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登場―金吾メイン・天海・政宗・小十郎・家康・忠勝・幸村・佐助・元親・元就・三成・刑部
松の内の鍋会

 火鉢の上で、餅がうまそうな焦げ目をつけている。それに醤油を塗りながら、小早川秀秋――通称、金吾――は深く重たい吐息をこぼした。わずかな風になったそれが、火鉢の炭を赤くする。
「おやおや、金吾さん。物憂げな顔をされて……気鬱の種を教えてくださいますか」
 そう問うたのは、腰よりも長い絹糸のごとく繊細な白銀の髪をした、痩身の僧侶だった。肌も抜けるように白く、雪の中に白い着物でたたずめば、どこにいるのかわからなくなりそうな、肌も髪も白い僧侶の名前は天海。
 口元を黒い半面で隠しているので顔立ちは不明だが、切れ長の目と通った鼻筋から、美麗な顔立ちをしているのだろうと想像できた。
「うーん」
 対する金吾はつきたての餅のように、福々としている。もっちりとした体格は栄養をたっぷり取った赤子のよう。頬も赤みがさしており、くるくると変化する表情は童子のようだが、彼は多くの兵を束ねる立派な武将だった。
 いささか……いや、かなり怖がりで性根がやさしく、食べることが大好きな金吾の相談役が、天海であった。
 天海は僧侶でありながら鎌の扱いが抜群にうまく、金吾を守護しながらも策を練るのにも長けているので、軍師の役目も担っている。もっとも、はるか平安の時代から、僧兵というものは存在するので、天海の在り方はそれほど珍しいわけではない。
 それよりも、戦で領地を守るより、極上の鍋料理を作り食べることに情熱を燃やす、戦国美食会なるものに所属している金吾のほうが、珍しい存在だった。
「おせち料理、おいしかったよね。お雑煮だって、いろんな土地のものを作ってみて、たのしかったじゃない? 七草がゆもおいしかった」
 餅がプクゥとふくらんで、金吾はそれを「あちち」と言いつつ、ハフハフとほおばりながら物憂い息をこぼす。
「お餅だって、こんなにおいしい」
「それは、とてもいいことではありませんか」
 切れ長の目を糸のように細めた天界に、金吾はまたもや「うーん」と歯切れの悪い返事を向けた。
「おいしいものを食べると、うれしくなるよねぇ」
「そうですねぇ。金吾さんに限らず、おいしいものが苦手、という方はいないように思われますよ。まあ、好みというものはありますが」
「うん……それでさ、おいしいものを食べている間は、みんな仲良しだよねぇ」
「そうですね。酒食を共にして胸襟を開き、油断をしている間に殺害する、という方法は古来よりおこなわれていますから」
 ウフフと妖しく笑った天海の、後半のセリフを無視して金吾は続けた。
「今年はさ、みんながそうやって仲良くしてくれたらいいなぁって思うんだよ。今年だけじゃないよ? これからずっと……でないと、戦で田んぼや畑が焼かれたら、おいしいものが減っちゃうじゃないか」
 ギュッとこぶしをにぎった金吾の目が、キリリと虚空をにらむ。
「だからさぁ、そのためになにができるかなぁって。せめてお正月……松の内の間だけでも、みんな仲良くしてくれたらうれしいなぁって。相手のことがわかったら、戦をしたくなくなるかもしれないけれど、なにをすればいいのか、ちっとも思いつけないんだ」
「なるほど、なるほど。やさしいですねぇ、金吾さんは」
 褒められて、金吾はエヘヘと目じりをなごませた。
「そう、ですね。金吾さんは、とても頼りなく情けない武将であるのに、多くの兵士は金吾さんを慕ってくれています。それは、なぜだと思いますか?」
「ええー。そんなの、わからないよ」
 眉をひそめて唇を尖らせた金吾に、天海は笑顔で小首をかしげた。
「おいしいお鍋を食べられるからですよ」
「えっ?!」
「金吾さんのお鍋は、天下一と言っても過言ではありません。そのお鍋を日常的に食べている兵たちは、ほかの料理では物足りなくなってしまう。ですから、逃げ出すことなどできないのです。――食べる、ということは、生きる、と同意であると私は考えているんですよ」
 金吾の顔が曇っていく。気づいた天海は「まあ、難しいことは置いておくとしましょう」と、話を短くまとめることにした。
「おいしいものを、いっしょに食べると仲良くなれるということですよ。鍋を囲んでつつく、というのはとても仲良くなれる行為なのではないでしょうか」
 ふむふむとうなずいた金吾は、松の内の間に鍋会を開こうと思いついた。しかし、冬のさなか、呼べる人間と言えばと考え、金吾は「三成くんと、刑部さんと、毛利様と……ええと」と、指折り数えて顔を曇らせる。
「もっと、いろんな人を呼べたらいいのに」
 これでは正月に会った顔ぶれと変わらない。自分の望みとは違うと落ち込む金吾の肩に、天海の白く長い指がそっと乗った。
「大丈夫ですよ、金吾さん。さきほども言ったとおり、金吾さんの鍋は天界一です。金吾さんが鍋を振る舞うと言えば、遠方からでも来たいと思う人はすくなくありませんよ」
「だけど、ここまで来るのは大変じゃない? 雪が道をふさいじゃっているし」
「それなら、空や海を通ればいいのですよ」
「えっ?」
 さらりと言った天海の笑顔には、策があると書いてある。金吾は期待を込めて、天海を見つめた。
「簡単な話です。誘う相手に協力を求めればいいだけですから」
 天海が広げた鍋会の絵図に、金吾は顔をかがやかせてさっそく準備にとりかかった。

