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登場―松永久秀・小早川秀秋・最上義光
小春日和

 二通の書状を眺めながら、松永久秀はアゴをゆったりとさすった。
「ふうむ」
 一通は小早川秀秋から。もう一通は最上義光からだった。どちらも、秋の宴の誘いであった。
「どちらも、捨てがたいな」
 自分の呟きに満足したように口の端を持ち上げ、久秀は楽しげに喉を鳴らす。
「どちらか一方を選ぶ必要など、無い……か」
 ふむと頷き、久秀はすずり箱を引き寄せ、丁寧に墨を擦った。
 秀秋の誘いに乗るには南に行かねばならず、義光の誘いを受けるのならば北に向かわなければならない。
「いっそ、どちらも呼べばいい」
 久秀は、紅葉の美しい絶景に心当たりがあるので参られたし、と同じ言葉を二枚の紙に記し、宛名を小早川秀秋、最上義光と書いて使いを走らせた。
「楽しみの片方を諦めるなど、愚かなことだ」
 己の望むまま、心の赴くままに。
 それが、松永久秀という男であった。

 久秀の元へ、先に訪れたのは小早川秀秋だった。
「久しぶり、松永さん」
 大きな鍋を背負った秀秋が、福々とした頬をゆるませる。
「ここが、松永さんの言ってた絶景かぁ」
 きょろきょろとあたりを見回す秀秋は、色づく木の葉ではなく、地面を見ていた。
「卿は、朽ちた葉に情感を動かされるのかね」
 秀秋はきょとんと久秀を見た。
「ジョウカン? それって、どんなキノコなの」
 ふざけているのではない答えに、久秀はわずかな絶句を味わい、すぐに興味深げに目を細めた。
「なるほど。卿はキノコを探しているのか」
「うん。これだけ豊かな森なら、おいしいキノコが沢山あると思うんだぁ! お客さん、もう一人いるって言っていたよね。ボクちょっと、キノコ狩りに行って来てもいいかな。鍋の材料は沢山用意してきているんだけど、足りなくなったら困るし」
 久秀は秀秋の用意してきた鍋の材料に目をやった。大八車が三台。その上には、わんさと食材が乗っている。十分すぎるように思えるのだが、久秀は小さくアゴを引いて了承した。
「わぁい! それじゃあ、行ってきまぁす」
 元気一杯に返事をして、秀秋は何かに導かれるように木々の間を抜けて行った。
 色づきはじめたばかりの木々に、久秀は目を向ける。木の葉の隙間から見える空は高く澄んでおり、まとわりつくような夏の空気から一変、よそよそしくなった風が、あるかなしかという具合に吹いている。天候は、久秀に協力をしたらしい。良い、日よりだ。
「いやぁ。やっと到着したよ。お招きありがとう。久秀君。いやいや、この素敵紳士の誘いに、誘いを返すことで返答をするとは。それほど我輩と貴公は、仲がいいということだよねぇ」
 久秀は、空を眺めていた目を声に向けた。そこには西洋人のように、カイゼル髭をピンと立てた最上義光がいた。義光はきょろきょろと周囲を見回し、おやおやと言いつつ、髭をつまんだ。
「もう一人、招いている友人がいると聞いていたのだが……まだ、姿を見せていないようだねぇ」
 ふうむやれやれと、義光はどこからともなく湯飲みを二つ、取り出した。湯気のくゆる湯飲みの一つを、久秀に差し出す。
「紳士たるもの、遅刻をされてもゆったりと構えておかねばね。何か事情があるのかもしれない。久秀君も、我輩特性の玄米茶でも飲みながら、ゆるりと待とうじゃないか」
「到着はしているのだがね」
 湯飲みを受け取りつつ、久秀がちらりと食材に目を向ける。視線を追った義光は、目を丸くした。
「なんだね、これは。ずいぶんと沢山の食材じゃないか。ああ、我輩をもてなすために、久秀君が用意をしてくれたのかい? すばらしいよ」
「用意をしたのは、私では無いのだよ。もう一人の客人が、私と卿をもてなすために、持ち込んだものだ」
「なんと! この素敵紳士の来訪を知り、これほどの食材を用意してくれるとは。うんうん、立派な心がけの客人だねぇ。――それで? その客人はどこにいるのかね」
