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登場―小早川秀秋・島左近・天海
夏キノコ

 大きく腕を振り、足を持ち上げ、ぷりぷりしながら小早川秀秋―通称・金吾―があぜ道を歩いていた。
「夏にだって、おいしいキノコは生えるのに。みんな山の事、なんにも知らないんだから」
 ぶつぶつと文句を言いながら、金吾は山に向かって進んでいる。農夫らから、山でキノコがよく採れると聞き、金吾は島左近や天海を誘った。けれど彼らは、キノコは秋のものだろうと言い、用事があると誘いを断り、金吾はひとりで山に入ることに決めたのだ。
 食いしん坊……もとい。戦国美食会の会員である金吾に、行かないという選択肢はなかった。
 ずんずんとあぜ道を進み、草むらに入るころには、断られた腹立ちは薄れ、マスタケやウスヒラタケ、タマゴタケやチチタケ、アイタケなどの姿が脳内をグルグルと回っていた。
「うふふふふ。他に山菜なんかも採って、料理したらおいしいよねぇ」
 頬をゆるませよだれを垂らさんばかりの金吾だったが
「うわぁあああっ!」
 突然、大声を出して飛び退った。
「あ、あわわ、あわわわわ」
 怯える金吾の前に、野道を塞ぐように蛇が横たわっている。
「ああうう。どど、どうしよう。天海様ぁあ」
 この場にはいない僧侶の天海に問うてみるが、返事のあろうはずもない。
「ううう。ガクブルぅガクブルぅ」
 蛇はゆったりとのさばっており、退きそうにない。
「この道を通らないと、山に入れないのにぃい」
 ぐずっと鼻を鳴らし、涙目になった金吾が頭を抱えてしゃがみこむ。すると、目の前に拳ほどの大きさの石が転がっていた。
「そうだ。この石を投げて、追い払おう」
 きりっと口元を引きしめた金吾は石を掴み、えいやとばかりに投げつけた。蛇は危険を感じたらしく、シュルシュルと滑って藪の中へ姿を消した。
「はー。怖かったぁ。んもう。僕の食の道を妨げるなんて、しないでよねっ!」
 蛇の消えた草むらに向かって文句を言った金吾は、ずんずんと野道を進み山に入り、キョロキョロとしながらキノコを探した。
「あれぇ。沢山あるって聞いていたのに、なかなか見つからないなぁ。もしかして皆、僕より先に来て、採っちゃったのかも」
 そんなぁ、と自分の考えに絶望しつつ、それでも金吾は木々の間を抜けてキノコを探した。その時、ずるりと足を滑らせ、派手に尻餅をついてしまった。
「うぁあうっ。はぁ、いたたたた。この辺は苔があるから、滑りやすいんだなぁ。気をつけない……と」
 尻をさすった金吾は動きを止め、目を丸くする。尻をさすっている手とは反対の手に、何かがしっかりと握られていた。
「これって、もしかして」
 まじまじと確認し、金吾は歓声を上げた。
「タマゴタケだぁああ!」
 ぴょんと飛び上がった金吾は、キョロキョロと当たりを見回し、タマゴタケを探す。けれどなかなか見つからない。
「おっかしいなぁ」
 まさか一本だけなどということもあるまいと、目を皿のようにして探す金吾は足元がおろそかになった。
「おわぁあっ」
 そして再び、派手に転ぶ。
「うぇえ。滑りやすいの、忘れてたよ。――ん? あ、ああっ! また、みぃつけた」
 今度は、転んだ金吾の足元に、タマゴタケが生えていた。
「もしかして、滑って転んだところに生えているのかも」
 そう考えた金吾は、わざと足を滑らせながら探してみようと思い立ち、足の裏で地面を擦るようにしながら、地面を見つめた。
「ずるずるずる、ずるずるずるずるずるずるぅおわぁっ」
 地につけていた足の裏が跳ね上がり、天地が逆さになる。
「うう。あいたた……あ。あったあった」
 転んだ頭の横に、タマゴタケがあった。
「ようし。もう一回」
 そんなふうに何度も転びつつ、金吾はタマゴタケと出会った。
「ちょっと、お尻が痛くなるけど、これだと見つかりやすいや」
 ニコニコとしながら滑って転んでいた金吾は、ビクンと震えて硬直した。
