乗りを上げた伊達政宗と片倉小十郎の前に通した。
「おう、オメェか。久しぶりだな」
「元気してたか? 鍋奉行」
 にこやかな小十郎と政宗の言葉に、頬を引きつらせながらも頷いた金吾は、助けを求めるように天海を見た。
「どうした、小早川。顔が真っ青だぜ? 腹でも壊してんのか」
 政宗の言葉に、ぶんぶんと首を振った金吾に
「なら、腹が減ってんのか? 何か食うか」
 小十郎が言って、金吾は半べそをかきながら天海を見た。
「やれやれ。まったく金吾さんは、テレ屋さんですねぇ。変わりに、私が申し上げましょう」
 軽やかな声音で、天海が運んでいた行李に手を伸ばし、政宗と小十郎の前に、それを押し出した。
「金吾さんからの、お土産です」
 ひいっと金吾が喉の奥で甲高い音を上げ、真っ青になって震える。それに首を傾げながら、小十郎が行李を開けた。
「こいつぁ……」
 目を丸くした小十郎の横から、ひょいと政宗が顔を覗かせた。
「百足の干物、か? こんなに大量に……」
 ぎゅっと目をつぶり唇を噛んで、金吾が両腕で頭を抱える。もうだめだ、と心の中で叫んだ金吾が、政宗と小十郎に袋叩きにされる自分を思い浮かべた。
「ええ、百足の干物です。漢方では蜈蚣。かゆみ止めや解毒などの効用がありますよ。生きたままで、油に漬けておくと良いんですが、さすがに生きたままは運べないので」
 にっこりと説明をする天海を、目を丸くして金吾が見上げた。それに、大丈夫だと言ったでしょう、とでも言いたげに、天海が笑みを深める。
「処方の仕方は、後でお教えいたしましょう。金吾さんの所は、唐物が手に入りやすい立地ですからね。他にも、高麗人参や何やらと、百足ほどではありませんが、お持ちいたしました。お受け取りいただけますよねぇ」
 穏やかではあるものの、語尾に凄みを滲ませた天海と怯える金吾の姿を眺め、顔を見合わせた政宗と小十郎は、委細承知というように頷きあった。
「こいつはCoolな贈り物だぜ。なあ、小十郎」
「は。これほどの数を捉えるのは、よほどの苦労があったのでしょう」
 頭を抱えていた金吾が、おそるおそる顔を上げる。
「ずいぶんと度肝を抜かれるPresentをされたもんだ。小十郎、これに負けねぇような、もてなしと土産を用意しねぇとな」
「おまかせください、政宗様。おい、金吾。旅で疲れてんだろうが、俺の畑に行って、一緒に収穫をしようじゃねぇか」
「あ、う、うん……じゃなかった。はいっ!」
 ほっとしたように笑みを浮かべた金吾の横で、天海、政宗、小十郎が保護者の笑みを交わし合った。

 そうして供応を受け、多量の土産を手にして意気揚々と戻った金吾を、左近がワクワクしながら出迎えた。
「で。どうだった、どうだった?」
「あ、えっと」
 答えあぐねる金吾のかわりに、ずいと前に出た天海が、多量の土産を手のひらで示しながら、少し胸をそらして報告をした。
「度肝を抜かれたと仰られていましたよ。こちらが、戦利品です」
「おぉおおっ! 俺やっぱスゲェッ! さっそく、三成様に報告しねぇと。あ、金吾さん、おつかれさまっス」
 駆けていく左近の背を眺める金吾が、ちょっと申しわけなさそうにつぶやく。
「いいのかな」
「いいんですよ、金吾さん。ウソは、ついていませんから」
 左近からの報告を、形部は楽しそうに、元就は下らなさそうに、三成は褒めも貶しもせず、幸村は少し申しわけなさそうに、元親は悪童の笑みを浮かべて聞いた。
 金吾の運んできた戦利品は、その夜の膳となって皆の胃に美味しく収まった。

2014/03/17



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