 爪先立ちになり、手びさしをして周囲を見回す義光の目に、久秀以外の人間は映らない。
「うむむむむ。見えないところで下ごしらえでも、しているというのかい?」
「豊かな山には、豊かな実りがある。それを収穫してくると言って、この場を後にした」
「おおっ。それは重畳だねぇ! 収穫したての秋の味覚で、我輩たちの舌を満足させようと言うのだね。色づく木々と、その森の実り。まさに、五感で楽しむ宴というわけだね」
 腰に手を当て、満足げに何度も頭を振った義光が、さっと毛氈を敷いた。
「さあ、この上に座りたまえ、久秀君。その、殊勝で立派な心がけの客人を、香ばしい玄米茶を啜りながら、紳士らしく待とうじゃないか」
 言うや否や、ぴょこんと座した義光の前に、久秀は腰を下ろした。久秀は用意をしていた碗を取り出し、そのうちの青い釉薬の美しいものを、義光に押しやった。
「うん? これは……」
「山に入った男は、鍋を振る舞うつもりでいる。その鍋を賞味する器に、これを使ってはもらえないかね」
 義光は碗に手を伸ばし、しげしげとながめた。
「ううん、これは美しいね。手にしっとりと馴染む感触もいい。さぞや、名のある器と見受けたのだが、いかがかな」
 久秀は、うっすらと口の端を持ち上げた。
「道具は、所詮、道具。使われてこそ、価値がある。碗は、碗として使うべき。――そう、教わったのだよ。山に入った男にね」
「なるほど。使いどころが大切、ということだねぇ」
 久秀は、義光の受け止め方を否定も肯定もせず、残る二つの碗に目を向けた。大振りで無骨な、何の飾りも無い黒い碗は秀秋のために用意をしたものだ。彼はこれの価値を考えることもなく、大きさと使い勝手を褒めて、何のためらいもなく料理を入れることだろう。
「人にはそれぞれに、価値観があるということか」
 久秀のつぶやきに、義光は首を傾げた。
「どうかしたのかね、久秀君」
「いや」
 久秀は義光を見る。自らを素敵紳士と言う彼は、梟勇と呼ばれる久秀を恐れもせず、親しげに話しかける。まるで、同格の人間を扱うように。
 多少の計算のようなものが、見え隠れしないではないが、彼はすっかり久秀を友人として扱っているようだ。腹の探りあいをしないでいられる相手は、久秀にとっては新鮮だった。
「おまたせぇ! いっぱい見つけたよぉ」
 ほくほくと、鍋に大量のキノコやクリを入れて戻ってきた秀秋もまた、そんな相手だった。こちらは多少の計算、などというものは皆無で、自分の感じたままをそのまま表現する。初めて出会ったときは、久秀に警戒を浮かべていたが、すぐにそれを払拭し、久秀のことを怖いと聞いたが、そんなふうには思えないと、率直な意見を述べた。久秀からすれば、何をする必要も無い相手だったから、何もしていないというだけだったのだが。
 久秀にとって稀有な存在である二人は、自己紹介をはじめた。
「貴公が、もてなしの料理を作るという男かね。我輩は、上質を知る紳士、最上義光だ。よぉっく、覚えておきたまえよ」
 髭をつまんで胸をそらす義光に、秀秋はにっこりとした。
「ふうん。よろしくね、最上さん。ボクは小早川秀秋。戦国美食会の一員で、鍋奉行だよ!」
 言いながら、秀秋はいそいそと鍋仕度を始める。
「戦国美食会! ならば我輩は、素敵紳士同盟の筆頭だ。御近付きの印に、我輩特性の玄米茶を飲まないかい」
 さっと、義光が湯飲みを差し出した。
「うわぁ、ありがとう! キノコ狩りをして、丁度、のどがかわいていたんだぁ。んぐ、んぐ……ぷはぁ〜、おいしいっ!」
「そうだろう、そうだろう。我輩の玄米茶の味がわかるとは、なかなか良い舌を持っているねぇ、小林君」
「小早川だよ。それじゃあボクは、とびっきりおいしい鍋を作ってあげるからね!」
 早速仲良くなったらしい二人に目を細め、久秀は深まり行く秋に目を向けた。
 賑やかかつ穏やかな一日になりそうだと、久秀は満足げに息を吐いた。

2014/10/17



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