「あ、あれってもしかして、イノシシ……だ、よね」
 草原の陰に、大きなイノシシの姿がある。向こうは金吾に気付いている様子だが、動こうとしない。
「あわわわわ。どうしよう、どうしよう。蛇のように石を投げたら、こっちに襲いかかってきそうだしなぁ。ガクブルガクブル」
 怯えた金吾は、チラとタマゴタケに目をやった。獣が人を襲うときは、縄張りを荒らされるか空腹の時であることが、相場だ。金吾は涙を飲んで、タマゴタケを取り出し、そろそろとイノシシに近付いて地面に置いた。
「ほら、イノシシくん。おいしいおいしいキノコだよ。ここに置いておくから、僕を襲わないでね」
 置いた金吾は、そうっと後ろに下がった。
「イノシシくん。それを食べて、向こうに行ってよ。ねぇ」
 ほらほらと金吾が手のひらでキノコを進めるが、イノシシは微動だにしない。
「イノシシくん、ねえ。イノシシくんってば」
 動かないイノシシをいぶかり、金吾はそろそろと近付いて首を伸ばした。
「ああっ」
 よくよく見れば、それはイノシシの形によく似た岩だった。
「なぁんだ。もう。驚かさないでよね!」
 ぷっくと頬を膨らませた金吾は、置いたタマゴタケを拾い、イノシシに似た岩を睨んだ。
「次にまた、見間違えたら嫌だから、谷底に落としちゃおう」
 唇を尖らせイノシシ岩を睨んだ金吾は、うんせ、こいせと岩を運び、ガラガラと谷底の川へと落とした。
「はー。疲れた……あ」
 やれやれと金吾が谷底から足元の地面に向けると、倒木にウスヒラタケの姿があった。
「うわぁあ! こんなに沢山」
 喜色満面でキノコ狩りを再開した金吾は、他にも色々な夏に採れるキノコを採取し、ほくほく顔で手近な岩に腰を下ろした。
「疲れたから、ちょっと休憩しよ。ああでも、沢山採れたなぁ。がんばったから、お腹空いちゃった」
 返事をするように、金吾の腹の虫が鳴いた。
「お腹が空いて動けなくなったら困るし。採れたてのキノコ汁でも作っちゃおうかな」
 そうと決まれば早速と、金吾は沢に下りて石を組み、火を熾して鍋を乗せた。
「ふんふんふふ〜ん」
 鍋奉行と称する金吾は、いつでも何処でも鍋が作れるように、最低限の調味料は常に身につけている。
「ふんふんふふんふ〜ん」
 御機嫌な鼻歌を歌う金吾の鍋から、えもいわれぬ胃の腑をくすぐる香りが立ち昇った。
「それじゃ、いっただっきまーっす!」
 大きな匙を取り出し、金吾はハフハフとキノコ汁を食べた。
「おぉおいしぃいい」
 感動に打ち震えるように身をくねらせ、金吾は恍惚の息を吐き出した。
「空気もおいしいし、最高だね」
 御機嫌な金吾がふと対岸に目をやると、見覚えのある派手な髪色をした青年、島左近が数人の兵士らと連れ立って歩いているのが見えた。
「ああっ。左近くんってば、行かないとか言ってて、あんなに人を連れて来てる。あ、川魚でも獲りに来たのかな。鍋のいい匂いで、夏もキノコが沢山採れるって事、伝えよう」
 まずはこちらに注意を向けさせようと、金吾は大きく両手を振って呼びかけた。
「おうい、おうい!」
 すると彼らは気がついて、ぎょっとした顔で動きを止めた。金吾の背後には、湯気をくゆらせている鍋がある。左近は金吾が何の食材も持たずに出かけた事を知っている。鍋の中身が採取したキノコであると察したはずだ。得意げに胸を張り、腰に手を当てた金吾の耳に、対岸から左近の声が届いた。
「ちょ、うしろうしろ! 超あぶねぇことになってんよ」
「危なくなんてないよ! 鍋奉行の僕が、火加減を間違えるなんてありえないもの」
「ちげぇって! イノシシ! うしろ、超でっけぇイノシシが狙ってんだって」
「あはは。そんな事言って、僕を驚かそうとしたってダメだよ、左近くん。ねぇ、君たちもこっちに来て、一緒に鍋を食べようよ」
 ニコニコと金吾が誘っても、左近はイノシシがイノシシがと両手を大きく振って言い、その回りにいる兵士らも怯えた様子をしている。驚かせるには大掛かり過ぎるなと首を傾げた金吾は、背後を振り返った。