 * * *

 雪化粧というよりは、雪になにもかもを包まれてしまった景色を、ぼんやりとながめていた奥州の伊達政宗は、にわかに騒がしくなった気配に美麗な眉を持ち上げた。
「What's going on here?」
 つぶやいた政宗が、眼帯におおわれていない左目で廊下の先をうかがうと、失った政宗の右目と称される腹心、片倉小十郎が足早にやってきた。
「政宗様!」
「なにがあった」
「は。港に、城のごとき船が現れたと」
 生真面目を絵にかいたような顔つきの小十郎に、政宗はいたずらめいた笑みを向けた。
「南蛮船ごときじゃあ、騒ぎになるはずがねぇ。てことは、鬼が遊びにやってきたってぇところか」
「おそらくは」
「OK、小十郎。騒ぎがおおきくなる前に、鬼を迎えに行くとしようぜ」
「は」
「I seem to become pleasant」
 ニヤリとした政宗の口許に、気苦労の気配を察した小十郎は目元を険しくした。

 * * *

「よくやるよねぇ」
 綿入れを着こんで、背中をまるめながら、猿飛佐助は庭先で鍛錬をしている主、真田幸村に向けてぼやいた。
 およそ忍らしくない恰好の佐助は、縁側に火鉢を置き、その横に座している。火鉢には鉄瓶が乗せられていて、あたたかな湯気がゆくっていた。幸村が鍛錬を終えれば、すぐに茶を出せるようにしてある。空腹をうったえられてもいいように、餅を焼く準備もできていた。
「ふんっ、はぁ!」
 槍を振るう幸村の体からは、鉄瓶の先のように湯気がくゆっている。うっかりすれば、凍え死ぬなどたやすい雪深い冬の日に、汗を垂らすほど動いている幸村の体力を、佐助は末恐ろしくも頼もしくながめていた。
 ひと房だけ長い茶色の髪が、幸村の動きに合わせて舞っている。動きを止めれば汗が冷える。体が冷える前に湯あみをさせたほうがいいかもと、立ち上がりかけた佐助の目が、空に浮かぶゴマ粒ほどの黒点を見つけた。
(あれは……?)
 黒点は、どんどん近づいてくる。佐助の様子に気づいた幸村も空を見上げた。
「どうしたのだ、佐助」
 忍の目には不審な物が見えているが、幸村には鳥影かなにかとしか映らなかった。しかしそれも、黒点がどんどん近づいてくるにつれて、そうではないと判明した。
「あれは、本田殿ではないか」
「背中にひとり、乗っているよ」
 面倒ごとが起こるのではと、佐助は顔をしかめたが、幸村は無邪気な笑顔を浮かべて来客に体を開いた。
 やがて轟音を轟かせ、空を飛ぶカラクリを背に負った、大柄という言葉では収まりきらない偉丈夫の本田忠勝と、その主である筋骨隆々な青年、徳川家康が庭に降り立つ。
「ひさしぶりだな、真田! 忍殿。元気そうでなによりだ」
「徳川殿も、息災のようでなによりにござる」
「鍛錬を止めるんなら、さっさと屋敷のなかに入って汗をぬぐって着替えなよ、旦那。風邪をひくよ」
 表面的には平穏に、内心では警戒をみなぎらせて、佐助は幸村を呼んだ。
「突然の来訪、すまないな」
「いいえぇ。ほら、旦那。そんな恰好でお客様を招くのは失礼だろ。さっさと着替えた、着替えた」
「うむ、そうだな。なれば、佐助。おふたりのこと、よろしく頼むぞ。――徳川殿、本田殿、某、着替えてまいりまするゆえ、しばしお待ちくだされ」
「ああ。鍛錬の邪魔をしてしまって、すまなかった」
「では」
 幸村が去ると、佐助はあからさまな迷惑顔を、さわやかとしか言いようのない家康の笑顔に向けた。
「それで? まだ松も取れていないっていうのに、いったいどんな面倒ごとを運んできたのさ」
「相変わらずだなあ。そう、警戒をしないでくれ。面倒ごと……かもしれないが、悪い誘いではない」
 疑う佐助のまなざしを、忠勝の駆動音が遮った。

