メニュー日記拍手

登場―島左近・真田幸村
青い思春

 顔にかかる汗を腕で拭い、息を吐いた真田幸村は顔を巡らせ、なにやら真剣な顔をしてたたずんでいる島左近を見た。自分の腹心である忍、猿飛佐助に通ずる飄々としたと言おうか、豊臣軍の中にあって異質となる朗らかさと言おうか。笑みを絶やさず、ひとなつこく振る舞う彼の、そういう顔は珍しく、幸村は彼の見ているものに興味が湧いた。
 幸村と左近は、武田が豊臣方に組すると決めてからの知りあいである。彼のひとなつこさや、庶子に混じり、さまざまな俗事に通じている様子など、本当にコレが一介の将であるのかと、いぶかりたくなることもあったが、仕合うて彼の実力を知り、なるほどと感じ入った。
 佐助のように、人の警戒を奪う態度を心がけ、深く考えをめぐらせている男なのかもしれない。
 幸村は左近という男が、自分の思うよりもずっと優れた将であるのではと思いつつ、声をかけた。
「何を、そのように難しい顔をなされておいでか」
 左近が目の動きだけで幸村を見、そっと人差し指を立てて自分の唇に押し当てる。あわてて幸村は自分の口を手のひらで抑えた。
 左近は唇の端を持ち上げ、唇に当てている指をそっと動かし、自分が見ているものを示した。幸村は緊張気味に指の先を追い、目を丸くした。
 きらきらと陽光をちりばめ流れる川の中に、若い女が素足をさらして戯れている。川面には瓜らしきものを入れた笊が浮かんでいた。暑いので、瓜を冷やしている間に、娘らしい水遊びを楽しんでいるふうに見えた。
「左近殿、あれは」
 娘たちが動くたび、引き上げられた裾がはためき、素足がちらちらと垣間見える。それに頬を赤くしながら、何事があるのかと幸村は問うた。
「あの中でさぁ」
 左近が固い声でいい、幸村が緊張をする。
「真田さんは、どの子が好み?」
「……は?」
 言われた事が脳に浸透せずに、幸村はぽかんと開けた口から疑問符を吐き出した。
「だぁから。どの子が好みかって、聞いてんの」
 戸惑う幸村は、左近の真意はどこにあるのかと、質問の内容を戦関連のことにつなげようと思考を働かせる。硬直してしまった幸村に、左近が首を傾げた。
「真田さん?」
「あ、その、左近殿は、その、あの女子(おなご)らが何やらたくらみごとをしているのではと、疑って眺めていたとか、その、そういう」
「は? 何それ。あんな、かわいー子たちが水遊びしてたら、見ちゃうに決まってるっしょ」
「そ、それは、それは」
 わなわなと震えだした幸村の顔が赤くなっていく。それに、左近は意地の悪い笑みを浮かべた。
「真田さんだって、女の子のカラダとか、興味あるっしょ?」
「はっ、は、破廉恥なぁああああっ!」
 空気を振動させる大音声に、遠くの梢から鳥が飛び立った。
「うえぇええ」
 間近で聞いた左近が耳を抑え、情けない声を出しつつ、ちらと川に目を向ければ、娘たちが驚き顔でこちらを見ていた。それに左近が笑みを浮かべ、片手をひらひらさせると、娘らは川から上がり、さっと足を隠してしまった。
「あーあ」
 肩を落とす左近に
「あーあ、ではござらぬっ」
 酒を存分に食らったように真っ赤になった幸村が、唇を尖らせる。
「かような、なんと、破廉恥な」
「破廉恥って」
 左近が呆れて幸村を見た。
「もしかして、想像力が逞しすぎて、ちょっとのことでも興奮しすぎちゃうとか? 真田さんって、むっつり助平だったんだ」
「ちがいまする!」
「まったまたぁ。そんな、ごまかさなくてもいいっしょ! あ、そうだ。真田さんとこの忍さんって、上杉軍のくのいちと知りあいだっけ」
 にやりと左近が幸村の肩に腕を回した。
「間近で、あれ、見たんっしょ?」
「あれ、とは」
「そりゃあ、おっぱ……ぶふっ」
 全てを言い終える前に、左近の頬に幸村の拳がめり込んだ。
「破廉恥でござるぞっ!」
「う゛ぇえぇええ」
 地面に叩きつけられた左近が、喉を潰したカエルのような声を出す。
「いきなりこれは、ひどすぎるっしょ」
「貴殿が、破廉恥なことを言おうとするゆえ」
「別に、破廉恥でもなんでもないっしょ。おっぱ……ぐぶゅ」
 みしり、と左近の頬が幸村の拳を受けて軋んだ。
「破廉恥にござるっ」