「う、わぁああぁあああああっ!」
 見れば、見た事も無いような大イノシシが鼻息荒く、金吾を睨みつけていた。鍋の香りにでも誘われたのだろうか。驚きすぎて飛び上がった金吾は、そのまま一目散に左近へ助けを求めるため、超人的な速度で水上を走り川を渡って左近の足に縋りついた。
「うぁああぁあ、助けてよぉお、左近くぅうん!」
「あ、いや。金吾さん、もう俺が助けなくても問題ないっしょ。ここまで逃げてこられたんだし。イノシシは、この川を渡れそうにないし」
 金吾の恐るべき逃げ足に、左近が呆れと感心を交えて言えば、金吾は目を潤ませて背後を振り向いた。イノシシが鍋の周りをグルグルと回っている。
「ううっ、僕のぉ、僕のキノコ汁ぅうう」
 いっぱい採れたのにぃ、と嘆く金吾の肩を叩き、左近が笑った。
「俺ら、刑部さんに言われてイノシシが里に下りて来ないように調べて来いって言われたんだけどさ。それしながらキノコ狩り、手伝ってやるよ」
 だから元気を出しなと言われ、金吾は涙と鼻水を垂らしながら、こっくりと頷いた。
「さぁて、それじゃあ働きつつ、おいしい食材探しと行きますか! 疲れたり腹が減ったら、金吾さんが料理を作ってくれるし。日暮れまで探索しろって言われて、正直うんざりしてたけど、三成様への土産にキノコを採るってのも、いいだろうしな。はりきって行っちゃいますか。まずは手始めに、あの鍋を狙ってるイノシシをやっつけて、腹ごしらえをするとしますかね」
 へへっと鼻を鳴らした左近が飛び、川の間に頭を出している岩を足場に対岸へ行くと、あっという間にイノシシを退治した。
「これを捌いて、猪鍋にするのも良いよなぁ、金吾さん!」
 大きく手を振る左近に向かい、金吾も手を振り答えた。
「うん! 滋養タップリの猪肉とキノコで、夏の暑さで体調を崩している人も元気になるよ」
「そいつぁいいや! あんま食べない三成様と、病弱な刑部さんにピッタリだ。ほら、皆、こっち来いよ!」
 そうは言っても、誰もが左近のように身軽に飛べるわけではない。金吾も恐怖の逃げ足が発動しなければ、水上を走るなどという芸当は出来ない。
「うう、どうしよう」
 困っていると、まるで見計らったかのように、幽玄の世の者であるのではと思うほどに現実味の薄い、白髪と白い肌をした僧侶、天海がフラリと姿を現した。
「おや。金吾さん。いかがなさいました」
「ああ、天海様。天海様こそ、どうしてこんなところに」
「私は、この上で修行をしていたのですよ。金吾さんは、今朝方おっしゃられていた、キノコ狩りですか」
「うん。でも、イノシシに襲われそうになって逃げてきたんだ。で、左近くんが退治をしてくれたんだけど、戻れなくて」
「おやおや。それはお困りでしょう。この先に、川が浅くなっている所があります。そこに皆さんを案内いたしましょうね」
「ほんと! ありがとう天海様。天海様は、ほんとうに頼りになるなぁ」
「こうして金吾さんが苦難になれば、何がしかの助けがあるという事は、きっと御仏のご加護なのでしょうね。しっかり感謝せねばなりませんね」
 ニッコリとする天海に、金吾はそうだねと頷いた。
「ほんと、皆に感謝しなくっちゃ」
「おやおや」
 御仏にではなく「人」に感謝を示した金吾に、天海は軽く眉を持ち上げた。
「おおい! 何やってんだよ」
「あっちに浅瀬があるから、そこを渡って行くから待ってて!」
 左近の呼びかけに応えた金吾が、天海を見上げる。承知の意を示すように少し首を傾けて歩き出した天海の後ろを金吾が。その後ろに兵士らが続き、対岸の左近と合流した。
「まずは、探索の前の腹ごしらえだね!」
 そう言って金吾はキノコ汁を振るまい、皆で日暮れ近くまで探索とキノコ狩りを楽しんだ。

2014/07/21



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