 * * *

「ダメだよ! それは後!! 出汁の取り方は繊細なんだからね、しっかりしてよ」
 厳しい声で指図する金吾の下知に、多くの兵が右往左往している。唐突な鍋会の準備に、てんやわんやになってしまうのはしかたない。なにせ今日の鍋会は、瀬戸内海を見渡せる海にほど近い場所でおこなわれるのだから。
 場所を整えるだけでも、かなりの労力を要する大工仕事もあるというのに、だれひとり文句も言わず、懸命に働いているのは、ひとえに金吾の鍋が絶品だと知っているからだ。ましてや今回の鍋は、名だたる武将を呼び集めての会である。普段以上の鍋のご相伴にあずかれるとあっては、張り切らずにはいられない。
 兵だけでなく近隣の村のものたちも、呼びかけずとも自然と集まり、手伝いに参加していた。
 ちいさな子どもたちなどは遊びの延長気分で、うまいものにありつけるたのしみを胸に、手伝いとも言えぬ手伝いをしている。その様子は、まるで祭の準備だった。
「うんうん、そうそう。そっちは塩。こっちは醤油、味噌鍋は風味が飛びやすいから、気をつけてよね! 大根、もっとすりおろして!!」
 戦の采配もこのくらいテキパキと、凛々しい姿でしてくれればと思うものはいなかった。臆病者で戦嫌いの金吾だからこそ、平穏な日常を送れるのだと、配下のもの等は知っている。
「ああ、そこ! 白菜のおおきさは、その半分にしておいて。具材のおおきさも、味の大事な要素だよ!!」
「やれ、勇ましい姿よなぁ。ヒッヒッ」
「あっ、刑部さん……と、三成君」
 声に顔を向けた金吾は、浮遊する腰に乗っている、包帯にまみれた刑部こと大谷吉継と、鋭利な刃物を思わせる白髪の青年、石田三成……と、その背後にゾロゾロと続いている人の姿に首をかしげた。
「ウワサを聞きつけたもの等が、同道を願い出たのよ。食材が不足するやもしれぬと言えば、このとおり」
 刑部の声に合わせて、大八車に乗せられた野菜や肉が、金吾の前に差し出された。
「うわぁ! ありがとう、刑部さん」
「ヒッヒッ。そうではない。なあ、三成よ」
「金吾」
 三成に呼ばれた金吾は、叱責された子どものように肩をすくめた。
「貴様の鍋を食べられると知り、このものたちは自ら用意できるだけの食材を提供してきた。差し入れろと命じたわけではない」
「そうなんだ」
 冬場は食料がどうしても不足する。それでもすすんで食材を差し出してくれた人々の気持ちに、金吾の心がジーンと熱くしびれた。
「うんとおいしいお鍋を作るから、たのしみにしていてね!」
 元気よく宣言した金吾に、まるで鬨の声のように応える歓声が上がった。
「おおーい、金吾!」
 轟音がして、空から声が振ってくる。見上げた金吾は両腕を振り、刑部は笑って三成は顔つきを険しくした。
「なぜ、貴様がいる。家康」
 降り立った忠勝の背中から、家康、幸村、佐助が離れる。三成の問いに、家康は温和な顔で答えた。
「ワシらも招待をされたからだ」
「この度は、お招きいただき、ありがとうございまする。微々たるものやもしれませぬが、途中の山で獣を仕留めてまいったゆえ、食材の足しにしていただきとうござる」