 はっはーん、と左近が耳まで赤い幸村に意味深な目を向けた。
「赤子が乳を吸うのとか、そういう話をするときも、真田さんってば、破廉恥ぃ、って言っちゃったりする?」
「そ、それはまた別の話にござれば」
「なら、その単語を言ったって、問題ないっしょ」
「ぬ、ぅ」
 頬をさすりつつ左近が立ち上がった。
「単語だけで破廉恥だなんだって騒ぐことのほうが、よっぽど破廉恥だと思うけどなぁ」
 空に声を放つように左近が言い、幸村が顎を沈める。眉間にしわを寄せ、上目遣いに左近を見る幸村は、彼はいったい何を考え何を思い、娘たちを見ていたのかと改めて考えた。
「左近殿は、その、本当に、その、なんというか、さきほどの女子(おなご)らの、その、す、素足を見るがため、真剣な様子でござったのか」
「え。その質問に戻んの?」
「某が信用ならず、他の意図があり誤魔化しているなどということは、ござらぬのか」
「他って、例えば?」
「戦になった場合、川の流れにどのような策を巡らせるか、ということなどにござる」
 ぽかんと左近が口を開け、ぶーっと吹き出し幸村の背をバシバシ叩いた。
「ちょ、真田さん、面白すぎっしょ! 真面目! 気持ち悪いぐらい、真面目すぎっしょ」
 ゲラゲラとおさまらぬ左近に、幸村は彼が真に邪まな理由で真剣な顔をしていたのだと理解した。
「左近殿が、不埒なだけではござらぬのか」
「不埒って」
 さらに左近の笑いが大きくなる。気恥ずかしくなり、幸村は拗ねたような顔で笑い転げる左近を睨んだ。
「ひー、ひー、真田さん、マジ……っ、ぷくく」
 おさまる気配の無い左近に、そこまで笑わなくともと幸村は反感を持った。
「石田殿とて、そのようなことは、破廉恥と思われるのではござらぬか」
 涙目になるほど笑い転げた左近が、目じりを拭いながら膨れている幸村を見る。
「三成様は、破廉恥とかそういう反応はしないっしょ」
「なれば、貴殿のように眺めるとでも申されるか」
「んー? 三成様は、そういうのに興味無さそう……あ」
 何かに気付いた左近に、幸村が首を傾げる。
「まさか、三成様もじつは、むっつり?」
 幸村は、ますます深く首を傾げた。
「だって、変っしょ? 健全な年頃の男が、女の子に興味無いとか、おかしいっしょ」
 いきなり訴えられて、幸村は戸惑う。
「それは、その、やはり大願が先にあれば、そのようなことに現(うつつ)を抜かすようなことは、なくなるのではござらぬか」
 溜息をつきつつ、左近は首を振り幸村の肩を掴んだ。
「そんな心の余裕が無い状態なんて」
「余裕なれば、他の事で持たれておられるのでは」
 キッと左近が顔を上げ、その瞳の鋭さに幸村がたじろぐ。
「年頃の男が、女に興味を持たないなんて、余裕が無いって証拠だって! 真田さんだって、興味があるから助平なことを想像して、破廉恥って過剰反応しちゃう位なんだし」
「そっ、某は何も想像などしておらぬっ」
「ほらほら。そうやって赤くなるのが証拠っしょ。なんにも無かったら、赤くならないっしょ?」
 確信を持って言い切る左近に、幸村はそうなのかもしれない、と思考を流された。自分がこれほど過剰反応を示す理由を、幸村は説明できない。
「真田さんは、興味があるから破廉恥ってなっちゃうんだって。でも、三成様は本当に興味なさそうなんだよなぁ」
 ふうむと悩む息を出す左近に、幸村が問うた。
「興味が無い御仁も、おられるのでは?」
「そんな奴、いるわけないっしょ。……そうだ! 三成様に、そういうものに興味を示す余裕を持って貰えるように、ちょっと計画を練ってみるか」
 うんうんと自分の思いつきに満足げに、左近は幸村の事など眼中から消えうせた様子で駆けだした。その身軽さと速さに感心しつつ、幸村は人影のなくなった川面で冷やされる瓜らしきものに目を向けた。
「某は、むっつり助平なのだろうか」
 ぽつりとこぼれたその声は、深い悩みの色をしていた。

 数日後、左近の謝罪が蔵の中から響き渡り、佐助は幸村の妙な悩みを相談されて、頭をかかえることとなる。

2014/05/17



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送