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登場―片倉小十郎・柴田勝家
野良はじめ

 野良着に着替えた片倉小十郎が屋敷から外に出ると、門前におかっぱの少年が立っているのが見えた。眉根を寄せて目を凝らしつつ近づけば、それは主の伊達政宗が連れて帰った、元・織田軍の柴田勝家で、小十郎は心中で首をかしげた。
 遠目で少年と見えたのは、彼の出来上がりきってはいない細身の体躯と、危うさを思わせる細面のせいかと、勝家に歩み寄りつつ小十郎は考える。
 実際、勝家は小十郎からすると年よりも幼く見えた。頼りなげな浮草のように、彼の芯は定まってはいないと、小十郎は判じている。だからこそ奥州を統べる竜である小十郎の主は、彼を引き取ったのだろう。
 政宗は、昔の自分を見ているようだと小十郎に漏らした。その“昔”がどの時期のことであるのかを、小十郎は深く記憶に刻んでいる。なるほど、そうかもしれないと、小十郎も感じていた。
「こんなところで、どうしたんだ。柴田。政宗様ん所に行ったんじゃねぇのか」
 居るべき場所を見定められない勝家は、目が覚めるとすぐに政宗のそばへ行く。所在がないので、そうするしか無いのだろう。自分が「居てもいい」と言われる場所を求めている姿は、幼子のようであった。そんな勝家がひとりで、政宗の失った右目と称されるほどの腹心である小十郎の所へ来た。何かあったのかと小十郎がいぶかるのも無理はなかった。
「伊達氏が」
 ぽつりと勝家が言う。
「貴方のところへ行けと」
「政宗様が?」
 確認をすれば、こくりと勝家が頷く。どうしていいのか本人もわからないのだろう。地に足の定まらない様子の勝家に、小十郎は微笑みかけた。
「俺はこれから畑へ行くが、それでもいいか」
「畑」
「そうだ」
 勝家が首を傾け、絹のような黒髪がさらりと流れる。切れ長の無垢な瞳が小十郎の姿を眺め、勝家の唇から再び「畑」と音が漏れた。
「政宗様に、なんて言われてきたんだ。俺のところへ行けと言われただけか」
「面白いことをするのを、見に行けと」
 なるほど、と小十郎は政宗の意図を察した。
「なら、ついてこい。オメェにとって面白いかどうかはわからねぇが、な」
 勝家の横を通り過ぎ、小十郎が畑へ向かう。ひもで引っ張られているように、ふらりふらりと勝家がついてきた。
 小十郎の畑は、雪が解け終わり十分に水を含んだ土に覆われていた。土には雑草がちらほらと芽を出している。畑のそばにある納屋へ小十郎が入れば、勝家も来た。
「ここは」
 納屋を見回す勝家に、小十郎は堆肥化させておいた藁ともみ殻を入れている麻袋を抱えながら答える。
「畑仕事に必要なものを置いている」
「片倉氏が、野良仕事をするのか」
「ああ。聞いた事が無ぇか? 竜の軍師の野菜は旨いって話を」
 ふるふると勝家が首を振り、小十郎は軽い笑い声を立てた。
「すまねぇが、その袋を運ぶのを手伝ってくれ」
「これは」
「刻んだ藁ともみ殻だ。今から、すき込みをする」
「すき込み」
 言葉を覚え始めの童子のように繰り返し、勝家が麻袋を持ち上げた。小十郎は肩に麻袋を抱え、片手に鍬を持って納屋を出た。勝家が黙ってついてくる。本当に何も知らない子どものようだなと思いつつ、小十郎は畑に入り、麻袋の中身を畑に撒き始めた。それを、勝家がじっと見つめている。視線を背中に受けながら小十郎が作業をしていると、手持無沙汰だからか興味が出たからか、勝家も畑に入り、見よう見まねで麻袋の中に手を入れて、堆肥化した藁ともみ殻を撒きだした。その姿に口の端をわずかに持ち上げ、小十郎は黙々と麻袋の中身を撒く。勝家も黙々と堆肥を撒いた。それら全てを撒き終えると、小十郎は鍬を振り上げ、撒いた堆肥と空気を土に練るように、土を返す。空になった麻袋を提げた勝家が、それをじっと見つめた。小十郎は彼に声をかけぬまま、土を返し、起こしていく。しばらく眺めた勝家は納屋に行き、鍬を手にして戻ってきたかと思うと、畑に鍬を突き立てた。深く突き刺した鍬を引き、土を返そうと踏ん張る勝家の姿勢に、小十郎が苦笑を浮かべる。
