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Pied Piper

 疾走する馬のひづめの音が、木々に響いている。馬上の青年の長い後ろ髪が、馬の尾と同じように揺れていた。膝に力を込めて馬の腹を締める。上気した頬、わずかに持ち上がった口の端、鋭く前方を見据える瞳は、視界の向うにある相手の姿を捉えている。焦がれるほどに胸の内が滾る好敵手を、彼は目指していた。
  伊達政宗。
  それが、彼が目指す相手であった。背には、愛用の槍が背負われている。
  仕合うと約束しているわけではない。ただ、時間があるなら来ればいいという文が届いたのだ。視察と称して、誰も連れずに出てきているからと。
  文をもらってすぐに、真田幸村は身支度を整えて飛び出した。彼の馬は心得ているとばかりに鼻を鳴らし、主の望みどおりの走りを見せる。進むにつれて高まる幸村の心を理解するように、馬も首を低くして速度を上げた。
  木々が流れていく。
  風を起こしながら進んでいく。
  そんな人馬の背に、つむじのような風が吹き降りた。
  ぶるるるっ。
  手綱を引かれ、戸惑いながら馬がゆっくりと速度を落として足を止める。幸村は浮かしていた腰を鞍に下ろし、背にある気配に声をかけた。
「佐助……」
  悪戯をする前に見つかった子どものような顔で、自分の忍――猿飛佐助を振り向く主に、これ見よがしにため息をついて独り言のように言う。
「まったく……こんな文一つで飛び出してしまうくらい、あの男の何がいいんだか」
  ひらりと佐助の右手で揺れる文に、唇を尖らせる。
「勝手に人の手紙を読むな」
「開いたまま飛び出したのは、旦那でしょうが。――しっかりと戦装束に着替えちゃってまぁ…………仕合うと、お互い無傷じゃすまないってわかってる? 手加減なんて器用なこと、出来ないでしょ。旦那も竜の旦那も、自分の立場ってのをわかっていないんじゃない」
「なれど佐助――せっかくの誘いの文を無下にすることも出来ぬ。それに、仕合うとは決まっておらぬではないか」
「しっかり戦装束のくせに、何言ってんの。それに、あんたらが揃って仕合わないなんて有り得ない気がするんだけど…………あぁ、まぁ――怪我をしない仕合いをするっていう可能性も、あるか」
  佐助の語尾に怒りが滲んでいる。言葉の意味と怒気に、首をかしげた。
「旦那さぁ……俺様が気付いていないとでも思っていたわけ。まぁ、思っていそうだけど」
「何のことだ」
「――」
「佐助…………ッ!」
  佐助の目の奥が鋭く光り、細められる。疑問を乗せて名を呼んだ幸村の下肢に、布をすり抜けた佐助の手が触れた。
「なんで、なんで竜の旦那なのさ」
「ぁ、佐助……やめっ、何を考えているッ」
  カリ首を指の股で挟み、手のひらで亀頭を揉まれて身を捩るが、馬上ではうまく逃れられない。主の動きに馬が足を迷わせるのを、手綱を掴んで制した佐助が道を外し木々の間に移動させながら、幸村の亀頭を刺激しつつ声をかける。
「初めて、ここを弄る事を教えたのは、俺様だったよね…………筆下ろしも、俺様が教えてもいいかなって、いつか旦那が誰かを娶(めと)る前の練習相手になってもいいかなって思っていたのに――――誰にも汚されないようにと思っていたのに………………あいつに抱かれるなんて――――」
「ッ――――ぁ、さすっ……んっ」
  静かな声音に怒りを滲ませた佐助の手のひらが、緩急をつけて亀頭を刺激し続ける。幸村の牡が熱を持ち、硬さを持ち、起き上がり、脈打ち始めた。

 〜中略〜 

 馬のひづめの音に気付き、ぼんやりと岩の上に座っていた伊達政宗は腰に挿している六本の刀をひと撫でし、立ち上がる。待っていた、自らの好敵手として認めた相手――自分とは対照的な赤い鎧に身を包み、その色のままの魂を内包している男が来たのだ。口元が、意識せずに持ち上がる。魂の奥底から湧き上がるものが、体にじわりと広がっていく。
  真田幸村。
  それが、彼の待っている男であった。
  政宗の右目と称される、優秀だが少し融通の利かない生真面目な男――片倉小十郎が政務の関係で自分の傍を離れると知り、悟られぬように文を送った。奥州を統べる者としての自覚も責任も十二分にあると自負をしてはいても、時折の息抜きが必要だと自分に言い訳めいたことを思いつつ、どうせなら派手な息抜きをと思い立ち、今回の事となった。
  もし小十郎にばれてしまったならば、大目玉を食らうだろう。だが、ばれなければいいのだ。仕合うつもりで用意もしてきてはいるが、遣り合えば互いに無傷では済まない。けれど、共に居て会話をし、茶や酒を酌み交わすだけでは物足りない。熱く絡まりあい、強く求め合う行為――睦みあうことを、政宗は思っていた。すでに数度、体を重ねている。段々と開き始めた彼の、恥じらいながらも大胆に求めてくる姿は槍を構えている姿からは想像もつかないほどで、思い起こした政宗は目の奥に淫靡な光を浮かべた。――――もっと、理性など無くすほどに狂わせ、暴き、喰らい尽くしたい。思いつく限りの痴態を晒させるくらいの、外道と言われるほどの行為も試してみたい。
  少々のことでは壊れそうに無いと、政宗は彼を評価している。官能に打ち震える姿は、はかなさを匂わせるものの、強く乱しても砕けることは無かった。少しずつ硬い蕾を開き、ゆるんだ花弁は牡丹ほどに豪奢で柔らかな花を咲かせる。その姿を早く見たいものだと、腕を組み、望む相手の来る道に顔を向けた彼の目が、見えた影に細められる。
  馬上に、二人見えた。
  赤い鎧を着込んでいる、前に居るものは待ち人であることは間違いない。その後ろ、緑が見え隠れするのは、彼の忍か――――。
――――見つかっちまったのか。
  思わず、舌打ちをした。こちらからすれば過保護に見える、幸村の信頼を一身に受けている忍、猿飛佐助の嫌味まじりの小言を受ける準備と、ふつふつと沸き起こしていた劣情をあきらめる覚悟を決める。――――まさか、小十郎に告げ口なんてしねぇよな。という心配を浮かべながら。






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