子どもの笑い声が、遠くから聞こえてくる。それなのに、自分が何処に居るのかがわからない。 ここは、何処なのか。 今は、何時なのか。 それすらも、わからない。 子どもの声は稲穂のように柔らかく揺れながら、政宗の耳を擽る。 ――――ふふ、ふふふ。 続いて、軽やかな唄が聞こえてきた。 ひとりで さびし。 ふたりで まいりましょう。 みわたす かぎり よめなに たんぽぽ。 いもとの すきな むらさき すみれ。 なのはな さいた。 やさしい ちょうちょ。 ここのつ こめや。 とおまで まねく。 合間合間に、シャッジャッシャッジャッと何か軽いものが擦れてぶつかる音がする。どこかで聞いたことのある、けれど政宗にとっては馴染みの薄い音は唄と絡み合い、追いかけて続いていく。 ――――う……。 知らない場所で、政宗は呻いた。 ――――ふふふ、ふふ。 身動きが取れない。否、体が存在していなかった。 ――――ふふふふふ、ふふ。 楽しげに、近づいてくる。 ――――ねぇ、あそびましょ。 甘えを含んだ誘いを受けた途端、背骨が冷たいものに鷲掴まれる。 ――――ア、アァアアアッ! 冷たさは急速に増して、火傷のような熱を持ち、政宗を包み込んだ。 体がだるい。 外から、目を覚まさなければいけない時刻であると、差し込んできている光が告げている。 ――――何だったんだ。 何か、夢を見ていた気がする。 楽しくも嬉しくも悲しくも寂しくも無い、夢だった気がする。 誰かと居たような、一人で居たような、曖昧模糊としたものを引きずりながら体を起こす。額に手を当て、息を吐き、部屋に目を向けて違和感に眉をひそめた。 ゆっくりと首をめぐらせる。 何も、変わったものがあるわけではない。 いつもと変わらぬ、自室であることに間違いは無い。 それなのに、強い違和感がある。 ――――What? 何が、おかしいのか。――――わからない。じっくりと、もう一度部屋を見回す。 違和感が去らない。 「政宗様、お目覚めですか」 耳に、聞きなれた声がした。失った政宗の右目と称される男、片倉小十郎が起こしに来たらしい。 「Ah 入れ」 丁度いい、と彼にかけた自分の声が高いことに驚く。喉に手を当てるのと、異変を感じた小十郎が勢いよく襖を開けるのとが同時であった。 「――――ぼ、梵天丸、様」 近年まれに見るほどの驚きを見せる右目の呟いた名が、十歳までの自分の呼称であることに、察しのいい政宗は違和感の正体に気が付いた。 部屋が、広く感じていたのだ。