「そんなやり方じゃ、腰を痛めるだけで終わっちまうぞ」
 勝家に歩み寄り、小十郎は見本を見せた。
「こうやって、突き立てるんじゃなく掘り起こすようにするんだ。鍬でやりにくいんなら、鋤でやればいい」
「鋤」
「そうだ」
 言って小十郎は納屋から鋤を持って来た。
「これで、こうやって土を掬って、返す。撒いたモンと土を混ぜるんだ」
 やってみろ、と小十郎が鋤を渡せば、勝家がためしてみる。
「こちらのほうが、わかりやすい」
「なら、それでしっかり土と空気と堆肥を混ぜてくれ」
「了解した」
「頼むぞ」
 勝家が目を丸くして小十郎を見る。
「なんだ?」
「なんでも、無い」
 言いながらうつむいた勝家の眼尻がほんのりと赤いことに気づき、照れているのかと小十郎は懐かしく、幼い頃の主を思い出した。
(政宗様も、照れくささから決まりの悪い顔をなされていたことが、あったな)
 ほほえましく思い出しながら、小十郎は作業に戻る。それを見て、勝家も土を掘り返した。
 黙々と二人は作業に没頭し、終えるころには勝家は、慣れぬ作業にすっかりくたびれ果ててしまった。息を吐いた勝家の肌は汗を噴き出し、漆黒の髪が白い額に張り付いている。薄く息を荒らげている勝家に目を細め、小十郎は彼を土手に呼んだ。ふらりふらりと小十郎の傍に来た勝家に座れと示せば、ストンと落ちるように勝家が腰をおろす。その横に腰掛けて、小十郎は水の入った竹筒を彼に差し出した。
「疲れただろう」
 なんと答えていいのかわからないらしく、あいまいに頷いた勝家が水を飲む。その様子に保護者の色を持つ目をした小十郎は、土が返された畑を見た。
「柴田のおかげで、早く終わったな。礼を言うぜ」
 はっと顔を上げた勝家が小十郎を見つめ、ゆっくりとうつむいてボソボソと何かを呟くが、流れた横髪に邪魔をされて表情は見えなかった。
「だが、畑はここだけじゃねぇ。他にもある。それに、この作業は一度きりじゃねぇんだ。何度も何度も繰り返して土をやわらかく豊かにさせて、そうしたら次は形を整え種や苗を植える。植えた後は作物の世話をしてやらなきゃならねぇ。雑草を抜き、害虫を取って、肥料を撒き、水をやる。そうやって世話をして初めて、旨いモンが収穫できる」
 聞いたことぐらいはあるだろうがと思いつつ、小十郎は勝家にざっと野良仕事の流れを語った。勝家は顎を上げ、丸くした目を真っ直ぐに、他とは違う色を持つ土に注いだ。
「普段、俺は一人でそれらをやっているんだが、畑にばかりかかずらっちゃいられねぇ」
 こくりと勝家が畑を見たまま頷いた。
「伊達氏と共に、この奥州をまとめ導く仕事がある」
「ああ、そうだ。だからな、柴田。もし嫌だと思わなかったんなら、手伝ってみねぇか」
 驚きの目で、勝家が小十郎を見た。ふんわりとそれを受け止めた小十郎が
「そうしてくれると、助かるんだがな」
「それは、命じられているのだろうか」
「命令じゃねぇ。頼んでんだ」
「頼み」
 その言葉を自分の中で受け止めかねているらしい勝家が、しっかりと小十郎の言った意味を受け取るまで、小十郎は待った。しばらくして、勝家の頬に血の気が上る。
「頼まれているのか、私は」
「ああ、頼んでいる」
 小さな花がほころぶように、勝家が微笑む。勝家を自分に差し向けた政宗にも見せたいと、小十郎は主の思惑にうららかな笑みを浮かべた。

2014/04/24



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