 ずいっと進み出た幸村と、めんどくさそうな顔つきの佐助が猪や鹿を差し出す。
「わあ! ありがとう。さっそく下処理をしなくっちゃ」
 ウキウキする金吾の肩を、幽鬼のようにあたりを漂っていた天海が近づいて叩いた。
「なあに? 天海様」
「あちらに、いらしてますよ」
 天海が示した先に、眉間にしわを寄せた毛利元就が立っている。小柄で細身の元就の姿は、あわただしく動き回る人波に呑まれて、金吾の視界に入っていなかった。
「ああっ、毛利様」
 緊張気味に近づいた金吾を、元就の冷ややかな目が一瞥する。ヒッと喉奥で息を呑んだ金吾に、元就が薄く形のいい唇を動かした。
「よもや、あのものも呼んでおるのではあるまいな」
「あの……ええと」
 引きつった金吾の笑顔から、それと察した元就はふいっと背を向けた。
「我は戻る」
「ええっ!」
「まあ、そう言わずに。ここは士気を上げるために、参加してはいかがですか? 目の前の食事を取り上げられるのは、辛いものです。士気が上がれば、よりあなたのために働くかと思うのですが」
 天海がそっとささやくと、元就はチラリともの言いたげな流し目をしてから吐息を漏らし、いかにも「仕方がない」と言いたげな態度で部下に用意させた床几に腰かけた。
「おうい、金吾ぉ!」
 朗々と響く声に金吾は喜色を示し、元就は顔つきを険しくした。海から、大量の魚介類を乗せた大八車を連れて、西海の鬼と呼ばれる美丈夫がやってくる。色は白いが、みっしりと筋肉をまとった大柄な体躯の背後に、好敵手の姿を見つけた幸村が顔をかがやかせた。
「政宗殿!」
「よう、真田幸村。やっぱり、あんたも招待されていたか」
「ま、こんなこったろうと思ったけどね」
 やれやれと腰に手を当てた佐助は、さりげなく政宗をにらんだ。その視線を、小十郎が体で遮る。
「剣呑なことはさせねぇから安心しろ」
「どうだか。うちの旦那もそうだけど、そっちも体を動かしたくて、ウズウズしていたんじゃない?」
「それは、そうだが」
「ま、この顔ぶれだからねぇ」
 佐助と小十郎は、交友のあるものも刃を交えているものも、まとめて招待されている状況に首をめぐらせた。
「なにを考えているんだか」
 おしまいに視線を金吾の上で止めた佐助に、小十郎が苦笑する。
「なにも考えてねぇんだろう。うまいもんを食うこと以外に、感心がねぇらしいからな」
「金吾さんは、これでみんなが仲良くなれればと考えているんですよ」
 妖しい含み笑いをしつつ、天海がふたりの会話に参加する。
「金吾さんは、戦が苦手……というか、嫌いですからねぇ」
 なるほどなと小十郎は納得し、佐助は複雑な笑みを浮かべた。
「さあさあ、具材を入れていくよ! たっぷり差し入れをもらったからね。みんな、いっぱい食べてよね!!」
 応ッ、と雄たけびに似た声が、美味を含んだ湯気とともに高く澄んだ冬空に吸い込まれた。

2018/01/09



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